0日目をやり直しましょう
結婚式の日は新しい夫婦を祝福するような秋晴れだった。
「あらあらまぁまぁ!なんてきれいな花嫁さんなのかしら!」
花嫁の控室にて、キャロル男爵夫人は丸い頬を桃色に染めて歓声を上げた。
「ありがとう、お母様」
純白の花嫁衣裳を身に着けたステラが恥じらうように微笑む。
控えめなステラの好みと、花嫁を飾りたいアレクサンダー筆頭とする城の一員が慎重に協議を重ねた結果、王妃に相応しい華やかさと格式に、聖女らしい清楚さを兼ね備えたデザインに落ち着いた。
そこに天窓から柔らかな陽光が降り注ぎ、ステラの髪も瞳も黄金色に輝いて、男爵夫人が感激するのも無理はない神々しさすらあった。
「さぁ、最後のお支度をするわ。少しかがんでくれるかしら」
花嫁の最後の支度は母親の仕事だ。男爵夫人に促されたステラは膝を折り、百合と雪の結晶を模った金剛石と銀細工の首飾りをつけてもらった。
「本当は、お母様にさせてあげたかったのだけれど」
産後間もないため領地にいる実母に対して申し訳なさそうな男爵夫人に、ステラは小さく首を横に振る。
「お母ちゃんに無理をさせるわけにはいきませんから。家に帰ったら今日のこと、お母ちゃんやお義姉様にきっと伝えてくださいね」
「もちろんよ、任せてちょうだい。特等席で目に焼き付けておくわ。……できたわ、行きましょう」
夫人と共に控室を出ると、キャロル家の父と兄、実父と側仕えたちが笑顔で待っていた。みんな口々に花嫁を褒めたたえる中、まずは男爵が進み出る。
「あの時守れなかった小さな女の子がこんなにも立派になってくれたこと、養父として誇りに思うよ。結婚おめでとう、ステラ」
「お父様……ありがとうございます。キャロル家の皆様が第二の家族になってくださって、私のほうこそ光栄でした」
涙ぐむ父と妹の姿に、男爵令息が「今から涙していたら持たないよ」と苦笑しているが、そう言って笑う自分の目も薄っすら光っている。
彼はそれを誤魔化すように後ろに下がると、隅で遠慮するように控えていたステラの実父の背を押した。
「ステラに一言かけてくるといい。今日のあなたは我が家の執事見習いではなく、花嫁の父なのだから」
若様、と恐縮したようにつぶやいて頭を下げた後、実父はステラの前に出た。
「本当に大きくなったな、ステラ。私たち夫婦のもとに生まれてきてくれて、ありがとう。結婚しても、何があっても、お前は私たちの娘だ。それだけは忘れずに、幸せにおなり」
「うんっ……!お父ちゃんたちも、体、大事にしてね。時々、アレク君と遊びに行くからね」
楽しみにしているよと父が答えた時、祭殿の鐘が鳴った。
「名残惜しいけれど、そろそろお時間ですよ。さぁみんな、並んで」
男爵夫人がステラの目元を拭って化粧を直してやると、一同を促した。キャロル男爵を先頭に王城の広い回廊を進めば、反対側からレオナルドに先導された花婿がやってくる。
レオナルドと男爵が儀礼的な挨拶を交わした後、新郎新婦が対面する。ステラのドレスに合わせた白の礼装を纏ったアレクサンダーは、蕩けるような笑みを浮かべた。
「ステラ……とても、きれいだ。まいったな、あなたを褒める言葉をいろいろ考えていたはずなのに、きれいだって言葉しか浮かばないや」
語彙力の乏しさを恥じ入るアレクサンダーだが、目も合わせてくれなかった去年の結婚式もどきに比べれば大きな進歩である。
「あなたもとっても格好いいわ、アレク君。それと、十八歳のお誕生日おめでとう」
生まれた日を祝ってもらった経験自体が少ないアレクサンダーは驚いたように目を見張ると、嬉しそうに破顔した。
「ありがとうございます、ステラ。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
アレクサンダーの差し出した腕にステラが手を添えると、レオナルドの先導で一同は祭殿のある中庭へと向かった。
中庭には、一昨年再建された祭殿まで続く青地の毛氈が敷かれている。その上を渡って入口にたどり着くと、神官たちが恭しく扉を開いた。
ステンドグラスの光が差し込む祭殿の奥には泉の女神の像が安置された祭壇があり、本日の結婚の儀式を執り行う中央教会の司祭が畏まっていた。
左右を見ればずらりと並ぶ長椅子に、国内の主要な貴族家の当主や重鎮たちが着席している。
