4:不思議
時々夢を見るの
隣にいるのは忘れたくない人で
爽やかな笑顔も全部、消したくない人で。
だから痛みと共にいる
癒されることなど 望まない
「ひっさしぶり!!」
海に行ったとかで随分黒く日焼けした、雄三と恭迅。
「あれー美帆?また痩せたんじゃないか?ちゃんと食ってるか??」
軽い口調で雄三が話しかける。
「食べてますよー」
夏バテをしていて、食欲が無い。
雄三の“また”という言葉に、まだ会って二回目だと言ってやりたかったが、そんな元気もないのでこう答えておいた。
「ホントホント。美帆、骨と皮だけじゃん?大丈夫ぅ?」
菜茄もご機嫌で冗談を言う。
元気な三人のノリが煩わしくて仕方なくなってきた美帆だが、映画館では休むことが出来た。
「よしっ、次はカラオケだなっ」
テンションを落とさず、カラオケで何時間歌うかということを皆に訊く雄三。
カラオケはたくさん歌いたい美帆だが、流石に気分が悪く歌える状況ではなかった。
「美帆ぉ?具合悪いの?顔、真っ青だよ…」
ずっと無口な美帆を心配した菜茄が、移動中に話しかける。
「んー、ちょっと夏バテ気味。もう限界かも…」
弱々しく笑い、うつむきながら応える。
「えぇ、そしたら菜茄一人じゃん〜ιでも具合悪いんだもんねぇ。気ぃ付けて帰ってよぉ」
「ん、ありがと。恭迅さんと雄三さんも、ごめんなさい」
では、と三人に軽く手を振り駅に向かう。
雄三が慌てて美帆を追いかける。
「あのさっ、俺送ってくから。家どこ?」
そんな優しさも今の美帆にはうっとおしいものでしかなかった。
「一人で平気なんで戻ってください」
少し棘を含んだ言い方にしたが、雄三は遠慮だと受け取ってしまい、
「大丈夫!アイツら二人きりにした方が良いから。それに…美帆ふらふらしてて危ないよ」
と続けてくる。
「私が、一人の方が良いんですよ。二人でも話したりする余裕ないんで、気まずくなっちゃいますから」
楽天家で鈍感な雄三でも、機嫌―いや、気分がとても悪いことに気付き、
「俺のことは無視してて良いから。ただ心配で着いてくだけだし」
「……だから、着いて来ないでって言ってるでしょ。こっちは迷惑なのっ!!」
いきなり大声で叫ぶ美帆。
そしてぐったりと、雄三の胸の中に倒れこんだ。
慌てた雄三は、まず美帆の呼吸が安定していることを確認し、菜茄に美帆の最寄りの駅と自宅の電話番号を聞いた。
「―あ、えぇと、嘉山?美帆さんのお宅でしょうか」
一瞬美帆の名字が思い出せず、つっかえてしまった。
「失礼ですが、どなた様でしょうか」
感じの良さそうなお母さんで、美帆が倒れ、雄三が駅まで送ると伝えると、
「それはとんだご迷惑をおかけしまして…駅までは迎えに行けますので、どうかよろしくお願いします」
美帆を背負い、電車に乗る。(切符の関係で少々手こずった。)
座席に美帆を座らせ、隣でしっかりと支える。
「―ん…」
美帆の小さな声。
うっすらと目が開き、少し顔をしかめた。
「美帆。気分はどう?」
声のトーンを落とし、囁くように訊く。
「え…?雄三さん?」
焦点の合っていない目で雄三の方を見る。
顔色は元の色に近付いていた。
「具合悪くて、倒れちゃったんだよ。覚えてる?」
倒れた…?
全く思い出せない。
確かにずっと不調で、でもカラオケ店の前に行ったことまではなんとなく覚えている。
いつ電車に乗った?
菜茄と恭迅さんは…?
「あの二人はまだ遊んでるはずだよ」
美帆の疑問を察したのか、そうでないのかわからないが、美帆が知りたいことを口にする雄三。
「あっ…迷惑かけちゃってごめんなさい」
か弱い声で精一杯謝る。
皆の楽しい時間に水を差してしまったことは明らかだったから、余計にやるせない気持ちが込み上げてきた。
じわ……
具合が悪いこともありナーバスになっている美帆は、涙わ流し始めた。
一瞬ぎょっとした雄三だったが、
「そんな泣くなよ。迷惑なんかじゃないし。つか美帆といれるだけで嬉しいしさ」
と言った後で、何故自分はこの子のことをこんなに気にかけるのだろうと不思議に思った。
好きな女の子のタイプといえば明るく可愛い子で、どっちかと言えば菜茄みたいな子なのに。
よりによって、どうして公衆の面前で人を怒鳴ったり(これは具合が悪いせいだが)、あまり笑わないような子を…?
笑わないとは言っても、菜茄にはよく可愛い笑顔で話しかけていたし、歌っているときなんかは物凄く清々しい顔だった。
多分、自分を含む男子に一本線を引いているということなのだろうが…。
「あ、降りなきゃ」
おぼつかない足取りで歩き出そうとする。
危なっかしくて、体を支える。
その瞬間だけ美帆の体が怖ばったが、抵抗する気力かないのか、無意識にそうしてしまっただけなのかすぐに身を委ねてきた。
§
「美帆!」
落ち着きがあり、透る声が改札越しに聞こえてくる。
「もう。具合悪いなら無理して出かけたりしちゃ駄目じゃない。箕村君みたいなちゃんとした人じゃなかったら、どうなってたかわからないわよ。さ、お礼言って」
母親に支えられながら、
「ありがとうございました」
とか細い声で言い、うつ向いた。
「箕村君、これちょっとした気持ちです。ケーキだから、ご家族で召し上がってくださいな」
にこっと笑いながら手渡す。
こんな時は下手に遠慮すべきではないと心得ていたので、
「わざわざすみません。遠慮なく頂きます」
と同じく笑って会釈し、
「ではまた。どうぞお大事に。失礼します」
と、ホームへの階段を降りて行った。
美帆と美帆の母親はゆっくりと駐車場へ向かっていった。
美帆の夏バテと共に、少し話が進みそうな気配が(笑 雄三は何故美帆に惹かれているのか。…人が良すぎですよね。