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魔の森(前編)

転移の魔道具の効果を、「国内どこでも飛べる」から「使用者が国内で行ったことがある場所に飛べる」へ修正しました。

 「転移の魔道具を貸してほしい、ですか?」


ステラの要望に、アレクサンダーは目を瞬いた。今朝のステラは長い髪をポニーテールにまとめ、戦闘にも耐えられる丈夫なローブを纏っており、腰に下げたポーチからはかすかに金属が触れ合う音もする。なんとも不穏な格好だ。


「ステラの望みは全部叶えたいところですけど……危険なことはしませんよね?」


胡乱な目つきの国王陛下に、ステラはすっと目をそらした。


「……おそらく、たぶん、きっと?」


曖昧極まりない返答に、アレクサンダーはますます行かせてはならないという確信を得た。


「このようなことは聞きたくないのですが、転移の魔道具を使ってどこへ何をしに行くつもりですか?」


ステラから「言わなきゃダメ?」という無言の問いかけを感じるが、アレクサンダーはにっこり笑ったまま質問を撤回しなかった。観念して、彼女が口を開く。


「ちょと、魔の森まで。大丈夫、すぐ行って帰ってくるから」


「子供のお使いみたいに言わないでください!魔物が跋扈する危険地帯に行かせるわけがないでしょう!?」


アレクサンダーが叫んだのも、無理からぬことだった。




 実母と義姉の妊娠が発覚した日の夜、ステラは悩んでいた。


キャロル家での滞在が終わればステラは王都へ戻り、王妃教育を受けることになる。


母や義姉に万が一のことがあったときステラが来るまで時間稼ぎができるよう、胎児に悪影響のない薬を作っておきたかった。


幸い、材料はわかっている。魔の森で採取できる樹液だ。魔王の瘴気を浄化する初代聖女の木は、あらゆる副作用を緩和する。


問題は、得られる場所が場所なだけにめったに市場に出回らない、大変高価な品ということだ。


「やっぱり、自分で採りに行こう」


ステラは決意した。自分なら辺境伯家の魔物討伐に同行して魔の森に行ったこともあるし、破魔や結界の力で魔物を退けることもできる。アレクサンダーに魔道具を借りて、ちょっと飛んでぱぱっと採取してすぐ戻ってくればいい。



 そんなステラの計画は、翌朝の朝食後に魔道具を貸してほしいと頼んだことをきっかけにあっさり止めさせられた。婚約者の大雑把な計画の全容を聞いたアレクサンダーは、眉間に指をあててため息をつく。


「要は、魔の森で採取できる樹液があれば良いのでしょう?辺境伯に頼んで買い取れば良いではありませんか。魔物討伐のために頻繁に森へ入るでしょうから」


「私の個人的な事情で辺境伯閣下に余計な手間はかけさせられないわ。そもそも、私のお小遣いであんな高価な素材、買い取れないし」


「お金なら僕が出しますよ?」


「君は自分のためにお金使ってください」


アレクサンダーはこれまで私財の全てをステラにつぎ込んできた。これ以上は銅貨一枚たりとも使わせたくないステラである。アレクサンダーは最後に特大のため息をつき、頷いた。


「ステラの気持ちはわかります。僕だって、ステラの母上や義姉殿には無事でいてほしいです。彼女らの赤ちゃんだって、無事に生まれてほしい」


「ありがとう、アレク君!!」


「なので、僕が行きます」


「……え?」


一瞬きょとんとしたステラは、琥珀色の瞳を見開いた。


「え?いや、いやいやいや!?何を言い出すの!?国王陛下があんな危険地帯に行って、万が一のことがあったらどうするの!!?」


「それを貴女が言いますか。魔の森に行くといわれた時、僕がどんな気持ちだったか、少しはわかっていただけましたか?」


いつもは甘いアレクサンダーに思いのほか厳しく言い返されて、ステラは冷や水をかぶせられたように息をのんだ。


「それは……ごめんなさい。軽率でした」


しょげかえるステラの手を取り、アレクサンダーは寂しげにほほ笑んだ。


「わかっていただけたらいいのです。それに、僕に万が一のことがあったって大丈夫。王家の血統は傍流に何人も残っていて、継承権の順位も確定しています。聖女ステラに代わりはいませんが、国王ぼくの代わりならいくらでも」


