第2話 選別される命
眠い。
昨日あまり眠れなかった僕は、うっすらと目を開けながら昨日の出来事を思い返していた。
ここに来て、初めて迎える本部の朝。
ぼんやりまなこを擦っていると、ノックもなく――勢いよく、扉が開いた。
「おはよー! ユウキくん! 今日は訓練してみようか!」
「……訓練?」
朝から突然の乱入。
爽快すぎる声で言い放ったのは、もちろんカラレスだ。
「そう! この本部にいるなら、いつかは任務に出てもらうからね。任務に出たら、自分の身は自分で守らないと!」
「爪あるけど……?」
「ノンノン!」
カラレスは人差し指を振って、やけに真剣な顔をした。
「ユウキくん、獣化だけじゃなくて、基礎的な訓練もできないとダメだよ。この本部ではね、君の異能力だけじゃ生き残れない……」
「え……?」
生き残れない――その言葉に、胸がざわつく。
つまり、この本部には僕以外にも“化け物みたいな奴ら”がいるということなのだろうか。
「で、でも僕、訓練なんてしたことないし……」
「大丈夫、大丈夫! 今日は簡単な基礎訓練だから!」
言っておいて“簡単”とは思えない笑顔を向けられる。
そしてふと思い出して尋ねた。
「じゃあ……僕の教官って、カラレスがやるの?」
「いや〜、さすがに僕じゃ荷が重いからね〜」
カラレスは苦笑しながら頭をかいた。
じゃあ誰が――そう思っていると、まるでその疑問に呼応するように、廊下の向こうから重い足音が近づいてきた。
「君の教官は──こ・の・人っ!」
カラレスが楽しそうに指をさした。
その指先の方向で、扉が“ギィィ……”と重たく軋む。
「……っ!!」
現れたのは、190センチを軽く超える巨体。
オールバックの金髪、彫りの深い顔に似合わないほど厳めしい目つき。
ただ立っているだけなのに、部屋の空気を支配するような圧がある。
あまりの威圧感に、僕は反射的にシーツを頭まで被った。
「ユウキくん、紹介するよー。人間課の事務局長、クロコ!」
「じ、事務!? これで……??」
「でも教官もたまにやってるよん」
強い以前の問題だ。
この見た目で「事務」とか、絶対に嘘だ。
シーツの隙間から震える視線だけを出し、なんとか睨み返してみる。
……が、そもそも睨み返すどころじゃない。
クロコと呼ばれたその男は、ただこちらを見ているだけなのに、まるで威嚇されているみたいな鋭さで目を細めていた。
怖すぎる。
普通に泣きそう。
「ほら〜クロコ、そんな顔しちゃユウキくん怖がっちゃうでしょ〜?」
カラレスが肩を叩いて笑うと、クロコは不服そうに顔をしかめた。
「……もともとこの顔だっ」
低くて渋い声なのに、どこか拗ねているのが分かる。
え、もしかしてこの人……怖いけど、本当に悪い人じゃないのか?
でもやっぱり、怖いものは怖い。無理。
「……ユウキ」
近づいてきたクロコがゆっくりと僕の名前を呼んだ。低い声が床を震わせるみたいで、ビクッと肩が跳ねる。
「ち、近づくな……っ!」
シーツの中から必死に威嚇で睨む。クロコは一瞬だけ戸惑ったように眉を下げ──ゆっくりと、膝をついた。
巨体がしゃがむだけで空気が揺れる。
でも、その動きは驚くほど慎重で、壊れ物に触れるみたいに静かだった。
「……怖がらせて、すまない」
「……え?」
あんな見た目で、そんな優しい声が出るのか。
僕はクロコから優しさと戸惑いの匂いを感じた。
クロコは、さっきよりだいぶ目つきを柔らかくしようと頑張っている……らしい。
でも、頑張って“柔らかくした結果”も普通に鋭い。
「お、俺は……その、カラレスに頼まれて、君に会いに来た。だが、その……顔つきは、どうにもできん」
しょんぼり下がった眉尻。
その表情が逆に、“怖い人じゃない”ことを強く感じさせた。
「ユウキ。君がこの本部で自分の身を護れるように……基礎的な訓練を教えよう」
言い方は丁寧で、本当に気遣いが滲んでいる。
だけど──
……近い。巨体が、近い。近すぎる。
「……っ、ち、近い……!」
