第二十四話 姉妹
静かな夜だった。
私は夜遅くまで魔術の鍛錬に勤しんでいた。
だから義父さんの部屋から聞こえてきた異音にも気付くことができた。
「義父さん…?どうしたの、具合でも悪いの?」
私は義父さんの部屋に行った。
中にいた義父さんは明らかに異常だった。
紅く血走った目、苦しみ以外感じることのできない表情。
傀儡術にかかっているのは明確だった。
「え…とう、さん?」
「あああああああああああああ…」
私の本能が告げていた。
ここにいてはならない。
今すぐ逃げろ、と。
それでも足がすくんでしまい、逃げることができなかった。
気が付けば私を救ってくれた義父さんに首を絞められていた。
あの恐怖はきっと永遠に忘れない。
おそらくあの日姉がいなければ私は死んでいたはず。
偶然、その日は姉が家に帰ってきていた。
「アイラっ!」
姉は部屋に入るのと同時に、義父さんを蹴り飛ばした。
その直後、姉の背中からとんでもない殺気が放たれた。
あのおぞましい殺気は、家族に向けられていいものではなかった。
動転している私でも、次に何が起こるかすぐにわかった。
姉は義父さんを殺した。
義父さんを殺した後、姉は笑っていた。
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あの後私は姉を責めた。
それがどれだけ愚かな行為かは理解している。
助けてもらっておいて、おこがましいにもほどがある。
それでも私は姉が許せなかった。
なにも殺す必要はなかったはずではないか。
義父さんを正気に戻す方法があったのではないか。
すぐに見つからずとも、姉にはその方法を探す力があったはずだ。
それなのに、殺した。
それが許せなかった。
私ならばこんなことにならないようにできた、という今考えればなんとも傲慢な言葉を吐き捨てた。
「アイラには無理だよ。アイラは弱いから。」
姉はそれしか言わなかった。
私の中にある姉への畏敬の念が崩れ去るのを感じた。
あんな冷徹な人間が英雄であるはずがない。
自らの父を容赦なく殺せるというのであれば、それはただの悪鬼だろう。
その日を境に私は姉を姉と呼ばなくなり、逃げるように家を出た。
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家を出て3年、私は流れの傭兵として王国内を転々とした。
幾千の戦場を抜け、幾万の屍を築いた。
自身は姉よりも上手くやれる。
そう思って悪を討ち続けた。
その功績が評価され、私は姉と同じ英雄と呼ばれるようになった。
戦姫などというくだらない名前を与えられ、四大英傑の一角に収まった。
でも当時は自分が誇らしかった。
18歳、最年少の英雄。
世間からの評判はすさまじかった。
これで姉に思い知らせてやれる。
私を弱いといったことを後悔させてやれる。
でも3年ぶりに再会した姉は相変わらずだった。
「アイラはアタシに勝てないから、必要ないよ。アタシに任せておいてくれればいい。」
その言葉に何度打ちひしがれただろう。
それだけじゃない。
姉はもはや私のことを見ていなかった。
そもそも眼中になどなかった。
さらにはあの笑顔。
義父さんを殺した後に見せたあの笑み。
その笑顔がどうしても許容できなかった。
そして次第に理解していった。
あの優しかった姉はもう死んだのだと。
今の姉は殺戮を好み、愉悦に生きる外道だ。
そんな人間の妹であることが誉であるわけがない。
むしろ恥だ。
そう信じてやまなかった。
その後に私たちの姉妹としての道は二度と交わることがなかったのは言うまでもないだろう。
私は、あんなに好きだったはずの姉が嫌いになっていた。




