第9話 思惑
天の魔女ゼオラ・ゼ・アーゼがジウロ王国の国王に謁見したと言う話は諜報員達により即座に隣国に伝わる事となった。
国王とゼオラとのやりとりまでは伝わる事はなかったが、各国に混乱を与えるには天の魔女が動いたという事実だけで十分すぎる程だった。
そんな中で最もその影響を受けたのがジウロ王国よりさらに南東にある魔法国家ラグワだった。
社交界でジウロ王国の第三王女クリエスが社交界で王子ともめ事を起こさせ開戦までは計画通りだった。
ジウロ王国と魔法国家ラグワの国境近くには兵を集め着々と戦いの準備が始まっていたが……ラグワ城の作戦本部がある一室は大いに荒れていた。
「うぎゃぁぁぁぁぁっぁ!てっててて天の魔女ゼオラ!!何でこいつがジウロにいるの!!」
スパイを王国に潜入させ緊急として転送されてきた魔道具には見た者と同じ者を写し記憶させる物だった。その魔道具に移っていた白く美しい女は間違いなく天の魔女だった。
「あっありえない!なんでこいつがここにいるの!?」
会議が開かれた前は物静かで余計な事は一切話さない様な人物がその魔道具を見た途端に半狂乱といって良いほどに取り乱した。その姿をみて周りにいた者は心配し声をかける。
「おっ落ち着いてください。エンドウォー様」
「落ち着けだって?これが落ち着いていられるか!なんで人の世にこんな人外がいるんだよ!」
そう言って子供の様に怒る者はエンドウオー。アーカム・エンドウォー。六星魔であり冥の魔導師を名乗る魔法国家ラグワが誇る最強戦力でゼオラがいう所の畑荒らし六人衆の一人だ。
ジウロ王国の空の魔導師ソルニー・スライや他の六星魔とは違い自身の秘術をつかいこの世界に生まれ変わった。数百年前にゼオラと戦った者とは同一人物で身体は十二~五歳の少女と言った所だったが魔力、知力は現役時代を維持し続けていた。
アーカムは作戦本部の椅子と机を蹴り飛ばす。使用人達が怯えながら破壊された者を片付けているのを見てようやく少し落ち着いた様で作戦本部にいた者達に命令を出す。
「撤退。国境付近に展開してる兵達は即座に撤退」
その命令に作戦本部にいた者はすぐに待ったをかける。兵を動かすだけでも金がかかりジウロ王国との戦いの為にどれだけの準備をしてきたのかと。
「はぁ?そんなの知ってるけど死ねば全部パーだよ?空の魔導師とか他の魔導師なら問題は無いけどこいつは別。この女一人で世界を滅ぼせるんじゃねってレベルだよ?まともにやり合えるわけない!」
「流石にそれは言い過ぎかと……いくら強いとは言え魔導師一人で……」
「じゃあ!お前が兵を率いてこいつ殺してこい。私の魔導兵団貸し出すから!今すぐ行ってこい!」
子供のワガママの様に怒り文句をたれるアーカムに魔法国家の総司令の男が大きくため息をついた後に注意する。
「アーカム……その辺にしておけ。ここにいる誰もが天の魔女の事を軽視している訳では無い。詳しく知らないだけだ。私を含めお前以外は年下だ。まずは説明しろ対策はそれからだ」
いくら最強戦力といえど国に仕えてる時点で逆らっては駄目な者がいるのは理解できているのでアーカムはあーはいはいと言ってから言われた様に自身が知っている事を話し始める。
「って言っても私が知ってる事はほとんど無いけど……間違いなくこの女は天の魔女ゼオラ。私が数百年前に遭遇して他の六星魔と一緒に敗北を味合わせた奴」
「ふむ。他人の空似や他の六星魔の様に弟子という形は?空の魔導師も二代目だろう?」
「空似はない。こいつだけは一度会ったら忘れられない。……弟子の可能性もあるけど確実に本人。私の様に転生体って可能性もあるけどその線は薄い」
「だったら相当な年齢だろう?人である以上は老化は防げまい。それに伝説の魔女なら六星魔と眠らずに七日七晩戦ったのだろう?それにお前は天の魔女のライバルだとも聞いた。今なら倒せるのではないか?」
「あーそれ?その時の依頼人の皇帝に言った嘘だよ」
この女の性格はその場にいた者達はよく知っていたので全員が大きなため息をついた。
「あのね。流石に当時最強の六人と言われた魔導師が瞬殺だよ?そんな話を誰が信じるって話だからな!」
「まぁ……この国ではないし何百年の前の事だから時効でいいか……歴史など改ざんされるものだしな。それで?どれぐらい強かったんだ?使う魔法は?」
「真面目に分からない。視界に人が映ったと思ったら六人全員の四肢が切られたからね。それから天の魔女の家から盗んだ物を奪い返された後に、どうやったか分からないけどアイテムとか仕舞ってる空間に干渉されて装備含めて全部破壊された」
「……おい。盗んだってなんだ?」