新郎新婦が祭壇の前に立つとレオナルドはじめとする親族たちは最前列の長椅子に座り、護衛や従者たちも壁際に控えた。
「貴き泉の女神の名のもとに、婚姻の儀式を始める」
ステラとも顔見知りの司祭が、朗々とした声で儀式の始まりを告げた。祭殿に集った人々は、司祭の聖句に耳を傾ける。
と儀式の流れ自体は一年前と変わらない。異なるのは、去年より遥かに多くの人々が見守っていること、儀式の最後に王妃の冠を戴くことだけだ。
厳粛な空気の中で儀式は順調に進み、司祭が女神像の足元に安置されていた宝冠を手に取った。
「ここに女神の寿ぎを受け、新たな夫婦が誕生した。大聖女ステラよ、ここに」
「……はい」
何度も練習した優雅な所作で頭を垂れたステラの頭上に、司祭が冠を乗せる。
代々の王妃に受け継がれてきた重みは、枷のようでもあり、王の隣に立つことを許可する証のようでもあった。
去年は儀式が終わるとステラは客室に案内されたのだが、今回は本物の結婚式である。
むしろここからが本番で、祭殿を辞した新郎新婦は侍女や侍従に身だしなみを整えてもらった後、華やかに装飾された屋根のない馬車に乗り込んだ。
これから馬車は都の大通りを一周し、新たな国王夫妻の姿を民衆にお披露目するのだ。
護衛の騎兵隊を引き連れた馬車が城門の外庭に出ると、既に大勢の人が待ち構えている気配があった。
「王様の本当の結婚式って……凄かったんだねぇ、アレク君」
「その……去年は申し訳ありませんでした」
「あっ、違うの、責めたわけではなくてね!?」
出発前から圧倒されたステラがつい間抜けな感想を漏らすと、隣でアレクサンダーがうなだれる。
「陛下、王妃様、しょぼくれてちゃダメっすよ!優雅さと幸せオーラと何より笑顔が大事っす!」
後ろからお調子者騎士にそう投げかけられて、毒気を抜かれた二人は顔を見合わせた。
「王妃様、だって。いつも聖女様って呼んでいたのに」
「それは、あなたはもう女神に認められた僕の奥さんですから」
照れくさそうに笑いあっていると、高らかなファンファーレとともに城門が開いた。騎兵隊に前後を守られた馬車が大通りを走りだすと、民の歓声が一層大きくなる。
往来に並ぶ人々によって行く先には絶え間なく花弁が撒かれ、「国王陛下万歳」「王妃様、聖女様万歳!」と二人を称え祝福する声があちらこちらから聞こえた。
(これが、アレク君の守ってきた人たち……これからは、私も守るべき人たちなんだ)
ゆっくりと進む馬車の上、ステラは人々に手を振り返しながら感慨にふけった。
結婚披露宴の反省を生かして警備体制を徹底したおかげか襲撃されるようなこともなく、国王夫妻を乗せた馬車は無事に城へ戻っていった。
城へ帰ってきたステラたちは息つく暇もなく、今度は主に国外の賓客をもてなす夜会が待っていた。
控室に戻って夜会用の装束に着替え、今のうちに軽食をつまむと大広間へと向かう。
入場と挨拶が終われば、招待客たちが国王夫妻への接見を求めて集まってきた。
「この度はご結婚おめでとうございます。勇者と聖女の国にふさわしい英明なる国王陛下と麗しき王妃陛下に、心からのお祝いを申し上げます」
初めに祝いの言葉を述べたのは、東の隣国マグノリア魔法王国からの賓客だった。
白髪交じりの紺碧色の髪をきっちりと結い上げ、深い海のような瞳をしたその女性は、レオナルドと同年代のはずだが年を感じさせない覇気がある。
魔王封印の勇者の仲間、魔女マグノリア直系の子孫にして魔法業界の重鎮、クロエ・ローラン女公爵である。
「ご丁寧にありがとう存じます、ローラン公爵」
まずは同性であるステラが対応すると、クロエはにこりと人好きのする笑顔を浮かべた。
「王妃様には初めてお目にかかかります。誰に対しても慈愛深いまことの聖女様だと、わが国でもあなた様は大評判なのですよ。そのうえ想像していた以上にお美しくていらっしゃる。お会いできて光栄ですわ」
「恐縮です……!」
貴婦人というより騎士のごとき凛とした美熟女に褒められ、ステラは思わず頬を染めた。一方その横でアレクサンダーは、
(ローラン家の女当主殿って微妙にウッズワード家のエイダ殿と同類の気がする。ステラは格好いい年上女性に弱いから……あれ、年下男性の僕って本来ステラの好みとは真逆……?)