ぱちん、とステラに両手で勢いよく頬を挟まれて、アレクサンダーは押し黙った。


「貴方の代わりなんてどこにもいないわ」


言い聞かせるような声に、今度はアレクサンダーが目を伏せる。


「申し訳ありません。そうですね、僕のことを大切にしてくれる人たちへの、侮辱でした」


「わかればよろしい。……なんて、私もさっき似たようなものだったから、偉そうに言えないけど。お互いよくなかったってことで、この話はおしまい!」


明るく話を締めくくったステラは、改めてアレクサンダーに頼んだ。


「お願い、アレク君。一緒に来てくれる?君のことは私が守るし、私のことを、守ってほしいの」


思い出すのは五年前まで身を置いていた戦場だ。命の危険と隣合わせだったはずなのに、傍らにアレクサンダーがいれば、怖くなかった。きっと、二人でいれば最強だ。


「仕方ありませんね。ステラ、一緒に行きましょう」


恭しく差し出された手に片手を重ねると、ステラはアレクサンダーに導かれ歩き始めた。てっきりこのまま転移の魔道具で飛ぶものだと思っていたステラが小首をかしげる。


「あの、アレク君?そっちはお義父様の執務室だけど……?」


「そうですよ?義父上に相談しないと。辺境伯の寄子ですから、辺境伯領への転移の魔法陣もお持ちでしょう?」


「それはあるけど、えっ、お義父様に言うの?こっそり魔道具で行って帰って来るわけには?」


「僕は辺境伯の領地に行ったことはありません。魔道具は使えませんよ。ステラの魔力では、二人いっぺんに飛ぶのは厳しいでしょう?」


ステラの魔力は小さな火種を出したりコップ一杯の水を出したり、平民としてごく平均的なものだ。魔道具は術式と転移一人分の魔力を補完してくれるもので、ステラでは二人同時に飛べない。というより、二人いっぺんに飛べるアレクサンダーが規格外なのだ。


「こんなに話を大きくするつもりなかったのに」


「僕たちが動くとどうしたって話は大きくなりますよ。それに、こっそり行って僕らに万が一のことがあったら、キャロル男爵が責任を負うことになりますけど。辺境伯も巻き込んでおいたほうがいいのでは?」


ステラはもはやぐうの音も出なかった。



 執務室にて突然の来訪を詫び、相談を持ち掛けると、男爵は案の定渋い顔になった。発案者のステラに一通りお説教したあと、最後には渋々、頷いた。


「話は分かった、ステラ。だが、せめて辺境伯閣下に先触れの文を出してからにしなさい。……閣下が断ってくださればよいのだが」


後半は独り言のように呟いて魔法の鳥文を用意する男爵。ステラとアレクサンダーは豪放磊落な辺境伯を思い浮かべ、たぶん快諾するだろうなと思った。


その予想は当たり、男爵が鳥文を送るとほとんど間を置かず、『いいだろう、来い!ただしアレクは一応身分を隠すこと』とだけ書かれた返事がやってきた。願望がはかなく打ち砕かれた男爵は、頭痛を抑えるように米神を揉む。


「皆には、陛下とステラが辺境伯閣下に婚約の報告をしに行くことになったと説明しておこう。時々突飛な命令を下すお方だから、おそらくごまかせる」


「ありがとうございます、お義父様。……迷惑をかけてごめんなさい」


申し訳なくなってステラが謝ると、男爵は首を振った。


「かまわんさ。めったにわがままを言わない、可愛い義娘むすめの頼みだ」


それから三人は速やかに準備を進めた。アレクサンダーが身分を隠す必要があるため、城からの護衛は連れていけない。王族らしい装飾品は男爵に預け、男爵家の兵士に支給される装備でステラの護衛のふりをすることにした。


