第一色「二代目生徒会長 林檎赤寝」
登場人物①所属学級②誕生日③好物④特徴⑤備考
林檎 赤寝①三年一組②4月2日③蕎麦④ショートスリーパー⑤生徒会会長、特待生
偽口 藍①二年三組②11月7日③貝④囲碁部部長⑤生徒会会計、特待生
綿貝 菫①一年三組②3月3日③グラタン④耳がいい、人がいい⑤特待生
本渡 貸借①二年二組②11月1日③バウムクーヘン④濫読家⑤図書館司書、特待生
一号 青異①二年零組②4月2日③林檎④何でもできる⑤生徒会副会長、一般生
???①一年?組②9月6日③マグロ④???⑤??生
00 才能とは、植物である。
種をまき、水をやり、肥料を与え、光を浴びせ、時が流れ、芽が出て、葉が伸び、花が咲き、果実が実り、彼らは次の才能のための種をまく。
どこか一つの工程が失われると全てがなかったことになってしまう。
僕らは、この日本という国でまかれ、育てられている。
植物と同じで間引かれもする。
僕は、果実となれるだろうか。太陽の光を受け輝く、あの林檎のように。
01 この中学校の校庭の隅には柵に囲まれてとても大きな林檎の樹が植えられている。
この樹は昔この学校にいた生徒への感謝の気持ちをこめて送られたものらしい。
ここまで巨大なものは生物学的にも珍しく、貴重種保護の目的とかなんとか専門家に言われたとかで一部の先生と生物部の部員だけで管理されていた。お陰さまでここの学校の生物部は選ばれた生徒のみ入部を許可されているとか。まあ、ここの学校はどこの部活も似たようなものだけど。
寄贈された当時物珍しさに新聞やテレビ局から取材の電話も来ていたとのことだ。
言っておくがこの学校があるのは青森県ではない。ましてや他の林檎の有名な産地というわけでもなく、各都道府県の林檎の生産量ランキングみたいなものがあったなら、下から数えた方が早いだろう。
しかし本来なら林檎を育てるに適さない気候であるにも関わらず選ばれし生物部の頑張りで一応樹に実はなるようだが、味については彼らの頑張りは及ばなかったようで、できた林檎の実は科学の実験なんかに使われていたとか。
まあ、そこは調理担当の頑張りで――私の頑張りもあり――全部おいしいジャムやパイになっている。
秋になると購買で販売されるようになって、去年は気持ちがいい売れっぷりだったなあ。その販売を行えるまでが大変だったんだけど……
ここまででこの中学校に入学したときにまず知ることになる特色、ってやつをまとめてみた。人によっては入学前から知っているのかもしれない。
それに、入学したら担任の先生から説明が行われる。先ほどの私の説明に加えて、「生物部以外は絶対に樹に近づくな」と教えられる。近づくも何も樹を囲む柵はどうやっても乗り越えられないようになっているし、他にも……。
まあ、この柵とかについてはまた今度説明するとして、つまるところこの学校に通う生徒の中にこの樹について知らないやつはいないはずだ。
あいつ一人を除いて。
02 去年の春頃、私が下校しようとしていたときのことだ。校舎から校門までの道の途中であり得ない場面を目撃した。あってはいけないともいえるな。私は急いで例の林檎の樹のある校庭の隅まで走った。やっぱりさっき見た通りだった。目の前の――柵の内側の――男子生徒は林檎をかじっていた。
(この季節はまだ熟れてなくって美味しくなさそうだな……)
って、違う!
03 「会長!起きてください。もう15分経っちゃいましたよ」
と、黒縁の眼鏡をかけた三つ編みの女子生徒が、もう一人の女子生徒の机に突っ伏した体を揺らす。というか背中をバシバシと叩いている。
黒縁の眼鏡の少女の方が生徒会会計偽口藍である。風貌から分かる印象そのまま、真面目で勤勉な生徒である。そして行動から分かる印象そのまま、結構杜撰な性格をしていたりもする。
「うーん……?せっかく懐かしい夢を見てたのに……」
と、お目覚めの林檎会長は口元が緩んでいた。よほどいい夢だったらしい。
私だったら、とても人には見せられないな……なんて考えるが、林檎会長と偽口会計しかこの部屋にはいないから無理もないか。
今この部屋に、この空間に私はいないことになっている。
04 私の前で眠っていたこの女子生徒こそ我が中学校でも随一の著名人であり――風貌から分かる印象の逆をいく存在――生徒会第二代会長林檎赤寝先輩である。今日も耳のあたりまで短くした髪が彼女の健康的な印象を強めている。紙の先は肩に触れるかどうかと言ったところか。
一見すると、この説明を聞くと、彼女は年相応の、中学三年生のようである。
しかし、彼女がこの学校で二年間過ごした中で起きた、数々の事件を知ればそんな風には二度と見ることはできまい。
入学式での退学勧告、風紀会と全面戦争、一般生との謀略、体育館を運動場に、生徒会の設立、初代生徒会長就任、林檎の樹事件、詐欺グループの解体、一般生との真剣勝負、校舎の地下で死体発見、炎の正月学校運営の権利の半分を掌握、etc
これらのことはただの事実であり、噂とかまで含めてしまうと、少女どころか人間かどうかも怪しくなってくる。
これだけの出来事の渦中にいておいて、まだこの一年間は在籍するのだから、気が滅入る。
そんな人間――化物は言い過ぎか、雲の上の存在――を年相応に可愛がることができるだろうか。人の魅力よりも、自分の危機回避能力のなさにいち早く気付いた方がいい。
まあ、そんな生徒はこの学校に一人としていないだろう。
なんでも回避できるはずの私が生徒の一人として願っていたのは、私を巻き込まずに、彼女には最後の中学校生活を過ごしてほしかった。
ただ、そうも言えなくなった中学一年生の4月なのであった。
05 「もう、人が働いている間に気持ちよさそうな顔をして寝て。どうせ、一号くんの夢でも見てたんじゃないんですか?」
くっ……、中々に鋭い後輩である。どうせは余計だが。
「別にいいですけど。良い感想文は書けそうですか?」
「おっと、そうだった。危うく忘れるところだった」
私は先ほど読み終わったばかりの、本の感想文を書くために、一旦眠ったのだった。目的を忘れて――忘れかけて――楽しい夢を見ていたことを、咎めようとしてくる後輩の視線が痛いな……
ふと目を藍ちゃんから机に向けると、――気まずくなったからではない――目に入った机上にある一冊の本。この学校の図書室で借りてきたものだ。本のタイトルは『ブラックパンサー』である。
主人公の政府に雇われているスパイ――「黒豹」――が壊滅の任務を命じられた組織に潜入する。その中で二重スパイとして、自分を雇った者の正体を暴いていくという物語である。黒豹の目的はまた別にあるのだが、段々と彼の過去と共に明らかにされるシーンは凄かったな。最初は三人称の語り手をベースに始まって、途中から黒豹目線へと切り替わっていく演出が、黒豹によって作中の登場人物の命が、奪われていたことの伏線だと気付いたときが、一番感動したな。でも、この本一つだけ不思議な所が……
「しっかりしてくださいよ。そんな調子では卒業も危ういんじゃないですか?」
まあ、こんな調子の先輩でも卒業はできる。藍ちゃんに、そこまで心配されるような姿を見せた覚えはないのだが。
「卒業できようが、できまいが、ボクにとってはどちらでもいいんですけど」
自分から話しておいて、なんと無責任なことを言う後輩だ。我ながら生徒会の設立者兼生徒会長として、後進の育成には結構力を入れてきたつもりだった。背中で語ってきたのがよくなかったのか?