僕がシーツの中で震えると、クロコは「あっ」と気まずそうに距離をとった。
その動きがむしろ優しくて、ほんの少しだけ可愛かった。
「す、すまん……。怖いよな……その……すまん」
強面なのに、言動がやたら優しい。
まだ怖いけど、ほんの少しだけ……胸の緊張がほどけた。
そんな空気の中、タイミング最悪にひょっこり顔を出したカラレスが言った。
「クロコ… ユウキくん虐めてないよね?」
「カラレスっ!!」
クロコが真っ赤になった耳を隠すように怒鳴る。
僕は泣きそうになりながら、カラレスとクロコに挟まれる形で、訓練場へと連れていかれた。
……本部の初日。
僕の平和は、どうやらまだ遠い。
__________
本部は、現実世界とは切り離された“異なる空間”に築かれた巨大な施設だった。
一歩足を踏み入れるだけで、周囲の空気が少し違う──まるで外の世界とは別の法則で成り立っているような場所。
内部はとにかく広く、どこまでも続く長い廊下、無数の区画、そして各課ごとに分かれた専用施設がひしめき合っていた。
人間課、悪魔課、天使課、AI課……それぞれに研究区画や事務棟、さらに課別の訓練場まで整備され、迷路のように入り組んでいる。
そして僕は──
その中でも最も基本的で、最も人が集まる場所。
総合実戦の訓練場へと連れてこられたのだった。
「……怖いなら、帰っていいぞ」
「っ!!」
低い声に、心臓がびくりと跳ねた。けれど、その言葉の奥にある“優しさ”を、僕はもう知っている。
「命を守る訓練だ。無理にやることじゃない」
「ち、違っ……や、やります!!」
反射的に叫んでしまった。
逃げたいわけじゃない。むしろ、ちゃんと強くなりたい。
その証拠みたいに、胸の奥が熱くなる。
僕は動きやすい服に着替え、クロコさんに基礎訓練をつけてもらうところだった。
カラレスは「ちょっと仕事がある」と言ってどこかへ行ってしまい、訓練場には僕とクロコさんだけだ。
「…………そうか。じゃあまずは、準備運動からだ」
「はい!!」
「まずは屈伸。君の基本的な体力と動きを見よう」
淡々とした口調なのに、どこか優しい。
それが逆に緊張を煽るのは、クロコさんの“圧”のせいだと思う。
言われるまま屈伸をし、軽く走り込み、いくつかの動作で体力測定を終える。
「……なるほど。基礎は悪くない。素直な動きをしている。それに力もあるようだ」
少しだけ目元が柔らかくなった気がして、胸がふっと軽くなる。
「じゃあ、ここから組手に入る。手加減はするが……痛かったら言え」
「はい!」
クロコさんと向かい合うと、足元の床が急に遠く感じた。
目の前に立つ190cmの巨体。元軍人の圧。
けれど――その人が僕を傷つけるつもりがないことだけは、ちゃんとわかる。
「肩の力を抜け。呼吸を整えて、俺の動きをよく見ろ」
大きな影が動いた瞬間、僕の訓練が始まった。
クロコさんと向かい合うと、胸の奥がざわついた。
(……少しくらい、本気出しても大丈夫だよね)
自分には“半獣”としての力がある。
狐の姿に近づくと、跳躍力も反射速度も段違いだ。
だから──人間のクロコさんに動きで負ける気はしなかった。
ほんの、少しだけ得意げに尻尾が揺れる。
「……そんな顔をするということは、自信があるんだな」
クロコさんが淡々と言う。
責めても煽ってもいない。ただ、事実を述べただけ。
それが逆に、胸の炎に油を注いだ。
「ちょっと……試してみたいんです。自分の動きが、どこまでできるか」
「いいだろう。だが気を抜くな。君は速いが、俺も本気で戦う」
(……言われなくても!)
思い切り床を蹴った。
半獣化の力が一気に身体に流れ、視界が伸びる。
空気を裂いて一直線に──
「……読める」
クロコさんの声が耳元で響いた。
次の瞬間、世界が反転する。
掴まれたと思ったら、身体ごと投げられていた。
ドスッ!!
背中がマットに沈み、肺から空気が漏れる。
「君の速さは本物だ。だが、軌道が素直すぎる」
視界に入ったのは、無傷のまま立つクロコさんの巨体。
(な、なんで……?)