顔には笑顔を張り付けながらも、驚愕の可能性に気付いて内心穏やかではいられなかった。そんな若き王の動揺に気付いたのか、クロエが揶揄するような視線を向けた。
「これしきの事でうろたえていては愛想を尽かされますよ、陛下?」
「だからといって人の妻を誘惑しないでいただけますか、ローラン殿」
「心外ですわ。わたくし、これでも夫一筋ですのに」
孫のような年の若者を楽しげにからかうクロエだが、ずいぶん昔に亡くした夫とは相思相愛で仲睦まじかったらしい。
マグノリアでは国王をもしのぐ権力を持つ魔法卿の地位についていながら、再婚していないのがその証左であろう。
「あら、旦那様をずっと想っておられるなんて素敵。わたくしたち夫婦もそうありたいわ。ね、フィリップ?」
そばで話を聞いていて感激したように夫へ耳打ちするのは、レガリア騎士王国の新王妃エカテリーナだ。カサンドラの起こした事件に関して遺恨も懸念されていたが、当の本人はステラに対して
「新米王妃同士、仲良くいたしましょうね」
とにこにこしている。
アレクサンダーも王位に就いたばかりのフィリップと当たり障りのない挨拶を交わした後で、さりげなくステラを呼び戻した。
エカテリーナがステラ暗殺未遂の黒幕である可能性がある以上、あまり二人を接触させたくなかったのだ。
折よく今度は他の国の大使が挨拶を求めてきたので、ステラとともにそちらの対応に向かったのだった。
一通り挨拶回りも終わり、楽隊が奏でる音楽に合わせて一曲踊った後、主役の二人はようやく会場を後にすることとなった。
夜会自体はまだまだ続き、多くの来客が社交にいそしんでいるが、一日多忙だった国王夫妻はファースト・ダンス以降、不参加でも大目に見てもらえるというわけだ。
王族のプライベートエリアでアレクサンダーといったん別れたステラは、侍女に先導されて今日から自分の部屋となった王妃の私室に入った。
ようやく人目を気にしなくてもよくなり、王妃の部屋を使う緊張より解放感が勝ってソファに倒れる。夜会では一応晩餐の用意もあったがとても口にする余裕はなかったので、おなかもペコペコだ。
「もうだめ……」
「お疲れさまでした、王妃様。あとはわたくしたちにお任せください」
激戦を勝ち抜いて王妃付きに抜擢された優秀な侍女たちは、ステラのドレスを手際よく脱がせ、食べやすい食事と疲労を軽減するお茶を用意し、主の世話をてきぱきとこなしていく。
ステラは彼女たちにされるがまま、湯殿でピカピカに磨かれた上にマッサージまでしてもらい、夢見心地のまま夜着を着せられ、国王夫妻の寝室まで連れられたところでようやく我に返った。
「それでは王妃様、私どもはこれにて失礼いたします」
「どうか我らがヘタレの陛下をよろしくお願いします」
「頑張ってくださいね、応援していますから!」
寝室を出ていく侍女たちに向かって「頑張るって何を?」と惚けるほどステラとて初心では無い。今更すぎるが気づいてしまった。今夜は初夜というやつであることに。
身に纏っている夜着は決して下品なデザインではないが、びっくりするくらい薄くてひらひらしており、一年前の寝間着とは比べ物にならない。
(ど、どうしよう、今夜のこと、考えてなかったわけじゃないけど緊張してきた……!)
