第三十八話 獅子
「獅子王…お前がなんで迷宮に入れる!」
「俺は俺の望む場所に行く。それがどこであろうと関係なかろう。」
いや、コイツがここにいる理由。
そんなのひとつしかない。
「レインが入れたな…」
「そもそもあやつと俺が繋がっていることは気づいていたのであろう?ならばわざわざ聞く必要などなかろう。」
今獅子王と対面して初めてわかった。
前に戦った時、こいつは力の半分も使っていなかった。
今の獅子王は以前の何倍もの威圧感を放っている。
こんなのと戦おうとしているのか、私は。
「何が目的?」
「なぁに、所有物を回収しに来ただけだ。放っておくと逃げ回るものでな。」
「チッ…私をモノ扱いしないでよ。」
体の震えを押し殺し、なんとか立ち上がってスピカを構える。
せめて悪あがきくらいはしないと。
「誰がなんと言おうが貴様は俺の所有物だ。それが嫌というのであれば抗ってみるが良い。ただし、此度は俺も加減はせんがな。」
「ウチを無視すんな。」
突然ですがリアが恐ろしい剣速で抜刀し、獅子王に斬りかかった。
しかし獅子王は涼しい顔でそれをひらりと躱す。
「ほう、蛆虫にしてはやるではないか。興が乗ったぞ。」
「間合いは掴んだ。次は外さん。」
「はっ、ならば試してやろうではないか。だが…ここは狭すぎる。」
獅子王の魔力が跳ね上がる。
周囲の魔力が彼に集まっているのか。
「な、何する気や!」
「刮目せよ。これが王たる者の力だ。」
「まずい…リア!」
次の瞬間、獅子王は迷宮の床に一撃を加えた。
辺り一体の床、そして壁に亀裂が入っていく。
「あ、ありえない…!」
「このような見窄らしい固有結界などで王を縛ることなどできん。」
迷宮が音を立てて崩れていき、周囲の景色が変わる。
純粋な力のみで大迷宮を打ち破った。
やはりこの男は常識を逸脱してしまっている。
「ここは…さっきの森やない…」
「座標をずらされたのか。趣味が悪いね、レイン。」
獅子王のすぐ横の空間が揺らぎ、レインが現れる。
予測通り、この二人は結託していたらしい。
「趣味が悪い?いやいや、僕はレオの要望に応えているだけだよ。ここがどこかわかるだろう?」
「…城塞都市アルカの跡地でしょ。私…いや、獅子王が吹き飛ばした。」
「ご偵察。さ、レオ。ここからはどうするんだい?」
レインはあの不快な笑顔を出しながら獅子王に問いかける。
この二人を同時に相手して勝てる未来はない。
「戦姫を拘束しておけ。俺はそこの虫と戯れてやることにした。」
「おや、獅子王の目を引くなんて流石はパンドラだね。王国に来なければ死ぬこともなかったろうに。」
レインが指を鳴らすと、突如地面からツタが出現した。
そのツタは私の足と腕を絡め取った。
「なっ…レイン!離せ!」
「君は観客だ。このままパンドラの最後を見届けるといい。」
「やめろ!殺すなら私を殺せ!リアは関係ない!」
力一杯もがいてみるが、ツタはびくともしない。
まだこんなに余力があるのか。
「アイラ、ウチに任せとき。こいつらはここで斬る。」
「リア!今すぐ逃げて!そいつは殺しても死なない!」
「そんなんやってみんと分からん。死ぬまで何百回でも細切れにしたる。」
リアは姿勢を低くして抜刀術の構えを取る。
それを見て獅子王が愉快そうな表情を出す。
「ふははっ!せいぜい俺を興じさせろ、蛆虫!」
「ウチを蛆虫呼ばわりしたこと後悔させたる。」
獅子王の魔力が高まる。
どれだけもがいてもツタは動かない。
私にはこれから起ころうとしていることを止めることができない。
「光栄に思え。この俺が直々に手を下すのだからな。」
「…黙って死ね。」
リアが凄まじい速度で地面を蹴った。
共和国最強の冒険者と史上最強の怪物の戦いが、今始まった。