立ち上がるより早く、悔しさが先に込み上げた。
「もう一回!!」
今度は角度を変え、横から弾くように跳びかかる。
捕まれないようにフェイントを入れながら爪を振る──!
ガシッ。
また掴まれる。
肩の力も速度も、全部が封じられる。
「肩が開いている。動く前に癖が出ている。半獣化で誤魔化すな」
力では敵わないはずの相手に、完璧に崩される。悔しくて、尻尾の毛がぶわっと逆立つ。
「くそっ……!」
ドサッ。
また投げられる。
身体が床に叩きつけられる衝撃に、思わず息が詰まる。
(……くそっ……!なんで……!?)
力があるはずなのに、身体が思い通りに動かない。
半獣の跳躍力も爪も、今はまるで役に立たない。
胸の奥で、熱く、悔しい感情が渦巻いた。
(……相手は、クロコさんは人間なのに……!)
信じられない気持ちと、自分への苛立ち。
悔しさが身体中を駆け巡り、手足が勝手に震える。
それでもその悔しさが、次の動きを無理やり駆り立てる。
「ユウキ」
躍起になって息を荒げていると、ふとクロコさんが手を差し伸べてきた。
その掌は大きく、じんわり温かい。
「速さも力もある。だが“技”を覚えれば、君はもっと強くなる」
胸の奥の悔しさが、少しだけ希望に変わる。
僕はその手を握り、力強く頷いた。
「……はい。もう一度お願いします!」
僕の言葉に、クロコさんはほんの少しだけ目を細め、静かに頷く。
「いい目になった。続けるぞ」
その声だけで、悔しさと闘志が混ざった熱が再び胸を満たした。
___________
一通り訓練を終えると、クロコさんは息を整える僕に、タオルを差し出した。
「汗、拭け」
「……ありがとう……ございます……」
タオルは想像以上に柔らかく、ふわりと甘い香りがした。
なんだろう……ほんのりバターみたいな香り……?
「お前、朝食ちゃんと食ったか?」
「え?……うん、一応」
「……一応、か」
そう呟くと、クロコさんはポケットから銀紙に包まれたものを取り出した。
手作りっぽい焼き菓子だった。
「……食ってみろ。栄養補給は大事だ」
「えっ、いいの……?これ、って……」
「俺が作った」
「!?」
(この人が……!?お菓子……!?この見た目で……!?)
「無理に食わなくてもいいが、砂糖は脳にいい」
恐る恐る一口かじると、甘くてほろほろと口の中で溶け、素直に美味しかった。
「……おいしい……」
「……そうか」
少しだけ、クロコさんの口元が緩んだように見えた。
その優しさに、胸の奥がほわりと温かくなる。
その時だった。
「クロコ〜、ユウキくんにお菓子あげてる〜? ねえ僕にも欲し〜い!」
遠くから、カラレスの明るい声が響いた。
手を大きく振りながら、こちらに駆け寄ってくる。
「……こいつはいつも通り、うるさいな」
「ふふっ……」
思わず笑みがこぼれた。
訓練で疲れた身体も、甘い香りとふたりの声のおかげで、少しだけ軽くなる気がした。
「ユウキどうだった?」
「え! えっと……」
「とても励んでいて、いい動きだったぞ」
「!!」
クロコさんに褒められ、胸の奥が一気に熱くなる。やっぱりこの人──強さが、人間じゃない気がする……。
「俺は戻るぞ。カラレス」
「うん! 忙しいとこありがとうねえ!」
そう言って、クロコさんは事務室へと歩いていった。
その背中を見送りながら、ふと疑問が浮かぶ。
……“クロコ”。
なんであの優しい(けど強すぎる)人が、あんな名前なんだろう?
