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3日目

 翌朝。寝付く前は悶々としたものの、一度眠ってしまえばぐっすりだったステラは、王城の一室で清々しく目を覚ました。


身支度を終え、アレクサンダーとの面会のため侍女に案内してもらう。謁見の間でも使うのかと思いきや、連れてこられたのは昨日の客室だ。確かにこちらのほうが落ち着いて話ができるなと心遣いに感謝して、扉を開けてもらったところで、ステラは固まった。


「あっ、聖女様。どうぞ、陛下の前におかけくださいっす」


軽い口調で近衛騎士が椅子を勧めてくれる。それは良いのだが、ステラに用意された席のテーブルをはさんだ向かい側では、アレクサンダーが猿轡をされ縄でぐるぐる巻きに椅子へ縛り付けられていた。


「……新手のプレイ?」


「いやいや違うんすよ、自分、至ってまともな性癖っす。かわいい彼女もいるっす。今朝陛下が起きた瞬間、『聖女様になんて無礼を死んでお詫びするしかない!!!』って絶叫しながら飛び降りを決行しようとしたんで、とっ捕まえておきました」


「それはなんというか……朝からお疲れさまでした。でもこれじゃぁお話しできないので、拘束を外してあげてください」


「わかったっす!陛下、今から拘束は解くけど、これ以上往生際の悪い真似はやめるっすよ?」


年若い騎士は元気よく返事をして、アレクサンダーの猿轡とロープをほどき始めた。主従というより犯罪者と取調官の光景である。


アレクサンダーの身を自由にしてやると、騎士と侍女は気を利かせて部屋を出て行った。扉の前に人の気配はあるが、話の内容まではわからないだろう。


「おはようございます、陛下。ご多忙のところ時間をとっていただきありがとうございます」


令嬢教育では身分が上の人に自分から話しかけてはならないと習ったけど、不敬なんて昨日の今日で今更である。ステラは椅子の上で放心しているアレクサンダーから言葉をかけてもらうことを早々に諦めて、挨拶の言葉を口にした。


「おはようございます、聖女様。……昨日は醜態をさらしてしまい申し訳ありませんでした。婚姻無効についての話し合いですね?」


咄嗟に挨拶を返したことで、アレクサンダーも我に返ったらしい。居心地悪そうな国王様に、ステラは笑みを深めた。


「それもありますけど、久々の再会なのですから、近況でもお話しませんか?」


「……聖女様は、僕のことを覚えてくださったのですか?貴女が救った大勢のうちの一人にすぎないのに」


「当たり前です。私、そんなに薄情な人間に見えますか?」


「とんでもない!聖女様ほど高潔で情に篤く、努力家で勇敢な女性を僕は他に知りません!あなた様は僕の大恩人であり何よりも優先されるべき女神です」


字面だけ見れば嫌味かと思うほどに大仰で、しかし一歩間違えれば狂信者じみた真剣な眼差しがアレクサンダーの本心であることを物語っていた。だからこそ、ステラの表情がわずかに曇る。


「大恩があるのは、私のほうではないのですか」


「……え?」


「陛下。五年前、戦場であなたとお別れしてから今まで私は、とても幸福に暮らしてきました」


十五歳で故郷に戻ったステラは、男爵家の養女となって新しい家族と生みの両親に慈しまれた。男爵家の一人息子だった兄は物静かで親切な青年で、ステラによくしてくれた。


男爵家の館がある街には立派な教会が建設され、穏やかなお爺ちゃん神父の元で人々を癒したり、豊穣の力で畑を実らせたり、戦災孤児の子供たちを面倒見たり、辺境伯家の魔物退治に同行したり、大変なこともあるけれど充実した聖女活動の日々。


十八歳の成人のころ、兄の結婚を機に家を出て教会に住み込むことにしたが、これも自ら希望してのこと。兄と血のつながらない義妹が家にいるなど、義姉にとって穏やかではなかろうと考えたのだ。


しかし、隣の領地である子爵家から嫁いできた義姉は男爵家へ顔を出すステラに嫌な顔もせず、本当の妹のようにかわいがってくれる。


夢みたいに幸せで、優しい日々。


「でもね、これって、おかしいのです。男爵家は本来、そこまで裕福な家ではないのですから。領主の館より立派な教会を建てるのはもちろんのこと、使用人の知識がなかった両親を雇うことすら、苦しかったはず」


戦争が終わったおかげ、悪王が倒れたおかげ、裕福な家から嫁いできた義姉のおかげ。当時養父母がステラに語った理由も、全部が噓というわけではないのだろう。だが、それにしたってここ数年の男爵家は本来の財力を大きく逸脱していた。


「だから昨日、男爵家への出資元を調べてみたんです。図書館で資料を調べて、お父様に裏付けも取りました」


ステラの宣言を聞いたアレクサンダーの顔色は、もはや死刑宣告を受けた囚人のようだ。


「……陛下ですよね?辺境伯閣下を通じて私を男爵家の養女にしたのも、お父ちゃんとお母ちゃんを男爵家に雇用させたのも。教会の建設費や運営費を出したのも、中央教会がまともだったころの司教様を新しい教会の神父に任命したのも」


