第五十四話 醜態
リア、ウル、アイリーンの3人が旅立ってしばらく経った。
本当に置いていかれてしまった。
その事実をどうしても受け入れられなくて、何度も立ちあがろうとしているが、どうしてもうまくいかない。
アイリーンの話では、しばらくしたら私を匿う人がここに来るらしい。
そいつが来るまでになんとかこの街から出ないといけない。
そうじゃなきゃ、3人に追いつけない。
「なんで…なんで動かないの?お願いだから動いてよ!」
どれだけ叫んでも、足は言うことを聞かない。
こんな時にふざけるな。
今動かないと、絶対に後悔することになる。
何度も何度も失敗する。
自分ならできる、そう信じて。
でも天の神様は私に微笑まなかったらしい。
ついに部屋の扉が開いた。
時間切れだ。
「お邪魔しま〜す。」
「…っ!」
入ってきたのは真っ赤な髪の女だった。
アイラと同い年くらいに見える。
なぜか私はこの女に見覚えがあった。
そしてこの女も私の顔を見た瞬間、驚愕の表情を浮かべた。
「…あい…ら?」
「…私はアイラじゃない。」
「嘘…見間違えないよ。私…ミア…ミア・エイルだよ。覚えてない?」
どうやらこのミアと名乗った女はアイラの知り合いらしい。
だから私にも見覚えがあったのか。
「私はアイラじゃない…。私はトア。」
「私のこと…忘れちゃった?」
「そもそも私はあなたを知らない。」
「そっか。残念だなぁ…、ずっと探してたのに。」
ミアの表情が一気に暗くなる。
まるで家族を亡くしたかのように。
それを見ているとなぜか不憫に思えてきて、無意識に口を開いていた。
「…私はアイラから生まれた別の人格。だから体は元々アイラのもの。」
「え…?」
「信じないならそれでもいい。ただ私はアイラとは別人ってことだけ分かってくれれば、それで。」
きっと信じてもらえるわけがない。
頭がおかしいとおもられても不思議じゃない。
それぐらい意味のわからない事を言っている自覚がある。
「…そっか。ならアイラはどうなっちゃったの?」
「アイラは…奪われた。私が弱かったから…無能だったから…。」
責めてもらって構わない。
全部私の傲りと怠慢が引き起こしたことだから。
殴られる覚悟だってある。
むしろ殴ってほしい。
私は罰を受けるべきだ。
「私が責任を取らないといけない。だから私は…」
「そんな事しなくていいよ。とりあえず体起こそっか。」
そういえばずっと突っ伏したままだった。
確かにこれじゃ会話しにくい。
手を貸してもらって、なんとか上体を起こした。
「よいしょっと…さてと、トアさんだっけ?」
「トアでいい。私なんか敬称をつけるような人間じゃない。」
「はいそこ、卑屈にならない。じゃあトアちゃんって呼ぶね。」
できればやめてほしいけれど、反論する気力もない。
まあ好きに呼ばせておけばいいか。
「それじゃあトアちゃん。改めまして、私はミア・エイル。よろしくね。」
「…世話になるつもりはない。私は行かないと。」
「それはダメ。せめて怪我が治ってからじゃないと。」
「そんなに待てない。少しでも早くアイラを…」
「トアちゃんが死んじゃったらどうなるの?」
「私は死なない。絶対に死なないから…!」
「この世に絶対なんてものはない。」
ミアに肩を強く掴まれた。
私の目をまっすぐに見ている。
嫌だ…見られたくない。
「私は何があったのか知らない。でも、きっとあなたは絶対自分が負けないと思ってたんじゃない?」
「それは…」
「でも負けた。だからこんなにぼろぼろになっちゃった、違う?」
嫌だ。
認めたくない。
まだ負けてない。
まだ取り返せる。
まだ何も…!
「さっき自分は無能だって言ったでしょ?でも同時に自分は死なないとも思ってる。」
「だってそれは…」
「気づいてないの?ずっと矛盾してるんだよ。」
「…っ!」
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
そんなことに気づきたくない。
私はまだ負けてなんかない…。
「私がやらなきゃ駄目なんだ…!私が助けないと…私が…」
「トアちゃん、あそこの鏡を見て。」
「鏡なんて今関係ない!」
「いいから、見て。」
一体鏡なんかに何があるというんだ。
どうせ何もない。
何もなかったら文句を言ってやる。
そう思って部屋の窓際においてある姿鏡を見た。
「え…?これ…わた…し…?」
醜い顔だった。
いたる所に縫われた傷口がある。
左手は肘から先がない。
ぐるぐる巻きの包帯からは血が滲み出している。
そして何より…絶望の色に染まった目。
こんなに醜いものを見たことがなかった。
「酷い顔してるでしょ。こんな状態で戦えないよ。」
「わ、私…負けて…」
「あなたに今必要なのは治療。縫った傷が開いたら、そのまま失血死だよ。」
ああ。
認めたくなかった。
受け入れたくなかった。
でもそうせざるを得ない。
私は…アイラを助けに行けないんだ。
また何もできないんだ。
私は一体何のために生まれてきたんだろう。
何のために…。




