【第2章】未来人、利権側の争いに巻き込まれる(巻き込まれたくない)
利権会議の空気は重い。
……いや、重いというか湿っている。
湿度120%、権利者の主張で窒息寸前みたいな。
「さて、次の議題。“構図の権利は誰のものか問題”です」
スライドにドン、と表示される。
『構図:対角線・三分割・日の丸構図の所有権争いについて』
いや、全部自然じゃん。
「はい! まず言わせてもらうが、三分割構図はウチのものだ!」
「何言ってんだお前! 三分割はヨーロッパ絵画の伝統がルーツだろ!」
「ルーツはウチが買った!!」
(買った!? 買えるのあれ!?)
「対角線構図は俺だろ! 10年前に商標出しといたぞ!」
「対角線に商標とかバカかよ!」
「バカでも勝てば官軍だ!」
勝てねえよ。
もう会議は完全にリング上の殴り合い。
俺は未来人として冷静に観察しようとするが──
(……これ未来で“滅びた文明の症状そのまんま”なんだよな)
権利で殴り合う文明は、いつも内側から崩壊する。
外敵なんて必要ない。
「おい新人! お前の未来じゃ構図は誰が持ってんだ?」
急に振るな。
「未来では共有財です。誰のでもないです」
「は? ありえねえ!」
「使用料はどうやって取るんだよ!」
「あれで収益が消えるだろ!」
(収益ありきなのか……文化じゃなくて)
「じゃあ、文体の所有権は? 誰のもの?」
「あれも共有です。文法も語彙も、文化全体のレイヤーなので」
「バカか! 文体を共有にしたら、誰でも真似できるだろ!」
(いや、文体って真似されて進化するもんだろ……)
「真似されたら商品価値が下がる!」
「俺たちの権威が揺らぐ!」
「ブランド力が落ちる!」
(全部、文化のためじゃなくて“自分のため”なの……?)
さすがに未来人としてツッコミが追いつかなくなってきた。
「ちょっと待て、お前らの議論って“文化を守る”んじゃなくて
“自分の取り分を守る”だけじゃない?」
会議室が一瞬だけ静まる。
「……あたりまえだろ? なに言ってんだこいつ」
「お前、文化の保護団体をなんだと思ってんだ?」
「文化? 違う違う、文化は“資産”だよ。“所有物”だよ」
うわあああ。
(未来でこれが“21世紀文化停滞の病巣”って扱われてた理由、めっちゃわかる……)
「新人。お前もそのうちわかる。
この時代では“所有できる奴が正義”なんだよ」
その言葉に、会議室の全員が頷く。
未来人の俺は、逆に震えた。
(……所有できる奴が正義、か。
それ、未来で“文明崩壊の合図”として教科書に載ってたワードなんだよなあ……)
「じゃあ次は“色彩使用料”の議題いくか!」
「赤はウチが先に商標出してるぞ!」
「RGB値のどれまでだよ!?」
「赤に範囲なんかねえだろ!!」
「じゃあお前ブルーの商標料払ってんのか!?!?」
(……これ戦争になるぞ)
会議室はもはや戦場。
利権村の縄張り争いが熱狂しすぎて、俺の存在がほぼ空気になっていた。
(未来人として冷静に観察しようと思ったけど……
これ、俺もう帰っていい?)
まだ任務開始から30分である。