「こ、公費には一切手を出していません!」


「当たり前です」


言い訳のように叫んだアレクサンダーの言葉を、ステラはぴしゃりと一刀両断した。


「私がこの五年間享受してきた幸福は、すべて陛下のご采配だったのですね。本当に、ありがとうございます。今まで何も知らなくて、ごめんなさい。……でも、恩知らずな言葉を言わせていただきますけれど。陛下が自由にできる財産を全て辺境の男爵家につぎ込むだなんて、あなたは一体何を考えておられるのですか」


「推しに貢ぐのはファンの務めです!!!」


清々しいほど真っすぐな目で断言されて、ステラは頭を抱えた。それを見たアレクサンダーが怯む。


「……その、申し訳ありません。気持ち、悪いですよね。もっと巧妙に隠すべきでした」


「反省してほしいのはそこではありません。……陛下は私の幸せを考えてくださいますが、私だって陛下には幸せになってほしいです」


それを聞いたアレクサンダーはきょとんとした顔でステラを見つめた後、諦観に満ちた苦笑を浮かべた。


「お言葉を返すようですが、聖女様。僕のような者に、幸せを得る資格はございません」


「陛下ほど国のために尽くしてきた方が?」


公爵家の養女だったステラは先王時代の王都を知っている。路上には病人か死体が転がり、無法者ばかりが横行し、店も家も固く閉ざされていた。誰もが絶望を抱えて生きていた時代だった。


それが昨日見回った王城は人々の活気と笑顔に溢れ、夕暮れ時の城下は女の一人歩きができるほど治安が回復していた。


十代の少年がたった五年でここまで国を立て直すのに、どれほどの苦労があったことか。


目の前の彼が幸せになってはいけないだなんて、それこそ馬鹿げた話だ。そう力説するステラに、アレクサンダーは褒められて照れるでもなく、むしろ困惑を強めた様子だった。


「僕は、父王を倒した後はやるべきこともやりたいことも何もわからなくて。ましてや国のため、民のために何かを成そうと思ったわけではないのです」


「陛下の功績は、十分名君と言っていいように思いますけれど」


「だとしたらそれは、聖女様のおかげです」


そう言って、アレクサンダーは目を伏せた。




 妾腹の第二王子として生まれたアレクサンダーは、城では要らぬものだった。


早世した母は下級貴族出身の上、実家も父王によって取り潰し済み。


側室だった母は父王の寵愛を得ていたという噂を耳にしたこともあったけれど、実際に父ギデオンから向けられる視線は冷ややかで無関心そのものだった。


母フィオナの死はアレクサンダーの誕生がきっかけだったから、ギデオンはアレクサンダーを憎んでいたのかもしれない。


そんな王子に侍る旨味はないとばかりに、臣下たちはアレクサンダーを蔑ろにした。


正室腹の異母兄に至っては、取り巻きの貴族令息を従え異母弟を痛めつけた。


図書館にかくまってくれる祖父と、時々城へやってきてこっそり体術や剣術を教えてくれた辺境伯がいなければ、アレクサンダーは早々に命を落としていたことだろう。



 十歳の時、しぶとく生き残るアレクサンダーにしびれを切らしたか、毒を盛られる事件があった。


王族の嗜みとして少量の毒を日常的に摂取して体に慣らしていたから、最終的には一命をとりとめ後遺症もなかったが、回復するまでは長く苦しんだ。


回復した後、毒殺未遂事件の犯人は第一王子の一派であると聞かされた。それを聞いて、アレクサンダーは不謹慎ながら、少しだけ期待した。


母が第一王子の母である正妃に殺された時、ギデオンはひどく怒り狂ったという。


同じようにギデオンは異母兄を叱ってくれるのではないか。少しくらいは、父に愛されているのではないか。


そんな期待を打ち砕くように、隙を見せた自分が悪いとばかりに、ギデオンは十一歳になったばかりのアレクサンダーに戦場行きを命じた。


レオナルドがあんまりだと言って抗議しようとしてくれたが、唯一の味方を失いたくなかったアレクサンダーは祖父を止めておとなしく戦線へ出ることにした。



 アレクサンダーが派遣されたのは隣国との戦の最前線だった。


補給はめったになく、士気は最悪。兵士はごろつき崩れで、一応上官としてやってきたアレクサンダーの言うことなどちっとも聞かない。


重要な拠点だというのに勝つ気があるのか父親を問い詰めたいくらいひどい有様だ。


そんなある日、薬の代わりとして一人の少女が「補給」されるという連絡が入った。なんでも、癒しの聖女を自称していた公爵家の娘らしい。


(癒しの力はまがい物という話だけど、こんな不潔な戦線に公爵令嬢を送ってくるなんて……!)


苛立ち紛れに本国からの補給が入る馬場へと急げば、荷馬車から少女が降ろされ、天幕に引きずられていくところだった。引きずっているのは、軍の中でも特に素行の悪い兵士たちだ。口々に罵声を上げる兵士に対して、少女は人形のように無反応だった。


(まずい!)