とりあえず肌触りの良いシーツがかけられた広い寝台に寝転がってみるが、入浴中ほとんど寝ていたせいかまったく眠気はやってこない。
(そもそも新婚初夜で旦那様の到着も待たずに寝るのは駄目だ、うん)
そう思いなおして寝台の縁に腰かけた時だった。コンコン、というノックの音にステラは飛び上がった。
「ひゃい!?」
「あ、の……ステラ、僕です。入ってもよろしいですか?」
こちらもどことなく緊張した様子のアレクサンダーの声がした。ステラは侍女たちがお情けで置いて行ったガウンに包まると、「どうぞ」と返事した。
「失礼します」
この寝室は彼のものでもあるはずだが、おずおずとした足取りでアレクサンダーがやってくる。
魔石の明かりが控えめに灯された室内はほの暗かったが、彼が全裸でも半裸でもないことがわかってステラはほっとした。
「今日はお疲れさまでした、ステラ。あの……隣に、座っても?」
「あっ、はい、もちろん!どうぞ!」
「ありがとうございます」
こぶし一つ分の距離を置いて、寝台の縁にステラの旦那様が腰を掛けた。ふわりと香る石鹸のにおいにつられて隣をうかがうと、優しく微笑みかけられ、これ以上激しくなることはないと思っていた心拍数がさらに急上昇する。
「今日はいろいろありましたね」
「うん。でも素敵なお式だったと思う」
「僕もそう思います。みんなに祝福してもらえて、幸せですね」
「うん」
「ステラ、緊張してる?」
「そりゃぁ、ね、するよ、緊張くらい。いやだな、いい年した大人なのに、情けない」
「ステラは情けなくなんかないよ。僕だってもう大人だけど、ほら」
両手で頬を覆っていたステラは、アレクサンダーの胸もとにそっと頭を抱き寄せられた。ガウン越しに早鐘を打つ心音が聞こえてきて、少し肩の力が抜ける。
「本当だ、ドキドキいってるね」
「……どうする?もしも今日は疲れていたり、心の準備が必要だったりしたら、今夜はただ寝るだけでも誰にも文句は言わせな」
「えっ、嫌だ!」
考えるより先に言葉が飛び出したのに、ステラは自分で驚いた。真っ赤になってうつむくステラを、なんだか楽しそうなアレクサンダーが見下ろす。
「何もしないのは嫌なんだ?」
「嫌、ですけど。なぁに、問題でも?」
「いいえ、まさか。ただ、ステラがかわいいなぁと思って」
ステラが恨みがましい目を向けると、それまでにこにこしていたアレクサンダーがふと真剣な顔に戻った。
「僕と結婚してくれてありがとう、ステラ。この世に自分ほど幸せな男はいないって、断言できるよ。こんなに幸せになれるなんて、ほんの一年前まで考えてもみなかった」
宝物に触れるみたいな手つきで持ち上げられた手の指先に、唇が触れた。
「いま改めて、一年前の失言を取り消します。あなたに愛される覚悟ができました。何より、僕がステラを愛しているのです。僕の本当の妻に、なっていただけますか?」
絡む指先にキスを返して、ステラは微笑んだ。
「もちろん。……おいで、アレク」
誘いの言葉に二人の影が重なった。
おいで、なんてお姉さんぶっていられたのは最初のうちだけで、すぐに未知の快楽に翻弄され、ステラは訳も分からず蕩けてしまったけれど。
二人は幸せな夜を過ごした。
勇者と聖女の国スノーレイク神聖王国の歴史書は、のちの世にこう語る。
とある時代、暴君による暗黒時代を終わらせた英雄王がいた。
文武に優れ、王国の先頭に立って民を導いた王の傍らには、いかなる時も慈愛深き聖女の力を持つ妃の姿があった。
一男二女に恵まれた二人はいつまでも仲睦まじく、民草に愛され続けたという。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
実はまだ一つだけ番外編のネタはあるのですが、ひとまず完結とさせていただきます。
大鷲大陸シリーズ自体はまだまだ続きますので、今後もお付き合いいただけると幸いです。
あ、ちなみに次回作の主人公が今回ちらっと顔見せしてます。
ヒントは端役のはずなのにやたら描写が詳しいうえに、ステラの家族を差し置いてフルネームまで出てきたあの人だ!(ほぼ答え)




