第5話 空の魔導師
「あの一瞬でここまで転移できる物なのか!?いやそれよりも最果ての森では転移できないはずなのでは!?」
クリエスの言うとおり果ての村を含むあの辺り一帯の地域はどういう訳か、魔法、魔道具を含む土地から土地へ移動する転移魔法と呼ばれる物が使用不可能だった。他国で国の魔法使いなどを派遣し原因を調べさせようとした事もあったが命をかけてまで調べる事では無いと判断され現在も不明のままだった。
村にやってこようとする者からすれば不便で仕方ないが、村人からすれば昔からそうだったのでそんなものだと気にも止めていなかった。
クリエスが驚愕し護衛の者達がその力に畏怖するが、等の本人であるゼオラは特に気にもせず関所の方に向かったのでクリエスは慌てて呼び止める。
「アーゼ殿!少し待ってほしい。すぐに王城からの使いを呼ぶ」
「歩いた方が速くない?」
そう言ってまた歩こうとするゼオラを呼び止める。クリエスが命令を出すと護衛の一人がすぐに走っていった。馬車が到着するまで時間があったので物珍しそうに関所を眺めるゼオラに話しかけた。
「アーゼ殿は関所が珍しいのですか?」
「珍しいというか長い時間生きて色んな人を見てきたけど、何処でも人の流れってかわらないなーっと思ってね。魔道具とか便利になって生活は向上してるんだけども」
「なるほど。まだ若い私には分からない感覚ですね」
「おん?私がお婆ちゃんとでも言いたいんか?」
「いっいえ違います」
クリエスが慌てて左右に手を振り話の流れを変えたりしているとようやく迎えの馬車がやってきた。
関所を通っている他の馬車と比べても大きく立派で引く馬もとても立派で力強いものだった。
「この馬って魔獣?」
「馬と魔獣を掛け合わせた王国独自の軍用馬ですね。馬よりよく食べますが速度、力強さ共に比べ物になりません」
「へー。世の中が進歩してるわね」
その軍用馬は魔獣と言うこともあり使役するには魔物使いと言った者達が必要だという様な事を話しゼオラは達は馬車に乗り込み城へと向かった。
関所を通り賑やかな城下町を馬車の窓から物珍しそうに外を眺めているゼオラにクリエスはまた話しかける。
「アーゼ殿はずっとあそこに住んでいらっしゃるのか?少し言い方は悪いがどうしてあの様な辺鄙な所に?天の魔女ならば国に付くにしろもっと良い所があるのでは?」
「天の魔女じゃないけどね。ん~……静かだし土は良いしわたし的にはいい所よ。どこか行くにしても転移できる者なら距離は関係ないしね。人付き合いが嫌いな訳でもないけど一人の方が好きだからね~」
「なるほど……」
「そういえば私も聞きたかったけどクリエスはなんかミスって戦争の引き金を作ったらしいけど、何をやらかしたの?」
「そっそれは……」
その質問に答えたくなかったようだが城へ行き、ゼオラが誰かに尋ねればすぐに分かる事だったのでクリエスは諦めて簡素に答える。
「かっ簡単に言いますと……魔法国家の王子が気にいらなかったので……」
「なに?殴ったの?」
「…………なっ殴った訳ではありません」
消えそうな小さな声でそう言った後にさらに小さな声で顔に酒をぶっかけた後に思いっきりビンタしたとの事だった。
クリエスは恥ずかしそうに顔を隠しゼオラは一人で大笑いする。
そしてようやく満足しクリエスに話しかける。
「あー……おもろ。クリエスはお酒飲めるの?」
「少しは飲めますが……今後は控えようと思います。お酒が入っていたのも原因の一つなので……」
「あら残念。飲めたらその時の話をしてもらおうと思ったのに」
「遠慮させて頂きます。お酒が入っていたのもありますが喧嘩を売ってきたのは向こうですから……」
などと話しているとようやく馬車は街を抜け城へと入っていった。そして大きな正門の前で馬車は止まった。
正門の前にはメイドやクリエス専属の使いの者達が並んでおりその帰りを心待ちにしていた様だった。
そこでゼオラはクリエス達と一旦別れ丁寧に説明を受けたメイド達によって豪華な客間へと案内された。
高価な物や美術品、装飾品といった物にほとんど興味が無いゼオラだが、暇なので客間に飾ってある物を見ていると、ここに案内してくれたメイドに話しかけられる。
「アーゼ様。何かお飲みになりますか?」
「じゃあ……お酒で」
「流石にそれは……珈琲か紅茶でお願いします」
「珈琲でお願い」
分かりましたと頭を下げてメイドはすぐに準備を始める。
入れてもらった珈琲を飲みながら窓から外を眺めると、この部屋が高い位置にあったのと城自体がすこし高台にあった為に街の風景がよく見えた。
「畑の一つも見えない……街だから仕方ないけれども」
「畑ですか?近くに農村がありますので街の食料はそちらから入って来ます。他国からの輸入も多いみたいですよ」
「なるほどねー」
城からでも見える人の多さに、転移もできるしこういう所に住む事は無いなと考えていると少し周りが慌ただしくなった後にドアがノックされた。
そして先ほど分かれたクリエスが軽鎧からドレスに着替え数人の護衛や使用人を連れてやってきた。ただその様子は少し慌てており困っている様だった。
「軽鎧よりドレスの方が似合ってるわね。さすがお姫様って感じよね」
「あっありがとうございます……ではなくてですね。空の魔導師ソルニー・スライ様がお会いになるそうです」
