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紅い鎖 ー魔女達の物語ー  作者: だんだん
一章 眠りの魔女
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 父は人間だった。魔女である母や娘達とは生きてる時間軸が違うけれど、彼は家族を愛していた。子どもの躾には厳しいけれど、普段は優しい人で、本の好きなシルヴィアの為に高い本を買ってくれるような人だった。そんな父のことをシルヴィアは大好きだったのだ。


 母は穏やかな魔女だった。小川のせせらぎのような静かな女だった。シルヴィアの家系の魔女は代々、眠りの魔法を使う。先祖達が戦の為に使ってきたその魔法を、母は人の為に使った。子ども達には魔女と人間が争うこと無い未来を築けるよう、魔法を余り使わないようにと言い聞かせていた。今思えば、魔女であることを国に見破られぬようにしていたのかもしれない。


 祖母は厳格な人だった。かつて王宮に仕えていた人だから、礼儀作法にも煩い人だった。祖母と言っても魔女だったので母とそう変わらない年頃のように見えた。シルヴィア達とは少し離れている所に住んでいたが、シルヴィアは良く祖母の元へ行き、豪華な王宮の暮らしの話を聞いた。


「まさか私の代で王家を途絶えさせてしまうとは思わなかったわ。」


 溌剌とした祖母だったけれど、いつだって王を死なせてしまったことを後悔していた。その時ばかりは少し優しくなってシルヴィアを抱きしめてくれるのだ。祖母は母よりももっと力の強い魔女だった。そんな祖母にですらどうにも出来ない事があったのだと、話を聞く度に不思議に思ったものだ。


 シルヴィアは家族が大好きだったし、魔女であるシルヴィア達を優しく迎えてくれた村の人達も大好きだった。その村はかつて、シルヴィアの祖母が救った村だったそうで、当時のことは伝承に残るばかりだが村人達は祖母に恩を感じているようだった。


 戦火が迫って来た時、村人達が逃げる中、祖母は村に残ることを選んだ。最後に言葉を交わすことは出来なかったが、自分の愛する王国を滅ぼした国を憎んでいた祖母はきっと一矢報いたのだと思う。シルヴィア達の為に戦争に積極的に参加することさえ無かったが、きっと本当はもっと早く戦いたかったのかも知れない。


 シルヴィアは祖母の最期は知らない。調べたが何も残っていなかった。大人の魔女は皆殺しにされてしまったので、きっと生きてはいないのだと思う。




 メアリーが殺されて、村人達とは逸れてそれでも逃げ続けたシルヴィアの一家は一月もする頃には疲れ果てていた。やっとつかまり立ちを始めるようになったシルヴィアの妹…リナリア・フローは連日の移動にぐずり大泣きすることさえあった。



「シル…メアリーが死んだのはあなたのせいじゃないわ。」



 母は食事を取ろうとしないシルヴィアに困ったようにそう言った。母にそう言われた所でシルヴィアにはその言葉を素直に聞けない。



「メアリー…どうして?どうして自分が魔女だなんて言ったのよ。メアリー、私のせいで死んでしまって、きっとあなた、私の事を恨んでいるわよね。」



 シルヴィアにはメアリーが死んだ事が受け入れられなかった。受け入れるには余りにも幼かったのだ。リナリア・フローの声が大きく響く。疲れ切った家族にとってそれは精神的に来るものがあった。母が慌ててリナリアをあやすが、赤ん坊の泣き声は大きくなるばかり。



「うるさいっ!」



 シルヴィアは思わず叫んだ。もう限界だった。何もかも。村にいた時は幸せだったのに、どうして魔女達は戦争なんて始めてしまったのだろう。魔女達が余計なことさえしなければ、シルヴィアの家族は今頃幸せに暮らせていたし、メアリーだって死ぬ事はなかったのに!



「ふぇえ…。ふえぇ…。ふぎゃーっ!!!」



 まだ喃語しか話せない妹にシルヴィアは当たってしまったことを後悔するも、その時にはリアリア・フローは泣き止まなくなっていた。絶望に染まった声が家族を追い詰めていく。



「何とか泣き止ませられないのか?」



 父が苛立ったように母に言った。



「やってるわよ。それでも…。」


「魔法を使えば良いだろう!眠らせておけば!」


「眠りの魔法は特別なのよ!こんな赤ん坊に使って、この子に影響が出ないかなんて分からないのに!」



 仲の良かった父と母の言い合う声、泣き止まない妹の声を聞きたくなくてシルヴィアは耳を塞いだ。



 全部、全部、魔女達が悪いんだ…!!



