第五十六話 マリアベル
「とんでもない重症ね。よく生きてたわね。」
アイリーン…じゃなくて、マリアベルが私の額をぺちぺち叩きながら言う。
普通に痛いからやめてほしい。
「全魔力を生命維持に費やしてるってところかしら。」
「…私そんなことしてないんだけど。」
「無意識で神業をやってのけたってわけ?化け物ね。」
初対面の人を化け物呼ばわり。
なんて失礼なんだろう。
ミアが私の顔を見ていろいろと察したらしく、私に話しかけてきた。
「トアちゃん、さっき治癒魔術を使える人が来てくれるって言ったでしょ?」
「…数日後なんじゃないの?」
「そう思ってたんだけどね。早く来てくれたみたい。」
マリアベルが私の傷を治してくれるらしい。
色々と意味わかんないことが多いけれど、まあ傷が治るならそれでいい。
さっきからマリアベルは私の体をいじくりまわしている。
痛い。
「マリアちゃん、治せそう?」
「完全には無理ね。ある程度歩けるくらいにするのが限界。」
そう言ってマリアベルは私の眉間に指を当てた。
…と思ったら、次の瞬間、全身に信じられないほどの激痛が走った。
「いぎっ…!」
「目立った傷はこれで塞がったわ。でも傷ついた内臓はそのままだから。」
「げほっ…!痛いんだけど…!」
「当たり前でしょ?何か月もかかる治療を短縮したんだから。」
マリアベルは腹の立つ笑みを浮かべて椅子に座った。
とんでもなく痛い…が、どんどん痛みが引いてきた。
それどころか、体が軽い。
「本当に治ってる!?」
「だから目立った傷だけよ。無理やり動けば、内臓が裂けて今度こそ即死ね。」
「…怖いこと言わないでよ。」
「悪いけど、冗談とかじゃないから。」
マリアベルが私を睨む。
その鋭い眼光から見るに、彼女の言うことは本当なんだろう。
「まあちょっとでも治ってよかったじゃん。ありがと、マリアちゃん。」
「気にしないで、お義姉様。今回の件は個人的に興味もあったし。」
二人が仲睦まじく話している。
…ちょっと待って、おねえさま?
「マリアベルはアイリーンの双子なんでしょ?じゃあミアは何?」
「えっとね、マリアちゃんたちは私の旦那さんの妹なんだ。」
「…何そのややこしい関係図。」
アイリーンがミアに私の世話を頼んだ理由がやっとわかった。
要は危険物(私)を身内に押し付けたわけだ。
「アイラ・フォードの記憶があればわざわざ説明する必要もなかったわ。」
「そのいい草…あんたもアイラの知り合い?」
「ええ。別に仲は良くないのだけれどね。」
こんなことなら、もっとアイラの記憶をしっかり覗いておくんだった。
人間関係の構築ほど、この世にめんどくさいものはない。
深いため息をついてから、私はベッドに横たわる。
「まあ、なにがどうあれ…一応、ありがと…。」
「お礼なんていらないわ。あなたには働いてもらわないと困るもの。」
「働く…?」
「ええ。私を手伝えば、それ相応の報酬を用意するわ。」
マリアベルが私の目をまっすぐに見ている。
こんな時に考えることではないけど、その翡翠色の目はとても綺麗だった。
「私が提供できるのは魔術による治療、義手、そして蒼冠の情報の3つよ。」
「…へぇ。」
「あなたが私に協力するなら、一週間で体を完全に治してみせる。悪い話じゃないでしょ?」
マリアベルの申し出は、私にとって魅力的すぎる。
一体私に何をさせようとしているのだろうか。
…いや、そんなことは考える必要がない。
「アイラを取り戻せるなら、私は何でもする。」
「そう言うと思ったわ。思い切りのいい人は好きよ。」
マリアベルが私を利用して、何をしようとしてるのかは分からない。
でもそんなことは些細な問題だ。
私に…アイラにとって害となるなら、殺せばいい。
全てを利用し、アイラを取り戻すことだけを考えておけばいいのだから。