「何をしているのですか?」


急いで天幕に飛び込み咎めれば、大柄な兵士が少女を組み伏せる寸前のことだった。


卑劣な兵士たちに対して侮蔑の念が沸き上がるが、ただでさえ少ない戦力を減らしてしまうわけにもいかない。とりあえず一発殴られておけば、貴人に手を挙げたことに勝手におびえて逃げていくだろう。


少女をかばい、実際アレクサンダーの思惑通りに事が進んだ。殴られた頬と、親に見捨てられたガキという兵士の捨て台詞に泣きたい気がしたけれど、こんなのはいつものことだ。


振り返って見下ろせば、うつろな目をした少女が倒れている。年のころはアレクサンダーより二つか三つ年上だろうか、襤褸のワンピースを纏ってはいるが、亜麻色の髪の可憐な少女だった。


「怖がらせてごめんなさい、聖女様」


我に返った公爵令嬢が癇癪を起こしたら厄介だな、と少女の傍らに膝をついてできるだけ丁寧に声をかければ、彼女はゆっくりとアレクサンダーの頬に手を伸ばした。殴られたところを叩かれるのだろうか、と身をすくませるが、恐れていた衝撃はやってこない。


アレクサンダーの知らない母親のぬくもりとはこういうものではないか、と思わせるような暖かな光が頬を包み込むと、殴られた場所の痛みがすっと引いていった。


「あ……痛く、ない……?ありがとうございます、聖女様」


癒しの力は紛い物だったのではないのかと内心の驚きを隠してにこにこして見せれば、少女はステラと名乗った。なんとなく、王子だと名乗って距離を取られるのが嫌で愛称を告げると、ステラは先ほどまでの虚ろな表情が嘘のように金色に近い蜜色の瞳を輝かせた。


「決めた!助けてくれたお礼に、アレク君のことは、おねーさんが絶対に守るからね!」


今まで祖父以外には向けられたことのない、真っ向からの親愛のまなざし。一等星のように美しい瞳の輝きに、アレクサンダーは目が離せなくなった。


アレクサンダーがぼけっと見とれている間にもステラはくるくると表情を変えながら、己の身に起こったことを教えてくれた。


生まれは公爵令嬢などではないこと。


優しい両親のもとで幸せに暮らしていたのに、誘拐同然で公爵家の養女にさせられたこと。


辛いことが重なって治癒の力を失うと、ゴミのように戦線へ捨てられたこと。


話を聞いているうちに、ぷんぷんしているステラよりもアレクサンダーのほうが忌々しい気分になってきた。


(こんなに優しくてきれいで可愛らしくて宝物みたいな人を浚って利用して捨てるだなんて、この話が本当なら公爵家、潰そう。うん、そうしよう、生きていることを後悔するまで捩じり潰そう)


とはいえ相手は公爵家、裏付けは必要である。アレクサンダーはその晩、魔法で鳥文を作って祖父に調査を依頼した。図書館で祖父に学問を教わった時、二人で開発した情報伝達用の魔法の鳥だ。


数日後、レオナルドからの返事でステラの話がむしろマイルドだったことが判明する。


ステラの父親が娘の前で腕を切られた話をはじめ、伯爵家の婚約者や公爵家の面々の悪行を余すところなくアレクサンダーが知った時。公爵家がステラを虐げた使用人から寄子に至るまで地獄を見ることが決定した瞬間だった。



 アレクサンダーに恩を感じているのか、ステラはなにかと気遣ってくれた。


僅かな休憩時間には、貴重な食料をほかの兵士に奪われないよう二人して物陰に隠れ、いろんな話をしたものだった。


当時のアレクサンダーは、毒殺されかけたトラウマからどうしても食が細くなりがちだった。それを見咎めたステラが、食べていたリンゴを押しやってくる。


「ほらアレク君、好き嫌いしないでちゃんと食べて。さっきくすねてきたリンゴ、分けてあげるから」


こちらに気を遣わせないように、これで共犯ね、と笑うステラは今まで見てきたどんな令嬢よりも可愛らしくて、アレクサンダーはどぎまぎした。


(というか、これって間接キ……)


いや、これはそういうのじゃなくて、優しいステラが分けてくれたものを粗末にするわけにはいかないし、もごもご言い訳しながらリンゴを齧る自分はたぶん真っ赤になっていたと思う。ステラが与えてくれたものだけは、恐れず口にすることができた。


ステラがアレクサンダーにとって一等特別で大切な女の子になるのは、当然のことだった。



 戦地で戦い、ステラの敵を排除する他にも、アレクサンダーにはやるべきことがたくさんあった。


(ステラは、こんなところにいちゃいけない人だ)


治癒以外にも炊事や洗濯に精を出し、戦えないなりに一生懸命役に立とうとしているステラ。生き生きと拠点を駆け回る姿が、本来の彼女の姿なのだろう。ならば、彼女が笑顔を振りまく場所は血なまぐさい戦場などではなく、この世で最も安全で優しい、幸せな場所であるべきだ。


「おとうちゃん、おかあちゃん……!」


昼間はめまぐるしく働いていても、夜になれば薄い天幕の布越しにステラが魘されていると知っている。彼女を生みの両親のもとに返し、二度とその生活が脅かされないようにする事がアレクサンダーの至上命題になった。


