第一話 会合
人々は英雄を求める。
自身を守護し、敵を討ち滅ぼす英雄を。
人々は英雄を崇める。
不可能を可能にし、いかなる壁をも打ち砕く英雄を。
人々は英雄に好意を抱く。
どこであろうと駈け付け、偉大な風格を纏う英雄を。
しかし人々が本当に求めていたのは「完璧」な英雄だった。
英雄ならば失敗などしてはならない。
何人たりとも死なせてはならず、どれほど強い敵であろうと負けてはならない。
もしそれができないのなら、人々にとってそれはもはや英雄ではなくただの負け犬だ。
責務を果たせない負け犬には何の価値もない。
負け犬には敬意など全く払わないし、必要とされない。
「本当にひどい話だと思わない?」
私は一人つぶやく。
ちなみに私はアイラ・フォード。
一週間前までこのクーゲル王国で四大英傑とか言われてたうちの一人だ。
今は絶賛指名手配中。噂によれば国家予算並みの懸賞金がかけられているらしい。
「はぁ~…これで非常食も最後か。誰か養ってくんないかな。」
最後のパンをかじりながら森の中を歩く。
かれこれ森を彷徨って4日経った。
なんで4日も彷徨ってるかって?迷子だよ、こんちくしょう。
まあ森を抜けることができたところで行く当てもないのだけれど。
地位なし、金なし、人権なし。
状況が悪すぎて逆に笑えてくる。
「人生何が起きるかわからないっていうけど、さすがに酷くない?」
「おい、いたぞ!あいつだ!」
どうやら私は独り言すら許されないらしい。
気づけば3人の大男が私を取り囲んでいた。
全員ぼろぼろの服を着ていて、錆びた短剣を持っている。
おそらく盗賊だろう。
「青い長髪に、短剣2本とでかい弓を持ったチビの女。間違いねぇ、こいつが戦姫だ!」
「あのさ、私を戦姫なんて物騒な名前で呼ばないでくれる?あとチビっていうな!」
「うるせぇ!おいお前ら、さっさと捕らえろ!」
その一言を合図に大男たちが一気に突進してくる。
まあちょうど暇してたんだ。
ちょっとだけ遊んであげよっと。
相手の動きはいたって単調。
狙ってる場所を凝視しているせいで短剣の軌道が簡単に読める。
これなら剣を抜く必要もないな。
ひたすらに盗賊たちの攻撃を躱す。
「こいつ…当たらねぇ!」
「お兄さんたち、見た目のわりに大したことないね。」
「なんだとこのあばずれ!」
「…は?」
あばずれ…?
あばずれってあの?
あたしが?あばずれ?
よし、こいつらは殺す。
今すぐに殺す。絶対に殺す。
短剣は使わないつもりだったけど、悪いのはこいつらだから。
よし、まずはこいつの攻撃にカウンターを…
「そこまでだ。むやみに人は殺すもんじゃない。」
いきなり声が聞こえ、私の抜刀しようとする手が止まる。
声の方を見ると、全身真っ黒の服を着た男が立っていた。
黒髪に黒目、すらりとした体形。
一見一般人にしか見えないが、私にはわかる。
こいつはやばい。
明らかに普通じゃない。
「お、お頭…こいつ死神騎士だ!」
「くそっ、ずらかるぞお前ら!!!」
「おやおや、俺の顔を見ただけで逃げるなんて。失礼だな。」
盗賊たちが一目散に逃げだすのを横目に、その男が近づいてくる。
「まずは初めましてかな、戦姫殿?」
「…もう戦姫じゃない。君が私の追手?」
「正解。前置きとか苦手だから…早速やろうか。」
男から強烈な殺気が放たれる。
なるほど、この男は間違いなく強い。
常人では達することのできない領域にいる。
それでもなぜか私は喜びを感じていた。
この一週間、いろいろと憤りをため込んできたんだ。
こいつで発散してやる!
私が短剣を抜いた瞬間、男との闘いの火ぶたが切られた。