とはいえ、人間の性格はそう簡単には更新できないようだった。先頭が頼りなければ、誰も行進について行こうとは思うまい。
「会長だって、ひどいこと言ってくれますよ。誰にでもそんなことを言ってたら、デモが起こっちゃいますよ。クーデターですよ。首をはねられちゃいますよ」
本当に首をはねられかけたり、クーデターを鎮圧したりした身としては笑えない冗談である。あのときは大変だったからな。
「誰にでも言うわけないじゃない。私と藍ちゃんの仲だから言えるんだよ」
しかし、もし誰にでもだとしたら、私が会長になることなんてなかっただろう。選挙の時点で止められ、生徒会からも門前払いされてしまうだろう。首ははねられないけれど。
私がいなかったら、生徒会が門を構えることもできなかったわけだが……
「無駄話はここまでにして、ちゃちゃっと感想文くらい書いちゃってください。そして、仕事を手伝ってください。一人で大量の書類を作るだけの仕事なんて、楽しくないですよ」
やってられないですよ、と藍ちゃん会計が言う。早く書いてください、と目で訴えかけてもくる。
楽しいだけが仕事ではないのだが……
「今日に限ってみんな来るの遅いんだよな……大変な作業だから全員でやってすぐに終わらせてしまおう、って話したはずなのに。庶務のポストも空いたままだからな」
私もシャープペンシルを持って、早速、原稿用紙を文字で埋めていく。早く終わらせてしまおう。私にもしなければならないことがある。言っておくと、これは生徒会の仕事ではない。学校からの課題みたいなものだ。
「だったらボク一人にやらせずに、最初から手伝ってくれませんかね?そもそもが去年の活動内容についての書類なんですから、去年も今年も生徒会役員のお二人でするべき仕事でしょう」
「いやいや、今年のは藍ちゃんも作る必要があるんだからさ。勉強だと思って」
「いやいやいや、去年の先輩方が面倒くさくなって、わたしたち後輩に押し付けたからじゃないですか」
なんて、無駄ではない話をしながらもそれぞれの作業に取り組んでいたそのとき、扉はトントントンという音立て、生徒会室の扉がガラガラガラと開かれた。
横に開かれた。
我が生徒会室の門は引き戸であった。
06 「失礼します。赤寝会長はいらっしゃいますか?」
「こちらにいますよ。どうぞお入りになってください」
と言って、藍ちゃんは立ち上がると、お茶をついで持ってきてくれた。
来客の対応に関しては、愚痴をこぼさずにこなす会計である。まあ、来客の前で愚痴はこぼさないのが当然ではあるが……
おっと、声では分からなかったが、扉を開いたのは見知った顔だったようだ。
「いらっしゃい、貸借ちゃん。図書室で何かあったのかな?」
「は、はい、そうなんです」
「まあ、とりあえず入ってきて、座って話を聞かせてもらおう」
失礼します、と言って入ってきた。引き戸を閉めるのも忘れない。
本渡貸借。栞の髪飾りで髪を留めているという、可愛らしい特徴がある。この中学校の図書室の司書をしており、図書室の運営を一人で行っている。
図書室は私もよく利用するので必然的によく出会うことになるわけで、去年入学してわりとすぐに仲良くなった。
さすが貸借ちゃんはしっかりしてるな、なんて思っていたら、
「会長、お知り合いの方なんですか?」
と、藍ちゃんから質問された。
「ああ、この子は本渡貸借ちゃん、二年生だ。」
初めまして偽口さん、とお辞儀をしてから来客用の椅子に腰かけた。つくづく丁寧な子だな。
「こちらこそ初めまして。同じ学年だったんですね。どうぞよろしくお願いします」
こっちにもしっかりしている子がいたものだ。さっきまで私と軽口を叩き合っていたのに。私を叩いて起こしたくせに。
と、いけない。本題に入らなくてはだな。物語小説でも、何の出来事も起きないまま、話の本筋が進まないなんてことは避けなければならないからな。
「それで、どうしたんだい?わざわざ生徒会室を訪ねて来たってことは、何かの相談かい?図書室のこと?」
「はい、実は……」
08 というわけで、図書室の前までやってきた。ついでに借りていた本も持ってきた。そのまたついでに藍ちゃんもついてきた。
生徒会室に一人残って、仕事をするのが嫌だったらしい。
「遅れている皆さんに置き手紙を書いておきましょう」
と言って、藍ちゃんは生徒会室の扉に紙を貼りつけた。
紙には、『私はそこそこ作っておいたので、残りの仕事は五人でお願いします』と、書かれていた。
うん?これだと、私も含まれている気がするんだけど。まあ、後のことは考えても仕方ない。ここは、あとの四人が、面倒くさがらずに仕事を終わらせてくれることを信じておこう。
図書室の扉を――せっかくなので図書室の鍵を使って――開けて、中に入る。貸借ちゃんは用があって、今日は学校に長く残れないそうだ。およそ30分、生徒会室で話を聞いた後に、そう言われた。そういうわけで鍵と紙を渡してくれた。
しかも二個と二枚。おっと、鍵の単位は本だったっけ?本なら目の前にたくさんあるが。ジャンル別にたくさんの、大きな本棚に詰められている。大きすぎて上の方の本は脚立がなければ、手にとって読むことができない。
ひとつは図書室の鍵として、もうひとつはどこの鍵だ?そういえば説明されなかったな。鍵ならいらないと言ったのに。どこの鍵かも言わぬままに、無理やりに渡されて、そのまま貸借ちゃんは帰ってしまった。
どこの鍵でも私には関係ないことだが。
あの様子じゃとても急ぎの用らしい。だったら、生徒会への相談も時間に余裕のある日にすればいいのに。今日中に解決してほしい理由があるのかもしれない(これも聞く暇がなかったが)、と勝手に納得することにした。
鍵を開けて中の入ると、入り口のすぐ近くにあった机に借りていた二冊の本を置いた。
「さて、状況を整理しないとだな」
「はい、本渡さんからの話によると『図書室の本が増えている』でしたね」
「なかなか面白くもある事件だな。さて、学校一番の読書家として解決に導いてみようか」
「探偵みたいなことを言って。好きなことで急にテンションが上がってますね、ミステリーの読みすぎですよ。あと、一番の読書家は本渡さんじゃないんですか?」
まあ、貸借ちゃんはこの学校の司書で、基本図書室にいるからな。しかし、人よりも使える時間が多いお陰で、私も負けてはいないだろう。
ミステリー以外もたくさん読んでいる。貸借ちゃんにも負けず劣らず。
あと、好きなことで露骨に気分が変わる、というのはこの学校の生徒の特徴みたいなものだろう。特権とも言えるかもしれない。
「とりあえず、その増えた本とやらについての情報を集めることにしよう」
と、いよいよ事件解決のために、捜査に手をつけようとポケットに手を入れたそのとき。
遠くの方から、ドッドッドッという足音が聞こえてきた。少し小走りのようなリズムである。それは段々と大きくなってきていた。
そして、開けたままだった図書室の扉からその生徒――背の高い男子生徒――の姿が現れた。
「"事件"って聞こえたんですけど、誰かお困りですか!?」
本を借りたり返したりするために来たわけでもなさそうだ。
捜査は一旦中断である。始まってもいなかったが。
09 恐らく私の「事件」という言葉を聞いて、露骨にテンションを上げて図書室にやってきたであろう男子生徒は、私のことを見て、
「すみません!まさか、生徒会長さんがいるなんて思ってなかったです。それじゃ、僕はこれで!」
と言って、私の姿を見るなり、踵を返して引き返そうとした。
そんな彼の発言に対して、私は、
「待て、待て、待て。今、私たち困ったことに巻き込まれていてね。手伝ってもらっても構わないかい?」
と、彼にひとまず図書室の中に入ってもらうようドアを閉めながら促す。入室を促すのは今日だけで二度目である。
(つい、思いがけず呼び止めてしまったが別にその必要はなかったのでは?)
