第五十話 喪失
以前対面したときもそうだった。
何をされたのかが全く分からない。
ただ、蒼冠に接近した瞬間弾き飛ばされたという結果だけは認識できた。
「すこしは、つよくなったみたい。でもまだ、よわい。」
「げほっ…今何を…!」
蒼冠は一切動いていなかった。
それどころか魔力の流動すら感じ取れなかった。
私はこいつの攻撃を認識できない。
何かしらのからくりがあるのだろうか。
いや、からくりがないと困る。
実力だけでこんな芸当をやってのけるのなら、確実に負けだ。
「トア…何されたかわかった…?」
『…ごめん、わからない。」
トアでもわからないのなら、いよいよお手上げだ。
命を捨てる覚悟を決めないと。
「まだ、やるの?なにしても、むだ。」
「こいつ…!」
もう一度魔力を増幅して地面を蹴る。
さっきよりも魔力を足に集中させ、速度も比にならない。
この距離なら勝てる…はずなのに。
「ぐっ…!」
まただ。
さっきと同じ全身の痛み…そしてその直後に弾き飛ばされた。
一定の間合いに踏み込んだ瞬間、迎撃されている。
やはり魔力が一切動かなかった。
感知できないものを躱すのは不可能だ。
「げほっ…げほっ…」
「ばかの、ひとつおぼえ。」
「誰が…バカだって…?」
立ち上がるのと同時に魔力を最大限に吸収させたスピカを投げる。
そして間髪入れずに私も駈けだす。
3方向から同時の攻撃…通じなくとも隙ぐらいできるはず!
「Ró-lag.」
何を言ったのかわからなかった。
知らない言語だ。
でもそれに気を取られてしまった。
「あっ…!」
気づいたときにはもう遅い。
蒼冠に向かって投げたはずのスピカが、私の太ももに刺さっている。
魔力が吸われていき、足の力が抜けて倒れる。
急いで抜かないと、戦えなくなる。
「あなた、まだよわい。つまらない。」
「化け物め…姉を返せ…!」
もう視界が定まらない。
何とかしてスピカを引き抜いて立ち上がるけれど、もう勝負はついている。
『アイラ、もう限界だよ。変わろう。』
うるさいなぁ。
黙っててよ。
私はこいつを殺してお姉ちゃんの仇を討つんだから。
「かわってもかてない。あなたたちは、よわい。」
何より腹立たしいのは、こいつが致命傷を避けていることだ。
死ぬことすら許されない。
ただ遊ばれている…耐え難い屈辱だ。
『アイラ!今すぐ変わって!じゃないと…』
うるさい。
変われったって、変わり方が分かんないんだよ!
「もう、いい?いいかげん、あきらめて。」
「黙れ黙れ黙れっ!」
痛む足を鞭打って、地面を蹴る。
流星を発動して魔力を増幅させ、そのまま斬りかかる。
一太刀でいい。
私の…姉の痛みを思い知らせることができるのなら。
「なんかいやっても、むだ。あなたは、おそい。」
「うっ…!」
またもや全身を強打されたような衝撃が走り、そのまま吹き飛ばされる。
奴の攻撃はどうやっても見えないし、感知できない。
間合いも、速度も、何もかも。
『次が来る!早く変わって!』
「うごけないように、こうする。狂花絢爛。」
立ち上がろうとした瞬間、左腕をこれまで感じたことのない痛みが襲った。
血が噴き出し、肘から先が一瞬で細切れになる。
痛い痛い痛い痛い…!
「あ…ああああああああああ!」
「しつこいあなたが、わるい。ころせないから、これでゆるす。」
なんでこんなことになってるんだろう。
もう嫌だ。
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
『アイラ…!早く変わって!お願い…死んじゃうよ!』
「あたまのなかの、おなかまはうるさい。でてきたら、ころす。」
『こいつ…!』
何やらトアが叫んでいるけれど、もうその内容もしっかり聞き取れない。
痛みと失血で意識が保てない。
やっぱり私は無能なんだろう。
ずっと負けてばかりだ。
「あなたは、しなせない。それがめいれい。」
目の前の怪物の言葉を聞き取ることもできない。
絶望と激痛の中でどんどん目の前が暗くなる。
意識を完全に手放す前に、私が犯した過ちを理解した。
一人で来るべきじゃなかったんだ。




