第四十二話 人格
「トア。あなたたちはここで殺すから、覚えなくていいよ。」
先ほどまでとは全く異なる風格を纏った、青髪の女が言う。
この魔力、そして殺気。
蛆虫如きがこの領域に踏み込んでくるとは。
だが、俺を愚弄するとは。
「誰の許可を得て俺の前に立つ。痴れ者が。」
「あはっ!あなたは死なないんだっけ?なら死ぬまで殺してあげるよ。」
まさに別人。
素質のある者は極限の狂気を抱えたとき、人を超える力を得る。
しかし強大な力は精神を蝕む。
故にそれを回避するために新たな精神を構築する。
無論容易く出来ることではない。
それを戦姫はやってのけたのだ。
「レオ…こいつは危険だ。一旦引いた方がいい。」
「この俺に指図するか。」
「いやそんなつもりじゃ…」
「黙れ。さっさと迷宮に戻り腕を治せ。俺の邪魔立ては許さん。」
白銀はしばらく沈黙した後、霞のように消えた。
邪魔はもういない。
ならば戦姫で遊んでやるとしよう。
「俺を殺すと言った者は無数にいる。しかしそれが叶った者は存在せん。」
「じゃあ私がその人になるんだね。あなたは死ぬ時どんな表情を見せてくれる?」
女の姿が消える。
それと同時に俺の右腕が消し飛んだ。
なるほど、遊び甲斐がある。
「さっさと治してよ。殺しちゃうよ?」
「はっ!ここまで吠えたのだ、失望させるなよ。」
俺が右腕を再生させるのと同時に、女の姿が再び消える。
しかし此度は見えている。
視認するのも困難な速度での接近、そして黒の短剣による斬撃。
魔力で強化した腕で、奴の攻撃を受け止める。
リアとか言う蛆虫にそうしたように。
確実に受け止めた。
そう思った次の瞬間、腕がまたもや消し飛んだ。
「あはっ!」
「貴様、何をした?」
「何って…あなたが脆いから斬ってあげただけだよ?」
斬られた時に感じた異様な感触。
剣が俺の魔力を吸っていたのか。
いや、そんな半端なものではない。
あれは魔力そのものを斬った。
故にどれだけ俺が腕を強化しようが、奴にとっては生身当然と言うことか。
「いいねよ、この剣。スピカだっけ?」
「はっ!やはり貴様は俺を興じさせる!今のうちに大人しく我が軍門に降れ。」
「…ふーん?」
「大人しく従えば、望む物をやろうではないか。」
先ほどまで女の顔に浮かんでいた笑みが消える。
殺気が強まる。
それに呼応して、周囲の温度が下がったように感じる。
「私…いやあの子が望むのはあなたたちの死だけ。それ以外は何もいらない。」
「つまらぬ執着に縛られるでないわ。執着は堕落を呼ぶ。」
「散々あの子の人生を踏み躙った。これ以上あの子を愚弄するな。」
さらに温度が下がったように…いや、これは実際に下がっているのか。
「私はあの子のためなら何でもする。あの子を傷つけた奴は誰であろうと殺す。」
「いくら覚醒しようと、その中身まではそう変わらんか。ならば力を持ってねじ伏せてやろう。」
「アイラ、見ててね。今からこいつをぶっ殺すから。」
女の魔力が跳ね上がる。
それに伴って大気が震える。
人格が違うとは言えども、同じ体から放たれているとは信じられない。
「死ね。白き怒りに飲まれながら。」
女がそう言った次の瞬間、世界は白に染まった。




