第20話 頼み事
店先で頼み事や話をするのも流石に悪いのでリロリーとシャリーの了解を得てから近くにあったオープンテラスのカフェへと三人で向かった。そして店員さんを呼び適当に飲み物を頼む。
「カフェなのに飲み物は多いけど軽食は少ないわね」とゼオラが呟くとこの辺は冒険者が多いので適当に持ち込んで食べたりするカフェで自分もたまに来るのだとシャリーは話した。
なるほどねっとゼオラが納得していると少し怯えた様にリロリーが質問する。今日はどういった事で帝国にいらしたのかと。それに今日は自分は休みでルギスは仕事だと言う事を伝えた。
「まさに行幸って訳でもないけどあなたに頼み事があってきたのよ」
ゼオラの言葉にリロリーは何を言っているのだろうこの人はという様な顔をする。目の前にいる人物は魔法を扱う者であれば誰でも知っている天の魔女様。その人は六星魔を一人で倒し国をも簡単に落とせる程の力を持つ生きる伝説だ。そんな人物が上司には怒られ小生意気な後輩には馬鹿にされる様な私に何の用事があると言うのだろうか? しかも内容は分からないがそんな人物に頼まれて断るといった選択肢が無いのも明々白々な事だった。
「いや、あのね…………そこまでこの世の終わりみたいな雰囲気を出さなくてもいいからね」
「すっすみません……」
リロリーが謝ったタイミングで店員が飲み物を持ってきたので、ついでに皿をもって来てもらって最近作った蜂蜜漬けを二人に出した。
「それはこないだ話してた実の蜂蜜漬けね。食べたくなったから作ったのやっぱり美味しかったよ」
「ルギスが子供の頃に食べたってやつですよね?」
「そそっ。聞いて思い出したら食べたくなったから幹に行って取ってきて作ったの。食べてみなさい美味しいわよ。この間は養殖だけどこっちは天然物」
目の前には食べたら絶対に美味しいと思われる物が皿にのせられている。匂いも絶対に美味しい奴だと言わんばかりに自己主張してくる。ただ……ここで食べればどんな願いであっても絶対に断る事ができないと考えリロリーは食べるのを戸惑うが……妹はそうではなかった。
フォークを果肉に刺したっぷり蜜がついたそれを口に運んでいた。そしてその目は大きく見開かれる。
「アーゼ様!これなんですか!?おっおいしいですね!こんな美味しいもの初めて食べました!」
「初めては言い過ぎだろうけどやっぱり美味しいわよね?外で甘味をあんまり食べないから比べた事はないけど……ケーキはケーキで別のおいしさで美味しいし」
そして妹が2~3食べてるのを見てリロリーは覚悟を決める。先日お話した感じだとそこまで無茶苦茶な事は要求されないだろうと考えそれを口に運んだ。
………………
…………
……
そして瓶に入った蜂蜜漬けがようやく空になった後にお礼を言ってから質問する。
「アーゼ様。それで私に用事とはどういった物ですか?私にできる事はたかが知れているのであまり無理を言われても困りますができる事なら協力は惜しみません」
「だからどうしてそこまで身構えるか……普通の頼み事よ。知り合いのお姉さんに頼まれるぐらいの事よ」
知り合いのお姉さんは天の魔女と世の中から言われないし、それに今思い出したが転移できない区間で目の前から消えたりする事もないとリロリーは思った。
そんなリロリーをよそにゼオラはここに来た目的を伝える。と言っても簡単な事で正面切って肖像画を破壊するのは止めておくから肖像画を動かす機会があったら教えて欲しいと言う事だけだった。
その話を聞いてリロリーはあっけにとられる。そんな簡単な事で良いのだろうかと? もっとこう人体実験させろとか魔物のおとりになれとか言われるのかと想像していたのだった。ただ気になる事もあったのでその事を先に質問する。
