第三十二話 欺瞞
「その二人の通称は、調律者と白銀。調律師はアタシに術をかけた傀儡術師。白銀は…知ってるよね?」
私の脳が理解を拒む。
レインはまごうこと無き英雄だ。
そんなわけあるはずがない。
「白銀があの場に居た理由…アイラに死なれると困るからだよ。」
「私!?まさか永夜…」
レインが私にした話を思い出す。
永夜に至る扉を開くことができるのは私だけ。
彼も永夜のために動いているというのか。
「でも…それでこれまでの行動に納得がいった。」
レインがわざわざ戦場に居たわけ。
ヴィリアールに森で襲われたときに助けてくれたわけ。
そしてリアを紹介したわけ。
全ては私を生かしておく必要があったから。
となれば白銀と確実につながっている人物が一人いる。
「獅子王、彼も宵闇?」
「それはわからない。でも調律者も白銀も野放しにしてはいけないってことは間違いないよ。」
「レインは…何をしたの?」
「アタシの知る限り、あいつは迷宮内に大勢の子どもを閉じ込めてる。その子どもたちで実験をしてるんだよ。」
それでもにわかには信じられない。
あのレインだなのだ。
四大英傑の中でも最も誠実な英雄と呼ばれ、数多の戦場で人々を守ってきた。
「根拠が欲しい。ヴィル、どこでその話を知ったの?」
「アタシは8年間、傀儡術の支配下にあった。調律者はアタシを操るうえでいろんな情報を渡してきたんだよ。その中の一つがさっきの話。」
ヴィリアールが傀儡術の支配下にあったのは間違いない。
スピカが吸ったあのどす黒い魔力がその証拠だ。
ならばこの話も信じるに値するかもしれない。
完全に傀儡術が消え去っているという前提が必要だけれど。
「…あなたを信じるよ、ヴィル。」
「…うん。でもきっと今から白銀を探すのは不可能だよ?」
それは間違いない。
あの男が本気で隠れたのなら、見つけることなど不可能だ。
それほどにあの大迷宮は厄介な魔術なのだ。
向こうが迎え入れてくれない限り、迷宮の内部に侵入することはできない。
しかしそれがなんだというのか。
「あいつらが本当に私を狙っているのなら、いつか向こう側からやってくるでしょ。その時を待てばいい。」
「でもアイラ…」
「でもじゃない。私は負けない。ヴィルにも勝ったでしょ?」
たとえどんな敵であっても、負ける気はない。
敵を討つことだけが私の存在する理由だから。
「だからお姉ちゃん、心配しないで。私がお姉ちゃんを陥れた奴らを倒して見せる。」
ヴィリアールは満足そうに笑った。
その顔…ずっと見たいと願っていた昔のお姉ちゃんだ。
「だからさ…その…そろそろいい時間だし…どこかで一緒にご飯食べない?」
「え…?いい…の?」
「あーもう!ヴィルの奢りだから!わざわざ探しに来てあげたんだから、それぐらい払ってよ!」
私は恥ずかしくなって背を向け、近くの町に向けて歩き出す。
今日はたらふく食べてやるんだ。
「…うん、好きなだけ食べていいよ。お姉ちゃんの懐は広いからね。」
ヴィリアールも私に続いて歩き出す。
長くは続かないと分かっていても、この瞬間がうれしい。
あぁ、この瞬間が一生続けばいいのに…。




