1日目
転移の魔道具の効果を、「国内どこでも飛べる」から「使用者が国内で行ったことがある場所に飛べる」へ修正しました。
翌朝、身支度と朝食を終えたステラは暇をもて余していた。身の回りはにこやかで手際のよい侍女たちが世話してくれるし、やるべき仕事もない。侍女たちは、ステラの好きに過ごしてよいと国王から聞いているらしい。
昨晩倒れた国王は無事だと聞いたステラは、実家の男爵家に帰ることにした。
「お母ちゃん、お父ちゃん、ただいまー」
新婚早々帰ってきたステラを見て、出迎えた家政婦と隻腕の庭師は仰天した。
「あれまぁ、結婚式はどうしたんだね、ステラ?」
「まさか結婚が嫌になって途中で引き返してきたのか?旦那様と奥様は?」
疑問を並べる生みの両親に、ステラは肩をすくめてみせる。
「結婚式は一応、ちゃんとやったよ。お父様とお母様は新婚気分を味わいたいから予定通り馬車で帰るって。あっ、これ皆にお土産」
王都で有名な焼き菓子を渡された母親は、若旦那様に知らせて来るわと家の奥へ入っていった。しばらくして、血相を変えた淑女と、その後ろから彼女の夫である男爵家の嫡男がやって来る。
「ステラ!?あなた、何でここに!!?」
「あっ、お義姉様にお兄様。ただいま戻りました。新婚家庭にお邪魔してごめんね、男爵領に戻ったからにはお父ちゃんとお母ちゃんの顔だけ見ておきたくて。すぐ教会に戻るからね」
「それは貴女のご両親なんだからいつでも戻ってくればいいけど、そうじゃなくて!昨日王都で結婚式だったはずの貴女が、馬車でも十日はかる辺境ド田舎の男爵家にどうやって帰ってきたのよ!!!」
説明しなさい!と腕組みする義姉の言葉に、その場にいたステラ以外の三人が大きく頷いた。
ステラはとある辺境の小村で、漁師の娘として生を受けた。貧しいながらも優しい両親の元で育ち、聖女の力を覚醒させたのは十歳のころだ。
スノーレイク神聖王国の国教は、泉の女神を信奉する女神教だ。国土の北端に位置しながら、極寒の冬でも凍らぬ聖なる泉に宿る女神。その加護を受けた女性が聖女である。
聖女の力は大きく分けて、治癒、豊穣、結界、破魔の四つがある。魔力があれば誰でも行使できる魔法と違ってこの四つは聖女特有の能力であり、だからこそ聖女は尊ばれた。
ステラが得意としたのは治癒の力だ。女神に祈れば、病人も怪我人もたちどころに快癒した。
敬虔な女神教の信徒でもあった両親は、女神さまから授かった力を人々の役に立てるようにと娘に教えた。ステラも苦しんでいた人が元気になって「ありがとう」と言ってくれるのが嬉しくて、力を出し惜しみすることはなかった。
朴訥で気のいい村人たちはステラの治癒に感謝し、よく魚や野菜のおすそ分けをしてくれた。両親はそれをまずは娘に食べさせ、余りが出れば村中に分け隔てなく配ったので、一家は妬みを買うこともなかった。
しかしそれは、つかの間の平穏だった。
折しも、王都では先王が悪政を敷いていた頃だった。下級貴族が辺境で細々と治める村だからこそ、中央の暴政とも無関係でいられたのだ。
「力を大っぴらにしてはならない。寄親の辺境伯に相談するから、後ろ盾を得られるまでは娘を隠しなさい。中央貴族に奪われてしまう」
ステラが十三歳になったある日。領主である男爵がやってきて一家に忠告したが、遅かった。時を同じくして中央の公爵家の使いだという兵士が家に押し掛けてきたのだ。
「この家に聖女がいるだろう。差し出せ!」
兵士たちは居丈高に命じた。
「私の庇護する民です!公爵家のお方とはいえあまりにも横暴ではありませんか!」
居合わせた男爵は抗議してくれたが、公爵家の権力と武力の前には無力だった。兵士は男爵を突き飛ばし、抵抗した父の腕を切り落として、ステラの髪を乱暴に掴んだ。
「お許しください!娘を返してください!」