と、思わなくもない――実際に思っている――が、ここは仕方がないだろう。 あまりに彼の行動が迅速だったために、冷静さを欠かれてしまった。
藍ちゃんも同じことを考えたらしい、冷たい目線が背中で感じられる。
「まあまあ、藍ちゃん。人手が増えて困ることはないだろう。三人寄れば文殊の知恵、とも云うだろう?そうだ!この事件解決において、彼の協力が素晴らしかったとしたら、生徒会に入ってもらうというのはどうだい?」
強力な庶務として働いて貰おう――と言ったところで件の男子生徒の方に顔を向けた。これ以上私のキャラ(喋り方)がおかしくなる前に、彼のキャラを知ることにしよう。
「どう、かな?そういえば自己紹介がまだだったね。知っているかもしれないが、私が会長の、三年一組、林檎赤寝。林檎と書いてりんごうに、赤ん坊の赤、それに昼寝の寝で赤寝。で、こっちが……」
会計の偽口藍です――と藍ちゃんが口を開いた。そのまま閉じた。
私に、自分の漢字の説明をしたのを恥ずかしく思わせよう、という魂胆だろう。なんなら自分のクラスも言っていない。(ちなみに藍ちゃんは二年三組である)
しかし、そうはいかないぞ。まだ、彼の自己紹介が残っている。
「それで、君は何ていう名前なんだい?」
「僕は、一年三組の綿貝菫です。それよりも、生徒会役員の六人ってもう決まってるんじゃなかったんですか?」
ううむ、わたがいすみれくん、か。ほとんど文字が決まってしまうな。渡か綿、すみれが平仮名か漢字か位しか思い付かないな……
「――あの、林檎会長……?」
「あー、すみません。ただ今、会長は自身のキャラを、尊厳を取り戻している最中、だと思われます」
「え、どういうことですか?」
「まあまあ、一旦気にしなくて結構ですので。それよりも、綿貝さんの質問にはわたしが答えましょう」
「あ、ありがとうございます、お願いします……」
「確かに生徒会役員の人数は全部で六名。会長、副会長、会計、書記、広報、そして庶務。なのですが、生徒会の現状として庶務を務める人がいらっしゃらなくてですね。絶賛募集中です」
「でも、生徒会の六人の役員は既に決まっている、っていう話を耳にしたことがありますよ」
「それも、そこまで間違ってはいないのですが。いかんせんその六名の中の一人が表立って仕事をしない方が良い方で」
「なるほど……?」
「それで、綿貝さんは生徒会の仕事に興味などはないですか?」
「いえ、すみません。それはお断りさせていただきます。ただ、庶務に向いた人を探す協力くらいなら……」
「もしかして部活動に所属していたりするんですか?その長身を生かした運動部だったりに。というか、美術部だったりに。仮にそうだったとしても気にしなくていいですよ。既に生徒会のメンバーには剣道部の部長さんがいらっしゃいますし、なんだったら私も囲碁部ですし、両立は可能ですよ」
「そうではなくて、その、すみません」
おっと、ちゃんと断られてしまったな……
「お、動揺して思ってもないことを口走ってしまった会長は元に戻ったようですよ」
いや、藍ちゃんにも活躍の場を与えないといけないと思ってね。キャラを掴んで貰うためにも必要だからな。
「あのー、ところで会長さんが今解決しようとしている事件って何ですか?」
キャラ紹介からまた本筋へ。
10 「なるほど。図書室に司書の方でも知らない本が増えている、ですか」
それは、なかなか不思議なことですね、と事件の詳細を聞いた綿貝くんはそんなことを言った。
ちなみに、知らない本というのは、覚えのない――図書室には保管されていない本――という意味に加えて、全く知らない内容の本という意味でもある。
「そして司書の、本渡先輩に鍵を二本渡されたと」
「ああ、ただどこの鍵かは分からなくてな。それと、事件解決に役立つかもしれないと言って、この紙も渡されたな」
と言って、私は綿貝くんにポケットに入れておいた紙を手渡した。これも二枚だ。
「こっちは今月の図書室の利用者をまとめたリスト、ですか」
「ああ、もう一枚には増えていた三冊の本のリストがあるそうだ。とはいえ、私達も図書室に着いてから見ようと思っていたところなんだ。さっき来たばっかりで、まだしっかりと確認はできてない」
「だったら、一緒に見ましょうか」
そう言って、綿貝くんは図書室の机の上に二枚の紙を広げた。
どちらも貸借ちゃんの手書きのようである。
11 図書室の利用者について
4月1日 一年二組 鳥留問二冊貸出(赤寝会長が四冊返却、三冊貸出)
4月3日 二年二組 露点凝決一冊返却、一冊貸出 三年三組 上揚昇挙二冊返却
4月4日 私用につきお休み(16時には戸締まりの確認をして帰る) 翌朝開いたままになった扉を発見
4月5日 上揚昇挙一冊貸出(赤寝会長が三冊返却、一冊貸出)
4月6日 鳥留問二冊返却、一冊貸出
どれも4月5日に発見
増えた本の題名と発見された本があった本棚のジャンル
『烏死塗』 スポーツ・武道
『鈍の国』 天文学・宇宙
『四畳半、時々、病な職場環境』 数学・情報工学
12 (今日が4月7日だから、書かれているのは昨日までの利用者だな……昨日のうちに、生徒会に相談することを決めていたのかな)
なんて考えていると、綿貝くんが口を開いた。
「あれ、これって……」
「どうした?綿貝くん、何か気になることでもあったか?それとも、事件解決に繋がりそうな重大な情報でも、見つけてしまったか?」
「……その、逆……なんですが……」
「どういうことだい?」
逆とはどういうことか分からずに反射的にそう質問した。昨日までの
「……いえ、その……この情報って、2つとも事件の解決には役立たないような気がして……」
「……?それは結局どういうことですか?」
と、今度は藍ちゃんからの質問。
「2枚の紙から得ることのできる情報どうしに補完性がないというか、加えてどちらもそれ単体では事件の解決に役立たない。図書室を利用する人が全員本を借りたり返したりするわけではないですし、増えた本が発見された本棚も、元々全部が本に埋められていたかも分からない。空いていた隙間に入れただけの可能性も有り得ます。強いて言うならば4日の情報くらい……ですかね。その日に増えたのだと推測、いえ、憶測することならできます。……僕には、そんな風に思えてしまって……」
ふむ、綿貝くんが言いたいことも分からないわけでもない。本を増やした犯人を特定しようとするならこの学校の生徒全員――298人、全員ではない――がその候補となるだろう。
「なるほど、綿貝くんの言うことは間違ってはいないな。今の段階では役立たないだけだということを除けば」
そうですね、と藍ちゃんが納得したような素振りを見せた。
「本渡さんにしても、事件を解決してほしくてボク達生徒会を頼ってくれた訳で、司書として渡せる情報をくれただけでしょうし」
「……そうですね、まずは自分たちでも情報を集めなければ……」
うーむ、どうしようか、と次の行動を決めあぐねていると、あることに気がつく。
……うん?綿貝くんに先に見せてしまったから気付くのが遅れてしまったが、これは……
そもそもこの紙も貸借ちゃんに生徒会室で渡されたもので……
この紙の中身ももう一本の鍵についても、確かに聞いた。
聞いたが……
図書室に来てから見ようと思ってて……
そもそもの話ではあるが、どうして貸借ちゃんは説明をしなかった?
そもそもあの場で紙の中身について私が知って何か困ることでも何かあったか?
そもそも増えた本は誰が見つけたんだ?
増えた本は最低でも3冊発見されているが、しかしだったらなぜ貸借ちゃんはその本を渡さなかったのか。
渡せなかったのか……?
