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「戦奇様。戻りました。」
11区から戻ったことを戦奇様に報告する。私の留守の間に誰かに襲われていたということは無いようで、私の主人は紫煙を燻らせながら宿の窓枠に腰掛けて月を眺めていた。つい最近吸い始めたそれが、何故だがよく似合っている。
「愛花…目立つだろう。」
魔法で浮かびながら窓越しに挨拶をしたのを咎められる。怒っていると言うよりは行儀の悪い子どもを叱るような口調だ。どうもこの人は、私のことを子どもだと思っている節がある。
「確かに目立ちますが…宿の主人が宿に入ることを認めてくれませんので。」
「それもそうだが…。」
先程の男の態度を思い出したのか、戦奇様がこめかみを抑えた。戦奇様は一見表情が分かりにくいが、実はかなり感情が表に出やすいということが、この数ヶ月一緒に過ごして分かってきた。今は私達魔女と国民との確執の解消についてでも考えているのだろう。まだ戦後間もないというのに私たちを許して受け入れろとは多くの民にとって難しく納得し難いことだろうに。寧ろ出会い頭に殺されそうにならないだけ、あの主人は理性的である。
「…私は大丈夫です。」
産まれて初めて会った。魔女を憎むでも、駒として利用するでもなく、一人の人として扱おうとするこの人に戸惑いを覚える。私達魔女はいくら追い込まれていたとは言え沢山の人を殺してしまった。憎まれて当然のことをしたし、負けて奴隷となったのだから利用されて当たり前だ。産まれてからこの方、そう教わってきたしその考えに疑問を持つことすら私には罪深いものだと思っていた。だから、人から憎しみの感情をぶつけられることに罪悪感を感じこそすれ、自らを哀れと思うことなんて無かった。
「それでは小屋に戻りますので。」
何か言いたげな戦奇様の視線を避けて、小生意気な駱駝の元へと戻った。黒い駱駝は私の事をちらりと見ると、ブルっと鳴いて顔を伏せる。
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早く出ていってくれと言いたげな宿の主人に宿泊料金を払って出てから、買い物がてら街を散策する。私を遠目で見ては嫌そうな顔をする人や、指さす子ども。あからさまに悪態を付く老婆など様々な人がいた。
戦奇様がちらりと私のほうを見て眉を顰めた。一瞬、何かしてしまったかと思うがそうではないようだ。
「暑くないのか?その服で。」
「暑いですが、これ以外に持っていないので。」
私が淡々と言うと、しまったという様な顔をする。私達奴隷は主人に与えられた物以外、自分の物は持ち得ない。どれだけ主人に尽くそうが給料が出る訳でもないので、自分の金というものすら持ったことはない。なので自分のものを買うという経験もない。
ずっと学校の制服を着ているのも、これしか持っていないからである。成長期の私にとって2年前に卒業した学校の制服はサイズが合わなくなってきている。また寒冷な地にあった学校の制服なので、3区のような灼熱の地には合わない。普通の人ならば体調を崩すだろう程度には暑かった。
「すまない。気が付かなくて。」
「いえ。別に。」
私は訓練を受けているので多少暑いくらいで倒れることはない為大丈夫だと伝えると彼は気まずい顔をした。
「年頃の少女の服が1着だけというのもまずいだろう。…好きな色は無いのか?」
彼の言う事の意図が分からない。私の好みなど聞いてどうするのだろう。
「私には特定の好みなものはありません。」
「どういう服が欲しいとか無いのか?」
「ありません。最低限の食事さえ頂ければ十分です。」
物心着いた頃には奴隷として扱われてきた為、自分の好みなど主張するような余裕はなく与えられたものを有り難く使う以外に無かった。髪の毛をお下げにしているのだって、ハサミが無いから切れない為だ。戦闘の邪魔にならないようにこうして紐で束ねておくしかない。この紐だって元は人が捨てようとしたのを許しを乞い貰った物だった。
