第四十九話 蒼
『何も言わなくてよかったの?』
頭の中でトアの声が響く。
つくづく思うのだけれど、突然話しかけるのはやめてほしい。
びっくりするじゃん。
「レインや獅子王の狙いは私たちだからね。リアとウルをこれ以上危険に巻き込むわけにはいかない。」
ウルからレインの実験について聞いてから半日ほど経っていた。
私はというと、現在二人が寝静まった隙に一人で王国の中心部に向かっていた。
『でも一人で行動するのはやっぱり危険だよ。戻った方がいい。』
「うるさいなぁ。私が一緒に居るとリア達が危険なんだよ。わかるでしょ?」
『それでも…』
「しつこい。私が死にかけたらトアが守ってよ。それが使命なんでしょ?」
散々私の為とか言ったんだ。
言ったことぐらい守ってもらわなければ。
『あのね、今体の主導権はアイラだよ。アイラが交代してくれないと私は何もできない。』
「じゃあどうやって変わればいいわけ?」
『え?なんかその…意識をぐぐってやれば…』
なにそれ。
とりあえずトアの説明力が皆無なのだけはわかった。
まあこの先トアと変わるつもりは元々無かったのだけれど。
『変な意地張って死ぬ、なんてのはやめてよね。アイラが死ぬと私も死ぬんだから。』
「だから人の心を覗き見するのはやめてってば。私はトアの思考を読めないのに!」
『修行不足だね。』
トアに実体がないことが本当に悔やまれる。
実体さえあれば殴ってやれたのに。
『それで、今はどこに向かってるの?』
「…私の家。」
『はい?』
トアが間抜けな声を上げる。
いやちゃんと理由があるんだから。
「残ってるかわかんないけど、私の弓を回収したくて。」
弓と言ってもただの弓じゃない。
魔弓ガルグ…正真正銘、神器に当たるものだ。
あの弓ならば私が全力で流星を使っても壊れない。
『スピカだけじゃダメなの?』
「だから思考を読まないで。私の固有魔術は元々遠距離戦闘で一番輝くものなんだよ。全力で矢を放てば、それこそ街一つくらいなら消し飛ばせる。」
ただ普通の弓でそこまでの威力を出すのはとんでもなく難しいし、そもそも弓が保たない。
だから家に置きっぱなしの神器を取りにわざわざ歩いてるってわけ。
『てか家って残ってるの?差し押さえとかされてない?』
「一応魔石で結界は貼ってあるよ。まあレインとか相手には玩具みたいなものだけど…」
無くなっているならそれでもいい。
ただ少しでも可能性があるのなら回収したい。
そう思って足を進めている。
「そろそろ着くよ。もうヴァイス領に入ってるから。」
私が今歩いているのはヴァイス領…元々ヴィリアールが管轄していた領地の平原だ。
ここからしばらく歩いた所に小さな街があって、そこに私の家もある。
もう街はうっすらと見え始めているから、今日中には辿り着けるはずだ。
『で、弓を回収した後はどうする?王都に殴り込み?』
「そんな野蛮な真似はしないよ。この先のことはまだ考え中。」
個人的にはまずレインと事を構えたい。
奴の実験とやらについて詳しく聞き出せれば、トアに関してもわかるかもしれない。
「ともかく弓を…」
『アイラ、止まって。』
いつもの声とは違う、緊張と警戒が籠った声が響く。
次の瞬間、背筋に怖気が走った。
手が震える。
いきなり吐き気を催すほどの不快な殺気が立ち込める。
さっきまでは何も無かったし、魔力探知を怠ったわけでもないのに。
「せんき、みつけた。」
か細いが、嫌なくらい耳に残る声が後ろから聞こえてくる。
この声と殺気は覚えている、
いや、忘れることなんてできない。
「おとなしく、つかまって。それが、めいれい。」
「…かの蒼冠様が何の用?」
恐怖を押し殺して振り向く。
そこに立っていたのは忘れもしない、あの銀髪の少女。
あの日、姉を殺した怪物だ。
「おうが、あなたをつかまえろって。だから、おとなしくして。」
『アイラ、戦っちゃダメだよ。今すぐ私に変わって。』
「ふたりに、なってる?あなたのなかに、もうひとつのこえ」
『…!』
こいつ、トアの声が聞こえるのか。
リアやウルには聞こえなかったのに。
『私の声が聞こえるんだ。どういうカラクリ?』
「おしえて、あげない。あなたには、ようじかないから。」
蒼冠の周囲の空間が揺らぐ。
肌を刺すような魔力の唸り…次元が違う。
今の私じゃこいつには勝てない。
その確信がある。
『飛んで!』
トアが叫んだのと同時に、本能に突き動かされて右へ大きく飛ぶ。
その刹那、私が経っていた地面は大きく抉れた。
「よけると、ながびく。めんどうは、きらい。」
「化け物め…!」
スピカを引き抜いて地面を蹴り、一息で間合いを詰める。
ここまで明らかな実力差がある以上、チャンスは一度きり。
初撃に全てを賭けて離脱する隙を作る…!
「やっぱり、よわい。」
「あがっ…!」
斬り込もうとした瞬間、全身を強打されたような衝撃が駆け抜ける。
何をされたのか全くわからなかった。
私が認識したことといえば、全身を襲う激痛…そしていつのまにか空を仰いで倒れていたことだけだった。