気になって、僕はカラレスに尋ねてみた。
「ねえ、カラレス?」
「うーん? どうしたのユウキくん」
「クロコさんのあの名前って、どうして“クロコ”なの?」
この本部では多くの人が本名とは別の“コードネーム”を使っている。
クロコさんにも、きっと何か理由があるはずだ。
「あー、クロコね」
「?」
「ユウキくん、クロコダイルって知ってるかな?」
「クロコダイル……?」
「そっ! ワニのことだね。
うちの任務で、キラーストーンっていう危ない石が体内に入ったクロコダイルが暴れててさ。本部に入ったばかりのクロコが現場に行ったんだけど──」
カラレスが、わざと間を空けて笑う。
「素手でそのクロコダイル持ち上げて、ぶっ倒したんだよね」
「え……」
「いやー、僕もその話聞いた時はさすがに引いたよ!」
僕は固まった。
いや、引くとかじゃなく……それ、もはや人間の範囲じゃない。
カラレスは楽しそうに笑い続けている。
僕は笑えず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
______________
訓練後、自分の部屋へ向かって廊下を歩いていると、カツ、カツ、と高らかなヒールの音が近づいてきた。
「よお、ユウキ」
「うえ?! ルーシー……」
そこに立っていたのは、いつも通り隙のないスーツ姿の美しい事務官──ルーシーだった。
「訓練どうだった? うちのゴジラが教官だったろ」
「え、えっと……怖かったけど、すごく優しい人だった……え? 今なんて? ゴジラ??」
思い出すのは、クロコさんの豪快な優しさ。
自然と口元がゆるんだのを、ルーシーは怪訝そうに覗き込んでくる。
「緊張したけど、た、楽しかったよ!」
その瞬間、ルーシーから一瞬だけ──喜びと安堵の匂いがした。
「ふーん。まっ、まだまだ“初歩の初歩”だけどな。今のお前じゃ、俺にも勝てないと思うぜ」
ルーシーが勝ち誇ったように笑う。
その笑みの奥に、一瞬だけなにか含みのある影が揺れた気がした。
「お前の戦闘データはこっちに送られてきてる。近いうちに任務にも行ってもらう」
「ひえ……」
僕にも任務……。
今日、人間であるクロコさんにも歯が立たなかった僕が、本当に戦えるんだろうか。
そんな不安を見透かしたように、ルーシーは少しだけ目を細めた。
怒っているように見えるのに、そこには嫌悪の匂いがない。
「……まあ、お前がすぐ潰れなくてよかったよ。クロコ、あれでも加減わかってねーからな」
「……うん。でもクロコさん、ほんとに優しかったよ」
「……へえ」
ルーシーは一拍、視線を落とし、それから静かに僕を見つめ直した。
その目の奥で揺れたのは、見たことのない複雑な感情──色を持たない、でも温かい気配。
「……ここでやっていくなら、死なねえように強くなれよ」
「う、うん……」
思わず背筋を伸ばすと、ルーシーはふいっと顔をそらした。
その横顔には、ほんの一瞬、本当に一瞬だけ柔らかい笑みが浮かんだ気がする。
「じゃ、さっさと寝ろ。明日も訓練だ。お前みたいなガリガリが倒れたら迷惑なんだよ」
「っ……うん」
くるりと踵を返すと、カツン、と高くヒールが鳴る。
──そして廊下の角を曲がる直前、彼はひょいと肩越しに振り返った。
「……お前、なかなかいい動きするんだなってクロコが褒めてたよ」
「えっ……」
言葉が出ない僕の背後で、またカツン、と音がした。
それと同時に、空気にふわりと──
優しさと安心の匂いが、淡く残っていた。
ルーシーの背中を見送りながら、本部に来たばかりの緊張が、じわりとほどけていくのを感じる。
不安も、怖さも、消えたわけじゃない。
でも、さっきまでみたいな“独り”じゃない気がした。
(……ここで、頑張ってみようかな)
そんな言葉が頭に浮かぶ。
自分で思って照れくさくなって、俯いた。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
カラレス、クロコさん、ルーシー……。
みんなが本当に味方かはわからない。
でも少なくとも、僕を否定する匂いは、どこにもない。
(……明日も、ちゃんと起きなきゃ)
部屋のドアを開けると、ふわりと甘い香りがした。
テーブルには──湯気をあげる、とんでもなく甘そうなカフェオレ。
(……絶対カラレスだ)
ひと口飲んだ瞬間、あまりの甘さに思わず目が回りそうになったけど。
(……これが、ここの“普通”なのかも)
小さく笑いながら、僕はカップを両手で包み込んだ。
_______
本部オルドの中央部──各課の代表が集まる円形会議室。
中央に据えられた台を囲むように、四つの席が等間隔に配置されている。
代表たちは会議の際には必ずその席から話す、という暗黙の決まりがある。
ユウキをクロコに預け、僕はいつものように会議室へ向かった。
扉を開けた瞬間、すでに揃っている面々の視線が一斉にこちらへ向く。
その中で、ひときわ空気がビリッと尖った。
「や〜!ごめんねえ! 仕事してたら遅くなっちった☆」
軽く手を挙げて入室した僕に、悪魔課副代表シャルロットがバン、と机を叩いた。
「嘘をつくな!! カラレス!