男爵に促されて転移魔法の部屋に入ると、石造りの狭い部屋の中心で魔法陣がぼんやりと光っていた。相手方の準備が完了している合図だ。


「相変わらずせっかちなお方だ」


向こうで辺境伯が待ち構えていると察した男爵は苦笑し、魔力を流す。ステラとアレクサンダーが並んで魔法陣の上に立つと、魔法陣が立体的に浮かび上がった。


「ステラ、辺境伯閣下によろしく伝えておくれ。くれぐれも気を付けていくのだぞ。陛下、義娘をお頼み申し上げます」


「全霊をかけてお守りします」


「ありがとう、お義父様!行ってきます!」


ステラが手を振った直後、魔法が発動する。空間を魔法で超えるとき特有の揺らぎに少しよろめき、あたりを見回せばそこは既に辺境伯の居城だった。


キャロル家と同じ魔法陣が描かれた広い室内には、壮年の大男が立っている。筋骨隆々の分厚い体、よく日に焼けた顔には荒々しい傷跡も残る、容貌だけなら山賊のような男――ウッズワード辺境伯は、意外にも流麗な動きで膝をついた。


「国王陛下、ならびに大聖女ステラ・キャロル男爵令嬢にご挨拶申し上げます」


朗々と響く口上に、ステラは内心で驚いた。辺境伯と話した機会はそう多くないが、顔を合わせると気さくに声をかけてくれた。ステラにとって上流貴族というより、豪快なおっちゃんという印象の強い人物だったからだ。


「出迎え、大儀である」


挨拶を受けるアレクサンダーも堂々としたもので、兵士の装備でも隠し切れない威厳に溢れていた。


(私……本当に『アレクサンダー陛下』の隣に立てるの?)


不意にそんな不安がこみ上げ、自問する。


ステラは生粋の貴族令嬢のような振る舞いも言葉遣いも、まだまだ完璧ではない。アレクサンダーも家族も許容してくれるが、それに甘えていていいのだろうか。


アレクサンダーは常々、自分なんかの妻にステラはもったいないと言うが、本当は逆なのではないか。


湧き上がる疑問は、快活な男の声にかき消された。


「さーて、堅苦しい挨拶はここまでだ。よく来たな二人とも!」


「痛っ、馬鹿力なんだから加減してくださいよ、師匠」


久々に会う弟子の背中をバシバシ叩いてがははと笑う辺境伯と、文句を言うアレクサンダーは、ステラの見慣れた姿だった。


「お久しぶりです、辺境伯閣下。お忙しいところ、お手を煩わせて申し訳ありません」


「聖女様には世話になってるからな、いいってことよ!それにな、お嬢さん。アレクの嫁になるなら、あんまりへりくだらない方がいいぞ?」


それは純然たるアドバイスなのだろうが、自分の未熟を指摘されたようで、ステラは微かに落ち込んだ。婚約者のわずかな変化を察したアレクサンダーが


「師匠がもっとへりくだれば問題ないと思いますけど」


と辺境伯を睨む。


「国王陛下は手厳しいねぇ。ま、いいや。詳しいことは移動しながら説明してやる。ついて来な」


辺境伯は弟子の剣呑な態度も大して気にした様子はなく、顎をしゃくって先頭を歩き始めた。



 ウッズワード辺境伯。その始祖は、魔王封印の仲間たちで唯一自分の国を持たずに勇者と聖女の旗下についた戦士だったという。


彼は魔の森と人の領域の境に領地を賜り、人類の守護者となるべく魔物との戦いに生涯を捧げ、初代王夫妻への忠義と友情に生きた。


ゆえに辺境伯の城は質実剛健、魔物から領地を守ることに特化した強大な砦だ。古めかしく威圧感のある石造りの回廊を先導しながら、辺境伯が口を開いた。


「大体のところは、キャロルの奴からきいた。樹液が必要なんだってな。在庫があれば譲ってやるんだが、あいにくうちでもよく使う素材だからいつも欠乏気味でな」


「いえ、とんでもない。自分で採取させていただければ十分です」


「ステラ嬢ならそう言ってくれると思ったぜ。ちょうど午後から魔の森に入る小隊があるから、同行してほしい。討伐には参加しなくてもかまわんから、安全地帯は自分らで確保して採取していってくれや」


