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『くっそ、さみーな。おいちび、こっちに来い。』
『……人肌が恋しいのなら今日も女の人を呼んだらいいと思います。』
『お前なあ……いや、俺が悪いか。いや、でも…?』
『髭が痛いです。』
『子どもはあったかくていーなー。』
『大人は酒と煙草臭くて嫌です。』
『可愛気のねーガキだ。ほら、たまにはこうやって温まるのもいいだろう?お前のとこには古い毛布しかねーじゃねーか。』
『古い毛布しか貰ってないので。』
本当は温かかったのに、照れくさくて憎まれ口を叩いてしまう。それでも、この人なら『私』に酷いことをしないって分かっていた。折檻を受けて気絶する私を部屋に連れ帰って手当てをしてくれているのも、たまに寝ている私の頭を撫でながら謝っている事も。分かっていたのに一度も素直になれなかった。
そんな私にそれで良いんだと言ってくれた唯一の人。
―――懐かしい夢だ。お酒と煙草の匂いを感じたからだろうか、それとも人の温もりを感じるからだろうか、昔の夢を見た。
空が白み始めている。ふぁっと欠伸をしながらゆっくりと体を起こす。戦奇様はまだ寝ている。こうして寝ていると一瞬女性にも見えなくない。睫毛長いなあと見つめも小さな寝息を立てるばかりで起きる気配はない。起こすと機嫌が悪くなるのでそっとベッドから抜け出す。
制服を一度脱いで下着になり魔法を使ってシワを伸ばしていく。熱を出す魔法と水を出す魔法の複合魔法だ。時折、魔力コントロールを失敗して服から煙が上がる。この服を駄目にしたら着るものが一切無くなる。流石に肌着で過ごすのは私を連れて歩く戦奇様に恥をかかせてしまう。危ない、危ない。集中、集中…。
あぁ、何だってこんなに魔力が多いのだろう。日常で使うような魔法が使いにくくて仕方が無い。本来ならば魔力をコントロールを補助する効果のある杖があれば良いのだろうが…多くの魔女は杖が無くても魔法が使える。杖はサポートの役割でしかない。ただ学園を卒業する時に一人一本ずつ持たされるのが通例となっているが、私の杖は少し特殊で使い勝手が悪い。杖を作れる魔女は少ない上に国によって彼女たちの居場所は隠されている。新しい杖を欲しいと思っても主人が申請しなければならなく、申請しても貰えるかどうかは承認する王の気分次第。殆ど申請が通ったことは無いと聞くので新しい杖を得るのは難しい。
本来ならば魔力コントロールをもっと練習すれば良いのだろうけれど、その方法も分からない。学園にいれば年上の魔女から教えて貰えるらしいのだが、私は二年しかいなかったのと他の魔女と交流を持てなかったので教わっていない。…シルヴィアに聞けば教えて貰えるだろうか。会えたら聞いてみようか。
椅子に座って足を揺らす。少しずつ太陽が昇ってきていた。戦奇様の顔に太陽光が当たりその額に皺が寄る。
「……愛花?」
眠気眼のままのそのそと起き上がり私を呼んだ。コップに水を入れて渡す。ゴクゴクと一気に飲み干すと無言でコップを返してくるのでまた注ぐ。今度はゆっくりと飲む。
「…頭が痛い。酒の質は余り良くなかったみたいだな。」
頭に手を添えながら戦奇様が言った。酒の質と言われても飲んだことが無いので分からない。酒は飲むのにお金がかかるので生涯飲めることはないだろうと思う。
「昨日の女性は本当に良かったのですか?」
「…お前は俺の事を何だと思っているんだ。あのタイプの女は好みじゃない。大方、侯爵が余計な気を回して部屋に入れたんだろう。…部屋に戻らなかった言い訳考えないとな。……なんだその顔は。」
「いえ。好みの女性なら良かったのですねと思いまして。……それなら戦奇様の好みを教えて下さい。今後このような事があった場合、追い出すのか見なかったことにするのかを決める基準にしますので。」
私では満足頂けないでしょうし、と言うとまた微妙な顔をする。
「お前は…その…何をするのか知ってるのか?」
「いいえ。学園では主人に望まれるのなら服を脱げとしか。……裸で添い寝でもして暖を取るのでしょうか?」
そう言うとほっとしたような顔をする。一体何を心配していたのやら。
「あの女が部屋にいるかどうかだけ確認してきてくれ。」
了解して戦奇様の部屋をそっと覗く。見える範囲にはいない。人の気配を探るももう出ていっているようだ。……部屋がやけに散らかっているのが気になるが、取り敢えず戦奇様にそのままを報告した。
「分かった。部屋に戻るよ。」
「片付けはしなくても?」
「無くなった物がないか確認して、問題なければ城のメイドを呼ぶ。……お前はもう少し寝ていろ。」
子どもなんだからと、ぽんと私の肩を叩いて戦奇様は部屋に戻っていった。
「自分だって成人したばかりじゃないですか。」
開けっ放しのドアに向かってそっと呟いた。