幸い、彼女の故郷の領主は武術の師匠である辺境伯の寄子だ。アレクサンダーは腐っても王子、今まで使わなかったものも含めれば私的に使える予算もある。資金を辺境伯に提供し、ステラの両親の保護を依頼するところまでは順調だった。


難航したのはむしろ、ステラの安全確保のほうだ。


「お願いですからステラは後方支援に徹してください」


「絶対に嫌。アレク君が怪我した時に私がそばにいなくて手遅れになったらどうするの」


アレクサンダーは名目上の指揮官ではあるが、兵士たちは誰も言うことを聞かないので、武功を立てるには最前線で戦うしかない。斬撃と弓矢が飛び交うその戦場に、ステラがついてくるのだ。


「結界の力も上手に使えるようになってきたし、私のことは守らなくて大丈夫」


日に日に聖女の力を向上させていくステラは治癒や豊穣の力のみならず、数人だけならまとめて守る結界の力まで習得していた。魔物特攻の攻撃力である破魔の力も、本人の感覚では上がっているらしい。


「お願い、もう大事な人がいなくなるのは嫌だよ……!」


そんな風に言われては、アレクサンダーはステラを拒否することなどできなかった。破魔の力は人間に効果はないので攻撃手段こそ持たないが、ステラは回復に防御にと、足手まといどころか戦線になくてはならない人になっていた。


(聖女の力、四つすべてを使いこなすなんて大聖女の御業じゃないか)


四つの固有能力を一定以上使いこなす女性は、教会に大聖女と認定される。絶大な破魔の力を誇ったという祖母ヴィクトリアすら、治癒や豊穣の力はお粗末なもので、大聖女の拝命はかなわなかった。


それなのにステラが大聖女と認定されてしまったら、生きてこの戦いに勝ち抜いたとしても、王国上層部は今度こそ彼女を取り込んで搾取の限りを尽くすだろう。


(そんなことはさせない)


平和を望むステラに理想の世界を捧げるにはどうすれば良いか。答えは簡単に出た。


(戦を望んだのは国王だ。……父上を、殺さなければならない)


もちろん王一人を殺せば戦争が終わるほど単純ではないが、王を生かしたまま戦争を終わらせることも不可能だ。戦争に加担する異母兄や臣下たちも滅して、自分が王位に就くのが終戦への最低条件。思いつくのは簡単でも、実行するには極めて困難な道のりだった。


それでもアレクサンダーは諦めなかった。戦場で敵将を一人、また一人と屠る傍ら、魔法の鳥文を使って本国を探る。


その過程でアレクサンダーは、レオナルドが辺境伯へ送った鳥文の一つを誤って呼び寄せ、中身を見てしまった。


レオナルドが迂闊だったわけではない。鳥文には辺境伯しか読めないよう厳重に封印が成されていて、魔法の共同開発者であるアレクサンダーでなければ覗き見はできなかっただろう。


鳥文の内容から、祖父が新年の神事で佞臣たちもろとも国王と王太子を焼き殺すつもりであることを知った。


(そんな恐ろしいことを実行すれば、お爺様は処刑されてしまう)


だが同時に、この計画はチャンスでもあった。何事もなかったように鳥文を辺境伯に送りなおして、アレクサンダーは考えた。


実行犯がアレクサンダーならば、唯一の直系王族を処刑するわけにはいかない。親殺し、兄殺しの誹りと引き換えに、当初の目的だった政権奪取も叶うだろう。


新年まで、もう時間がなかった。アレクサンダーは隣国との戦いにめどをつけるべく、鬼神のように戦った。


(早く、早く、降伏してくれ)


祈るように敵の首を刎ねる。このころには兵士たちもアレクサンダーを英雄視して従うようになっていたけれど、魔法で強化した身体能力にものを言わせて最前線で戦い続けた。


「悪魔だ」


どんな攻撃を浴びても意に介さず敵に突っ込むアレクサンダーを見てつぶやいたのは敵兵だったか、それとも味方の誰かだったか。本当にその通りだと、アレクサンダー自身も思う。傍らで治癒や結界の力を奮うステラだけが傍にいてくれたけれども、両手を血で汚すたび彼女との距離は開いていく気がした。



 そうして幾人の将を討ち取ったかわからなくなったころ、隣国は降伏した。誰よりも安堵したのはアレクサンダーだったかもしれない。


「聖女ステラ。ようやく見つけた、守れなくてすまなかった」


しばらくして戦場にステラを訪ねてきたのは、彼女の故郷の領主だった。辺境伯の寄子の男爵で、ステラが公爵家に攫われるときも抗議した人物だと聞いている。だからあまり心配していなかったが、見込んだ通り温厚で誠実そうな人物だった。