 シルヴィアは魔女達を憎んだ。それしか彼女は心を守る術を持たなかった。




※※※※※※※※※



 父が最初に捕まった。旅を始めて2ヶ月程経った頃だったか。食べ物を買いに行った街で、魔女の作った薬を持っているのが見つかって衛兵に捕らえられたのだ。シルヴィアは父を助けに行こうとしたが母が止めた。


「シル…やめて。貴女まで危険な目に遭うわ。」


 この頃の人間達は魔女に対して容赦が無かった。シルヴィアのような子どもであっても捕まればどんな目に遭うか…。

 シルヴィアは母の言葉を受け入れなかった。妹と母が寝たのを見計らって、寝床にしていた岩場から飛び出した。


 シルヴィアには飛行魔法は使えない。走って父の元へと向かう。足は長い旅で疲れ切って所々靴ずれも出来ていて痛かったけれど、父を助けなければと思ったのだ。人間に鉢合わせしそうになれば魔法を使って眠らせた。母はシルヴィアに人のように生きて欲しいと魔法を教えなかったが、彼女はこっそり練習していたのだ。


 眠った衛兵の横を通り過ぎて、牢屋に繋がれた父を見つけた時にはシルヴィアは魔法の使い過ぎでふらふらだった。それでも自分を顧みずに牢屋に手を掛ける。


『ヴァルク・ノア・ルディン』


 成熟した魔女は詠唱が無くても指先一つでも動かせば魔法が使えるが、魔法を使い慣れていない子どもの魔女であるシルヴィアは詠唱無しでは使えない。自分の祖先と同じ名前の魔法を使う。魔女の名は古き魔女の言葉で構成される。魔法を使うのにも使われる言葉で、詠唱と自分の名が同じというのも珍しく無かった。

 シルヴィアは母から魔法を教わっていない。知っているのは祖母から伝えられた先祖達の名前くらいで、だからこそこの時の詠唱にもかつて栄光に溢れた魔女の名を使ったのだ。


 シルヴィアの魔力が集まり濁流となる。牢屋にぶつけて壊そうとした所で…シルヴィアは気絶した。


 父の、シルヴィアを呼ぶ声が牢屋に響く。彼女が父の声を聞いたのはこれが最後だった。





 目が覚めた時にはシルヴィアは鎖に繋がれていた。動こうとしても動けなかった。鈍く光る大きな石が牢屋の中にぽつんと置かれていた。祖母から聞いたトリスメラ鉱とはこれの事かとぼんやりと思った。

 こんな物を使わなくたってシルヴィアはもう動けないというのに。頭を持ち上げる事さえ辛い。


 ぼんやりとする頭で、自分は失敗したのだと思った。父を助け出せずに人間につかまってしまった。何とか助ける事は出来ないかと考えていると、下卑た笑いを浮かべた衛兵が、シルヴィアの牢屋の前にやってきた。



「お前が馬鹿なお陰で二人の偉大な魔女の子孫も捕まったよ。」



 一瞬、思考が止まった。この地域の人が偉大な魔女と呼ぶのはただ一人、ヴァルク・ノア・ルディンだ。しかし男には以前の人々が彼女を呼ぶ時に込めていた敬意が全く無かった。彼女は多くの人を救った。襲ってくる他国を追い払い、治水をし、国の発展に貢献したというのに。魔女にとって二千年というのは、そのくらい長生きする魔女もいるのでそこまで長い年月ではない。しかし寿命の短い人間にとってはおとぎ話の中の人物とそう変わらないのだろう。

 そしてその偉大なる魔女の子孫と言えば、自分と祖母を除けば母と幼い妹しかいなかった。



「母さんとリナに何かしたら許さない!」



 吠えるようなシルヴィアの言葉に男は笑った。



「お前の父親と母親ならとっくに死んだぞ?」



 それからの記憶はない。気が付いたら奴隷にされ学園にいた。





更新遅れてすみません!

いつも読んで頂き有難うございます!


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