「ありがとうございます!」


「採取道具は必要か?」


「いえ、自分で持ってきました」


ステラが腰のポーチをたたくと、しっかりしてるねぇと感心顔で辺境伯が頷く。


「うちのにも少しは見習ってほしいもんだ。……今日の小隊長は、ラルフの奴なんだよ。まだまだ経験が浅い若造だから、なんかあったらサポートしてほしい」


「……はい。皆さんの防御も治癒も、お任せください」


一瞬の間が気になったアレクサンダーだったが、どうかしたのかと尋ねるより先に辺境伯から声がかかった。


「あ、そうそう、アレク。手紙にも書いたけどよ、国王だってことは隠しておけよ」


「一応、男爵家の兵士のふりはしますけど……師匠に随行して王城に来たことがある方もいるでしょうし、無理があるのでは?」


「あー、まぁ、気づく奴は気づくだろうけど、空気読んで黙ってるだろ、たぶん。ま、ばれたらばれたでいいや。そんな神経質にならなくてもいいぞ!」


「相変わらず適当ですね……」


呆れかえるアレクサンダーを気に留めることもなく、辺境伯は一つの扉の前で立ち止まった。彼が扉を開けると、料理のにおいが鼻をくすぐる。


「作戦開始の時間になったら呼びに行かせるから、それまではここで腹ごしらえしてな!」


通されたのは兵士の待機場所と思わしき小部屋の一つで、頑丈な木製のテーブルには料理の皿が並べられていた。香辛料を効かせた骨付きのステーキと固焼きパンが主な食卓に、二人は圧倒される。


「師匠、僕ら二人でこんなに食べきれませんよ」


「若いのに何言ってやがる、食える時に食っとけ食っとけ!ま、余ったらうちの使用人に下げ渡すから、無駄にはならねぇよ」


じゃぁな!と手を振って、辺境伯は立ち去って行った。


「せっかくだし頂こうか。私が持ってきたお弁当を食べてもいいし」


「ありがとうございます、ステラ。用意された食事だけなら絶対に胃もたれするところでした……」


脂の匂いが充満する空気にちょっぴり辟易しながら、二人は席に着いた。ステラが男爵家から持ってきた朝食の残りと、こってりとした辺境伯家の食事も時々つまむ。


「ステラは何度も辺境伯家の魔物討伐に同行していますよね。何か気を付けることはありますか?」


アレクサンダーは対人戦ならば滅法強いが、魔物相手は初心者だ。ステラの足を引っ張るわけにはいかないと、戦いの心得を聞いておく。


「うーん、私は剣を持って戦うわけじゃないから、対人戦と魔物戦の違いはよくわからないけれど……魔王の瘴気には、気を付けて」


「魔物を生み出すという、あの?」


「そう。じわじわ~っと黒い霧みたいなのが、森の奥から染み出てくるの。黒いといっても昼間ならそこまで視界は悪くないし、毒みたいに体調が悪くなる、ってわけでもないんだけど……」


「運が悪いと、生まれたての魔物に死角から襲われる、とか?」


「それもあるね。でも、あれの本当に恐ろしいところは精神攻撃。瘴気の中に長居しすぎると、幻聴や幻覚に襲われるの。目をそらしたい現実とか、劣等感とか、心の隙間を攻め立ててくるから、おかしいと思ったらすぐ私の結界に避難して」


