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「ならばどうしてこんな事をする?お前の祖母は私の先祖に尽くした。私に尽くすのなら兎も角、どうしてこんな目に遭わせるのか!」
オルディアス侯爵の声は震えていた。
「それは貴方が一番分かっている筈よ。私だって最初からこんな事を望んでいた訳ではないわ。…私の祖母や先祖が愛したのは民を想い国の為に最期まで戦う王だった。貴方もそうであったのならば私は…名前なんて覚えて貰えなくたって一生に貴方とその子孫に捧げたでしょうに。」
シルヴィアのその言葉に、侯爵がはっとして項垂れた。
「私は…先祖達の悲願を叶え王になりたかっただけなのだ!幼い頃からずっと王位を取り返せと言われてきた。今の王に奪われた私達の王位だ。二百年も前からの悲願だったんだぞ!」
「その程度の事では道理に叶わないわ。貴方のせいで何人の民が死んだと思っているの。」
生ぬるい風が通り過ぎる。過去に流れた血の匂いがしてくるような気がした。
「そうだ!」
「オルディアス侯爵家がこの地を治めるようになってから俺たちはずっと苦しんで来たんだ!」
「俺の母さんと妹も侯爵家に殺されたんだ!妹は前侯爵の妾になる事を拒み、母さんが庇ったが為に!妹はまだ14歳だったんだぞ!」
「俺の弟は侯爵様が通る道を先に歩いていたと言うだけで殺された!」
「私の兄は税を払ったのに強欲な役人に次の年の種まで持っていかれて食べるものが無くなって死んだわ!」
民衆は口々に侯爵家への恨みを告げる。彼等の叫びは痛々しく木霊する。決して許さないと彼等の血走った目がオルディアス侯爵を睨みつけていた。
私は人々の熱気に押され気持ちが悪くなってきていた。自分の顔から徐々に血の気が引いていくのが分かる。
「愛花、大丈夫か?」
後ろから支えてくれる戦奇様に小さく頷くと、どうやってこの場を収めるのが最適かを考える。しかし、どれだけ考えても答えは出なかった。何もかもが今で私が経験してこなかった事で、どれだけ魔力が多かろうが、難しい魔法が使えようがどうにもならないような気がした。
「戦奇様、シルヴィアが苦しんでいるんです。何とかしなければいけないんです。今何とかしないと…シルヴィアが国王陛下に殺されてしまうんです。」
ガタガタと身体が震えた。両手で自分を抱くようにしてしゃがみ込む。頭の中の声が次第に大きくなっていく。
怖い、怖い、怖い…!誰か…!
「大丈夫だ、愛花。父上はまだの事を知らない。」
戦奇様が穏やかに私に話し掛けてくるも、私は頭を振って否定する。
「いいえ、いいえ。陛下はとっくに全部知っています。『あの人』が此処にいたんですから。」
「あの人…?」
戦奇様の問に答えることは出来なかった。頭の中がごちゃごちゃで何を聞かれているのか、自分が何を言ったのか、どう答えれば良いのかも分からなかった。ただ、目の前で起きている事に恐怖することしか出来ない。
「戦奇様、お願いです、魔法を…魔法を使う許可をください。」
今許可されている魔法では、シルヴィアを止めることは出来ない。後戻り出来るうちに彼女を止めたかった。
「…許可出来ない。」
私の枷に付いているトリスメラ鉱が鈍く光る。身体を循環する魔力が滞るのが分かった。
「どうしてですか!」
「今のお前は錯乱している。こんな状態で魔法なんか使わせられるか。」
目の前ではシルヴィアが、オルディアス侯爵に向けて刃を振り落とそうとしている。
こんな事は間違っている、してはならないと叫びたくても戦奇様の手が口を塞ぎ声を出すことさえままならない。
「…今お前がシルヴィアの行動を否定するような事を言えば、周りの人間が一斉に襲いかかって来るぞ。」
私が襲われるのは別に良い。嬲り殺されても構わない。しかし、きっと一緒にいる戦奇様もそれに巻き込まれてしまう。
ふっと身体の力が抜けた。もうどうにも出来ないのだと、私がこの街に来るのが遅かったのだと分かった。目の前ではオルディアス侯爵の首が血を吹き出しながら胴体から離れ、シルヴィアが返り血で汚れていた。
オルディアス侯爵の首が落とされる瞬間、シルヴィアと目が合ったような気がした。