「お迎えが来て、よかったですね」


安心してステラを預けられる大人の登場にほっとするアレクサンダーとは反対に、ステラはなぜか困惑気味だった。


「アレク君は、これからどうするの?」


「僕は王都に帰ります。帰って、まだやることがあります」


ステラを男爵に預けただけでは、まだ足りない。諸悪の根源を絶たなければ、彼女の平穏は守れない。


「でも、君ひとりでなんて行かせられないよ、私も一緒に」


「駄目ですよ。ステラが王都へ戻ったら、今度こそ戦の駒として使い潰されます。それにステラはご両親に、僕はお爺さまに、生きてもう一度会う。二人で誓ったでしょう?」


卑怯は承知で彼女の生き別れた両親のことを持ち出せば、ステラは渋々男爵の手を取った。


「アレク君、また会えるよね!?」


きっと自分たちは、もう会わないほうが良い。


「さようなら、ステラ。僕の大切な聖女様」


アレクサンダーは、世界で一番大切な女の子との決別を選んだその足で、急ぎ王都へ戻った。



 民は貧困と病と暴力に怯えているというのに、城内は戦勝と新年を祝う準備に浮かれていた。それでいて、英雄であるアレクサンダーの帰還など祖父以外は喜びもしない。しかし今のアレクサンダーにとっては、それが好都合だった。


その年最後の夜、アレクサンダーは手土産を携えて祖父のいる図書館の館長室を訪れた。


「おお、アレク、よく無事で戻ってきてくれた」


涙ぐみ、震える声でアレクサンダーを抱きしめるレオナルド。孫の帰還を喜んでいるのも本心だろうが、それ以上に、これがアレクサンダーとの最期の時間だと思っているのだろう。


(いつも飄々としているお爺様がそんな風に取り乱すなんて、何かあると白状しているようなものですよ)


祖父の背中を抱き返して、アレクサンダーは苦笑する。そして、抱擁を解くと手土産の瓶から盃へ飲み物を注ぎ、睡眠薬を混入させた。


「隣国の珍しい果物で作ったジュースです。戦勝のお祝いにどうぞ」


「おぬしもいっぱしの口を利くようになったのぉ」


差し出された盃に、レオナルドはすんなり口をつけた。珍しいと前置きしたので、少しばかり味に違和感があっても飲み干してくれるだろう。思った通り、レオナルドは疑う様子もなく杯を傾けていき、ややあって膝をついた。


「アレク……?おぬし、なにを、する気だ……!?」


「大丈夫です。お爺様を、死なせたりはしません」


それを聞いて、レオナルドは計画が孫に漏れたことを悟ったのだろう。かっと目を見開いた。


「いかん、やめるのじゃ、アレクサンダー!おぬしが手を汚すことはない、そんなことは爺ちゃんがやってやる、から……!」


床に倒れたまま必死に孫へ手を伸ばすレオナルドを見下ろして、アレクサンダーは首を横に振った。


「もう遅いのです、お爺様。僕の手は、とっくに汚れてしまっている。たかが数十人増えたところで、変わりませんよ」


努めて何でもないようにそう言って、レオナルドが完全に意識を失ったことを確かめる。ぐったりした祖父を応接セットのソファに寝かせ、館長室を出て外から鍵をかけた。


「……よろしかったのですか、殿下」


横から声をかけてきたのは、作戦の最大の協力者。部屋の外で待機していた辺境伯だった。魔物の軍勢も恐れぬ屈強な武人であり、師としても厳しい彼がアレクサンダーを気遣うように見下ろしている。


「よろしくないと泣いて喚いたところで誰が代わってくれるわけでもないだろう。珍しくつまらないことを聞くね」


「確かに、無益なことを申しました。祖父君に変わってお供いたします」


辺境伯が差し出した剣を受け取り、いつの間にかすっかり人の気配がなくなった廊下を足早に進む。中庭に出ると、神事を執り行うための祭殿が見えた。


本来ならば城から独立した空間で王とその後継者、側近たちが心身を清め、厳かに新年の訪れを女神に感謝する儀式のはずだが、離れていても中でどんちゃん騒ぎをしている様子が聞こえてくる。祭殿の周囲は、クーデターに協力した貴族の配下たちが夜陰に乗じて包囲していた。


「始めよ」


アレクサンダーが剣を抜き放って切っ先を祭殿に向けると、祭殿の扉に頑丈な閂が下ろされ、四方から火が放たれた。木造部分にあらかじめ清酒を染ませていた祭殿は瞬く間に業火に包まれる。


突然の暴挙に中から悲鳴と怒号が響き渡った。ステンドグラスを突き破って逃げ出す者もいたが、酔った上に火のついた装束ではろくに抵抗もできず斬り伏せられていく。


アレクサンダー自身も何人か斬り捨てたところで、轟音を立てて祭殿の扉が焼け落ちた。その奥から、一人の男が姿を現す。


(父上……)


息子と同じ銀髪も、王威を示す毛皮のマントも火に焼かれ、全身火傷に覆われながらも、まるで炎の王のごとき悠然とした歩みでギデオンがやってくる。


父と息子の視線が交わったのは一瞬だった。アレクサンダーは身体強化を用いてギデオンに肉薄すると、突き出された儀礼剣を躱して父親の首を断ち切った。


大柄な体がゆっくりと倒れ、別れた頭部が転がっていく。炎に照らされたその顔は、どこか満足げな笑みを浮かべていた。



 そこから先は、怒涛のように忙しなかった。祭殿で国王と王太子、主だった臣下の絶命は確認できたが、先王派閥の残党はあちらこちらに潜んでいた。葬儀や戴冠式も適当なまま王位に就いたアレクサンダーの最初の仕事は、粛清に次ぐ粛清だ。


