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砂漠の中なのに、冷たい風が吹いた。シルヴィアを魔力が渦を巻いて囲んでいる。
「私を恨んでないなんて、そんな筈無いわ!私が殺したも同然なのに…っ!」
「シルヴィア…!魔法は使ってはいけませんっ!」
無意識で魔力を操っていた彼女に駆け寄り肩を抱く。
「落ち着いて聞いてください。私の降霊術は完璧です。彼等の言葉は真に貴女に向けた言葉です。」
シルヴィアの中で荒れていた魔力の流れが、少しずつ収まる。
「…そんな筈、無いの。母さんも父さんも、メアリーも…皆、私のせいで死んだのに、私だけ生き残って、妹のことも守れなかった…。」
ゲホッと咳をしたかと思えば、また血を吐き出した。
『シルヴァの馬鹿っ!貴女が生きていてくれて、私達はとーっても嬉しいのよ!貴女に生きていて欲しいから私、あの時貴女の身代わりになったの。』
メアリーという名の少女の霊がシルヴィアに叱責する。しかしシルヴィアは少女をキッの睨みつけて、怒鳴った。
「そんな事…頼んでないじゃない!!……私は貴女に生きていて欲しかったのよ。メアリー…。貴女のお母さんとお父さんがどれだけ悲しんだ事か…。」
『大丈夫。二人ともきっと分かってくれるよ。だって、私のパパとママだもん。』
「分かる筈無いわ!貴女は…あの二人がどれだけ憔悴してしまったのかも、私が…私が貴女を失ってどんな思いで生きてきたのかも分からないじゃない!……私なんかが生き残ったから、沢山の魔女が死んでしまったわ。そんな事、望んでなかったのに!」
シルヴィアの叫びは、痛いほどに鋭かった。きっと、こうやって自分をずっと責めてきてしまったのだろう。彼女は私のように全て諦める事無く、家族や友人と過ごしていた時の彼女を捨てきる事が出来ずに奴隷となってしまった。私のように機械的に命令をこなすだけの人形のようにならずに、一個人として生きようとしていたのかも知れない。
だからこそ主人の悪行に心を痛め手に掛けるまで自分を追い詰めてしまったのだろう。
可哀想なシルヴィア…。奴隷に意思なんて誰も求めていないのに、そんな事も分からずに苦しんでしまっていたなんて…。
そう考える自分とシルヴィアには、きっと大きな隔たりがある。
『私のシル…よく聞いて。少なくとも私達は貴女の事を恨んでなんていないの。これは本当。』
「母さん…。」
彼女の母親の声だろうか。若い女の声がする。うっすらと見えるその姿は、シルヴィアに似ているような気がした。
優しい声…。胸が少しざわざわした。けれど頭を振って魔法の維持に努める。この魔法は信じられない程魔力を食う。少しでも気を抜けば魔法が解除されてしまう。一度招魂し顕現させた魂は二度呼ぶことは出来ない。彼女達がこの後天に昇らなければ私に断片的な声くらいは聞こえるかもしれないが、それをシルヴィアに届ける事は出来なくなる。
「シルヴァ…私達にはもう余り時間が残されてないの。」
「ただ一言、ずっとお前を愛しているし、お前のことを見守っていると伝えたかったんだ。」
メアリーと父親と思われる魂の顔が悲しそうに歪んだ気がしたが、三人共が大きな光に包まれていく。
「シル…貴女は………さい。」
三人がシルヴィアを囲む。眩しい光がシルヴィアを包み込んだ。思わず瞳を閉じる。
「シルヴィア…!!」
シルヴィアに駆け寄るとぐったりとした彼女を抱き起こす。
「愛花…母さんも父さんもメアリーも…行ってしまったのね。でも、会わせてくれてありがとう。ねえ、愛花。……私とっても眠いの。きっとこのまま死んでしまうのね。」
彼女の言う通りだ。穏やかなせせらぎのような彼女の魔力はもう枯れかけていた。魔女は魔力が無くなれば死んでしまう。そういう生き物だ。
私はそうと分かっていてもシルヴィアの言葉に頷く事が出来なかった。どうしてだか分からないけれど、言いたくなかったのだ。
何も言わない私にシルヴィアは微笑んだ。
「愛花…私の小さな友達…最後にお願いがあるの。これを…あの子に…私の妹、リアリナ・フローに渡して。」
渡されたのは水晶玉にシルヴィアの杖だった。魔女は生前使っていた物を亡くなる前に自分の血縁に渡す事があるという。生前の思いを大切な人に託す…そういう意味があるのだ。
「リアリナ・フロー……分かりました…。」
私とシルヴィアの妹は同年代なので、私が学園にいた時には彼女もいたのだろうが…他の魔女と殆ど交流の無かった私はリアリナとは話した事も無かったし、彼女の顔も知らなかった。だけど旅を続けるうちに会うこともあるだろう。
「必ず、貴女の妹にこれを渡します。」
「……ありがとう。愛花。」
シルヴィアはそう言うともう限界の筈の体を起こした。
「シルヴィア…動かないほうが…。」
「私は水と眠りの魔女よ。最期を過ごす場所は水の側が良いの。」
地を這うようにしてオアシスの泉に向かう彼女を抱き上げて泉の畔に置く。
「ありが…と…。ごめ、んね…。」
目を閉じて動かなくなった彼女を私は暫く見ていた。彼女の顔は穏やかで眠っているようだった。しかし身体の冷たさが彼女の命の終わりを告げていた。私はどれくらいの時間か、シルヴィアから貰った本を彼女の隣で読んでいた。
「愛花…!やっと見つけた。お前は…もう…。」
迎えに来た戦奇様に話し掛けられるまで、数日をそこで過ごしている事に気が付かなかった。
差し出された手を握り返し、漸くシルヴィアの側を離れることが出来た。
「行こうか。」
戦奇様は何も聞かなかった。私は彼の言葉に頷くと、彼女から貰った本の表紙をそっと撫でた。
砂漠を照らす夕焼けの中を歩き出したのだった。
読んで頂きありがとうございます!
長い間更新出来ず申し訳ありませんでした。またボチボチ更新していきますので、良かったらまた読んでやってください。




