森鷗外の小説『舞姫』のエリスに転生したけど、豊太郎とは絶対付き合いたくない!
「では、次の公演の主役を発表するわ。――高垣佳乃」
「――! はい!」
団長が私の名前を呼んだ瞬間、全身の細胞が歓喜で打ち震える感覚がした。
――やっとここまできた。
物心ついた時から、バレエダンサーの最高ランクであるプリンシパルだけを目指して、文字通り血の滲むような努力をしてきた。
それが今日、やっと報われたのだ――。
「おめでとう、佳乃ちゃん」
「……政子さん」
今までずっとこのバレエ団で主役を務めてきた政子さんが、私の肩に手を置いて微笑みかけてくれた。
本当は私みたいな後輩に主役の座を奪われて悔しいに違いないのに、こうして笑顔で祝福してくれる政子さんに、私は改めて畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
「ええ、応援してるわ」
そうよ、政子さんのためにも、次の公演は絶対成功させなきゃ――。
「さて、と」
その帰り道。
いつものように駅のホームの最前列で次の電車を待ちながら、スマホを取り出す私。
そして青空文庫の、森鴎外の『舞姫』のページを開いた。
次の公演が『舞姫』をモチーフにしているので、イメージを掴むために何度も読み返しているのだけど、何回読んでもはらわたが煮えくり返る――。
――『舞姫』のザックリしたあらすじはこうだ。
時は19世紀末。
主人公の豊太郎は、留学先のドイツでエリスという貧乏で若い踊り子と出会い、資金的な援助をしているうちに、やがて恋人同士になる。
そしてエリスは豊太郎の子どもを妊娠するのだ。
だが、ある日豊太郎は日本人の上司から、「私と一緒に日本に帰らないか?」と誘われ、それに乗ってしまう。
つまり、身重のエリスを捨て、自分だけ日本に帰ろうとしたのである。
にもかかわらず、ヘタレな豊太郎はそのことをいつまでもエリスに告げられず、いろいろあって豊太郎の親友から豊太郎が日本に帰ることを聞いたエリスは、あまりのショックに心が壊れてしまうのだ……。
そしてそんなエリスをドイツに残し、豊太郎だけが日本に帰るところで、物語は終わる――。
――いややっぱ、豊太郎カスすぎない????
まあ、話をちゃんと読めば、豊太郎にも同情の余地がなかったとは言わない。
このまま身寄りのないドイツで生きていくのは不安だったという気持ちは、わからないでもない。
とはいえ、だからといってそれがエリスを捨てていい理由には決してなり得ないッッ!!!!
私は一人の女として、豊太郎のことだけは、何があろうと絶対に許す気にはなれないのだ。
――おっと、そうこうしているうちに、電車が来たわね。
「――え?」
その時だった。
後ろから誰かに背中を押され、私の身体が宙に浮いた――。
――なっ!?
慌てて身体を捻り、後ろを向くと――。
「……フフ」
「っ!!」
政子さんが、悪魔のような笑みを浮かべていた――。
次の瞬間、ドンッという鈍い音と共に、私の意識は闇に飲まれた――。
「……エリス」
「っ!!?」
が、気が付くと、メガネをかけた冴えない顔の男が、私にキスをしようとしていた――。
――なっ!!?
「何すんのよッ!?」
「ぶべらッ!?」
思わず私は、男の頬にビンタを喰らわせた。
「ど、どうしたんだエリス!? 何か僕、気に障ることでもしたかい!?」
「……え?」
……エリス?
「――!!」
この瞬間、私の中に夥しい記憶が蘇ってきた。
……そうだ、私はエリス。
そして目の前のこの男は、豊太郎!
……私は、『舞姫』のエリスに転生してしまったのだ。
シチュエーションとしては、友達以上恋人未満だったエリスと豊太郎が、今まさに恋人になろうとしていたところ。
……でも。
「……ゴメンなさい豊太郎。やっぱり私、あなたとは恋人にはなれないわ」
「そ、そんな!? 何故だいエリス!? 僕たち、あんなに想いが通じ合っていたじゃないか!?」
「私、目が覚めたの。――あなたとの恋は、幻想だったって」
「……!!」
私の中にあるエリスの記憶には、確かに豊太郎に対する恋心は存在していた。
――だが、前世は大人の女だった今の私にはわかる。
エリスの豊太郎に対する想いは、典型的な思春期によるそれだと――!!