国家に仇なした者たちが毎日のように処刑され、これでは恐怖政治を敷いてきた父親と変わらないな、とアレクサンダーは思う。


そんな孫をレオナルドも何かもの言いたげに見つめていたが、結局は新王の相談役として図書館にとどまり続けた。



 当初の目的だった終戦協定の締結も無事に終わり、父親の遺品整理を少しずつ始められるようになったのは、春先のことだった。


王の居室でギデオンの私物を片付けていたアレクサンダーは、引き出しのからくり仕掛けの奥、妙に大切そうにしまわれている小箱を見つけた。


開いてみると指輪が鎮座している。緑色の石はエメラルドだろうか、石を囲う細工はシンプルで、サイズからして女性もののようだ。小ぶりで少々不純物もみられる石といい、国王の持ち物にはそぐわない。


(お婆様のものだろうか?)


一瞬そうも思ったが、伝え聞くヴィクトリアは身の回りに一流のものしか置かなかったという。今手にしている指輪は、王族の身を飾る最高級品とは言い難い。


大体、母親を憎悪していたギデオンがヴィクトリアの私物を取っておくだろうか。考えても仕方ないと、アレクサンダーは小箱を手に図書館へ向かった。王家の目録を見れば、少なくとも王族の持ち物であるかどうかはわかる。


図書館で資料を広げていると、ちょうど館内を巡回していた祖父が声をかけてきた。


「おや。懐かしいものを持っているね、アレク」


「お爺様はこの指輪、ご存じなのですか?」


「うむ。お前のお母さんのものじゃよ」


レオナルドに誘われて、アレクサンダーは館長室へと向かった。部屋に入った祖父は、昼間だというのにカーテンを閉ざしてしまい、魔法で指先に火を灯して指輪に近づけた。


「ごらん」


小さな頼りない光に照らされた宝石は、赤く輝いていた。見つけたときは、確かに緑色の石だったはずだ。


「わぁ……どうして?」


久々に年相応の歓声を上げる孫を、優しい目で見つめる祖父。レオナルドが火を消してカーテンを開けると、指輪の宝石は再び緑色に戻っていた。


「これはアレキサンドライトといって、日光の下では緑に、炎の光で照らすと赤く見える珍しい宝石じゃ。フィオナ妃の実家が隆盛したころの当主が手に入れて以来、代々受け継がれてきた家宝だと聞いておる」


その稀有な性質を聞けば、下級貴族の家宝に値するだろうなと納得できた。


「僕と同じ名前の宝石……?」


「さよう。フィオナ妃がご両親を亡くした時、彼女のものになるはずだった指輪を叔父に横取りされたそうでな。なんの気まぐれか、ギデオンが取り返してやったのだと。その思い出の指輪から息子の名を二人で考えたのだと……お母さんが、嬉しそうに話してくれたよ」


アレキサンドライトの指輪とその名前を持つ息子の存在は、ギデオンとフィオナの絆の証なのだ。そう語るレオナルドを見上げ、アレクサンダーは目を瞬かせた。


大切に保管された、自分の名前と同じ石の指輪。


死に際の満足げな父親の顔。


心温まる話を聞いたはずなのに、胃の奥がひやりとした。


「アレク?」


「なんでもありません、お爺様。お話ありがとうございます」


訝しむ祖父から逃げるように、アレクサンダーは図書館を後にした。


(父上は、母上を……僕のことも、大切に思っていた?)


そう仮定すれば、見えてくるものがある。


戦場での生活は過酷だったが、剣を持つアレクサンダーは強い。命の危険だけなら、城にいた頃より戦場の方がよほど安全だった。


そもそもアレクサンダーに武術を仕込んだのは、辺境伯だ。


平素は辺境での魔物退治にあたる辺境伯が、アレクサンダーに武術の手ほどきができるような頻度で城に用事があったとは考え難い。


上級貴族の辺境伯を頻繁に呼びつけられるとしたら、国王くらいだ。


(毒で苦しんで朦朧としているとき、頭をなでてくれた人がいた。お爺様だと思っていたけれど、お爺様にしてはずっと体が大きかったような気がする)


手が震え、どきどきと心臓が嫌な早鐘を打っていた。


(きっと父上は、母上のことは本当に愛していたんだ)


そうして傍に置いていたフィオナは正妃の悋気から殺されてしまった。


ギデオンは、自分のそばに大切なものを置いていては不幸にすると考えてアレクサンダーを遠ざけたのではないか。


(だって、僕ならそうする。大事なものであるほど遠ざける)


ちょうど、今のアレクサンダーがステラを辺境の果てに遠ざけたように。


(父上は、僕を愛していた……?)


