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眠りに付いた主人を見てシルヴィアは水魔法を解除した。魔女が人間を傷付けたのならば本来、枷に付いた忌々しいトリスメラ鉱が反応し激痛を齎す筈だが、この鉱石にはもうそこまでの力は残っていない。若干の頭痛を覚えるくらいで済んでいる。
今日の『計画』は失敗するわけにいかない。もし失敗すれば、参加した者全員が死刑になる。勿論、それはシルヴィアも例外では無かった。シルヴィアは自分が死のうが構わないと思っていた…が、もう自分だけが処刑されれば済む問題でも無くなっていた。
民衆の怒りの叫びが聞こえてくる。…オルディアス侯爵は長年圧政を強いてきた。民には重い重税を課し、自分は贅沢をし、国に納める分の税まで着服していたのだからこの民衆の怒りも最もだ。
水属性魔法の得意な魔女としては、綺麗な水が飲めるのは有り難かったが、ここは砂漠地帯。多くの民にとって貴重な水を、それも真水を湯水のように使う領主を良く思う者はいなかった。
「シルヴィア様」
呼ばれて振り返れば男がいた。背の高い40代程に見える壮年の男だ。いつも気配なく現れシルヴィアを手助けしてくれる。戦闘慣れした魔女に気配を悟られぬように動ける人間は少ない。《情報屋》と名乗る彼の正体は分からないが、地下組織に所属しているにしてはどこか洗練された軍人のような動きをする。恐らくオルディアス侯爵よりもよっぽど権威のある人に仕えている人なのだろうと推測出来た。
恭しく頭を下げた男は、シルヴィアに丸い水晶を渡してきた。
「こんな貴重な物をどこから…。」
手に取ってみれば本物だと分かる。これはかつて魔女達がよく未来を知るのに使っていた水晶だ。シルヴィアも子どもの頃に母や祖母が使っているのを見たことがある。中では魔力が煙のように蠢いていた。
「お返しするだけですよ。」
返す?どういうことだろう。水晶の中の魔力を探り…シルヴィアの瞳から涙が落ちた。
「母さん…。」
忘れるはずもない。懐かしい母の魔力がシルヴィアに流れ込んできた。母の魔力は穏やかな夏の海のような魔力だ。温かい魔力に包まれて、シルヴィアは嗚咽を漏らした。もう二度と感じる事は出来ないと思っていたのに…。
「ほら、皆が待っているのだから。」
「貴方は行かないの?」
「私はこれを渡してこいと言われただけなので失礼しますよ。…手伝いはしたもののこれは貴女達が始めた事だから。」
つまり巻き込まれるのはごめんだという事だろうか。ここまで手伝っておいて薄情だと憤れば良いのか、そんなものかと諦めれば良いのだろうかシルヴィアには判断が付かなかった。
ただ、そうなのかと思っただけだ。
この男が手伝おうと手伝わまいと、ただやるべき事をやるだけなのだ。