「おかあちゃん、やめて。あたし、……行くよ」
このままではみんな殺されてしまう。そう悟ったステラは、兵士に追いすがる母の胸に飛び込みたいのをこらえて、公爵家の虜囚となったのだった。
王都へ連れてこられたステラは、公爵家の養女にされた。しかし、名目上の家族となったステラに公爵家の人々は冷たく当たった。
「なんと教養のない娘だ」
「汚らわしい平民が、書類上とはいえ娘になるなんて」
「仮にも我が公爵家の名を名乗るのならば、貴族令嬢らしい所作を身に着けるのだ」
「こんな品性のない娘を教育してやるなんて、私たちなんて優しいのかしら!」
善良な領主が治める優しい村で育ったステラにとって、これほど悪意に晒され続けるのは初めてのことだった。
(逆らったら、お父ちゃんとお母ちゃんが殺される……村の人たちや男爵様だって危ないかもしれない……)
そう思えば、本来聖女を保護すべき女神教の教会へ駆け込むことも躊躇われた。
ステラは後に知ったことだが、当時の中央教会は腐敗が蔓延していたから、駆け込んだところで事態が好転する可能性は低かったのだが。
ステラは毎日怯えながら、公爵家の要求する教育や治癒をこなした。
自分の名前を書くことすら覚束ない村娘がいきなり高度な教養を求められて、優秀な成績を残せるはずもなく。教師陣には見下され、治癒を行っても効きが悪い、汚い手で触れられたと文句を言われる。
そのうち、ステラの治癒の力は本当に陰り始めた。というのも、聖女の力は持主の心の在り様を反映するものだからだ。人に対する慈愛の心を持てば治癒や豊穣の力が、他者に対して拒絶の心が強くなれば結界や破魔の力が強くなる、という具合である。
公爵もそれは把握していたので、ステラは物質的には恵まれていた。美食に流行のドレス、宝石をあしらったアクセサリー、そして見目だけは良い婚約者が与えられた。
「チッ、聖女だからっていい気になるなよ。お前みたいな貧相なガキ、公爵閣下の命令でなきゃ婚約者になどなるものか」
公爵家の寄子だという伯爵子息の婚約者は、顔を合わせればステラを罵倒し、これ見よがしに貴族の令嬢を侍らせていた。
「公爵閣下。わたくしは、高価な宝飾品も婚約者も、望んでおりません」
「何っ!これでもまだ足りぬというのか!」
たまりかねてステラが訴えても、公爵はそう言って罵るだけだった。
(隣人を愛せよ、と女神さまの教えにはあるけれど……お父ちゃんたちからの、大事な教えだけども……もう無理、わたし、あの人たちを愛せないよ……!)
そしてついに、ステラは擦り傷すら癒せなくなった。これまで治癒の力を失うことを危惧して暴力だけは振るわなかった公爵は、激高してステラを殴り倒した。
「癒しの聖女などと、よくも私を騙したな!詐欺師め!!強欲で汚らわしい貧民め!!!」
これまでの鬱憤を晴らすように、殴る蹴るの暴行を加える公爵。なまじ幼いころ愛されて育っただけに人間そのものを心から嫌悪することができず、ステラが使える結界や破魔の力は微々たるものだ。ステラは拙い結界でどうにか致命傷だけは免れていた。
「お、役に立てず、申し訳…ありません……」
体中痛くてたまらなかったけれど、これで村に帰れるのではないかという微かな希望もあった。そんな希望を踏み躙るように、公爵は醜悪な笑みを浮かべた。
「貴様はもはや私の養女ではない。婚約も破棄だ。王家にも連なる高貴な私を騙した罰に、戦場送りにしてやろう、偽聖女」
血を見るのが何よりも楽しみだと噂の当時の国王は、周辺国に因縁をつけては戦を仕掛けている、という話はステラも聞いたことがあった。その戦線はろくな補給も受けられず、戦場に送られた者は無駄に命を散らすということも。
(わたし、死んじゃうの……?お父ちゃんにも、お母ちゃんにも会えずに、村のみんなのところに、帰れない……?)
