第二十九話 掃討
ヘルエ帝国の国境付近はひどい有様だった。
王国軍の侵攻は想定よりもかなり速く、その被害も大きくなってしまった。
しかし王国軍が都市部まで到達することはない。
「はぁ、あんたらこんなもんか。期待外れやわ。」
「さすがパンドラ。一人で一部隊を追い返しちゃうなんてね。」
「なぁなぁアイラ、王国軍ってこんな根性ない奴らの集まりなん?」
王国軍はどの国と比べても勝る軍事力を持つ。
実際に帝国軍は王国軍の猛攻に成す術がなかった。
でもさすがに今回は相手が悪すぎた。
「リアが強すぎるんだよ。王国でリアの相手をできるのなんて、それこそ英傑だけだし。」
「女皇のほかに英傑って来てないん?ウチ一回戦ってみたいんやけど。」
「昨日ヴィルを倒したから、今の王国にはまともに機能してる英傑はいないよ。白銀は防衛線にしか参加しないしね。」
ちぇ、と不満そうなリアを見ていると思わず笑ってしまう。
やっぱりこの子可愛い。
「ほら、行くよ。今日中にあの丘を奪還しないと。」
「しゃーないなぁ。さっさと終わらせて帰りたいし、頑張るかぁ。」
二人そろって敵陣に向かう。
あの丘さえ取り戻せば、もう王国軍に勝ち目などない。
なら急がないとね。
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「なんだこいつ!強すぎるぞ!」
「怖気ずくな!人数で囲え!」
「隊長!どこからか砲撃のようなものが!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
我ながら大人げなくなってきた。
リアが単騎で斬り込み、私は少し離れた場所から壊レタ一矢を放ち続ける。
あそこまで密集してくれているのであれば、範囲攻撃が極めて有効になる。
それに気づいていないあの指揮官は無能だ、と思いつつ次の矢を放つ。
「斬られたいやつから順番にかかってきいや!全員仲良くみじん切りにしたるで!」
「こ、こいつパンドラだ!勝てるわけねぇ!」
「あそこにいるのは…戦姫!?逃げろ!!!」
軍がちりじりになり始めた。
これは勝負あったな。
やっぱり少しやりすぎたかもしれない。
「えー、全員逃げてもうたやん。つまらんわ。」
「まぁまぁ、これでここは奪還できたから。戻って報告すれば私たちの仕事は終わりだよ。」
「まあええか。ウチも家族の会いに行きたいし。」
リアの家族は都市部に住んでいたため、被害に遭わずに済んだそうだ。
本当に良かった。
私たちは共和国軍の駐屯地へ歩き始める。
「それで、ほんまにレインが来てたん?」
「来てたよ。今回の件ではっきりした。あの男は信用できない。」
レインがあの場にいたからヴィリアールの治療ができた。
けどあまりにタイミングが良すぎた。
そもそも防衛線にしか参加しないのが彼のポリシーだったはずだ。
それにヴィリアールにかかっていた傀儡術のこともある。
ヴィリアールは完全に支配されていたわけではないようだったけれど、それでも人格が一部歪んでしまっていた。
あの人ですら人形と化していたのだから、レインもその可能性がある。
あそこまで不自然な行動をとっている以上、その線を疑わなければならない。
「そうやなぁ…あいつ何考えてるかよーわからんし。まあお姉さん助かってるから一旦無視してあげたらええんちゃう?」
「うん、そうするつもり。とりあえず王国軍の掃討が終わるまでは彼と接触しないよ。」
「それが無難やな。にしても傀儡術かぁ。」
「傀儡術師について何か知ってるの?」
ヴィリアール…姉を蝕み、辱めた黒幕。
奴だけは絶対に野放しにしてはならない。
「いや、ごめんやけど特に何も知らんわ。でもそれに匹敵するぐらい胸糞悪い奴なら知ってるで。」
「匹敵?そんな人いるの?」
「蒼冠っていう化け物なんやけどな?アイラも名前くらい聞いたことあるんちゃう?」
蒼冠…、確か共和国で10年前に無差別殺人を繰り返した罪人の通称だ。
私はまだ子どもだったからあまり覚えていないのだけれど、それは悲惨な事件だったと聞く。
「蒼冠の能力は、触れた相手を絶命させるっていうとんでもない魔術なんやって。」
「はぁ?何その能力。ずるくない?」
「せやろ?その魔術をつかって共和国の街で殺しまくったって極悪人や。触れられん奴を捕らえるのなんかもちろん不可能やろ?せやから今でも野放しや。」
聞けば聞くほど恐ろしい話だ。
そんな規格外の魔術を使えるのなら、間違いなく英傑と同等かそれ以上だ。
「ま、蒼冠による被害が出たのって9年前が最後や。今更出てこんやろ。」
「そんなこと言ってると出てくるかもよ?」
「そん時はウチが斬る。それで万事解決や!」
どこからその自信がやってくるのだろうか。
私は半ば呆れながら、リアと笑い合う。
「そうだね、その時は手を貸してあげるよ。」
「んなもんいらんわ。ウチに全部任せときぃ!」
軽口をたたきながら私たちは歩く。
この戦争の終着点は見えた。
もう私たちの出番はないだろう。
なら今はこの瞬間を楽しんでいようと思う。