未成年の女の子が、年上の男に憧れを抱いてしまうのは、誰もが通る道なのだ――。
……でも、豊太郎だけはダメだ。
豊太郎と付き合ったが最後、エリスに待っているのは破滅だけ。
だからこそ、豊太郎と付き合うルートだけは、何としても回避しなければならない――!
「……豊太郎、あなたには感謝してるわ。あなたに援助してもらった分のお金は、いつか必ず返す。――でも、あなたと男女の関係にはなれない。さようなら、豊太郎」
「エ、エリスウウウ!!!」
私は一度も振り返らずに、その場から立ち去った――。
――さて、と、これで差し当たり豊太郎と付き合うルートは避けられたものの、これからどうしよう。
この時代、若い女が一人で生きていくのが容易なことではないのは、歴史に疎い私でもわかる。
エリスは父も亡くし、残っている家族は年老いた母親だけ。
エリスはヴィクトリア座という劇団で踊り子をしているのだけど、その収入は微々たるもので、とてもそれだけでは生活は困難だ。
ハッキリ言って、ほぼ人生は詰んでいる。
……と思われたが、意外なところから、一筋の光明が差した。
それは、私がずっとこの世界に抱いていた違和感からだ。
ここは森鴎外の『舞姫』の世界なはずなのに、明らかに世界観にそぐわないものがいくつか存在しているのだ。
私が子どもの頃に通っていた玩具屋さんに駄菓子屋。
更に、私の好物である納豆が、一般に流通している。
19世紀末のドイツでだ。
これはあまりにもおかしい。
もしやこの世界は、森鴎外の『舞姫』に、私の記憶が混じり合ったものなのではないだろうか。
私が前世で死ぬ直前、『舞姫』を読んでいたこともそれを裏付けた。
――それならば、まだチャンスはあるかもしれない。
私は急いで、とある場所を探した。
「ここね」
私の予想していた通り、その場所は存在した。
――それは、私が前世で所属していたバレエ団である、『ニャッポリート座』だった。
この時代には不釣り合いな近代的な建物は、まさしくニャッポリート座そのもの。
どうやらニャッポリート座は、この時代では最高峰のバレエ団らしく、ここでバレエダンサーとして雇ってもらえれば、女一人でも十分生活はできるはず。
だが、その分入団の難しさも桁外れだろう。
――でも、それが何だ。
私は前世でプリンシパルになった女――。
今回も同じことをするだけよ。
どの道もうヴィクトリア座は退団してきてしまったので、後には引けない。
私は静かに覚悟を決め、ニャッポリート座に入って行った――。
「あらぁ? これは可愛いお嬢さんね。うちに何か用?」
「――!」
中に入ると、ゴリマッチョのオネエが、優雅に佇んでいた。
――その容姿は、前世のニャッポリート座の団長に瓜二つだった。
「突然の訪問失礼いたします。私はエリスといいます。ここでバレエダンサーとして雇っていただきたく、参りました」
「……! へえ」
団長が、値踏みするような視線を向けてくる。
ああ、前世で初めて会った時も、これと同じ目を向けられたっけ。
「アハハ! あなたここがどこかわかってるのぉ?」
「アンタみたいな小娘が、ここでバレエダンサーになれるわけないでしょ! 恥をかかないうちに、さっさと帰んな」
モブたちが煽ってきた。
まあ、どこの馬の骨ともわからない小娘が突然来たら、そりゃこうなるわよね。
「いいじゃない、元気があって。私は好きよ」
「ダ、ダニエラさん……!?」
と、そこへ、ダニエラと呼ばれたベテランぽい女性が、助け舟を出してくれた。
――ダニエラさんの容姿は、政子さんそっくりだった。
おそらくこの人が、この劇団の主役なのだ……。
この瞬間、前世で政子さんに殺された記憶が蘇り、胸がズグンと重くなった――。
「フフ、ダニエラがそういうことを言うのは珍しいわね。――いいわ、特別に今から、入団試験をしてあげる」
「あ、ありがとうございます!」
よし、そうなればこっちのものよ!