絶望を抱えて呆然とするまま、ステラはとある国境の戦線に放り込まれた。
その頃のステラは無気力で、何を言われても、何をされてもぼうっと立ち尽くしたままだった。肩書だけは聖女という触れ込みの、無力な少女が戦場に送られればどうなるか。
「癒しの聖女?このちっこいのが!!?」
「ふざけんな、飯をよこせ!薬をよこせ!」
「いや、待てよ、本当に俺たちを癒せるのか、試してやろうじゃねぇか……」
終わりの見えない戦いに身も心も疲弊した兵士たちは、その鬱憤を聖女で解消しようとした。敵兵に殺される前に味方の手でステラの命運が尽きようとしていた、その時だ。
「何をしているのですか?」
澱んだその場の空気を切り裂くような、凛とした声が兵士たちを咎めた。
「あん?」
粗末な天幕の中、今にもステラに覆いかぶさろうとしていた兵士が怪訝そうに振り返ると、天幕の入り口に皮鎧を身に着けた少年が立っていた。年のころはステラより二つ三つ年下だろうか、薄汚れていても輝く銀髪に、晴れ渡った空の色の瞳を持つ美しい少年だった。
「その人は、公爵家からの支援で迎えた聖女様です。それでなくてもか弱い女性です。貴方たちが乱暴してよい人ではありません」
そう言いながら果敢に兵士とステラの間に割って入る少年。
「うるせぇガキだな、一人前に騎士サマ気取りかよ!」
兵士が頬を打つと、華奢な少年は無様に尻餅をついた。それでもステラの前から退こうとしない少年を見て、別の兵士がうろたえる。
「お、おい、それ……お貴族様じゃないのか?手を挙げるのは、やばくねぇか?」
その指摘に、兵士は舌打ちして身を翻した。
「クソ、こんなところに送られてきたんだ、どうせ親に見捨てられた没落貴族のガキだろ」
そう言いながらも、逃げるように天幕を出ていく兵士たち。少年はステラを振り返ると、先ほどまでの凛とした表情を一転させて、力なく微笑んだ。
「怖がらせてごめんなさい、聖女様。僕、一応彼らの上官なのに……親に見捨てられたっていうのも、あながち間違いじゃないんです」
まるで泣きたいのをこらえて無理やり笑っているような少年の頬に、ステラはおずおずと手を伸ばした。
(私、何やってるの……?こんな小さな子に、守られて……)
ステラを守ってくれた少年の頬は、痛々しく腫れ上がっていた。この子の痛みを癒したい、ステラが強く願った時だ。見覚えのある光とともに、少年の痣が消えた。
「あ……痛く、ない……?ありがとうございます、聖女様」
にこにこする少年に、ステラは首を振った。
「私、ステラ。聖女なんかじゃないよ。さっきまで癒しの力、使えなかったんだもの。それにお礼を言うのは私の方。助けてくれてありがとう。ええと……」
問うような視線に、少年はほんの僅かに逡巡して名乗った。
「僕は……アレクと、呼んでください。聖女様」
「もう、ステラだってば!決めた!助けてくれたお礼に、アレク君のことは、おねーさんが絶対に守るからね!」
アレク少年の行動は、長らく人の優しさに飢えていたステラの心を満たし、治癒の力を復活させた。と、同時にステラの胸の奥底から湧き上がる思いがある。
――汚らわしい平民
――無能の聖女
公爵家で浴びてきた様々な罵詈雑言、力の搾取に、故郷での仕打ち。
「私、なんであんなこと言われなきゃならなかったの!!悔しい!このまま死ぬなんて、絶対に嫌!」
それに対して、今更ながら怒りが湧いてきた。怒りは、そのまま生き延びる原動力になった。
「絶対に、生きてお父ちゃんとお母ちゃんのところへ帰るんだ!」
「あ、あの、ステラ様……?」
「様もなくていい!公爵家にいた時のこと思い出すから!呼び捨てにして!」
困惑するアレクに、ステラは今まであったことを怒り心頭で語り始めた。決意表明というか愚痴というかアレクにしてみれば若干八つ当たりである。愉快な話では無かろうに、アレクはステラの話をおとなしく聞いてくれていた。
ステラは自分よりもか弱そうなアレクが戦うことに反対だったが、彼は案外戦闘能力の高い少年だった。
高貴な身分の者らしく豊富な魔力を持ち、魔法で身体能力を強化して、刃こぼれした武器で勇者のように敵兵をなぎ倒してゆくのだ。その戦いぶりを目の当たりにしたステラはアレクに聞いてみた。
「アレク君、そんなに強いのに、どうして私を助けてくれた時はあの兵士に殴られたの?」
「彼らも守るべき臣民には違いませんから、簡単に切り捨てるわけにはいきません。僕一人殴られて事が収まるなら、そのほうがいいと思ったのです」