そもそも本が増えてなぜ困っているのか……
疑問点ばかりが明らかになっても仕方がない。
これは、作戦を練る必要がある。
とりあえず今日の夜は長くなりそうだ。
13 「藍ちゃん、三十分経ったら起こして。あと、その間に増えた本を探しておいてくれる?」
見つからなくてもいいから、と壁に掛けられた時計を見ながらにそう言い、会長は偽口会計に例のどこのものか分からないという鍵を渡したようだ。
そして、二枚の紙が置かれた机の上を指差して言う。今度は僕に向かって、
「それと、綿貝くん。さっきの、この紙が役に立たないって言葉はおそらく半分ほど正解だ。ありがとう」
と、言うと林檎会長は、近くにあった椅子に腰掛けそのまま眠ってしまった。
どういたしまして、とか言う暇もなかった。
林檎会長の急な行動に呆気にとられていると偽口会計は、
「了解です」
と、返事をした。
「さて、それではボクたちは本を探しましょう」
「……僕達がすることはそれでいいんですが。偽口先輩、会長がなぜ眠られたのかだけ聞いてもいいですか?」
そもそも僕がここにいてもいいのかという疑問も残っている。会長に頼まれて事件解決に協力することになってしまったが、僕ができることなどたかが知れている。
入学式から一週間が経とうとしているが、僕は自分がこの中学校に入学できた理由もよくわからない。もっと言うと、できてしまったという感じである。
そんな風に自嘲していると、偽口会計はスタスタと本棚の方へと歩きだし始めた。思わず後を追いかけ
「ちょ、ちょっと待ってください、偽口先輩」
と声をかける。
歩幅の関係ですぐに追い越してしまった。この身長は自分の中でも特徴的な部分だ。小学校の頃から周囲の友達と比べて、すくすくと育ちすぎていた。まだ、中学校一年生だが、高校生の平均身長はとうに越してしまっている。
とはいえ、これは誇るべきことなどではない。自嘲や謙遜からくる気持ちではなく、本当に何でもないことだと感じているからだ。
自分の唯一と言ってもよかった長所も、この中学校に入学して目の当たりにしてしまった本物の才能たちによって、その自信は砕かれてしまった。
「……先輩?どうかしましたか」
黙ったままの偽口会計を不思議に思っていると、
「……先輩、ですか……」
と口を開いた。
その言い方から思わず慌てて聞いてしまう。
「あ、すみません!呼び方がよくなかったですかね?」
「いえ、先輩と呼ばれるのは人生でもこれが初めてなもので」
そうか、もう二年生なんだもんな、と先ほどより小さい声で、照れた風に言う。口調が少し崩れてしまっている。
コホン、とわざとらしく咳をして調子を整えると、綿貝さん、と先輩に改めて呼びかけられた。
「いいですか、これから私のことは名で読んでください」
めい?なるほど、姓名の名か。英語で言うところのファーストネーム。
……となると、確かフルネームは偽口……
「あ、藍先輩……?」
「はい、ありがとうございます。実はボク、自分の名前より名字のほうが嫌いでして」
どんなカミングアウトだ。普通なら、名字よりも自分の名前が好き、と言うべきだろう。自分の名字が好きではないことを強調しようとしている、と思われてしまっても仕方がないような言い方だ。
……しかし、こうやって目の前に立って見てみると偽口会計、ではなく藍先輩は女子生徒にしては背が高いようだ。
ジェンダーだの、性別による格差だの騒がれる世の中ではあるがこの言い方は致し方あるまい。人間も動物である以上男性と女性の成長には違いが生まれてしまう。小学校の保健の授業でも習うようなことだ。
まあ、女性のアスリートでも男性よりも優れた選手はいる。これは、この学校に入学して思ったことだが、スポーツなどの結果が全てでものを言う世界というものは、性別なんか関係ない。スポーツだけでなく芸術もそうなのかもしれない。これは、さっき思ったことだが。
「よし、じゃあ、先輩のボクが教えてあげます。我が白道中学校が誇る生徒会長――林檎赤寝の秘密を」
と、生き生きと藍先輩は話し始めた。
「……秘密、ですか?」
本人のいないところ――寝ている横――でそういう話を聞くのは少し憚られてしまう。
「まあ、秘密ってほどでもないですが、知っている方は知っている位のことです。うーん、言い換えるならこの学校の生徒だったら誰でも持っているような、長所――人としての個性、みたいなものですかね」
「はあ、なるほど……?自分で言うのも何ですが僕で言うところの身長、みたいなことですか」
藍先輩は顎に右の手を当て、考え込むような姿勢をした。
そして、時に、綿貝さん、と今度はにやりと笑いながら話しかけてきた。
「綿貝くんはどうしてこの中学校に入学したんですか?」
……?質問の意図が分からず少し混乱してしまった。この学校に入学した理由?
「すみません、分かりづらかったですよね。少し質問を変えさせてもらいます」
藍先輩は口角を上がったままに、僕に質問した。
「綿貝くんは、なぜこの中学校に入学できたんですか?」
「え、僕は、学校からスカウトされて……」
そもそもこの学校は私立の中学校ではないのだから、入学試験はないはずだ。だからといって、校区内に住んでいれば通える、という普通の公立の中学校ではない。一応校区はあるのだが。
「スカウトされたのはボクも同じですよ、そこの会長も」
「まあ、同じ特待生ですからね」
「ええ、ボクと綿貝くん、それに他の生徒の方も同じ特待生ではあります。が、しかし同じ理由でスカウトされたわけではないでしょう」
なるほど、そういうことか。
さっきまで自分で語っていたこの学校の生徒がどうとか、彼らの才能がどうとかいう話である。
あるのだが……これも、さっき自分で述べたことだ。
「その、実は僕、何で自分がスカウトされたのかがあまりよく分かっていなくて……」
「そう、なんですか?そんな生徒さんがいらっしゃるとは。学校から何も伝えられていないのですか?」
「伝えられていることは、いるんですが……クラスのみんなと少し違っていて、みんなが技術や能力を買われているのに対して、僕は『心』でスカウトされたらしいです」
「ふむ、ボクと同じ、ですか」
「え!?本当ですか!」
思わず姿勢も話し方も前のめりになってしまう。
……うん?待てよ……さっきまでの会話の中で何か言っていたような気が……会長がまだ起きていたときに、いや、あのときは会長が……
「そうですね、ボクは『囲碁』の才能を見込まれまして」
「全然違うじゃないですか!」
完全に騙された……後輩をからかいたくなる先輩の性みたいなものだろうか、先輩なんてほとんど経験したことないけど。
確かに、全然違いますね――と言って、藍先輩は改めて会長の方を見た。
「さて、綿貝さんの質問に答えましょうか。改めて確認しますが、どうして林檎会長が突然眠り出したのか、その理由、ですね」
先ほど質問したばかりなのでわざわざ確認する必要が感じられないが、僕は、はい、と言って頷いた。
「まあ……2500字、くらい前だからな……忘れている人も、いる、かもしれない」
という会長の寝言が聞こえた気もするが、一体どんな夢を見ているのか。
というか会長、寝るのとんでもなく早くないか?もう夢を見ているのか……
なんて、怪訝に思っていたら、藍先輩が少し驚いたような顔をした。そしてわざとらしく言った。
「おっと、気づかれてしまいましたか……ボクが会長の秘密を教えて綿貝さんの驚く顔――リアクションを見たかったのですが。そうですね、まだ、誰もしたことがないような満点すらも越えている、逆にボクを驚かせてしまうような、リアクションを見たかったですね」
「この人は何を言っているんだろう」
「その気持ちは心の中で留めておいてください」
……それはこっちのセリフです、という言葉は口にはしなかった。
いやはやどうしたものだろうか。藍先輩の突然の無茶苦茶な無茶振りに戸惑ってしまったが、僕は会長の秘密とやらに気づいてしまっている。
僕の予想では、林檎会長は俗に言うショートスリーパーというやつである。もうすでに僕は100点の解答を持っているわけだ。
先輩の期待を裏切ってしまって、申し訳なく感じるが仕方あるまい。僕の方が一枚上手だっただけのこと。
いや、待てよ?ここは先輩の顔を立てて上げるというのも、大切な後輩としての役目、なのではないか?
「藍先輩、林檎会長の秘密ってなんですか?僕、漠然とした予想しかなくて」
よし、僕はすでに驚く準備ができている。
ニュートンが万有引力を発見したときよりも、アルキメデスが本物の王冠と偽物とを識別する方法を思い付いたときよりもすごいリアクションをしてやろうじゃないか。
よし!来い!
