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4区の領主がいるのは、マリクハルと言う名前の街だった。ここはかつて4区が一つの国であった時に首都だった街だという。領地の殆どが砂漠の4区だが、マリクハル周辺には大河が流れ、4区全体に大きな恵みをもたらしていた。私や戦奇様のの出身である11区は肌の色が明るい色の人が多いが、ここは太陽の照り付ける土地なだけあって肌の浅黒い人が多かった。ここの領主はかつての国が負けた際、現在の王家から王子が来て、元の国の王家の娘と婚姻を結んだのだという。3代程前の事だが、そういうわけなのでここの領主もしっかりと王位継承権を持っていた。元の継承順位こそ高くないが、現在序列は15位とそれほど悪くない。優秀なのは奴隷かあるいは主人の方か。奴隷を良く言う者はいないので、噂だけで判断することは出来なかった。
「やっと着いたな。」
砂漠の砂が風に乗って舞う。太陽は変わらず照り付けてきていた。
「やっとですね。」
汗が額を伝った。
前の街を出発してから四日は歩き続けている。途中、見つけたオアシスで休憩を挟んだとは言え、前の街ではあまりゆっくり出来なかったので体力に自信がある方だとは言え、それなりに疲れが溜まっていた。
前の街のようにまた邪険に扱われる可能性はあるが、駱駝小屋でも馬小屋でも野宿よりかは幾分マシだと思うしかない。幸い、初めの頃は近づく度に威嚇してきたアフヤドも最近では慣れてきたのか威嚇で唾を吐いたり暴れたりする事はなくなった。戦奇様と旅を始めたばかりの頃はよくアフヤドに噛まれて傷を作っていた。しかし現在も生意気な駱駝は私をちらりと見てフンッと鼻息を鳴らす。
街の中に入れば、現在は交易都市として栄えるマリクハルらしい賑やかさで私達を迎え入れた。街ゆく人々の顔は明るく、賑やかな音楽もどこからか聞こえてくる。
「領主様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
戦奇様に問えば、彼は真っ直ぐにかつての王城を指差した。どうやら昔の王城をそのまま使っているらしく、11区では見たことのない建築様式なので興味深く見つめる。大きな花崗岩を積み上げて出来たのだろうか、街の中心にあるそれは周囲の家々が日干しレンガで出来ているのもあり、より一層目立っていた。
「かなり目立つ建物ですね。」
「元々は神殿でもあったようだ。かつては独自の宗教と神を信仰していたのだな。…今はアウレオン教に統一された。かつての神像は全て破壊されたそうだ。」
「…。」
宗教とはその国の文化の礎だと思う。それを尽く破壊するなんて戦争に負けるとは悲惨な事なのだと何処か他人事のように思った。私だって負けた側の人間なのに自覚が薄いのは戦争が終わってから産まれたからだろうか。チラリと見れば道端にかつて神像だっただろうものが朽ちて蔓に巻かれている。美しい女神像だったのだろうその顔は何かで殴られて削り取られていた。そんなものが街のあちこちにまだ残っていた。
しかし、そんな過去の遺構とは裏腹に街ゆく人々の表情は明るい。前の街の人々が魔女との戦争を引き摺っていたのに対し、この街は余り被害を受けなかったようだ。私を見る目もそこまで厳しいものは無かった。
「それにしても賑やかな街ですね。」
「…ああ。」
戦奇様は照り付く太陽の眩しさに目を細める。
一歩、一歩と前に進めば 街の子ども達の元気良い歌声が響いた。
いち、に、さん、し!揃って歩け!
偉大な王様 笑顔の王様
皆で並んで「ありがとう」!
鐘が鳴る 自由の歌
ほら皆で歌おう
涙の川も虹に変わる
ほら皆で進もう
笑顔を描く空の下で
楽しい夢を見たいよ
悲しい夢はさようなら
足元見れば水溜り
乗り越え飛び越え
いち、に、さん、し!揃って歩け!
国王陛下を讃える歌なのだろうか。それともかつての王を讃えた古い歌なのだろうか。今までに聞いたことの無い歌だった。子気味の良いリズムに、どこか暗さも感じる音階で歌われるその曲が耳に残る。
更に進めばそちらではまた違う歌が聞こえてきた。先ほどの子どもたちよりうんと幼い子どもの声だ。
おひさまにこにこ みんなでわらおう
ないてもわらって みんなしあわせ
おなかがぐーぐー それでもわらおう
ありがとうだけが みんなのことば
おつきさまきらきら よるもうたおう
こえなくうたえば ゆめになるよ
こちらはのんびりとした調子の、どこか明るい曲調だった。子どもが元気に歌う姿に思わず立ち止まって見てしまいそうになるが、手首に付いた枷を見て思い留まった。分不相応な願いは持つべきではないと、苦笑いが浮かぶ。
「…愛花………いや、なんでもない。」
戦奇様が何かを言いかけて…首を振った。何だろうと思うも、何でもないと言われたので特に何か聞き出すこともない。戦奇様の考えていることは私には分からない。分からなくて良いと思っている。彼は殿上人で私はただの奴隷なのだから。
――――マリクハルの古城…かつての通りマリクハル城と呼ばれる城の前に立つとその大きさ圧巻される。11区にある王城も大きいが優美なあれは圧巻されるというよりも見惚れると言った方が正しい。マリクハル城はその前時代的な建築様式と、かつて神殿であったことも関係しているのであろう、目の前に立てば畏れを抱くようなそんな城だ。戦奇様は何度か此処にも訪れた事があるようで、立ち止まる事も無く進み門衛に話し掛けていた。
「領主のオルディアス侯爵に用がある。」
何者かと訝しんだ門衛も、戦奇様の王族としての紋(白地に黒い鷹と銀の月桂樹そして鷹の上に金色の太陽が輝いているのが彼の紋だ。このような紋は直系王族一人一人に別のものが用意されている)のあしらわれたペンダントを見ると深く低頭し、すぐに領主の元へと使いの者を走らせる。
いくら王位を争っているとはいえ、現状では戦奇様の方が身分が高いので、いくら殺し合いをしていようとも表向きには無碍に扱うことも出来ない。そんなことをすれば貴族の名折れとして恥を掻くのは相手の方である。
暫くすると、のっぺりと張り付いたような笑顔の中肉中背の壮年の男が城の中から慌てたように出てきた。
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次回投稿は9月19日18時過ぎになります。