「そんな」
「大丈夫ですよ、彼らは異動になりましたからもう会うこともないでしょう。それにああいうのは、兄やその取り巻きで慣れています」
そんなことに慣れないでほしいのに、ステラは彼の傷を癒してやることしかできない自分の無力が歯がゆかった。
戦いの合間の僅かな休憩時間、戦闘糧食を齧りながら二人はいろんな話をした。ステラが故郷の思い出話を面白おかしく語って聞かせることの方が多かったけれど、アレクもぽつりぽつりと自分のことを話した。
「僕は戦場で死ぬことを期待されているのだと、思います。僕の亡き母は父の妾で、正室腹の兄もいるので……僕が戦場で死ねば、父上は隣国へ本格的に出兵する口実になるから」
「なにそれ腹立つ!アレク君、そんなお父さんの思惑に屈しちゃだめだよ!もう一度会いたい人はいないの?」
「お爺様だけは、優しかったです。僕のこと図書館にかくまってくれて、いろんなことを教えてくれました」
「そっか。私はお父ちゃんたちのところに、アレク君はお爺ちゃんのところに、絶対生きて帰ろうね!」
「……はい」
頷くアレクの手元を見て、ステラは眉をひそめた。先ほどからちっとも食事が進んでいない。
「ほらアレク君、好き嫌いしないでちゃんと食べて。さっきくすねてきたリンゴ、分けてあげるから」
ちょうど半分ほど食べ終わったところだったリンゴをアレクの皿に押し付け、これで共犯ね、とステラは笑う。
アレクは食べかけのリンゴを見て、赤くなって何やらもごもごと言っていた。その様子は年相応の少年で、ステラは切なくなった。
「本当は戦いなんて、なくなるのが一番なんだけどね。私、兵士の人にも隣国の人にも、もう死んでほしくないよ。アレク君が人を殺さなくても、生きられる世の中になるといいな」
そんなステラの願いとは裏腹に、戦いは激しかった。
いつも一緒にいる二人を周囲の兵は冷ややかに見ていたけれど、やがてステラがアレク以外にも治癒の力を行使できるようになってくると風向きが変わり始めた。
ステラに傷を癒してもらった兵士たちの間で、彼女を気にかける者が出てきたのだ。
「兵糧が届かないなら育てればいいと思うんだよ」
ステラが治癒の次に得意な豊穣の力を使えば、戦場の痩せた土地でも多くの作物が実り、兵士たちは歓声を上げた。
感謝されればステラの治癒の力も向上し、兵士の消耗は激減する。
敵味方の死体が散乱する荒涼とした大地、その最前線で果敢に戦う少年と、周囲の人々を鼓舞しどんな傷も癒す少女。
いつしか二人は戦場の英雄に聖女と呼ばれ、兵士たちの希望となった。
そうして絶望的だった戦線を押し返し、アレクは幾多の敵将を討ち取って。
ついに隣国が、降伏した。戦いが終わったのだ。
「聖女ステラ。ようやく見つけた、守れなくてすまなかった」
しばらくして戦場にステラを訪ねてきたのは、意外な人物だった。故郷の領主である。
「男爵様!お父ちゃんとお母ちゃんは、どうなりましたか!?お父ちゃんは無事ですか!?」
「安心しなさい。ご両親は私の家で、庭師と家政婦として働いてもらっている。辺境伯閣下の後ろ盾も得た。君さえよければ、私の養女にならないか?」
南方の国境に位置する魔の森の魔物どもから国土を守護する辺境伯は、国王に対抗できる数少ない貴族だ。男爵が全面的に信頼する、高位貴族には珍しい人格者でもある。
王は性懲りもなく次の戦の準備をしているが、男爵の養女になって辺境伯の庇護に入れば戦場に出る必要はないという。プライベートな空間であれば産みの親を父母と呼ぶことも許されるし、聖女の力も隠さなくて良い。
「お迎えが来て、よかったですね」
いいことだらけの提案にすぐ頷けなかったは、アレクのことが気がかりだったからだ。しかし当のアレクは、男爵の迎えを心から歓迎する笑顔でステラの背中を押した。
「アレク君は、これからどうするの?」
「僕は王都に帰ります。帰って、まだやることがあります」
不仲の父親と異母兄のもとへ帰るアレクの前途が明るいとは、ステラにはとても思えなかった。
「でも、君ひとりでなんて行かせられないよ、私も一緒に」
「駄目ですよ。ステラが王都へ戻ったら、今度こそ戦の駒として使い潰されます。それにステラはご両親に、僕はお爺さまに、生きてもう一度会う。二人で誓ったでしょう?」
別れの時、公爵家の兵士に腕を切り落とされた父親や、泣き崩れた母親のことを思えば、ステラは男爵の手を取るしかなかった。