「ちょっと待った!!」
「「「――!」」」
その時だった。
背後から若い男の声がしたので振り返ると、私と同年代くらいの背の高い男の子が立っていた。
凛々しい顔立ちをしており、なかなかのイケメンだ。
「あらあら、今日はお客さんが多い日ね」
「俺の名前はヴィルマー! 俺のことも、バレエダンサーとして雇ってくれ! 必ずイイ仕事をしてみせるぜ!」
「ふうん? ――フフ、いいわ。今からあなたたち二人同時に入団試験よ。着替えてらっしゃい」
「よっしゃあ! 君、よろしくな!」
「え、ええ、よろしく、エリスよ」
ヴィルマーと握手を交わす。
――それだけでわかった。
この人、只者じゃない。
体幹が一切ブレてないし、身体も研ぎ澄まされた日本刀みたいに鍛え上げられている。
ふふ、これは試験が楽しみだわ。
「……ああ、変わらないな」
「え?」
「いや、何でもない。お互い試験頑張ろうぜ」
「え、ええ、そうね」
何だったのかしら、今の?
まあいいわ。
今は試験に集中よ――。
「では、音楽に合わせて、二人で踊ってごらんなさい」
「「はい!」」
私とヴィルマーは、二人だけで舞台の上に立った。
程なくオーケストラによる音楽が流れ出すと、私の身体は自然と動き出した。
やはりこの身体は、前世のバレエを覚えている――。
「そ、そんな……!?」
「何よあの動き……!?」
観客席のモブたちから、驚嘆の声が聞こえる。
どうかしら?
これがプリンシパルの実力よ――。
「やるね。じゃあ俺も――」
「「「――!!」」」
今度はヴィルマーの番だった。
予想通り、ヴィルマーのダンスも見事なものだった。
まるで羽が生えているみたいに、軽やかに跳ぶ。
かと思えば男性的で荒々しい表現もでき、その演技の幅に、確かな才能を感じた。
――よし、ちょっと試してみようかしら。
私はアドリブで、ヴィルマーに向かってジャンプをしてみた。
すると――。
「よっと」
「「「――!!!」」」
ヴィルマーはそんな私を、まるで私がそうするのを知っていたみたいに、優雅にキャッチしたのである。
やるじゃない!
「グート! 二人とも合格よ!」
団長がスタンディングオベーションで、私たちを祝福してくれた。
よし、これで一歩プリンシパルに近付いた。
必ずこの世界でもなってみせるわ、プリンシパルに――!
こうして私とヴィルマーは、ニャッポリート座の中でメキメキと頭角を現していった。
そんなある日の、稽古の帰り道。
「ねえヴィルマー。ヴィルマーはニャッポリート座に来る前は、どこでバレエを習っていたの?」
「え?」
ヴィルマーとは帰る方向が同じなので、いつも二人で帰っているのだけど、雑談ながら、前から疑問に思っていたことを訊いてみた。
ヴィルマーのバレエの腕は、歳の割には明らかに抜きん出ている。
才能があるというだけでは、説明できない何かがある気がしていたのだ。
「あ、あー、近所にあった、小さなバレエ教室だよ。親戚が経営してた教室だったから、安く通わせてもらってたんだ」
「ふうん」
そんな無名のバレエ教室で、ここまでのダンサーが育つものかしら?
それともその教室の先生が、余程の大物だったとか?
「エリスこそ、前はヴィクトリア座にいたってのは本当なのか? あそこじゃ、とてもエリスレベルのダンサーが育つとは思えないけど」
おっと、なかなか鋭いわねヴィルマー。
ええ、確かに私は、前世のニャッポリート座で鍛えられていたわ。
でも、それを言うわけにはいかないし。
「ふふ、まあ、私は天才だから」
そういうことにしておこう。
「はいはい、やっぱりそう言うんだな」
「え?」
やっぱり?
こんな話、ヴィルマーとしたのは初めてだけど……。
「おっと、何でもない。忘れてくれ」
「はぁ……」
おかしな人ね……?
