第五十七話 バーサーカー
クーゲル王国北部の大きな森の中、焚火の音だけが鳴っている。
焚火を囲んでいるのは、俺を含めて三人。
そのうちの一人は、明らかに挙動不審だ。
「なぁ、どうしたんや?さっきからずっとそわそわして。」
「いえ…その…」
「マジで剣抜いたときの威厳はどこ行ってしもたんや…」
リアがため息をつく。
しかし、その気持ちも理解できる。
かの有名なアイリーン・エイルが、これほどまでに内気だとは思わなかった。
「アイリーン、何か言いたいことでもあるのか?」
「え、えっと…その…と、トアさんが…」
「はぁ…まだ心配しとるか。ほっといたらええって。」
トアを残して旅立ってから数日。
確かに心配といえば心配だ。
あれが死ねば、アイラは完全に死んでしまう。
「い、いえ…そうじゃなくて…」
「何か大事なことがあるなら、はっきり言ってくれ。今はどんな情報も見落とすわけにはいかない。」
「は、はい…。と、トアさんとマリアちゃんが…接触しちゃった…みたいです…。」
「マリアちゃん…?」
リアは首をかしげる…が、俺は自分の中に焦りが生まれるのを感じた。
まさかこんなに早く接触されるとは思っていなかった。
「マリアちゃん…マリアベルは…私の双子のお姉ちゃんで…」
「ほーん…んでその姉ちゃんとトアが接触したっていうのは、なんでわかったんや?」
「魂の回廊がつながってるからだ。双子だと稀に見られる。」
「解説どうも。んで、二人が接触したらなんか悪いんか?」
悪い…どころではない。
俺が懸念している最悪の事態になりうる。
「マリアベルは、稀代の天才と呼ばれるほどの魔術師だ。彼女ならトアの傷を癒すことなんて、造作もない。」
「そんでそんで?」
「トアが全快した場合、王国領が消し飛ぶ可能性がある。」
案の定、リアは「意味わからん」、というような顔をしている。
しかしこれは誇張なんてものではない。
「トアの力は異常だ。彼女は一度、獅子王と正面からやり合って、撤退に追い込んでいる。」
「でも蒼冠には負けたんやないん?」
「厳密にいえば、蒼冠に負けたのはアイラだ。話を聞く限り、トアはあの時、戦闘に参加していない。」
トアが蒼冠と戦っていれば、結果は真逆になっていたはずだ。
彼女が獅子王と戦闘した城塞都市アルカ跡は、完全な凍土になっている。
そんな力を持っている怪物が、負けるはずがない。
「んで、それと王国が滅ぶっていうのは、何の関連があるんや?」
「と、トアさんの精神状態のせいです…」
黙っていたアイリーンが口を開いた。
その顔は、不安に染まっている。
「別れるとき、トアは決して正気とは言えなかった。今の彼女がどんな行動をとるか、全く予想ができない。」
「つまり、あれが八つ当たりで王国を氷漬けにするってことなんか?」
「あくまで、可能性があるってだけだが…。」
トアの手綱を握るのはさすがに不可能だ。
今あれに暴走されると、本格的に打つ手がなくなてしまう。
「あ、あと…マリアちゃんが何を企んでるか…」
「あんたの姉ちゃんって、そんなやばいことやろうとしてんの?」
「俺がマリアベルじゃなくてアイリーンに協力を求めた理由、なんだと思う?」
「アイリーンの方がちょろいから?」
アイリーンが泣きそうな目でリアを見たが、まあ無視しよう。
実際のところは、そんなくだらない理由ではない。
「俺が常に警戒している危険人物は3人いる。その中の一人がマリアベルだ。」
「…なぁ、アイリーン。あんたの姉ちゃん、そんなにやばいんか?」
「は、はい…実験で山を消し飛ばす人です…。」
俺に言わせれば、マリアベル・エイルは常に暴走状態だ。
あれの機嫌次第で街が一つ消える。
そして今の状況で、2つの危険因子が出会ってしまったということは…。
「二人が接触した以上、トアが動きだすのは間違いない。もっと猶予があると思っていたが…。」
「な、なぁ…これ、トアがウチら殺しにくるんちゃう…?」
「可能性はある。そうなれば、全滅は免れない。」
あの異常な精神状態でまともな思考ができるわけがない。
自分を置いて行った俺達に恨みを向けてくる…考えたくもない。
「う、ウルさん…ど、どうしましょう…」
「早急に蒼冠を討って、体の主導権をアイラに戻す。さもなければ、あれの暴走は止められない。」
「…急ごか。今すぐ荷物まとめるで。」
出発の準備をしながら考える。
あまりにマリアベルの接触が早かった。
偶々近くにいたのか…それとも誰かに呼ばれたのか。
あるいはずっと監視してたのか…。
トアとマリアベル…正直、獅子王以上の脅威だ。
手遅れになる前に、なんとしてでもアイラを取り返さなければ。
「よっしゃ、準備はええな?」
「は、はい…。」
「行こう。共和国領はまだ遠い。」
俺達は歩き出す。
蒼冠がいると思われる、共和国領ライザ地方まで。