「わかりました。魔王の瘴気も退けるとは、ステラの結界はさすがですね!」


きらきらとした目で賛美され、ステラはがっくりと肩を落とした。


「褒めてくれるのはありがたいけど、まじめに命にかかわる話だからね……?」


「ステラへの賛辞を贈るときは、僕はいつでも大まじめですよ?五年もの間、魔物討伐に尽力してきた方の言うことを蔑ろにしたりしません」


そこでアレクサンダーは言葉を切って、窺うようにステラをちらりと見た。


「僕は、ステラが比較的安全な男爵家を離れて魔物討伐に参加するのは、ウッズワード家への嫁入りを望んでいるからだと思っていました」


「えっ、なんでそうなるの?違うよ!?」


思いがけないことを言われてステラが否定すると、わかっています、とアレクサンダーが頬を染めた。


「ステラが魔物討伐に参加するのは、その……大聖女になって僕に会うためだったと、今はわかってますから」


つられてステラも赤くなり、ちょっともじもじしてから、己の行動を冷静に振り返る。


「うん、でも、はたから見たら誤解されても仕方ない、のか。


辺境伯家の方々のことはごく一部を除いて尊敬しているし、家のためや王命なら嫁ぐ未来もあったかもしれないけど……自分からは、お嫁入りは選ばなかったと思うな」


「そうなのですか?」


「うん。言いづらいけど、ウッズワード家の、特に男性方って……ちょっとデリカシーに欠けるところがあるでしょう?」


アレクサンダーは納得した。大いに納得した。例えば、婚約者同士とはいえ未婚の男女を二人っきりで置いて行ってしまう師匠とか。当主からして配慮が欠乏している。


「仕方ない面もあると思うんだよ?繊細な神経をしていたら魔王の瘴気に耐えられないから、辺境伯家の戦士はなるべくしてああなった気がするし」


瘴気の件を除いても、ウッズワード家の置かれた状況は過酷だ。魔物との戦いの最前線であるこの地では、毎年多くの死人が出る。


ゆえに、人の国との戦争ではウッズワード辺境伯家だけは徴兵を免除されている。これは先王時代ですら遵守された取り決めだ。


そしてもう一つ辺境伯家の特殊な点を挙げるとすれば、重婚が認められていることだ。ほかの貴族は正室に子が望めない場合のみ側室を娶ることが許可されるが、ウッズワード家だけは扶養可能な範囲でいくらでも側室を持つことができる。


心無い貴族には「戦闘狂で女好きな野蛮人」と揶揄されることもあるが、これは身寄りのない未亡人や遺児を保護する福祉の意味合いが強い。実際、現当主にも十人以上の妻と五十名近い子がいるものの、実子は三男二女のみだ。


「今日の小隊長のラルフ様は、辺境伯閣下と血のつながりがある中では末っ子の、私と同い年の息子さんなんだけど……」


ステラが今日の小隊長について説明しようとした時だ。バンバン、と扉をたたき壊すようなノックの音が響いたかと思うと、返事も待たずに全開にされた。のっしのっしと現れたのは、鍛え抜かれた肉体の青年だ。顔立ちは辺境伯を彷彿とさせるが、どことなく粗野で軽薄な雰囲気がある。


「よぉ、ステラ!急に魔物討伐に参加したいなんてどうしたんだよ?国王の嫁に選ばれたとか聞いたけど、さては嫌気がさして飛び出して来たな?お前みたいなじゃじゃ馬に、王妃なんて務まるはずねぇからな!」