「そうなんですよ、綿貝さんのその予想通りなんです」
「……はい?予想、ですか?」
「はい、綿貝さんの予想通り実はボクと会長は実は性別を偽っていまして……」
「え!?はい!?」
驚きすぎてしまい、自分でも聞いたことのない声がでた。声変わりもまだなのに。
というか、何を言い出すんだこの人は。
「安心してください嘘ですから」
「はあ……勿論分かっていますよ」
一人芝居をするなど自分にはあまり合わないことまでわざわざしたというのに。この人には一生勝てない、と思った。思わされた。
「まあ、本当のことを言わせてもらうと、会長はショートスリーパーというやつですね。短い睡眠時間でもボクたちと同じように活動できる。というわけでこの人は普通の人よりも、一日の中で活動できる時間が多いわけです」
と、藍先輩はまとめてくれたが、それは結局僕の質問に対する回答になっていない気がする。
すると、藍先輩はこう続ける。
「とはいえ、会長の場合は特殊でして。ただでさえ短い睡眠時間を分割しています。会長は一日に二、三時間ほど睡眠をとるのですが、それは一度に寝るわけではなく、その睡眠時間を生活の合間にとることでより効率的に時間を使える、らしいですよ」
となると会長が眠っているのはこの後の事件解決に向けて英気を養ったり、解決のための推理まとめたりするため、なのだろう。
「さてと、では僕たちは会長に言われたことを調べてみますか」
「はい、名探偵の助手として、足を使ってですね」
14 さて、その後の僕たちは本棚を二人で手分けして探したのだが、お目当ての本たちを見つけることはできなかった。
いや、全ての本棚を時間をかけてじっくりと調べれば、もしかしたら見つけることもできたかもしれない。
会長の指定した三十分という時間が短かったというわけではない。確かに、藍先輩と話をして少し削れてはしまったが、それが直接の原因ではない。……今思えば、短い気はするけれど。
さてさて、ではどうやって本ではなくあんなものを見つけてしまったのか、それを、お話ししよう。これも、今となってはだが、見つけていなかったらどうしていたのだろうか。
「うーん、見当たりませんね。その増えた本とやらに特徴でもあればいいんですけどね」
と、ボードゲームについての本が置かれた棚を調べる藍先輩から、上から話を振られた。僕は先輩を肩車していた。
本棚の上の方を探そうとなったときに、先輩から提案され、そのまま従ってしまった。
「上からの眺めも悪くないですね」
「いや、真面目に探してくださいよ?」
「まあ、増えた本は見つけられても、たとえ見つけられなくても会長がきっと解決してくれますよ」
どうやら先輩は会長へ絶対的な信頼を持っているようだった。自分が会長からの信頼に報いる気は甚だなさそうだが。
「というか、囲碁の本のある本棚にある、って確信していたじゃないですか」
「ええ、そうだったんですけれど、アテが外れてしまいましたね。……と、なるとですね、犯罪心理学の本のある本棚、とかでしょうか」
「でしょうか、って」
――そんな、頼りない、と言いながら先輩をおろすために、腰を低い位置に持ってくる。
「ありがとうございました」
大変いい乗り心地でした、と言いながら先輩は地面に床に足を着けた。ちゃんと自分の足で調べてほしいものだ。
……ん?今誰か入って来たような……
「どうかしましたか、綿貝さん?」
「いえ、今ドアが空いた音が聞こえた気がして……」
二人で入り口の方へと戻ってみる。
「おや、閉まっていますよ」
「あれ、本当ですね……」
気のせいだったのか、と疑問に思いつつ周りを見渡してみる。
すると、あるものを見つけた。
カウンターの奥にある、僕はそれを指でさして、先輩に聞く。
「藍先輩、あの扉って何ですか?」
「扉?ああ、あれは書庫ですよ。本棚に入りきらない本を置いたりや貴重な本を保存したりするための場所です」
「では、見つけた本を本渡先輩が置いている可能性はあるんじゃないですか?受け取った鍵もあの扉を開くためのものでは?」
「可能性、ですか。……前者はありますが後者は絶対にあり得ませんね」
きっぱりと断言されてしまった。まあ、そもそも書庫があることを知っているなら、開架の方を探し終わった後で調べようと思っていたのだろう。
「絶対にないってどういうことですか?だったらどうやって調べたら……」
と、今日何度目かも分からない僕のクエスチョンマークが出たと思うと、その疑問符はさらに大きくなった。
藍先輩は制服の胸ポケットから鍵を二本取り出して、両手に一本ずつ持つ。
左手のは少し小さな南京錠を開けるための鍵みたいである。しかし、この感想は後付けである、なぜなら、そのとき、僕の視線は右の鍵に釘付けになっていたからである。
藍先輩は右手の鍵を人差し指と中指で挟み内輪で仰ぐようにふる。
しかしその鍵を内輪のようにというのは正しい表現でなかった。
なぜならその鍵にはギザギザとした部分――たしか、ブレード、だっけ?――がなかった。分かりやすく言うと、持ち手だけがあり、鍵穴に挿す部分が欠落していた。
見たことないし、とんでもない鍵である。そもそも鍵と言っていいのかすら怪しい形をしている。
「これです。この鍵があるから絶対にその扉はこちらの、左手に持っている鍵では開きません」
と、言葉を失ってしまい、もうそれどころではなくなってしまったが。僕の質問に今日何度目かは分からないが答えてくれた。
「な、何ですか!?その鍵は」
「これは、先ほど会長も言っていましたが、どこに使うか分からなくて」
「そっちの、左手の鍵じゃないです!右手の方です!」
また、遊ばれてしまっている。この人が生徒会の会計の職に就いていることに対して、漠然とした不安を感じざるを得なくなってきた。
「そうですね、見てもらった方が分かりやすいかと思います」
そう言うと、先輩は持ち手だけの鍵を書庫の扉の鍵穴へと挿し込んだ。
すると、あろうことか扉は、先輩が鍵穴を回すのを待たずしてカチッという音を立てた。どうやら、扉は開いたようだった。
「いや、見ても分からなかったんですけど……」
「説明しますと、この学校の扉は全てとあるコンピューターによって一元的に管理されています。で、そのコンピューターは、この鍵が挿されたことを認識して、扉の錠を開きます。そして、もう一度挿すとこのように」
と、言って鍵穴から持ち手を抜き、もう一度差し込む。
案の定カチッという音がした。扉が閉ざされたようだ。
「まあ、普通の鍵を使うと普通に開けるんですけどね。この鍵を使ったときだけですよ、ハイテクなシステムが作動するのは」
ハイテクというよりかは近未来的である。ただ、マスターキーという似たものは現在でもある、ただそれは相当地位の高い者でないと持ち得なくないか?そもそも、管理者側の人間しか持つべきではないのではないか?