「協力はさせて頂こうと思いますが……どうやって連絡すればいいのかと言う事と……一番の疑問なんですがどうやって魔法を届かせるんですか?連絡してからこっちに転移してくるとかです?」
「連絡はルギスが果ての村の村長とやりとりしてるのと同じ物を渡しておくわ」
そう言ってゼオラは空間収納に手を突っ込み対になった何かの皮でできてそうな皮紙を取り出し説明する。
それは昔にゼオラが作った物で片方の紙に何かを書けば距離は関係なくもう一つの紙に同じ事が書かれると言う物だった。試しに片方の紙に字を書くともう片方にも同じ文字が書かれた。
「それを使って教えてくれれば良いわ。消せば片方も同じように消えるから破ったりしない限りはずっと使えるわ」
「え?これは距離は関係なく届くんですか?」
「昔に試した時は何処までも届いたわね。今は知らないけど……と言うか帝国にも似たような物あるでしょ」
「確かにありますけど……」
リロリーがいう様に確かに似たような物はある。前にゼオラがピコピコと言っていた魔導タブレットの事だ帝国の都市内であれば文字を送ったり音声を送ったりもする事ができる。ただ本当に帝国内だけの話で王国や他の村になると全くその機能は使えない。
「それで肖像画を外に出す時とか窓際の近く通るとかあったら連絡して欲しいの攻撃魔法を飛ばして破壊するから」
そうそれが一番の疑問だ。帝国からゼオラが住んでいる付近、最果ての村周辺までどれだけの距離があると思っているのだろう。魔法をそんな長距離飛ばすのは不可能だ。こんな言葉がある。
魔法使いの詠唱を聞くな。魔術師の術を見るな。魔導師の視覚に入るな。
どれだけ凄い魔導師であっても相手を認識する事が絶対的な条件になるはずだが……
「すみません……アーゼ様どうやって攻撃するんですか?」
「流石に肖像画を壊すのは駄目だと思いますが……私も魔を扱う者として気になります」
「あなた達はもう少しちゃんとした魔導師を勉強した方がいいわよ……なんか良い的ないかしら」
ゼオラは遠くの山を見つめて一本だけ突き出た木を発見する。そして少し目を瞑った後に姉妹にその木に注目する様に言った。
「じゃあ。今からあの木を切るから見ておきなさいよ。あれだけ大きいなら切れたら分かるでしょ」
流石に冗談かと思ったがゼオラが指をパチンとならすとその木がゆっくりと崩れ落ち、たぶん鳥であろう生き物が飛び立った。
「まぁこんな感じで魔導師になると距離は関係ないって事よ」
二人は魔導師でもそんな事はできないと思ったが目の前にいる人は魔を扱う者の頂点に立つ存在だと言う事を思い出し納得する。
「流石に空から見えない建物の中とかは無理だけど窓際で一瞬でも映れば今みたいに攻撃を飛ばせるからお願いね。流石に私だけ何か頼むのは悪いから私ができる範囲で手伝って欲しい事があったら遠慮なくいってね。けっこう色々できるわよ」
その言葉を聞いてリロリーは……この世から消して欲しい女の顔が浮かびゼオラに頼みそうになるが妹もいるのでその暗い気持ちを心の奥に押し込み何かあればお願いしますと頭をさげた。
そんなリロリーとはちがいシャリーは明るくゼオラに疑問をぶつける。
「私もアーゼ様の肖像画を見たことありますけど……そこまで嫌なんですか?とてもよく描かれていましたよ?売って欲しいという貴族や王族の方も多いみたいですよ?」
「じゃあ知り合いにかなり絵の上手い人がいるからその人に頼んでシャリーを描いてもらいましょう。題名は未来の大魔導師がいいわね。そしてそれを帝国の冒険者ギルドに頼んで飾ってもらうの。どう?素敵だと思わない?」
自分の肖像画が冒険者ギルドに飾られているのを想像してシャリーは素直に謝った。
「すみません……想像したらかなり嫌でした」