好みが無いと言われ、戦奇様は溜息を吐く。
「例えばほら、これなんかどうだ?」
歩きざまに露店に並ぶ矢鱈と目立つデザインの服を戦奇様が私の目の前に広げた。綺羅びやかな装飾が至る所に付けられており、とても奴隷に着せる服には見えなかった。…まあ、一定数見栄えの良い奴隷を着飾らせて侍らせるような人もいなくはないのだが。
「……良いと思います。」
主人がそのような趣味を持っているとは知らなかったが、私がとやかく言う事でもないだろう。好きにすれば良い。
「良いと思ってないだろう。その反応は。……兄上達の奴隷はこんな服装をしていた気がするが、彼女達の好みでは無かったようだな。」
「こういう服装が好きな人もいると思います。戦奇様が良いと思うのならば命令頂ければ。」
彼の兄王子達は奴隷を着飾らせるタイプの人々のようだ。兄王子達は戦奇様とは違ってしっかり社交もこなす王族なので、いつも連れて歩く奴隷に見すぼらしい格好をさせておく訳にもいかないという事情もありそうだが。
悪くないと思うんだが、と服を私に当てようとした時だった。
「うちの商品を魔女に着せるのはやめてくださいね。うちの評判が落ちますんで。」
恰幅の良い女主人が私を睨みつけながら言った。少し見ただけでこれだ。例え奴隷がお金を持っていたとしても、何かを買えることは少ないだろう。
「…この街の方々は無礼な人が多いですね。」
人間に私が意見するの基本的には禁じられているが、流石に戦奇様に対して無礼ではないだろうかと思う。戦奇様は歴とした王家の方だ。奴隷を連れているのでこの人にも分かるだろうに余りにも言葉遣いが悪いのではないだろうか。
「…っ。奴隷のくせに生意気だね。」
「愛花、やめろ。貴女も彼女が何かした訳では無いのだから大人気ない態度を取るものではない。」
戦奇様が私と女主人の間に入る。咎められるが、彼女はそれでも止まらなかった。
「…あなた様に無礼を働いたことは申し訳ありません。しかしこの魔女を人扱いしろと、そうおっしゃるのですか?……王侯貴族様方は戦えと庶民に命令するだけで、こいつらがどうやって人を殺してきたのか、何もご存知無いですものね。」
「やめろと言っているだろう?」
「いいえ。やめません。あなた様がどこぞのお城で大切にされている間、私の夫と息子は死にました。戦争に行けと貴族様に命令されて挙句、魔女に殺されたのです。」
どうして許せと言えるのですか。女の掠れた震え声に私は何も言えなかった。魔女が沢山の人の命を奪ったのは確かだ。どけだけ償っても許されないことをしてしまったのだ。
「…魔女だけが悪い訳ではないだろう。私達だって沢山の魔女を殺した。」
「だから何だというのです?魔女は人間ではないのですから、いくら死んでも良いではありませんか。」
自分達と違うものを徹底的に排除する。違うものは殺しても良い。国民の多くはそう言われて育ってきた。魔女を殺すことは国の為に必要なことで、そうしなければならないと戦争の前から伝えられてきたこと。何百年も続くそれを今更変えることは難しい。
「…彼女達も痛みを感じるんだ。」
「…だから何だというのですか?言わせて貰いますが、私達にだって痛みや恐怖はあります。あなた様方の命令で魔法を使う魔女と戦うのに肉壁になった兵士達にもね。私は魔女も憎いですが王侯貴族様も嫌いだね………もう、うちの店には来ないでください。」
戦奇様の持つスカートをさっと取り上げると、あっちへ行けと手を振った。無礼だとまた注意しようとするも戦奇様に止められる。
「もうやめよう。行こう。」
踵を返し歩き進む彼の後ろを慌てて追いかけた。
「もし…お金を持っていたとしても私達に服を売ってくれる人なんているんでしょうか。」
太陽がジリジリと照り付けて肌が焼けるような気持ちがした。