「この鍵があれば学校内の全ての部屋が、会長にとってはプライベートルームみたいなものですね。この鍵を持っているのは――持つことを許されているのは生徒会長と学校にいるときの一般生の方々だけです。この鍵について知っているのもその4人に加えてボクたち生徒会くらいのものなんですが」
「へえ、そうなんですね……あれ?ちょっと待ってください。僕が聞いていい話なんですか、これ」
「おや、確かにそうですね。盲点でした。となると綿貝さんには、知っていてもおかしくない立場の人になってもらうしか……」
「一応聞きますけど、それって生徒会庶務ってやつですか?」
「分かっているじゃないですか。まあ、冗談ですよ。言わないで貰えたらいいので。いえ、言って貰っても構いませんが」
「大丈夫なんですか……?だって、鍵を盗まれたりするんじゃ……」
「大丈夫ですよ。杞憂です。会長からものを盗むなんて恐れ多くてできない方が多いでしょうし。加えて、盗んでも大して意味ないと思いますよ。この学校にわざわざ開けるほどの部屋もありませんし。」
ふむ、まあそうかプライベート的な空間もあまりない。あるとしたら寮と部室棟の方だろうがどちらも学校から少し離れた位置にある。
多分その鍵も使えないのだろう。
あと、鍵穴を何かで完全に埋めてしまっては使えなくなるとかも考えたが、それでは元の鍵も使えない。とんでもない愉快犯である。まあ、そんなことしてたら先に警備システムが発動しそうでもある。
ただ、ひとつだけ気になる点がある。全くもってあり得ない話ではあるが、もし僕がその鍵を手にしたとしたら、他の教室には目もくれないかもしれないが、生徒会室はどうだろうか。あそこなら、重大な情報が眠っている可能性が高い。そんな情報を手にしてどうするのかという問題もあるが(目的がない、ともいえる)。生徒会長の方は起きている可能性が高いけれど。
「ああ、それは安心してください。うちの生徒会室にはとても堅牢なセキュリティが採用されていますから」
そう言われると、さっきの近未来のセキュリティと比べることになって、期待のハードルがとても高くなってしまう。
だが、先輩は僕の予想――そんなものなかった――を軽々と超えてきた。
「うちの生徒会室はですね、遠いんです」
「え?」
「だって、校庭の隅っこ、林檎の樹の隣にあるじゃないですか、生徒会室。ですから、まず会長からこの鍵を奪うことがあり得ないことなのに、わざわざあんな離れた場所に行く気にはなれないということです。」
「ハードルをくぐるとかでもなく、跳んだり走ったりすらしてないじゃないですか」
「まあ、正当な手順で生徒会室に入りたいなら、厄介事でも持ってくるか、生徒会に入るか、ですよ」
「……あれ?先輩。その扉、開いてませんか?」
「?本当ですね。ただ、それがどうかしましたか?」
「いや、おかしくないですか?先輩は二回鍵穴に鍵を挿したんですから、今の扉は閉まった状態のはずでは?でも、そうじゃないってことは……」
「元々開かれていた、ってことですか。でも、図書室の鍵は閉まっていましたし、本渡さんが忘れていた可能性が高いですね」
ふむ、話に聞いた限りだと、本渡先輩はなかなかしっかり者のようだと思っていたが。誰にでも失敗はあるものだ。僕なんかは言うまでもないが、しているとも言えるな、体現を。
「まあ、とりあえずは中を調べてみましょうか」
そして、扉を開き中に入る藍先輩、部屋の明かりをつけようとしている。僕はその後ろについて部屋に入る、ことはできなかった。
なぜなら、先輩が書庫の入口で立ち止まってしまったからだ。
「どうかしましたか?」
そう聞きながら、先輩の上から中を覗き込み、左右に顔を向ける。
すると、扉から入ってすぐの左手の方に部屋の電気を点けるスイッチがあるのが見えた。どうやら、先輩も僕と同じ方向を見ているらしい。
ただし、これは少しだけ間違いがあった。左は左でも先輩は、そのスイッチを見てはいなかった。その下にある机の上を見ていた。
……自分で言っていておかしくなるな。
まとめると先輩は書庫に入ってすぐの位置で立ち止まり、左下にある、机を見ているのであった。
更に更に正確に言うならば、机の上に置かれた三冊の本にその視線は向けられているようだった。
その本のタイトルはそれぞれこうだ。
『烏死塗』、『鈍の国』、『四畳半、時々、病な職場環境』
藍先輩はこの三冊の本を手にとると、すたすたと僕を避けて、入口から書庫を出てしまった。そして、図書室の壁の上の方を指差し、僕の方に振り返り、ニヤリと笑ってこう言った。
僕は気がついた、指差した方向にあるものが壁掛け時計であることに。また、その時計が会長が眠りに入ってから180°ほど傾きかけていることに。
「綿貝さん、寝起きドッキリの時間が来ましたよ」
「いや、会長を起こす起こす時間でしょう」
学校一の恐れ知らずを目の前に僕が思ったことは……恐れ多いため伏せさせていただこう。
15 私を眠りから覚ましたのは、綿貝くんの悲鳴だった。
そして、目を開けた私の前に見えてきた光景は、なんというか、うん……
「……二人とも仲良くなれたみたいだな!」
「どこがですか!?」
「ええ、綿貝さんはとても優しい方です、私の後輩らしく」
「藍先輩は今、先輩としての前に人として全く優しくないですよ!」
二人は、一方は楽しそうに、もう一方はやれやれという風に言い合っていた。というか、かけ合い?を見ている感じがする。
おそらくは、藍ちゃんが寝ている私に何か悪戯でもしようとしたのを、綿貝くんが止めてくれたのだろう。その代償を彼は受けているのかな、ありがとう。
……なんというか、冗談で言ったつもりだったが仲良く、なりすぎていないか?まさか藍ちゃんがこんなに誰かに懐くとは。私でも半年間で相当手を焼いたというのに。
藍ちゃんに必要だったのはひたむきな後輩だったか。恐るべし男だな、綿貝菫くん。男子三十分会わざれば、刮目して見よ――なんてね。
「さて、二人とも探し物は見つかったかい?」
「はい、私が見つけたんですよ」
「はい、そこに置いてあります。三冊とも」
まあ、そうだろう。暇になった藍ちゃんに何かさせておこうと思って言ったことだか、ら……?
「え!?どこにあったんだ!?元の本棚ではないだろうから、囲碁の本の近くか?もしくは神社とかの本の……」
自分で言っておいて、無責任だが、まあ、見つかったなら良しとしよう。
「それはそうとして、三十分のあいだ何をしていたか教えてもらえるかな?」
「はい――――
~略~
――なるほど、それで書庫にあったその本を見つけた、というわけか」
「どうですか?何か事件解決の役に立ちそうですかね?」
「さあな、それは私には分からない」
「ええ、それはちょっと……無責任なのでは?」
「まあ、元々責任なんてなかったからな。なぜなら、私たちが貸借ちゃんからされたことは相談であって、事件解決の依頼ではなかった」
「だったら、何で会長は生徒会室からわざわざ図書室まで来たんですか?」
「さて、ここから私が喋ることは全部私の推測――憶測だと先に伝えておく、が……その前に」
起きてからずっと気になってはいたが、ふたりの話の中にて触れられる話題だと思っていたからスルーしたのに。私が触れなければいけない。
「私がここの机に置いておいた本――『ブラックパンサー』、どこやったの?」
本編とは関係ない――そんなことはないけど――別の事件が発生してしまっていたのだった。
私が図書室に返却するために持ってきた二冊の本のうち、片方がなくなってしまっていた。
ふたりとも驚いた様子だ。
一人ずつ話を聞こう。まずは、藍ちゃんの証言から。
「すみません、全然気づかなかったです。会長が本を置いていたことに」
おい、本がなくなったことに、気づかなかったとかであれ、せめて。根本的な藍ちゃんの視界が狭いだけだった。この後輩に探し物を頼んで、見つかったというのはなかなかラッキーだったんだ、と思わされる。
次に、綿貝くん。
「流石に、何か本が置かれていていたのは分かりましたが、二冊。それが会長の本だったとは。多分、なくなった本って残された方を見るに会長の私物の方、ですよね?」
「違うよ」
「え?」
綿貝くんは私が思ってほしいように思ってくれて、私が思ったように驚いてくれた。先輩をたてるのが上手い。藍ちゃんを筆頭として生徒会に足りない人員だ。見習ってほしい。
「どうして、そう思ったんだい?」
「どうしてって、それは……見てください、これです」
綿貝くんは、私に残された方の本、その表面を見せた。そこにはとあるシールが貼られていた。皆さんご存じ。
「ここに、バーコードがあるでしょう。表に貼ってあったので最初は分かりませんでしたが……まあ、表面が珍しいのかも分かりませんが。僕が通っていた小学校ご丁寧に学校名まで書かれています。ですから、この本は学校の図書室で管理されている本、ということになります」
「それで、なくなった本が私の私物だという証拠は?」
「それは、単純にバーコードがなかったから、ですね。となると、学校の本ではなく、会長の、もしくはご学友の私物なのかと」
「……丁寧な推理をありがとう。ただ、あの本は私の私物ではない。友達のでもない」
「じゃあ、あの本は一体何ですか?」
「私があの本を見つけたのは4月5日の図書室だ。私はそこで本を二冊借りた、と思っていた」
「どういうことですか?その言い方だと違っていた、ということでしょうか?」
