第五十三話 沈黙
「落ち着いた?えーっと、アイラやなくて…」
「…トア。」
「トア…多分覚えたわ。」
「それにしても信じがたい話だな…。まったくの別人格とは…。」
二人が私をまじまじと見ている。
あの後自決しようとした私をリアが無理やり抑えた。
しばらくしてから私のことを話し、今に至る。
「それじゃ、アイラに何が起こってるのかについて聞かせてくれ。」
「アイラは…死んだ。」
「ただ死んだって言われても納得できんわ。何があったんか教えてくれんと。」
「わからない。ただ…あの子の存在を私は感じ取れない。まるで何もなかったみたいに消えて…」
アイラが意識を失った後、あの銀髪の女に何かされたとしか考えられない。
でも肉体は無事で、私の意識が戻った時に主導権が譲渡された。
そうなると、魂だけ殺されたのか。
ならなんで私は生かされてんだ。
「あの…多分戦姫さんは死んでないと思います…。」
「うわぁ!いつの間におったんやあんた!」
いつの間にか、部屋の中に知らない女がいた。
長い黒髪で、かなり小柄だ。
一体こいつは誰なんだろうか。
「ああ、一応紹介するよ。この人はアイリーン・エイルさん。君を助けるのに協力してくれた人だ。」
「あ、あの…よろしく…お願いしま…す…」
「はぁ~…戦闘中とはまるで別人やな。」
「す、すいません…私なんかが出しゃばっちゃって…」
変な人が増えた。
一見全く強そうには見えないのに、魔力の総量が桁違いだ。
多分素でアイラの流星と同じくらいの魔力出力がある。
「アイリーン、さっきの話の続きを聞かせてくれないか?」
「あ、はい…。ま。まず蒼冠の能力についてはご存じですか…?」
「触れた人間を絶命させるって能力やろ?」
「そうなんですけど…実際は少し違うんです…。」
「違う?それは一体…」
「蒼冠は触れた相手の魂を抜き取るんです。そして魂を失った人間は、生命活動を自力でできなくなるんです…。」
それで合点がいった。
本来アイラの魂を抜き取られた時点で、この体は死ぬはずだった。
でも体に2つ目…私の魂が残っていたから、死ぬことがなかった。
そしてつまり…
「アイラは蒼冠に囚われたってこと?」
「は、はい。その魂が無事かどうかはわかりませんが…」
「…まだ間に合う。」
囚われているだけなら、奪い返せばいい。
本当の手遅れになってしまう前に奴を倒せば…
「あかんで。」
「…邪魔しないでよ。」
リアが腰の刀に手をかけてこちらを見ている。
その表情は決して友好的なものとは言えない。
「トア、今自分の状況わかってないやろ。」
「私のことなんてどうでもいい。あの子を取り返さないと。」
「どこに蒼冠がおるかわからんのに、どうやって探すんや?」
「…っ!」
結局こいつも私の邪魔をするのか。
ならいい。
氷漬けにしてやれば私を止める者はいなくなる。
「…それはだめです。私が許しません。」
アイリーンが一歩前に出てきた。
魔力が渦巻いているのが分かる。
私を脅しているつもりなんだろうか。
「あなたよりも私の方が強い。」
「普段はそうかもしれません。でも今は私の方が上です。」
「言ってくれんじゃん。ならお望み通り…」
そう言って立ち上がった瞬間、世界がひっくりかえった。
いや、私が倒れた?
でもなんで…
「生命維持に最低限必要な量以上の魔力を消費してます。そんな状態で動けると思ってるんですか?」
「…っ!なんで好きにさせてくれないの!」
「じゃあ黙って野垂れ死ぬのを見てろって言うんですか?」
「私は死なない!あの子を取り戻す…!」
「絶対に死にます。命を大切にできない人は嫌いです。」
本当に腹が立つ。
私のことを何も知らないくせに。
あの子がどんな気持ちで生きてきたか、わからないくせに。
簡単に否定されてたまるか。
「…これは重症だな。」
これまで口を閉ざしていたウルが言葉を発した。
何やらずっと考え込んでいた様子だったけれど、どうせ他の2人と同じことを言うつもりなんだろう。
「やっぱり置いていこう。」
「せやなぁ。心身揃ってぐっちゃぐちゃや。」
「は…?置いていくって…?」
「俺たちはこれから蒼冠を探しにいく。だからアイラの魂を取り戻すのは任せてもらう。」
何を言ってるんだ。
そんな事、許せるわけがない。
あの子を助けるのは私だ。
じゃなきゃ私が生まれた意味がない。
「嫌だ…絶対に許さない。私も行く…!」
「駄目だ。せっかく魂を取り戻しても、肉体が死ねば意味がない。」
「お前も私が死ぬって言うの?」
「ああ。正直言って、君の精神は壊れている。そんな人間を前線に立たせるわけにはいかない。」
なんで…なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?
この中で一番強いのは私のはずなのに。
「あなたを匿ってくれる人をすでに手配してします。少なくとも傷が癒えるまでは、絶対安静です。」
「お願いだから…置いていかないで…!それじゃ私が生まれた意味が…!」
「心配せんでも、絶対にアイラは助けてくる。それまで待っといたらええんや。」
リアが背を向けて部屋を出ていく。
どうやら、もう話をする気はないらしい。
ウルとアイリーンもそれに続く。
私は一人部屋に残されてしまった。
この瞬間、私はこの感情をなんと呼ぶのか理解した。
絶望だ。




