8:デート
約束の日は、いつもあまり履かないスカートにした。
ピンクデニムの薄い迷彩柄。
黒にラインストーンのハンチングもアクセントになっている。
メイクも、アイシャドウを三色使いにしていつもより華やか。
今日は気分が良いから、お気に入りのピアス、ネックレス、ブレスも付けていった。
リングは…達也とお揃いだったり、買ってもらったりで付ける気にはならなかった。
「ごめん!うちの犬がさ…」
遅れたことを謝りながら駆け寄ってくる雄三。
雰囲気の違う美帆に驚き、少し顔を赤らめた。
「犬何飼ってるんですか?」
別にそれ程遅れて来たわけでもなかったので、微笑みながら訊く。
「うん。プードルのアプリコット。名前は梅」
「プードル?やだぁ、可愛いですね」
笑う美帆。
いつもと違う…。
こんなにころころ表情が変わる美帆を初めて見た。
(まだ三回しか会ったことはないのだが)
前たてた自分の仮定が正しければ、これが本当の美帆だということになる。
何がキッカケだったか、心を開いてくれたのかもしれない。
「―今小六の妹が欲しいって騒いで。俺はドーベルマンが欲しかったのにさぁ」
少しふてくされたような顔をする。
あはは、と美帆が笑い、
「でもプードル…梅ちゃん可愛いでしょ?」
と訊くと、
「もちろん!ちっこいのがたかたか歩いて、ちっちぇえ舌でペロペロ舐めてくんだぜ?可愛くないわけがない!」
いやに力説する。
どうやら相当の親バカらしい。
「いいなぁ〜。美帆ん家、犬飼えないの」
「マンション?」
「んん。昔飼ってた犬が死んじゃった時に悲しかったから飼いたくない母親と、犬アレルギーの父親だから」
溜め息をつきながら言う。
「でもねー、大好きな犬がいなくなったら寂しいから、ママの気持ちよくわかるし。パパは動物大好きなのに飼えないんだもん。私はなんにも言えないなぁって」
眉を軽く八の字に下げ、上目使いで雄三を見る。(これは身長差のせいだが)
「あの…もし良かったら、今度家に呼んでもらえませんか?妹さんにも会ってみたいし…」
言いにくそうに、苦笑する美帆。
「あっもちろん良いよ!!散らかってるけど…いつが良い?」
間発を入れずに言う。
「私は暇してるから、新学期の九月三日までは空いてます」
「あぁ、わかった」
思いがけない美帆の申し出に心躍らせる雄三。
「お母さんはどんな方ですか?雄三さんに似てます?妹さんも可愛いんだろぅなぁ」
心底楽しみという風に喋るので、雄三はなんだか照れ臭くなった。
「妹は受験生だから、夏休みはずっと塾なんだ。自習室にいるらしいよ」
「受験かぁ…。偉いんですね」
「妹―恵実はさ、将来東大行く!とか言ってて。確に頭は良いんだけど…大学卒業後のこととか考えてないんだよな」
空を仰ぐ。
「まだ小六なのに大学のこと考えてるなんて尊敬しちゃう…」
美帆は将来やりたいことなど、全く見えていないから。
お金に困らず、標準的な生活が出来ればそれで良いのだ。
―もし会えたらどんな話すれば良いかな…。
ふと眼鏡をかけたガリ勉風な少女を思い浮かべてしまう。
生憎、自分はそんな少女を感心させられるような知識は持ち併せていない。
まぁ、良いや。
会うと決まったわけじゃないんだし。
そのままそのことは忘れて、カラオケを思う存分楽しんだ。
二人きりだから歌うのも緊張するかと思いきや、恥もへったくれもなく歌えたのだ。
クレープとドリンク代は雄三が奢ってくれた。
「きゃぁ!このブレス可愛くなぃですか?!」
道を歩きながらはしゃぐ美帆。
シルバーのものと革のそれがある。
「二つで九百円なら安いですよねっ。買っちゃおーっと☆」
「革のヤツかっけぇじゃん。俺も別ロゴ買っちゃお」
にかっと笑い、おソロ〜とはしゃいで見せる。
美帆も一緒に笑う。
「じゃ、帰りますか」
店を出て一言美帆が言った。
時間は…午後五時。
ちょっと早すぎやしないか?
合コンの時は七時に解散したのに…。少し戸惑っていると、
「行きたいトコあるんですか?」
と不思議そうに訊いてくる。
「いや…特にないんだけど…」
しまった、と思った。
適当な理由をつけてもう少し歩けば良かったと言うのに、正直者の性だ。
「良かった。じゃぁ帰りましょ」
笑顔で歩き出す。
こうなったら仕方ない。
今度の自宅デートでカタをつけよう。
―それにはまず、部屋の大掃除が必要不可欠だ…。
「えぇー?今度家行くの?!」
電話越しに響く茄菜の声。
こうして喋るのも随分久しぶりだと思う。
「具合悪いとか言いながら、ちゃっかりゲットしちゃったんだぁー」
少し不満げに言う。
「ゲットなんてしてなぃよっ。ただ、犬を見に行くだけ、雄三さんのこと好きかなんてわかんなぃし」
「でもどーせあっちは気があるよ。キープってこと?」
やたらとツっかかってくる。「何かイラついてる?当たってきてない??」
落ち着かせようと話す美帆。
一拍置いてから、
「別になんもないけど」
変に口ごもる。
「―本当に?」
真実を言わせようと促す。
「…だぁって、具合悪いってからそっとしとこうと思って連絡しなかったのに、いつの間にか元気になって雄三と遊んでるんだもん。…心配してたのに、ムカつくじゃん…」
最後の方はなんだかかすれて、絞り出すような声だった。
「―あ、ごめん。雄三さんに送ってもらったもんだから、最初に連絡しなきゃってそれしか思わなくて…。心配してくれて有難うね」
申し訳なさで一杯になる。
「うん、どぉいたしまして。でも良いなぁ、美帆はうまく言ってて」
意外な言葉に驚き、即座に、
「恭迅さんはどうしたの?」
「あぁーうん。あの後カラオケは行ったんだけど…イマイチ盛り上がんなくて」
また奥歯に物が詰まったような言い方をする。
美帆のことが気になって落ち着かなかった…なんて言えるわけないじゃない。
菜茄は冷や汗をかいた。
「あっ、それにぃ、帰りの電車代出してくんなかったの。貢がしたいわけじゃないけど、気ぃ利かないんだ」
「そゆモンなのぉ??」
苦笑しながら答える。
「まっ、アンタは初恋とやらを体験しなさいな。頑張れよー」
本当は初恋…じゃないんだけどな。――って!
「ちょっとぉ!私は好きになんかなってないからねぇ?!」
と電話口に叫ぶ。
菜茄の笑い声が聞こえた。
なんとか二人の距離が縮まって来た感じがありますよね。もちろん、このままくっつくなんてことはなぃんですけど…(笑)感想や評価どうも有難うございます!これからもお願いしますね。