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紅い鎖 ー魔女達の物語ー  作者: だんだん
一章 眠りの魔女
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 嗚呼、終わってしまったわ。

 シルヴィアはオルディアス侯爵の首を見つめて思った。自分がやってしまった事の大きさに今更ながら怖くなった。


 しかし、この男のした事は許される事では無かった。シルヴィアの祖母が愛したこの地を血で穢し、最期の時まで自分は悪くないと言い続け反省することさえしなかった。だからこそシルヴィアはこの舞台に立つことを決めたのだ。


 人間達が歓声を上げている。


(愛花…。)


 人々が喜ぶ中で、シルヴィアの愛しき小さな友人は呆然と立ち尽くしていた。側には彼女の主人がいる。それが今のシルヴィアには羨ましかった。



 ドクン…ッ!



 シルヴィアの身体の中で鼓動が大きく聞こえたかと思うと、血の気が引いた。余りの痛みに思わず顔を顰める。主人を失った事によりトリスメラ鉱が本来の効果を取り戻したようだ。全身が焼けるように熱く、この場で気絶したいくらいだったが、民衆の前で倒れるわけにいかない。

 

 シルヴィアは気力を絞り出し、処刑台の上から降りた。シルヴィアと共にオルディアス侯爵を裏切った城の兵たちがオルディアス侯爵の遺体を囲んでいる。彼等はシルヴィアに対して敬礼をすると彼女を見送った。


 今すぐにでも新しい主人を探さなければならないが、シルヴィアはそれを諦めていた。前の主人をその手で殺した奴隷など誰が欲しがるものか。新しい主人は最初に話を持ち掛けてきた兵がなると言っていたがどうだろうか。彼の言葉をそのまま信じる気にもなれなかった。今シルヴィアが彼の奴隷になったとしても、人々が納得するとも思えない。彼にとって今のシルヴィアは邪魔にしかならない。その証拠に、彼はシルヴィアを追い掛けもしなかった。


 オルディアス侯爵の執務室へとゆっくり進む。途中、彼の家族の住む宮の方へも歩いてみたが、しいんとしており人の気配は無い。代わりに矢鱈と濃い血の匂いがした。


 オルディアス侯爵の家族は殺すなと言ったのに、どうやら聞き入れられる事はなかったようだ。シルヴィアは彼女を慕ってくれていたまだ幼い彼の孫娘とその乳母を一ヶ月程前に逃がしていてた。あの子だけでも生き延びてくれると良い。シルヴィアはそう思って微笑んだ。生き延びてもし会えたとしても、以前のようにシルヴィアに笑い掛ける事はないだろうが、それでもあの子を殺したいとはシルヴィアには思えなかった。


 オルディアス侯爵の執務室は静まり返っていた。数時間前には執務官達がいた筈のそこはガランとしている。侯爵が揃えていた調度品も持ち去られたのか見当たらなかった。シルヴィアはオルディアス侯爵から回収した不正の証拠の書類をそっと机の上に置いてその部屋を出る。


 壁伝いに歩いている彼女の顔は青白く、誰が見ても動けるような状態には見えないだろう。しかし彼女は歯を食いしばって歩き続ける。


 城の中庭には薬草園がある。以前愛花の薬作りを手伝った場所だ。ハーブの匂いが立ち込めるその場所は、この城の中で唯一シルヴィアが自由に出来る所だった。


 シルヴィアはそこで遂に力尽きで倒れ込む。もう動こうとも思えなかった。彼女の荒い息遣いだけがしいんとした城の中で聞こえてきた。



「シルヴァ・アクアリエ。」



 知らぬ男の声にトリスメラ鉱が淡く光った。彼女の真名を呼ばれた事で反応したのだろうそれは、シルヴィアを包み込む。一見、癒しの魔法にも似た光を放つそれは、効果は真逆でシルヴィアに先程までとは比べるべくもない耐え難い苦痛を与える。シルヴィアは悲鳴を耐えるが痛みにのたうち回った。



「……だ、れ?」



 何とか絞り出せた言葉は、男を誰何するものだった。顔の見えない男だ。足音が一切聞こえないその様は、一瞬『情報屋』のようにも思えたが、彼より幾分か若いようである。



「お前にそれを知る権利は無い。」



 罪人を裁くような厳しい口調にシルヴィアは苦笑いが浮かんだ。音も無く近付く男は、シルヴィアの顔を見て腹部にゆっくりと刃を突き刺した。


 

 「『あいつ』が世話になったな…。礼に最期の時間を少しだけ残してやる。」



 耳元で囁かれたその声音は、先程の口調とは違い少し砕けていた。『あいつ』と呼ぶその声に少しだけ優しさが見える。あいつとは誰の事かと聞きたいが、口を開けばゴボッと音を立てて血が噴き出した。男の被るマントに国王軍の紋章が刻まれているのが見えた。



「お前は奴隷の身でありながら、あろう事か主人を殺した。これはその報いだ。とお偉方からの伝言だ。………哀れだと思うが、仲間を選ばなかったお前の責任だと思え。」



 その言葉に、あの兵士の顔が浮かんだ。彼は矢張り自分を敬ってなどいなかったのだ。奴隷だと魔女だと蔑みながら、邪魔なオルディアス侯爵の首を落とすのに利用した。あの兵士が国にシルヴィアを売ったのだろう。シルヴィアの顔には嘲笑が浮かんだ。人間の言うことを信じた自分が愚かだったのだ。



「魔女を哀れむなんて変な方ね…。」



 口の端からも腹からも血が流れ出ていた。しかし、もう死ぬのだと思えばトリスメラ鉱のもたらす痛みは気にならない。シルヴィアはゆっくりと小さなアカシアの木の下まで這いながら進む。血が道のように跡を付けた。


 シルヴィアを刺した男はいつの間にか消えていた。シルヴィアは最期にこんな所で死にたくないと思った。今此処で死ねば自分の死体がどんな扱いを受けるのか分かっていた。奴隷になってから辛酸を舐めさせられてきたのだ。死んでまで屈辱を受けるなんてごめんだとシルヴィアは思った。


 だけれどシルヴィアにはもう僅かな魔力しか残されていない。飛行魔法が使えれば移動出来たかも知れないが、シルヴィアは元々水の魔法は得意だが風系統に分類される飛行魔法は使えなかった。

 これも報いだ。多くの同胞を屠った自分に対する罰なのだ。諦めて此処で死ぬより他は無いだろうと思って目を瞑る。




「シルヴィアっ!!!」




 しかし、幼い友人の声で目を開ける。銀色にも見える白髪を無造作に三つ編みに束ね、まだ学園の制服を着た、鳥ガラのように痩せた少女…愛花が空から降りてくるのが見えた。と、同時にシルヴィアの瞳は閉じてしまった。





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