「え?なんか数日かかるかも知れないとか言って無かった?私は早い方が良いけども」
「はい。私も多忙だと聞いていました。ですがアーゼ様が天の魔女かも知れないと伝えるとすぐに会うと言ってくださったのですが……」
「ですが……って何よ。ですが……って」
微妙に嫌な予感がしたゼオラが言いよどむクリエスに訪ねるがどう説明すれば良いのか? という感じで困惑していた。
嫌な予感はしつつもついて行けば分かるか? と諦めクリエス達について行く事にする。綺麗に手入れがされた城の廊下を抜け見事な薔薇と思われる庭園を抜けて少し離れた場所まで歩くとようやく目的の場所が見えてきた。
そこは……明らかに闘技場と思われる様な場所で周りに結界などが張られ外には被害が出ない様に作られた戦う為の場所だった。
「……帰っていい?どうせ私に戦いを見て欲しいとか剣闘士で賭け事しようぜ!とかでは無いんでしょ?」
「本当にすみません……」
クリエスが本当に申し訳なさそうに頭を下げて謝った瞬間に闘技場から声が届いた。
「スカイフォールン……」
そしてその瞬間に魔力があふれ出し空がゼオラ目がけて落ちてきた。
クリエス達を助けた事や送ってきた事に後悔し大きくため息をついた後に細いその指でパチンっと音を鳴らすと圧縮され落ちてきた空ははじける様に消えていった。
「……流石は天の魔女と言う事ですか」
闘技場の中心にいた男がそう話すがゼオラは無視してクリエスに質問する。
「クリエス。会わせてくれって言ったのは私だけど失礼過ぎない?貴女が悪い訳でもないだろうけど」
呆れながら文句言うゼオラにクリエスは頭を下げるしかできず周りにいた護衛や使用人達も同じ様に頭を下げる。
もう一度ゼオラがため息をつくと闘技場から凄まじい魔力があふれ出た後にそこにいた者から話しかけられる。
「そういじめないでもらいたい。第三位とは我が国の王女であられるお方です。私のワガママで貴女を連れて来て頂いた。初めまして天の魔女ゼオラ。私が空の魔導師ソルニー・スライです」
明らかに友好的ではない男をゼオラは見る。クリエスと一緒に来ていた魔法使いとは明らかに桁が違う実力。そして大昔に一度だけ感じた事のある魔力に線と線がつながった。
「まさかとは思っていたけど……畑荒らし六人衆の一人か。それでクリエス。いきなり喧嘩売られたけど肥料にしていいの?」
ゼオラの家で襲われた熊の末路を思い出しクリエスは大きな声で駄目ですと言ったがそれよりも大きな声でソルニー・スライが叫んだ。
「会いたかったぞ!天の魔女!お前に敗北を味わった我が師、初代空の魔導師の屈辱をここで晴らさせてもらう!」
「屈辱って……人の畑荒らして納屋から農具盗んで家に勝手に入って置き薬とかパクったら殴られても文句言えなくない?その感じだと初代から記憶とか魔力とか受け継いでいるんでしょう?」
「何が畑荒らし六人衆だ!我が師を侮辱するな!人が新天地を求めての事だ!お前の家を荒らした事など些細な事に過ぎん!お前のせいで六星魔は散り散りとなり我が師は心を痛めた!」
「盗っ人なんとやらって奴ね。というかあの程度の実力で上に行こうとしたんでしょ?幹で私にボッコボコにされていなかったら確実に死んでたわよ?」
「我が師を侮辱するなと言っている!世界最高峰の六人の魔導師だぞ!いくら天上界とて問題はあるまい!」
逆上する空の魔導師を無視してゼオラはクリエスに質問する。流石に殺すのは駄目だろうからどうして欲しいかと。するとクリエスは視線を動かす。その先にはこの国の国王と王妃であろう人物がおりその周りにはクリエスによく似た兄弟達もいた。
「簡単に申し上げれば国王陛下がアーゼ様が天の魔女である証拠を見せて欲しいとの事で……我が国最大の戦力である空の魔導師ソルニー・スライ様と戦って欲しいとの事です」
クリエスに文句の一つでも言いたかったが、当時を思い出す様に記憶を辿るとゼオラの記憶に一度だけあった。自身の事を天の魔女と言った記憶が……
「あー……こいつら畑荒らし六人衆のせいか。……天の魔女って言った事あったわ……あー恥ずかしい。恥ずかしくて泣きそう」
大昔に言った恥ずかしい事を思い出し手で顔を隠しながらゼオラはその場にしゃがみ込んだ。
そんなゼオラを見てクリエスはあたふたし始めソルニー・スライはさらに逆上して声を荒らげた。
「下りてこい!天の魔女!ここで貴様を倒し私こと空の魔導師が最強だと言う事を世に知らしめる!」
まだ立ち直れていないは片手で顔を半分隠しながらその目で空の魔導師を捉える。そして……その細く美しい指でソルニー・スライの腕と足をなぞる様に動かした。
「まー……魔導師を名乗っていいレベルではあるわね。クリエス。お酒飲んで忘れようと思うから帰っていい?」
「お酒が好きなら後でワインでも出しますから……ソルニー・スライ様と戦って頂けませんか?少し戦えば満足すると思いますので」
「ワインは苦手だから悪酔いできる安い酒がいい。と言うか魔導師の視覚に入るなって習わなかった?……もう終わったわよ」
クリエスはその言葉の意味は理解できなかった。空の魔導師はその言葉でさらに逆上し大きく腕を振り上げ魔法を唱え始め様とするが。
ボトッ……
振り上げられたと思われたその腕は二の腕より先が綺麗に切り落とされていた。