とはいえ、私たちのダンサー生活は、至って順調だった。
そして私とヴィルマーが入団して、数年が経ったある日のこと――。
「では、次の公演の主役を発表するわ。――エリス、あなたよ」
「――! はい!」
よし、遂に私はこの世界でも、プリンシパルになれたわ――!
「もう一人の主役は――ヴィルマーよ」
「はい!」
ふふ、ヴィルマーも揃って初主演とはね。
まあ、ヴィルマーの実力だったら、当然でしょうけど。
「お互い頑張ろうな、エリス!」
「ええ、もちろんよ」
私はヴィルマーと、固い握手を交わした。
この数年で、私とヴィルマーのダンスの相性が抜群に良いことはよくわかったので、既に負ける気がしない。
「おめでとう、エリスちゃん」
「……ダニエラさん」
ダニエラさんが、笑顔で祝福してくれた。
だが、その笑顔が前世の政子さんとまったく同じだったので、私の背筋を悪寒が走った――。
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
「ええ、応援してるわ」
ダニエラさんと政子さんが別人だというのはわかってるつもりだけど、念のため用心しておいたほうがいいかもしれないわね――。
「じゃ、また明日な」
「ええ、またね」
その帰り道。
いつもの交差点でヴィルマーと別れた私は、一人で暗い路地裏を歩いていた。
――すると。
「……エリスちゃん」
「――!」
背後から聞き慣れた声がしたので振り返ると、虚ろな目をしたダニエラさんが、まるで幽霊みたいに佇んでいた。
――この瞬間、私の全身に緊張が走った。
「……何か御用でしょうか、ダニエラさん?」
「…………許せない」
「?」
ダニエラさん?
「許せない許せない許せない許せない許せない。主演は私なのに。主演は私だけのものなのに。こんな小娘に絶対渡さないわ。渡していいはずがないわ。渡しちゃダメなのよ。絶対に絶対に絶対に絶対にダメなのよおおおおおおおおおおお」
「――!!」
半狂乱になったダニエラさんが、私に突撃してきた。
見れば、手には鋭いナイフが握られている。
――クッ!
「どっせーい!!」
「ガハァ!?」
「っ!!?」
その時だった。
何者かがダニエラさんに背後からドロップキックを喰らわせ、ダニエラさんは吹き飛んで壁に激突し、気を失った。
「フウ、ギリギリセーフだったな」
「ヴィ、ヴィルマー!?」
そこにいたのは他でもない、ヴィルマーだった。
「……どうしてヴィルマーがここに? ヴィルマーの家とは逆方向でしょ?」
「あー、その、何だ、ダニエラさんの様子がおかしかったから、念のため後をつけてたんだよ」
「……そう」
本当かしら?
私は前世のこともあったから嫌な予感はしていたけど、稽古場にいる時のダニエラさんには、特に不穏な様子はなかったと思うんだけど……。
それとも、ヴィルマーには何かが見えていたの……?
「ありがとう、ヴィルマー。あなたは命の恩人よ」
「いや、俺は当然のことをしただけだよ。――間に合ってよかった。本当に」
「……!」
今にも泣きそうな顔になったヴィルマーに、私は何と声を掛けていいかわからなかった。
こうしてダニエラさんは、殺人未遂で逮捕された。
このことは、ニャッポリート座の中でも当然大問題になった。
次の公演で主役を務める私の精神面を心配する声も多かったが、私は不屈の精神でそのプレッシャーを乗り越え、見事公演を成功させたのである。
私はこの世界で、本物の【舞姫】になったのだ――。
そんなある日のことだった。
「じゃ、また明日な」
「ええ、またね」
いつもの稽古の帰り道で、ヴィルマーと別れようとした、その時――。
「エ、エリス――!!」
「「……!」」
聞き馴染みのある男性の声が、私の鼓膜を震わせた。
――そこにいたのはエリスにとって因縁の相手である、豊太郎だった。
数年ぶりに再会した豊太郎は、随分と老けて見えた。
「……久しぶりね豊太郎。お元気そうで何よりだわ」
「う、うん、あの、エリス……」
「ちょうどよかった。あなたに会ったら渡したいものがあったの」
「え?」
「はい、これ」
「……!」
私はこんな時のためにバッグに忍ばせておいた封筒を、豊太郎に渡した。
「こ、これは……」
「以前あなたに援助してもらったお金よ。耳を揃えてお返しするわ」
「いや、いいよこんなもの! それよりも僕は、どうしても君が忘れられないんだ! どうかもう一度だけ、僕とやり直してはもらえないかな、エリス!?」
そんなこと言われてもねぇ……。
豊太郎と付き合ったら、地獄が待っているのは火を見るよりも明らかだし……。
口ではこんな調子のいいことを言ってるけど、最終的にこの男は、自分の子どもを妊娠したエリスを捨てるような男なのだから……。
かといってここで何を言っても、潔く引いてくれるとも思えないし、どうしたものかしら。
「残念だったなオッサン。エリスは俺の恋人なんだよ」
「「――!!」」
その時だった。
ヴィルマーが私の肩を抱きながら、そんなことを言ってきた。
ヴィ、ヴィルマー!!?