所詮はアレクサンダーの願望かもしれない。ギデオンが死んだ今、確かめる術はない。


(でも、僕の推測がもし当たっていたら)


自分は何か、とんでもない間違いを犯したのではないか。アレクサンダーは自室に逃げ帰ると、指輪を握りしめたまま蹲った。こんなこと、祖父にはとても相談できなかった。


レオナルドは、ギデオンがアレクサンダーを戦場送りにして殺そうとしたと思って国王殺害計画を立てたのだ。その前提が間違っている可能性を知ったら、きっと祖父は死を望みかねないほど後悔する。


(僕は、これからどうしたらいいんだろう……)


戦争は終わり、悪事を働いた悪徳貴族どもの一掃も済んだけれど、圧政に苦しんだ国土は疲弊している。目的を見失い、唯一の味方にも重い秘密を抱え込んだアレクサンダーのもとに、一羽の魔法の鳥文が舞い降りた。


それはアレクサンダーが辺境に放った諜報員からの報告書だった。男爵家の養女になったステラがひどい扱いを受けていないかと調べさせたものだったが、杞憂なようだ。


生みの両親との再会や、新しい家族となった男爵夫妻、嫡男やその婚約者にまで可愛がられている様子、治癒や豊穣の力を使って地元民から聖女様と親しまれている報告を見て、アレクサンダーの口元がほころぶ。


(そうだ。ステラなら、どうするだろう)


荒れ果てた国土や貧しさと飢えに苦しむ民を見れば、彼女はきっと心を痛めるだろう。そして一人でも多くの人を救うために奔走するはずだ。


(ステラの望んだ国を作ろう。豊かで、ステラが幸福に生きられる平和な国にしよう)


自分を愛しているかもしれない父親を殺めてまで王座を手に入れたのだから、当然の義務であり償いだ。


アレクサンダーはすぐさま行動を開始した。


自ら城下に降り、時には転移の魔道具を使って地方を見て回り、何が足りないのか、何をするべきか組み立てていく。


国庫を開放し、農地を再生し、治安の回復に努めた。


老人から戦災孤児に至るまで最低限の衣食住を整え、生き残った民を保護すると同時に教育も行い、見どころがあるものは平民であっても登用して人手不足を解消する。


すべてが順調にいったわけではない。


むしろ、問題ばかりがあとからあとから湧いてきたけれど、アレクサンダーはへこたれなかった。


(だって、ステラなら民を見捨てたりしない)


降りかかる困難の一つ一つをがむしゃらに片づけているうちに、気が付けばアレクサンダーは希代の名君と呼ばれるようになっていた。




 「ですから、聖女様。僕はあなたならこうするだろうと思って国家を運営してきただけで、民に対する慈悲の心から行動したわけではないのです」


軽く自分の近況を交えながら話を締めくくったアレクサンダーは、怒られるのを待つ子供のようにステラの様子を窺った。ステラは蜜色の瞳を怒りに輝かせて、虚空をにらみつけている。


「私には、わかりません。今の話のどこに、陛下が幸せになってはいけない理由があったのか」


「えっと、ですから僕の手はたくさんの人の血で汚れていて、僕を大切にしていたかもしれない父を殺して王座に就いた、罪人で……」


「陛下が手を下さなければもっと多くの血が流れたでしょう。私の手だって多くの魔物の命を屠ってきました。どこが違うのです?」


今では破魔の力を十全に扱うことができるステラは度々辺境伯家の魔物討伐に同行し、治癒や結界だけではなく幾多の魔物を倒してきた。魔物からすれば極悪人だ。


「それに先王陛下が貴方を大切に思っていたなら、自分で幕を引くべきだったんです。父親や息子任せにして、死ぬときは満足げだなんて、そんなの立派なお父ちゃんのやることじゃありません!」


ふん!と荒々しい鼻息と共にギデオンを一刀両断したステラは、二人の間にあるテーブルの上へ紙きれを置いた。


「結婚証明書……お爺様……!?」


書類を目にした瞬間、この結婚がレオナルドの仕組んだ茶番であると理解したアレクサンダーは、祖父への怒りと困惑で頭を抱えた。それから恭しく結婚証明書を手に取り、真っ二つに引き裂く。


「祖父の冗談に付き合わせて申し訳ありませんでした、聖女様。これで無事に我々の婚姻は白紙に返りました」


とにかくステラを解放できたことに胸をなでおろすアレクサンダーとは対照的に、ステラは目を見開いた。


「本当に、躊躇いなく破り捨てたね。教会に提出するかどうか、聞きもしないで」


「聖女様……?お怒りはごもっともですが、この償いは必ず僕と祖父で……」


地を這うようなステラの声にアレクサンダーは彼女の顔を見て、言葉を失った。


「怒ってる?ええ、怒っていますとも、先王陛下の勝手にも、レオナルド様の茶番にも、君がステラって呼んでくれないことにも怒ってるよ」


怒っていると宣言したステラの瞳からは、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていた。


「でも、一番許せないのは私自身。私、アレク君が一番つらいときに、守られているばかりでそばにいることもできなかった……!それが一番、悔しい」


この世で最も大事な人が泣いている。その涙を見た瞬間、アレクサンダーは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。彼女を苦しませるもの、悲しませるものなど即刻抹殺すべきなのに。


「ス……ステラ、ステラ、泣かないで。僕は、あなたにだけは幸せに笑っていてほしいのです」


情けなく懇願することしかできないアレクサンダーをちらりと見て、ステラは涙をぬぐった。


「だったら、そばにいさせてよ。別にお嫁さんにしてなんて言わない。中央教会の聖職者でも、お城の下働きでも、なんでもいい。君が困った時に助けられる場所にいさせてよ……!」


