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桶の中の水面に映った私は、砂っぽい見すぼらしい子供だった。おさげに結われた白い髪にグレーの瞳。魔女の子どもたちが集められ訓練を受ける『学園』で支給された、黒いセーラー服が砂でかなり白けてしまっている。痩せた脚がスカートから覗いており、顔色も悪い為、いかにも不健康そうだ。
布を水に浸して絞り、服を脱いで身体を拭いた。汗の匂いがツンと鼻に付いた。アフヤドがブルンッと鳴く。
本来ならば頭から水を浴びたいのだけれど、それは難しいだろう。こういった砂漠地域では水は貴重だ。奴隷である私にそんなに沢山の水をくれる者はいない。
洗濯もしていない服に再び袖を通す。少し綺麗になったというのにまた汚れたような気持ちになった。水桶のついでにと渡された干し肉を齧る。何とも言えない生臭い獣の味がしたが贅沢が言える立場でも無いので我慢して食べた。腹が満たされると眠くなる。まだ13歳で成長期の私は夜になるとすぐに眠くなってしまう。
「おやすみなさい。アフヤド。」
駱駝に話し掛け眠りに付いた。
※※※※※※※※※※※※※※※
殺気だ。
ばっと身体を起こし、手枷を三度叩いて空中に白い刀を出現させた。本来であれば奴隷は勝手に武器を出すことは出来ないのだが、戦奇様から緊急事態ならば良いと許可を貰っていた。
アフヤドが怪我をしてはいけないと刀を握って小屋を出る。体力の無い戦奇様の大切な移動手段が無くなれば、今後の道中、私が彼を背負って進むことになるだろう。自分の身長よりも4.50センチも高い男を何時間も背負うのは流石に勘弁願いたい。
殺気の方向に走って向かう。さっさと終わらせて眠りたい。
「愛花…っ?!」
赤い髪の少女だった。私よりも3歳ほど上の見た目をしているが魔女は見た目もある一定の年齢に達してからは変わりにくいので分からない。彼女は私を見て顔を青くさせた。
「さて、知り合いでしたでしょうか?」
ゆっくりと刀を構え、赤髪の少女を見据える。全く記憶に無い。
「……学園では、貴女は有名だったから。」
「そうですか。」
学園の同期だったようだ。他の魔女に気を配るほどの余裕の無かったかつての私は、学園に同時期にいた魔女の殆どを覚えていなかった。
女は小さな草刈り鎌を両手に構えていた。その手が微かに震えている。
「怖いのならば辞めておけば良いと思いますが。」
私の言葉に少女は首を振った。
「そんなことしたらどんな目に遭うか分からないわ。」
武器が錆の付いた草刈り鎌である事からも、彼女は余り主人に大切にされていない事が見て取れた。正直言って、彼女に勝ち目は無い。
「私に負けたとして、貴女が無事だという保証もありませんが。」
地面を蹴って彼女に近付き、右手の草刈り鎌を狙って蹴り上げる。彼女の手からそれが離れたのを確認し、もう片方を刀で地面に向かって叩きつけた。
「きゃっ!!」
「降参してくれませんかね。」
尻餅をつく彼女の喉元に刀を突き付ける。少女は震えながら、「マスター、ごめんなさい。」と繰り返していた。ぼろぼろになった長いスカートから覗く脚は痣だらけ、よく見ると首にもうっすらと縄の跡のようなものがついている。
かなり奴隷を酷く扱う主人の元にいるようだ。しかし私に出来ることは余り無い。殺してやった方が彼女の為になるのだろうか。戦争が終わったのはたった13年前だ。魔女を憎む主人というのもおり、そういった主人に仕える魔女も少なからずいた。
混乱し降参するとも言えない彼女に溜息を吐いた。魔法を使う様子も無い所から、彼女は戦闘に向いた魔女では無いことが見て取れた。魔女の中にも得手不得手があり、魔法の扱い長けるものから呪いや薬草の扱いに長けるものまで様々だ。とある命令のお陰で戦う羽目になった戦闘が苦手な魔女達は、元々悲惨な扱いを受けていたのが更に悲惨な立場になったのだ。
「お願い。行かないで。貴女がマスターの所に行ったら…私はっ!」
イヤイヤと首を振る彼女に背を向ける。途中、小さな火玉が飛んできたが刀で弾いた。
「…ごめんなさい。でも、貴女も動けるのならば向かった方が良いですよ。」
戦闘を続ける気のない彼女の側にいることよりもやるべきことがあった。戦奇様の側に行き、彼を守らなければならない。魔女とは…奴隷とはそういうものてある。
戦奇様の気配を探りながら走った。宿の中にいた筈の私の主人は、どうしたことか宿から数キロ離れた場所にいるようだった。そして彼の側にはもう一つ、見知らぬ気配がある。万が一にも戦奇様に何かあってはならない。彼に何かあれば私の目的が達成されなくなってしまう。
月明かりに照らされて戦奇様の持つピストルが鈍い輝きを放っている。護身用のそれは私がいない間に十分に役割を果たしてくれたようだった。赤い血溜まりの中に、見知らぬ男が倒れていた。頭を撃ち抜かれたと見える男は目を見開いたまま息絶えている。
「…っ!!マスター!」
こっこりと後ろを付いてきていた赤い髪の女の悲鳴のような叫びが静かな夜に木霊する。と同時に彼女は白かった顔色を更に青白くさせ地に膝を付く。
「あぁ…やめて…。お願い…!愛花、助けっ!」
こちらに手を伸ばす彼女を見て、哀れとは思うがどうすることも出来ない。
「…だから早くマスターの所に行ったほうが良いって言ったのです。」
彼女の首と手首に付けられた長い鎖を付けた枷の青い飾り石が光る。
「きゃーーーーーっ!やめてっ!痛い!痛いっ!!もうやだあ。ううっ…。死にたくない…。」
痛みにのたうち回る女を私はただ見つめる。彼女が痛みを感じている理由は、枷に飾りのように嵌められているトリスメラ鉱の効果だ。戦争時には魔女を弱体化させ時には拷問にも使用されたそれは、戦争が終わった後も私達を苦しめていた。
奴隷となった魔女達が二度と人間に歯向かうことの無いよう、枷を付けられた。トリスメラ鉱の嵌められた枷は奴隷の力を制御し、主人に逆らえば罰を与えるのに使われる。また、魔女にとって致命的なのが主人が死んだ場合にも力を発揮するということだ。主人が死んた後、即座に何もできなくなるほどの苦痛を与えられる。その痛みは次の主人が見つかり新しく契約するまで続くが、殆どの魔女は次の主人が1週間で見つからなければ衰弱し死んでしまうという。
私には彼女を助ける事は出来ない。彼女を助ける事が出来るのは新しい主人だけなのだから。
「…愛花、この子をあの人の所へ。」
戦奇様が私に命じる。私は頷くと痛みに震える彼女を抱きかかえ、そのまま魔法を使い空へと浮かび上がった。
明日も18時過ぎに更新予定です!
良かったら見てやってくださいm(__)m