お前は毎度毎度、“会議”の時間に限って七分──
よりにもよって“七分”という微妙な遅刻をだな!!」
「お、おちつけシャルロット! ほら、あいつも反省しているようだし、な? な?」
悪魔課代表カザミが慌てて間に入り、シャルロットをなだめる。
……反省、している“感じ”は、まあ、一応出しておいた。
悪魔課の副代表シャルロットは毎度僕に厳しく噛み付いてくる鬱陶しいヒッスメス悪魔。それを止めるのは悪魔課代表のカザミ。相変わらず使えない部下の面倒事を引き受けているようだ。カザミも大変だねえ。
「あれのどこが反省しているというんだっ!!言ってみろカザミ!」
「え、なに?ここでやり合うの?勘弁してよ〜。雑魚の相手ダルいんだから」
「っ〜〜〜〜!!!」
「落ち着けえぇぇぇ!!2人ともお!!」
今にも僕に飛びついてきそうなシャルロットを、カザミが全力で制止していた。
悪魔とドラゴンの血が混ざった“混血不純悪魔”の腕力なんて、僕にとっちゃへでもないけど──まあ、会議室を壊されると後が面倒だ。
「まあまあ、二人とも。
うちの代表が毎度ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんね〜。
この通り、反省していますので……ね? カラレス」
横からぬっと現れたのは、人間課副代表ガラク。
いつも通りのヘラヘラした顔と、妙に軽い口調。
どう見ても“なだめている風”だけど、むしろ煽っているようにしか見えない。
「ごめちっ☆」
「殺す」
「シャルロット…!! 落ち着けって言ってるだろ!!」
カザミが声を上げてシャルロットをさらに押さえ込む。
視線は完全に据わっている。今手を離したら確実に飛んでくるやつだ。
ガラクはというと、口元に笑みを浮かべたまま、
自分のポケットから飴玉を取り出して僕にぽいっと投げてきた。
「ほら代表〜。糖分足りないと余計トラブル起こすでしょ?
はい、甘いのでも舐めて落ち着いて?」
……完全に面白がってるじゃないか、こいつ。
「あらあら〜、カラレスくんまた遅刻なの?
相変わらずのんびりさんね〜。……私も紅茶でも頂こうと思っていたところよ」
また勝手に話に乗っかってくる、うざったい天使──天使課代表のレティ。
ふわふわした声色だが、ぜんぜん心がこもっていないのはいつものこと。
その横で、僕らのやり取りを氷点下みたいな目で眺めているリリスは、
“早く会議を終わらせろ”と全身で訴えている。
この天使だけは本当に表情のコントロールが下手だ。
「揃ったようなので、会議を始めようか。
AI課代表はいつも通り欠席ですので……代理として副代表ツキカゲが参加します」
低い声で告げたのは、ペストマスクにシルクハットという
“怪しさの権化”みたいな格好をした、AI課副代表ツキカゲだった。
丁寧で礼儀正しいのは分かるけど、どうにも僕の中ではいけ好かないタイプだ。
「で、では……定期報告から始めよう」
進行役のカザミは、さっきの殺伐とした空気に戻らないよう、
声のトーンを慎重に調整している。
額には薄く汗まで浮かんでいるあたり、本気で胃を痛めているのだろう。
シャルロットはまだ僕を射抜くような目で睨んでくるし、
レティは優雅に紅茶を注いでいるし、
リリスは溜息を飲み込みながら資料をぱらぱらとめくっている。
「そんなん後でいいからさ、さっさと本題入ってよ」
僕がそう言うと、シャルロットがまた鋭い視線をこちらに向けてくる。
毎度の定期報告なんて、わざわざ代表会議でやる必要はない。
そんなのは事務に任せておけばいい。
今回の本題さえ話せれば、それで十分だ。
「カラレス、今回の議題はだな……」
カザミが慎重に切り出そうとしたその瞬間、僕はそっと言葉を被せた。
「ブラックリスト死刑施行対象の保留の件について、でしょ」
会議室の空気が一瞬だけ静まる。
レティのティーカップの澄んだ音さえ、やけに響く。
今回議題に上がるのは──ユウキのことだ。