「自分が死んでて飾れるならまだしも……私は今を生きてるのよ。そうそう流石にただで頼む訳にもいかないからこれ上げるわ」
ゼオラは空間収納の中から蜂蜜漬けと丁寧に梱包したパウンドケーキを取り出しリロリーに渡した。
「さっきの蜂蜜漬けと試しに作ってみたパウンドケーキね。ケーキの方もなかなか美味しいからお茶の時にでも食べると良いわ」
報酬などなくても手伝うつもりではあったが先ほどの食べた物がまだあるとは思っていなかったので断る理由もないので素直にリロリーはそれを受け取り自身の空間収納にしまった。
「ありがとうございます。ルギスにも分けた方がいいですか?」
「ん?全部食べて自慢したらいいんじゃない?あの子、小生意気になってるから先輩の威厳を見せつけてあげなさい」
「はい。喜んでそうします」
「姉さん……」
「あとは……ケーキも蜂蜜漬けも材料が材料だから迂闊に人に分けない方が良いわね。食べたいから取ってこいとは言われなくとも何処に行ったら採れるってなったら少しめんどうだからね」
自分達では絶対に取りに行けない所だから素直にお茶の時にでも食べて周りには黙っておこうとリロリーは納得する。
そして少し話をした後に姉妹の買い物の邪魔をした事を謝りゼオラは立ち上がった。
「せっかくの休日にごめんね」
「アーゼ様はこれからどうするんですか?」
「ん?最近ちょっと外に出るのがまた面白くなってきたからお出かけ用の装備でも買おうかと思ってね。魔法使いとかが行きそうな防具屋に行こうかと思ってる。今の服も好きだけど目立つからね」
それは服ではなくてその白い髪というか顔というか雰囲気その物に存在感があるから目立つのでは? とリロリーが思っていると妹のシャリーがゼオラに提案する。
「アーゼ様。でしたら一緒に行きますか?私も臨時収入……臨時収入があって少し装備を新調しようと思っているので魔術関係の防具屋に行くんですよ。もし良かったら私が買う防具を見て欲しいなと」
「うん?私としてはお店を知らないからありがたいけどいいの?姉妹で買い物中でしょ?リロリーにしてみれば後輩の知り合いのお姉さんが一緒にいるって状況だから気を使うでしょ?」
「まぁ……そうなんですけど、私も魔を扱う者ですからアーゼ様がどんな物を買うか気になりますし魔法の話とかも聞きたいので問題ないですよ。魔導師様と接する機会ってそんなにありませんので」
「姉さん……おね……地の魔導師様とだいたい毎日会ってるのでは?」
「あれは別」
二人がいいと言うなら断る理由もないので喫茶店の支払いをゼオラが済ませ、シャリーおすすめの防具店へと向かった。
その道中でリロリーがゼオラに話しかける。シャリーが冒険者としてパーティーを組んでいる相方が実力はあるかも知れないが軽そうなのでできればパーティーを解消させたいと。
「まー……確かにそんな感じはするわね。女慣れしてそうな感じはあるし」
「そう思いますよね?」
「でも。言い方は悪いけど私達からして害悪でもシャリーからしてみればそうじゃないかも知れないから心配するのは分かるけど突っ込みすぎるのも考え物よ」
「……そうでしょうか?」
「すっごい極端な話だけど……自分だけを確実に守ってくれる殺人鬼がいたら周りの評価は終わってるけど頼りにはなるわよね? だから自分が付き合って行く人は自分で決めないとね。他人に惑わされて切っては駄目な縁もあるでしょうし」
「……難しいですね」
「人付き合いなんて何年たっても難しいわよ。こちとら何年生きてると思ってるのよ」
「百年ぐらいですか?」
小生意気な生徒よりは遙かに見所あるとゼオラは笑いリロリーの頭を撫でていると目的の防具店に着いたようで先を歩くシャリーが元気よく振り返りここです! と言った。