「な? そうだよな、エリス?」
「……!」
ヴィルマーがパチリとウィンクをしてきた。
なるほどね。
「ええ、そうなの。だからあなたの想いには応えられないわ。ゴメンなさいね、豊太郎」
ヴィルマーにしなだれかかりながら、豊太郎に微笑む私。
「そ、そんな……!! ぼ、僕のエリスが……!! 嗚呼、僕のエリスが……!! うわああああああああああああああああああ」
頭を搔きむしりながら、奇声を上げて走り去る豊太郎。
……さようなら豊太郎。
もう二度と、会うことはないでしょう。
「ありがとう、ヴィルマー。あなたには、いつも助けられてばかりね」
「いや、気にすんなよ。――好きな女の子を助けるのは、当然のことだろ?」
「――!!」
ヴィ、ヴィルマー……!!?
今、何と――!!
「……い、いつから」
「うーん、説明が難しいなぁ。――信じてはもらえないかもしんないけど、実は俺、タイムリープしてんだ」
「っ!?」
タイムリープ!?
タイムリープって、あのタイムリープ!?
「タイムリープする前の俺は、エリスのニャッポリート座のデビュー公演を、たまたま客席で観てたんだ。そん時のエリスは脇役だったんだけど、俺には誰よりも輝いて見えた。そんで俺もエリスと一緒に舞台に立ちたいと思って、必死に稽古して、何とか俺もニャッポリート座に入れたんだ」
「……」
ヴィルマーの言っていることは荒唐無稽ではあるものの、そう考えると諸々の辻褄が合うのも事実だった。
何より私だって転生者なわけだし、タイムリーパーがいてもおかしくはないだろう。
「……でも、エリスが初めて主役に選ばれた日、エリスはダニエラさんに刺し殺されて……」
「――!」
なるほど。
タイムリープ前の世界では、私はダニエラさんに殺されてたのか。
「それを聞いた時、あまりのショックで俺、呆然としながら夜道を歩いてたら強盗に襲われて、ナイフで刺されて死んじゃったんだよ」
「っ!!?」
そんな――!!
「意識が遠のいていく中で、エリスを助けられなかったことだけがどうしても心残りで……。神様に、どうかもう一度だけチャンスをくださいって、必死に祈ったんだ。で、気が付いたら、エリスがニャッポリート座に入団する前に時間が戻ってたってわけ。――だから今回は絶対に、エリスのことを救うって決意してたんだ、俺」
「そうだったのね……」
だから私がダニエラさんに襲われたあの日、私を助けてくれたのね。
「……とても信じられないよな、こんな話」
「いいえ、私は信じるわ、ヴィルマー」
「ほ、本当か!?」
「ええ、本当よ。――ありがとう、ヴィルマー。私のために、そこまでしてくれて――」
「エ、エリス……!?」
感極まった私は、ヴィルマーの胸に顔を埋めながら、声を殺して泣いた。
私のことを、そこまで想っていてくれたなんて……。
――嗚呼、私、エリスになれてよかった。
「……何度も言ってるだろ。俺は、当然のことをしただけだよ」
「……うん」
そんな私の頭を、ヴィルマーはいつまでも撫でてくれた。
――この日私は、本当の意味で【舞姫】になったのかもしれない。
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