悲痛な声で訴えて、ステラは自分の胸元にかかっているペンダントを握りこんだ。泉の女神の紋章が刻まれた黄金のペンダントは、四つの力を扱うことができる大聖女の証だ。


「私だって、人助けをしたいってきれいな気持ちだけで聖女をやってこれたわけじゃないよ。大聖女になれば、いつか君に会える、役に立てると思ったから、苦手な結界や破魔の訓練を続けただけで。そんな私欲で動いたのがいけなかったの?」


ステラは胸元のペンダントを外して、破かれた結婚証明書の上にたたきつけようとした。


「君の役に立てないなら、こんなものいらない!」


「駄目です、ステラ!!!」


ステラが故郷の教会で大聖女を拝命するまでの研鑽を、最大の後援者であるアレクサンダーは知っている。


(それが、僕のためだった……?)


ステラの幸せは、故郷にあるのだと思っていた。彼女に自由に生きてほしいと願いながら、いつの間にかステラの幸せを決めつけていた自分に気が付いて、アレクサンダーは愕然とする。


すんでのところでテーブルにたたきつけられるステラの拳を包み込んで庇ったアレクサンダーは、もう片方の手をおずおずと差し出した。


「転移の魔道具を、貸していただけますか?」


涙にぬれた蜜色の瞳が不安そうに揺れる。


「大丈夫。もう、逃げたりしません」


その言葉に後押しされるようにステラはポケットに手を入れ、三日前にアレクサンダーが渡した魔道具の小箱を取り出した。


「ありがとう。すぐ戻ります」


アレクサンダーは転移の魔法を作動させると、王の私室に移動した。机の引き出しのからくり仕掛けから目的のものをひっつかみ、ステラの傍に舞い戻る。


テーブルを挟んだ向かいの席ではなく、自分の傍らに現れたアレクサンダーを見上げて、ステラは驚きに目をぱちくりさせた。そんな彼女のもとに跪いて、自室から持ってきた小箱を握りしめるアレクサンダー。


「ステラ・キャロル男爵令嬢。あの戦場でお会いした時から、あなたは僕の光でした」


アレクサンダーはステラについて語るとき、どんな美辞麗句を並べ立てても彼女のすばらしさを表現するには足りないと思っている。


けれども上辺だけ飾った言葉を重ねたところでかえって嘘くさくなるのは学習したから、決意を込めて本題に入った。


「……正直なところ、今でもあなたは僕なんかにはもったいない人だと、思っています。


でもそれは、あなたを傷つけて、泣かせてまで貫くようなものじゃなかった」


「アレク君……?」


アレクサンダーの本気を感じ取ったステラが、固唾をのむ。アレクサンダーも緊張で汗ばむ手を握りなおして、両親の形見を差し出した。


「ご実家にいればしなくてよい苦労を、させてしまうこともあると思います。それでも、僕のそばにあることがあなたの幸せだと言ってくださるなら。


あなたを愛しています。どうか、僕と結婚していただけますか?」


ステラは差し出されたアレキサンドライトの指輪を、まじまじと見つめた。


「これ、さっきの話にあった、アレク君のお母様の指輪……?」


アレクサンダーの顔と指輪を交互に見つめるステラの瞳から、再び涙が零れ落ちた。またも泣かせてしまったことに焦り冷や汗をかくアレクサンダーの顔に、亜麻色の髪がかかった。


「私も君が大好き。喜んで、お受けします」


そうして、感極まったように抱き着いてきた愛しい人を、彼はそっと受け止めたのだった。




 「ねぇお母様、それからどうなったの?」


数年後の、昼下がり。城の中庭で、亜麻色の髪に空色の瞳をした可憐な少女が母親にお話の続きをねだっていた。


大聖女であり国王の妃でもある女性は、自分譲りの娘の髪をやさしくなでてふふんと微笑んだ。その指には、王妃の持ち物にしては質素にも見える緑の石の指輪がはめられている。


「あなたも知っての通りよ。平民出身の新妻聖女に向かって「貴女に愛されるつもりはありません」と宣言した王の末路は……愛する奥さんと子供たちと一緒に、幸せに暮らしましたとさ」

今更過ぎるんだけどこの二人、別に将来の約束とか婚約とかしていたわけじゃないのに元サヤタグは正しいのだろうか……。

元サヤ要素のある作品の感想欄でたまに「こんなクズ男が作者さんの好みなんですかね?」みたいな嫌味を見かけるんですけど。

なに?小説って作者の願望しか書いちゃいけないの?

そんなこと言いだしたらミステリー作家なんて殺人願望持ちの犯罪者予備軍じゃないですか。

実際、自分はアレクみたいな面倒くさい男、嫌ですよ(ぶっちゃけた)

まぁ、だからね。自分の思っていたのと違う展開になってイラっとしたり悲しかったりする気持ちもわかるけどね。

それを作者さんにぶつけるのは違うんじゃないかな。

というわけで当作品が気に食わなくても石投げないでお願い。

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