横から質問してきた藍ちゃん、それから綿貝くんにも見えるように紙を持って差し出す。そして、そこに書かれたとある言葉を指でさし示した。
「4月5日、『赤寝会長が三冊返却、一冊貸出』、これは……」
「ああ、確かにその日私は、本を二冊図書室から持ち出した」
「その言い方だと借りてはいないみたいですけど……」
「ああ、借りてないぞ。書庫に入ったってことはそこのカウンターを見たってことだろう?じゃあ、バーコードリーダーが置いてあるのも見ただろう?」
「はい……、ありました」
「普通、本を借りるときは、カウンターで貸借ちゃんに借りる本のバーコードを読んで貰うんだが。私は、それをしていない」
「していない……それで本を持ち出した、借りてはいないってことですか」
「ああ、だからバーコードがないことに気がつかなかった」
「でしたら、どうして本渡さんは会長が正規の、図書室で管理されている本を一冊しか借りていない、と分かったのでしょうか」
「ああ、それは恐らく貸借ちゃんが犯人ではないにしろ、犯人の協力者だからだろう」
これは確信をもって言えることだった。
仕方ないことだが、ふたりとも面食らった顔をしていた。
「じゃあ、どうするんですか。本渡先輩を捕まえるんですか?」
「ははは、そんなことはしませんよ。犯行動機も分からないんですから。生徒会は本が増えたくらいではそこまで動きませんよ。ねえ、会長?」
もう十分動いているような気がしなくもないが、確かに藍ちゃんの言う通りだった。この犯行――のようなもの――は目的が分からない。
そのせいもあって生徒会や学校ないしは生徒たちにとって危険かどうかも分からないからな。
「一応、生徒会を相手にした犯行ではあるようだけれどな」
「どうしてですか?」
正直、もう綿貝くんに協力してもらう必要もなくなってしまったが(今となっては元々あったのかも分からない)、まあ、教えてあげてもいいか。私はもう一枚の紙――増えた本についての方――を綿貝くんへと渡した。
「これが、どうかしたんですか?」
「なに、そこに書いてある本棚が、生徒会メンバーそれぞれの専門、のようなものでね。加えて私がその本を見つけたのも生活習慣や睡眠に関する本が置かれた棚だったからな」
そんな本たちの中に一冊だけ小説が紛れていて違和感がすごかった。木を隠すなら森の中だが、木だってできるだけ種類の近いものの森に隠すべきだな。
「……なるほど、だから囲碁」
「話が逸れてしまったが、あの本は誰かに盗られてしまった。それも、恐らくだが本を盗った犯人も図書室に本を増やした犯人も同一犯と見ていいだろうな」
「なるほど、綿貝さんが入口の方で音がする、と言ったとき。その音が犯人が来ていた証拠の一つ、ですね。現に会長が閉めたはずのドアが開いていますし、確か鍵までは閉めてなかったと思いますが」
それは覚えているのか……
「加えて貸借ちゃんが共犯者である可能性が高くなる」
「え、どうしてですか?」
「だって、件の本を持った私が、図書室にいることが分かっていたなら、扉が閉まっている可能性だって十分にはあっただろう?」
「……なるほどその場合にはスペアの鍵が必要だから、本渡先輩の協力が不可欠である、と」
まあ、そんなものなく、閉まっていたらそのまま帰る気だったのかもしれない。
すると、藍ちゃんが耳打ちしてきた。どうやら綿貝くんには聞かれたくないことらしい。
「会長、一応なんですが、囲碁の本の近くに置いてなかったことや緑ちゃんの分が見つかってないことは警戒しておいた方がいいのでは?」
本当に一応ではあるが、言っていることも一理ある、かな?
私と藍ちゃんは綿貝くんに感謝を告げ、彼が去った後に持ち出していた本をもとの本棚に戻し、図書室をあとにした。鍵はちゃんと閉めた。入口も書庫の方の扉も。
というわけで解決編はこれにて終了。いや、始まってすらいなかったかな?
というか結局私が図書室に来て調べたことって何もなかったな。
とんだ安楽椅子探偵がいたものだな。
あと、こんな叙述のないお話もあったものか。
まあ、この事件の解明もその解説や説明もまだまだ先になりそうである。
今度貸借ちゃんに会ったら鍵と一緒に返却しないと、私は両手で持つ三冊のバーコードのない本を見て、改めてそう思い生徒会室への帰路を歩く。
藍ちゃんもちゃんと付いてきていた。
「結局犯人は本渡さんなんですか?それとも他の……」
「貸借ちゃんは、協力者以上共犯者未満、といったところかな」
「まあ、そもそもスペアの鍵なんてものありませんからね」
作れない、というより作るための手段もありませんし物理的に、と藍ちゃんは付け加えた。
一応図書室が閉まっていた日に、一般生に鍵を複製してきて貰うという方法もあるが、それもできるか怪しい、技術的に。それに、だったら一般生からこのマスターキーを借りる方が早いし、楽だろう。
「どうですか?それで、綿貝くんの生徒会への加入はいつ頃になりそうですか?」
今日知り会った後輩のことを相当に気に入っているようだった。
「彼、ボクと似ている所がある気がしましてね。あと聞きたいこともあることですし」
「それは、悪い意味で、だろう?まあ、気にすることないと思うよ。藍ちゃんが言った通り、私たちは余裕を持って構えておくだけだよ」
「すごい自信ですね。慢心でないといいんですが。分かりませんよ、彼が真犯人かも」
「まあ、この二年間で相手取ってきた人物や事件の経験があるからな。先週まで小学生として扱われていた一年生には負けないよ」
「そうだといいんですが……」
綿貝くんは、自分から入りたいと言ってきたら入れるくらいだろう。他にも候補はいるわけだし。一年生についても、調べておいてもらわなきゃだし。
「……というか、先輩だけに持たせずに藍ちゃんも持ってよ。せめて一冊だけでも」
「いいじゃないですか。寝てたんですし、体力は有り余っているでしょう?」
……戻ったら仕事を進めなければ、どっちにしろ今夜は徹夜のようだった。
16 本渡貸借は寮の共用フロアに置かれた椅子に腰掛け、机に突っ伏し誰かを待っていた……まあ、誰とかではなく私なんだけど。
私は本渡先輩の向かいにあった椅子を引き、そこに座る。
「本渡先輩、来ましたよ」
そう言いながら私は先輩の体をゆする。すると、先輩は体を起こし私の方を向き直して話し始めた。
「おや、来てたんですね。お久しぶりです」
「……お待たせしました」
「はい、先ほども会ったので久しぶりでもなかったですね。さてと、」
挨拶はこのくらいにして――というセリフと共に先輩は真剣な表情を作った。それにつられて私の背筋も伸びた気がした。
「仕事はできたんですか?」
「は、はい、会長の持っていた本は回収できました。ご協力ありがとうございました」
「じゃあ、私達の関係もこれまで、ということで、よろしいですね?」
え、なんかめっちゃ怖いんだけど。この人こんなキャラだったっけ?
「はい……、すみませんでした」
本渡先輩は、はあ、と嘆息をすると眼光を鋭くして私を睨みつけてきた。なんか、泣いちゃいそう。
「……だったらいいんですけど」
そう言うと、先輩はがらりと表情を変え、ニコッと笑って見せた。すごい演技力だ。この人、司書よりも俳優とかの方が向いてるのではないか?
「このこと――私が協力したということは忘れてくださいね」
……やっぱり怖い人だ。
「はい、分かりました。……あ、この鍵は……」
そう言って私は制服の胸ポケットから鍵、らしいものを取り出す。
「ああ、そういえばそうでしたね。えーと……、まだ返さなくていいと思いますよ。すべてのことが終わってからでも、遅くないですから」
「ありがとうございます。そのご友人にも何卒感謝をお願いします」
「はい、では」
そう言って椅子から立ち上がろうとした本渡先輩に、後ろから声をかけた人がいた。
「あ、本渡さん!」
その声かけとともに一人の男子生徒が近づいてくる。その動きに対して椅子から腰を浮かした姿勢のままで静止している。
「えっと、一号さ……くん?どうしたんですか?」
「本渡さんに用があって、赤寝に聞いたらもう帰ったって言うから」
「そう、だったんですね……」
……本渡先輩、なんか喋り方がぎこちないような……
というか、一号くんってことは、あれが一号青異先輩――生徒会副会長か。なんか、聞いていたより見た目は普通の男の子だな……
いやいや、騙されるな私。林檎会長と同じタイプかもしれない。というかそうなのだろう。この人はこの人で色々と語れることがあるんだけど……
なんて考えていたら一号副会長が口を開いた。
「えっと三日前くらいに図書室を使いたかったんだけどさ、その時も本渡さん帰っちゃったっていうから、自分で扉の鍵を開けて、勝手に入っちゃったんだよね。今日みたいにわざわざ寮に来て、鍵を借りてもよかったんだけど、その日は時間がなかったから」
「そう、だったんですね……それはご足労いただきご苦労さまです」
「うん、今日からはしばらくここら辺いるし学校にも行くしで、寮にいるから。そのついでにもと思ってね。というか、今日はあの髪飾り付けてないんだ。お陰で誰か分からなかったよ」
……なんか、喋り方はハキハキとしていて、いい感じだけれど……なんと言おうか、選んでいる言葉から悪意のようなものが感じられる。私が言うことでもないけれど、この人絶対いい人ではない。
一号先輩は「じゃあ」と言って、去っていくと思ったら、私の方を見た。確実に目が合った。
「そっちの子もじゃあね」
と言って手を振って去っていった。
……え?気づかれていたの?