先日、ブラックリストに登録され、“死刑施行対象”と判断された彼を、
僕は保護し、本部への入会手続きを強行した。
その判断に、この場の全員が困惑している。
代表としての倫理、秩序に対する姿勢、そして前例のなさ。
どれも僕の行動とは噛み合わない。
──でも、僕がやると決めた以上、覆すつもりはない。
シャルロットは剥き出しの敵意で睨み込み、
リリスは眉をわずかに寄せて資料を見下ろし、
ツキカゲは無表情のまま何かを計算しているようだ。
そして、カザミは胃薬が必要な顔をしていた。
「そ、そうだ。なら率直に問う。カラレス。一体なんのために…」
カザミが慎重に問いかけようとした瞬間、僕はさっさと答えを落とした。
「有効活用だよ」
会議室が一瞬で静まり返る。
レティのティーカップの触れ合う音まで、やけに大きく響く。
「本部は常に人手不足。使えない人材の寄せ集め。
できるやつはひと握り、任務で死ぬのも多い。
そんな中で僕は彼に可能性を見出した。僕の目に狂いはない」
「だからってお前…! 勝手にも程があるだろ! 規約違反だっ!」
怒鳴ったのはもちろんシャルロット。
「はっ…! 規約違反ねぇ。
ならそのユウキくんを試してみようよ。
もともとブラックリストの彼がここに入って任務で死のうが関係ないでしょ?
どうせ死ぬなら資源の有効活用しようよ。
──それともなに?
ここにいるやつら全員、あの小僧ひとりに怯えてんの?」
「カラレス、言い過ぎだ」
ガラクが鋭く制止するが、僕は肩をすくめた。
「うるせえ」
シャルロットは苦虫でも噛み潰したような顔で黙り込む。
カザミも僕が手に負えないと理解したらしく、困ったように目を伏せていた。
そこで、天使課のレティがひょいと手を挙げる。
「ん〜、なんで死刑施行対象なんか仲間にしたかったのか不思議だったけど、そういうことね!
たしかに資源の有効活用だわ〜。
どうせ殺すなら、仕事してもらって死んでもらいましょ!」
軽い声とは裏腹に、言っている内容はえげつない。
ツキカゲが静かに続ける。
「……ふむ、カラレス殿。ではそのユウキの管理は、どうされるおつもりで?」
「もちろん、人間課代表のこの僕がする」
「お前、もしその死刑施行対象がなにかやらかしたら──
その責任の所在は全てお前に行くんだぞ」
責め立てるように言ったのはシャルロット。
「もちろん。でも──もし彼が本部の中で功績を上げた場合は、
彼を正式な本部の一員として認めてもらう」
「はっ……そんなことがあれば、な」
「で? これで異論ない?」
天使課は賛成どころか楽しげに手を挙げ、
AI課も淡々と「異論なし」と告げた。
悪魔課は賛成同意多数となった時点で、もう反対の余地はない。
カザミはひどく疲れた声で言った。
「……このことは、また慎重に話を進めよう。
カラレス、また進捗を頼むぞ。では次の定期報告──」
「じゃ! 僕やることあるからあとはみんなでよろしくー!」
まったく聞く気のない声を残し、僕はガラクとともにさっさと会議室を後にした。
背後でシャルロットの怒鳴り声が響いたが、扉を閉めて遮断する。
廊下に出て、2人きりになった途端、ガラクが不満げに言った。
「カラレス……私、詳しく聞いてないんだけど。一体どういうつもりだい?
君のことだから、単なる“有効活用”なんて理由じゃないだろう?」
「ご名答。僕は彼を仲間にして、この本部を変える」
「……はあぁぁ……」
ガラクは頭を抱えてため息をついた。
でも、こうなったら僕の言うことを止めるのは不可能だと分かっている顔をしている。
「面倒事はごめんなんだけどな……」
「まあ、大丈夫っしょ。
要はユウキを任務に行かせて、“本部にとって有益”だと思わせればいい」
「君ねぇ、簡単に言うけどさ……」
ガラクが小言を並べ始めた頃には、
僕はもうユウキの戦闘データを受け取るべく事務室へ向かっていた。
──この本部を変える。
きっとユウキなら、そのための“始まり”になれる。僕はそう信じてる。




