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完成した薬湯は不気味な色に加え、妖しくぶくぶくと泡立って、いかにも『魔女の秘薬』ぽい見た目になった。さて、これは飲めるのだろうか。匂いを嗅いでみるとハーブの香りがする。問題は無さそうだ。ハーブだけならば。
「それ飲むの?」
「目を瞑れば飲めそうですね。」
色を見なければ普通の薬湯だ。そう思ってカップを傾けてみる…口に入れる前に一滴地面に垂れた。するとみるみるうちに周囲の草が枯れていった。それを見て流石にこれは駄目だと悟る。呆然としていると、顔を青くしたシルヴィアにカップごと取り上げられた。
「………私が作るわね。」
「……………お願いします。」
材料を無駄にしてしまったと項垂れると、クスリと笑う声が聞こえた。シルヴィアが私の失敗作を恐る恐る端に追いやり、新しいカップや鍋を用意しながら言った。
「貴女にも苦手なことがあるのね。」
「私は完全に戦闘特化なんです。魔力は多いですがその分、苦手なことも沢山ありますよ。細かい魔力操作の必要な薬作りはあまり得意ではありませんし、呪いの類も出来なくはないけれど得意とは言い難いです。」
私は魔女の中でも魔力が多い方だ。魔女の平均的な魔力量をバケツ一杯分だとすると、私の魔力は大きなプールに水が満たんになる程になる。薬作りは魔力を水に例えれば、一滴ずつ魔力を加えていくようなもので、平均的な魔力量の魔女でも繊細なコントロールが必要になる。私の場合ではプールを傾けて水を一滴だけ取り出せと言われているような無茶振り言われているようなもので、かなりの集中力と疲労を覚えるので普段は余り薬を作ろうという気にはならない。
そもそも風邪はあまり引かないし、傷はそのうち治る。傷跡が残るのを気にしなければ薬が作れなくても今まで大して困ることはなかった。そもそも、敵を圧倒すれば怪我なんてしないものだから。
「かなり魔力量が多いのね。……そういえば私の学園時代の同期にも一人、そんな奴がいたわ。」
「そう、なんですね……。シルヴィアは学園、楽しかったですか?」
彼女の懐かしむような様子に戸惑い尋ねる。私にとって学園はあまり過ごしやすい場所ではなかったから。
「そうね。私は一期生だったから先生達はうんと厳しかったけど先輩がいなかったものだから。それに同じ立場の他の魔女と話すのは楽しかったわ。」
微笑むシルヴィアにまた胸がモヤモヤした。私は学園では常に避けられていた。事情があって途中からの入学になったのが余計に他の人に嫌厭される理由になってしまっていた。皆は本当に小さい頃…下手をすると赤ん坊の頃から一緒にいるのに私は違ったから。外の世界にいた私を忌む人も多かったのだ。だから『楽しかった』思い出なんて一つもない。それも仕方が無いと思っているのにどうしてだろう。どうしてモヤモヤするんだろう。
「ほら、出来たわよ。」
シルヴィアから薄黄色の薬湯を受け取り、香りを嗅ぐ。……匂いは私のと同じなのに。口を当てて飲んでみるとふわりとハーブの香りに身体が包まれたような気持ちがした。美味しい。
「……シルヴィア、ありがとうございます。」
礼を言えば彼女は照れたように笑った。シルヴィアの瞳が少し揺れたような気がした。