……分かった、あの人は怖い人なんだ。なんか、そんな気がする。
それが分かったことが収穫だと思おう。
「じゃあ、私も」
本渡先輩は私の方に軽く頭を下げ、この共用スペースを後にした。
はあ、なんか疲れた。私も部屋に戻ろう。
そう思って椅子を戻した。それから回れ右をして歩き出したかった。おっと、こっちは壁だったようだ。
……壁?なわけないよね?そう思って、見上げると声が降ってきた。
「……おい」
「うわあ、壁が喋った!」
「はあ?何言ってんだ?」
私は体勢を戻して、顔を彼に顔を向けた。どうやら腕を組んで立っている、その塔みたいな男子生徒は、案の定綿貝だったようだ。しかもまだ制服だ。帰って来たばかりなのだろうか。
「下校するの遅いわね。それで、どうしたの?わざわざこの階に来て」
私に何か用?まあ、大したことではないだろう――そう思いながら聞いてみる。
「ああ、図書室に行ったんだけどさ……」
「はあ!?」
ついオーバーな態度をとってしまった。自分で言うのもなんだけど、それも仕方ない。
「あんた、何してくれてんのよ!?」
「まだ、何も言ってないだろ……」
「でも、今日図書室に行ったってことは!林檎会長に会ったってことでしょ!?」
ついでに、偽口会計にも。こいつ、余計なことしてないだろうな?
「待て待て、一回落ち着いてくれ。まず目が怖い」
「まず!そんなことより!早く話しなさい!」
「分かった分かった……えーと、その、だな」
……こいつ、歯切れが悪いぞ。うーん、とりあえず一回聞こう。糾弾もそのあと。
「お前の予想通り、図書室に行ったら林檎会長と偽口会計に会ったんだけど」
うんうん。
「それで、図書室に本が増えているっていう事件――のようなものの調査の手伝いをすることになって……」
ほうほう?
「結局解決はできなかったんだけどさ。会長は何かに気がついた感じだったな」
何かって?
「それは明確にはわからないけど、藍先輩は生徒会に反抗した犯行だって言ってた」
藍先輩……?
「てか、そこはちゃんとバレてたんだ」
「いいのか?それで」
「うん。こっちの狙いが生徒会だけだって知られている方がやりやすいし、そこは分かってもらう計画だし」
「それと、藍先輩は警戒しておいた方がいいとも言っていたな」
「警戒?こっちから特に実害を及ぼしている訳ではないんだし、する必要がないんじゃないの?」
「えーと、囲碁の本の近くに置いてなかったことと緑ちゃんの分が見つかってないこと、だってさ。どういう意味か分かるか?僕にはさっぱりだよ」
「うーん、前者なら……」
「あ、あと今の生徒会一人足りないらしいぞ。庶務のポストが空いているって……」
「え?あー、なるほど。そういうことか」
「何が分かったんだ?」
「後者の方も、だね。それでおしまい」
「ああ……、いや、そういえば生徒会にスカウトされたな有り得なすぎて忘れてた。僕がそんなことしてもな……多分できないし」
それは……ありだな。
「はあ、分かったわ」
「何がだ?」
「あんた、生徒会に入りなさい。私のスパイとして。庶務でも何ででもいいから」
「はあ!?何でそうなるんだ!?さっきの話聞いてたか?僕には無理だって……」
「あんたの良くないところ、三つ」
「え、急にどうしたんだ?」
「一つ、とりあえず質問をする。一つ、自分を必要以上に卑下し過ぎる」
――そして、私は息を吸い込み、一気に解放させた。
「一つ、私に協力するって言ってしまったこと」
「な、なんだよそれ!?」
私は口角をぐっと上げてから、歯を見せて笑った。
「ほら、また質問。あんたはあんたで優秀なんだからさ。いちいち人と比べずに、やれることやりなさいよ。てか、今この状況で生徒会と仲良くできるなんて一般生も含めた全校生徒でもあんたくらいのものでしょうし。頼りにしてるわよ、お人好しさん」
「……分かった。やってみるよ」
開戦の法螺貝はもう鳴らしてしまった。生徒会六人――綿貝も入れて七人対二九二人の特待生の戦争。
「……なあ、本当にやらないとだめか?」
あと、三点リーダーが少し多め、かな?
17 4月8日放課後生徒会室前。あいつのせいで、僕も今日から生徒会の一員だ――まだ決まった訳じゃないけど。
こんな、とんでもない中学校に入学できてしまったことで自分を見失っていたのかもしれないな。それは、一旦受け入れよう、何者でもない自分も、この環境さえも。
一学年に特待生99人、一般生1人。しめて100人。三学年合わせて300人。才能に選ばれた者たちの中でも選ばれた生徒。
未来での活躍するために、その才能たちが最大になるために、築かれた中学校こそが、この国立白川中学校、なのである。
まあ、詳しい話はまた。今は上辺だけですが、ご勘弁を。
――生徒会、ね。どうやら、ここで僕の一年間を過ごせるみたいだ。良い後輩として、または、生徒会を荒廃させるためのスパイとして。
僕は、引き戸の引手に手を伸ばし、戸を開いた。横に引いた。あるいはこれから起こる色々な物語の引き金を。
どうも、村崎取柄と申します。私は小説の執筆なんて初めてのことなので拙い文章だったかもしれませんが、ここで出会えたことに感謝を。
とはいえ、このような創作活動というものは僕自身が中学生のときなんかによくやらされたものです。原稿用紙に文章を書きつめたり、スケッチブックに黒と白を落としたり。当時は提出して評価を受けるということが分かっていたからかあまり楽しくできませんでした。技術的にも、精神的にも。できた作品にも愛着があまりなかった気がします。そこから生きてきて得たものをなにかのためでもなく使える機会というのは、なかなかに楽しかったです。もちろん、その頃にしかなかったものは失われてしまいましたが。当時の私が本当に書きたかったものも見てみたい気がします。
まあ、先程は執筆なんて言葉を使いましたがこの作品の制作に筆は一本も使っていません。どうしてもステレオタイプが過ぎますが、筆とはいかなくてもタイプライターなどで書かれる小説たちを想像してしまいます。まあ、彼らもかなり前から電子機器上の文字だったのでしょうが、紙で読むとどうにもね。かくいう私もスマホと人差し指一本で作れました。私自身にとってはすごく新鮮なことですが、昔からしようと思えば簡単にできたことだったと思います。その頃は食指が動かなかったのでしょう。動かしてくれた友達に感謝ですね。まあ、今の僕が書きたい文章を打ち込ませて貰いました。
続きは書きたくなったら取り組みます。一応作品のの登場人物、設定については全て考えているのですが、書きたいように書きます。一作目ということもあってか、時間がかかりましたね。でも、本当に楽しかったです。
さて、作品自体の話をいたします。個人的に書いていて驚いたのは自分の想像力でした。最初は短編を書こうと思い、この作品にも使われた01の場面を書き上げました。そのときは林檎会長の夢ではなく、林檎の樹を中心としたしっかりとした話の起こりでした。そこから、学校自体の設定や自分が書きたいキャラを作っていたらこんな膨大な文章になってしまいました。でも、本職の方はこのくらいの文章量、私の数倍のスピードで書き上げてしまうのでしょうね。本当はもっと出したい設定もあるので、苦しいのですが小出しにしていきます。特に綿貝くんは何の考えもなしに登場させた一話限りのキャラだったのですが、書いているうちに彼のする会話が面白くなってガッツリ書きかえたりもしました。
以上『七色生徒会―黒色ベールは赤裸々に― 第一色「二代目生徒会長 林檎赤寝」』でした。この作品は全部で七話になります。村崎取柄です、改めましてよろしくお願いします。