「それはどうでもいい。魔法で封じて仕舞ってるアイテムとかを取り出させなくする事はできるけど中身ふくめて破壊するのは基本的に無理。別の空間に仕舞ってるからね。私達の四肢を切ったのも意味不明。こっちだって防御の障壁とか張ってるからね。それに干渉すらしてなかったんだよ?使ってる魔法も意味不明すぎる」
「一方的にやられたって訳か」
「その言い方はむかつくけど、まぁ……あってる。私達六人が何もできなかったからね。あそこでこの女が名乗らなかったら名前すら分からなかったって話」
「なるほどな……お前の話も嘘くさいが……まぁいい。それで現状で考えたらどうなる?お前を筆頭にどれぐらいの軍を動かせば倒せる?この女と敵対したと考えてだ」
男の質問に冥の魔導師アーカム・エンドウォーは考えるそぶりすら見せずに即座に答える。どうやっても倒せないと。
「私もあれから修行して天上界とか冥道界とかは見てきたからこの女のすごさは分かる。私だけはいい線いけても他は無理。こいつは一人でこの魔法国家ラグワを簡単に落とせる。それだけは間違いない」
自国最高の魔導師にここまで言わせる天の魔女に皆が言葉を失う……総司令の男は少し考え呟いた。
「流石に天の魔女に対する情報がなさ過ぎて判断し辛いな……私達はどれだけこの女の事をしっている?どんな些細な事でもいい知って事を言ってみろ」
曰く天上界の果てを知る者。曰く冥道界の底を知る者。曰く果ての森の奥深くに住む者。曰く……魔法、魔術を極めし者……
「伝説には残ってはいるが……強いという以外は何も分からないと言う事か……」
「それで?司令官的にはどーするの?戦う気なら私は逃げるけど?」
「その時は俺が直々に相手してやるから安心しろ……だが我が軍の最高の魔導師がここまで言うんだ。無下にはできん。まずは半分だ。国境付近に展開する軍を半分戻せ。少し様子を見る」
ようやく配置が完了した兵達を半分も戻すなど意見としての反対はあったが冥の魔導師の怯えようもあり迂闊にラグワを刺激しない方が良いのは誰もが考えていた。
「個人的には全軍撤退を進めたい」
「お前はどれだけびびってるんだ。まだこの女がジウロに協力したとは分からないからな。別の事で国に来たと言う事も十分にあり得る。協力しないと言う事もあり得るからな。今までほとんど出て来なかったのだ。戦いが嫌いと言うのも考えられる」
「私達、六星魔は殺されかけたんだけど?」
「俺の親戚は農家だが畑荒らす奴は人じゃなくて害獣だ。殺されても文句は言えんって言ってたぞ。まずは……この女の情報を集めるのが先だな。ジウロに攻め込むのはその後で良い」
「迂闊に刺激しないでね」
分かっていると返事をした後に総司令の男は国境付近に展開する兵を半分ほど引かせる命令を出させた後にゼオラの情報……どういう経緯で王国に行ったのか、噂話まで集めてくるように命じた。
「こちらについてくれれば世界を統一できそうだな……それにしても」
「それにしても?」
魔道具に映るゼオラの姿をみて総司令の男は美しいと呟いた。
「はぁ?何言ってんの?」
「言葉通りの意味だが?我が軍の魔導師がこの天の魔女ならもう少し軍の指揮も上がっただろう思ってな」
その言葉にそこにいた男達は全員頷いた。
「ウチの魔導師様はかわいげの無いクソガキだしな」
「おいコラ!転生して子供の姿だっていってんだよ!お前達より年上だ!敬えガキ共!」
「人はな。見た目でも判断するが立ち振る舞いでも判断するんだよ。お前の普段の言動とか生意気なクソガキにしか見えん」
「よぉぉし!その喧嘩買った!表でろや!今日こそどっちが上か白黒つけてやる!」
「久しぶりに相手してやるか……よし今日の会議はここまでだ。こいつ泣かしてくる。天の魔女に関しては何か情報が入るたびに逐一報告する事と変にちょっかいかけると徹底しておけ」
その場にいた者達が分かりましたと返事をし会議はそこで終了した。
そして天の魔女の噂はさらに広がりジウロ王国より北にある国。シベル帝国にも伝わり始めていた。
「なんか天の魔女様が動きだしたんだって」
「(えっ……先生が?)まっままぁ……私達、帝国の農業魔法師にはあんまり関係ないんじゃない?……と言うかなんでこの畑はここまで魔力量が高いの?」
「確かにね……去年のあった演習の流れ玉のせいじゃない」
「……駄目だ。土の保有魔力が多すぎて下げ方が分からない……おじいちゃんに頼んで先生に来てもらうしかない」
「あー果ての村にいる。お酒好きな先生だったけ?」
そうそうと頷き同僚と世間話をしながら帝国から任せられた畑を管理するのは最果ての村の村長の孫でもある人物だった。