青年がステラの食べかけの肉に手を伸ばしたので、アレクサンダーはとっさに新しい肉の乗った皿と取り換えた。


「あ?なんだよてめぇ」


不満そうにアレクサンダーを見下ろしながらも肉は手で掴んでかぶりつく青年。アレクサンダーも冷ややかな目で青年を睨み上げた。


「僕はステラお嬢様の護衛です。あなたこそどちら様ですか」


「俺ぁラルフ。今日の小隊長だ。おふくろは平民だが、親父は辺境伯様なんだぜぇ?男爵家の木っ端兵士風情が無礼な態度とらねぇほうがいいぞ?」


くちゃくちゃと肉を咀嚼し、アレクサンダーに唾を飛ばすラルフに、ステラは慌てて割って入った。


「おやめください、ラルフ様」


「なんだよステラ、そんな顔だけのヒョロガリ、庇っても役に立たねぇだろ」


ステラがかばっているのはどちらかというとラルフの方だ。すさまじい殺気を放っているアレクサンダーに惨殺事件を起こさせまいと、ステラは精一杯虚勢を張った。


「我が家の兵に対する侮辱は許しません。そもそも私は、アレクサンダー陛下の婚約者となった身です。呼び捨てもやめてください」


するとラルフは食べ終えた骨を放り投げ、忌々しそうにステラを見下ろした。


「あーあ。平民のくせに、国王の婚約者ってだけで女王様気取りかよ。つまんねぇ女になったなぁ、ステラ。国王に捨てられたら俺が嫁にもらってやってもいいと思ってたのに、がっかりだぜ」


アレクサンダーが剣の柄に手を伸ばしたのを、ステラは必死に止めた。


(アレク君!私なら、大丈夫だから!!)


小声で叫ぶステラを振り切り、アレクサンダーは立ち上がった。一息でラルフとの距離を詰めると、鳩尾に膝を叩き込み、転倒した男の頭を踏みつける。


「訂正しろ」


「がはっ、ごげっ、お、お前、俺にこんなことしてただで済むと思って」


文句を言うラルフの頭をさらに強く踏みつけ、剣の切っ先を目の前に突き出して、アレクサンダーは地の底を這うような低い声で繰り返した。


「訂正しろ。お嬢様は素晴らしい方だ。慈愛に満ちたこの世の宝、気高く美しい至高のお方だ。お嬢様が国王の妻に選ばれたのではない。国王の方がお嬢様の夫に選んでいただいたのだ。間違えるな」


ひっ、と息をのむ声に、ステラは真っ青になってアレクサンダーの腕を掴んだ。


「お願いやめて、アレク君……!」


懇願されて、アレクサンダーは渋々ラルフの頭から足をどかした。


「優しいお嬢様は貴様を許すと仰せだ。僕の気が変わらないうちに失せろ」


つま先で汚いもののように小突かれたラルフは、血の混じった鼻水とよだれで顔面を汚したまま、よろよろと立ち上がった。


「くそっ、討伐の時間だって教えにきてやったのに、なんて奴らだ……!お、お前ら、ただじゃ置かねぇからな!!」


小物臭い恨み言を吐きながら出ていくラルフを、アレクサンダーは軽蔑のまなざしで見送った。


「なるほど。アレが、ステラが尊敬できないごく一部の辺境伯家の人間、というわけですか」


「昔は、あそこまでひどくなかったんだけどね。ほかのご兄姉は立派な方々なのに、色々こじらせてあんなことになったみたい。……それよりアレク君、大丈夫?」


ステラがハンカチを取り出して顔を拭こうとするのを、アレクサンダーは押しとどめて自分で拭った。


「やめましょう、あんな男の唾を拭いたらステラが汚れます。……でも、止めていただいて助かりました。王城は浄化が済んでいるから、ああいう手合いを見たのは久々で……つい、歯止めが利かないところでした。」


「王城の浄化って……何をしたの……」


「単なるお掃除ですよ?掃除の基本は廃棄物を適切な場所に捨てることだというのに、僕としたことがすっかり忘れていました。やるなら森で闇討ちしなければ」


「冗談に聞こえないよ!?」


本当にこの状態で魔の森へ出かけて大丈夫なのか。頭を抱えるステラだった。

本編三日目にもちらっと出てきた辺境伯、ちょっとキャラが違いますが、あのときは王子に国王殺しをさせる罪悪感と無力感で人生最大級にしおらしくなっていただけです。

普段は細かいこと気にしない豪快なおっちゃんです。ということにしておいてください(あの頃は辺境伯のキャラが固まりきってなかったなんて言えない(言っとるがな))。


アレク君は基本同担大歓迎勢なのでステラ本人はもちろんステラの味方にもいい子ぶるんですが、反動でステラの敵にはとことん腹黒いしどこまでも冷酷になれます。どこぞの公爵家とか伯爵令息もあんな感じで詰められたんでしょう、たぶん。

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