「アレク君、また会えるよね!?」
「さようなら、ステラ。僕の大切な聖女様」
アレクは永遠のお別れみたいに、儚げな笑顔を浮かべるだけだった。
諸々の手続きを経て男爵家の養女となったステラは、男爵領の教会で聖女として活動する傍ら、何度もアレクに会いに行こうとした。しかし、戦場の英雄となった少年は、実は王子様だった。それもただの王子ではない。
妾腹の第二王子、アレクサンダー。十二歳で父王と異母兄、それに迎合する悪臣らを族滅せしめ王位に就いた彼と、一男爵令嬢の間には、気軽に会うことなど許されない身分の溝ができていた。
「うぇええ゛え゛ぇぇっ、ステラ、つらかったねぇええ゛え!!!」
男爵家の居間にて、ステラは家族とお茶を囲んでかつてアレクサンダーとともに戦った時のことを話した。正確には、男爵家の兄のお嫁さんである義姉に泣かれ、抱きしめられてよしよしされていた。
「あの、お義姉さま。私が戦場にいたの、ご存じでしたよね?」
「しょうがないじゃない、何度聞いても勝手に泣けてくるんだからぁ!!!」
だからといって人の服に涙と鼻水をこぼすのはやめてほしい。ステラが若干うんざりしていると、
「その辺にしておきなさい、ステラが困っている」
兄が義姉にハンカチを差し出して助け舟を出してくれる。幼いころから婚約者同士だった二人は、政略の一面もあったけれど、それ以上に睦まじい夫婦だ。大好きな兄夫婦の様子に、ステラの表情もほころぶ。
兄夫婦だけではない。当時を思い出してしんみりと肩を寄せ合う実の両親も、この場にはいない養父母の男爵夫妻も、とても仲の良い夫婦だ。もしも結婚するなら彼らのようになりたい。みんなステラのあこがれである。
とはいえ、今はステラも貴族令嬢の端くれ。憧れは憧れとして、政略結婚に臨む覚悟は決めていた。
たとえアレクサンダーが自分のことを忘れて冷遇してきたとしても、それこそ「お前を愛することはない」なんて言われたって、聖女として王妃としての責務を全うするつもりだった。そこに、心が伴うかどうかは別として。
しかし王との結婚を命じられたステラを待っていたのは、アレクサンダーからの拒絶じみた崇拝だった。
冷遇されたわけではない。むしろこれ以上ないくらい大切にされた。完全なお客様扱いだった。あんな扱いをされたくてお嫁に行ったのではないのに。
結婚式から初夜に至るまでのいきさつを掻い摘んで話したステラは、小さな木箱を取り出した。あの夜、アレクサンダーから渡された魔道具である。
「今日はこれを使って帰ってきたの」
箱を開けると、中には手のひらサイズの羅針盤の魔道具が入っていた。
「これは……転移の魔道具?」
「そう。それも特級品」
それを聞いて、兄夫婦の顔色が変わった。魔法になじみのない両親はピンと来ていないようなので、ステラが補足する。
「転移の魔道具には瞬間移動の魔法が込められているんだけど、お城や領主のお屋敷みたいな重要施設に入り放題になったら困るでしょう?普通は飛べる場所や距離が厳格に決められているものだけど、これは使用者が行ったことのある場所、国内ならどこでも飛べる規格外品なの」
説明されて、両親も娘が持たされた魔道具の非常識さに思い至ったらしい。父親がおずおずと尋ねる。
「それは……ステラが悪用しようと思えば、いくらでも悪用できてしまうのではないか?返さなくて大丈夫か?」
「今朝、お付きの侍女さんに聞いてみた。陛下は『聖女様が滅ぶべしと思ったのならこの国は滅ぶべきなのでしょう』とか言ってたらしいよ」
いろいろな意味で怖すぎる。ちょっとうちの王様やばくない?大丈夫?みたいな空気の中、ステラはお行儀悪くテーブルに突っ伏した。
「これって、離婚してやるからどこへなりとも行ってしまえ、っていう意味なのかな?この魔道具が、慰謝料変わり、みたいな……」
愛されるつもりはないと宣言されたとき、ステラはとっさにアレクサンダーが可哀そうだと思った。
今や英雄となった国王様ならお嫁さんなんて選び放題なのに、お爺さんに結婚相手を決められて、ああなんてかわいそう。そう自分に言い聞かせた。
「貴族社会に染まって平民が嫌になったとか、他に好きな人がいるとか、そういう理由だったら、ショックだろうけど納得はできたんだよ。あの子は変わっちゃったな、好きな人がいるなら仕方ないね、って」
せっかく再会したというのに、ずっと避けられる視線。
教会関係者を除けば、参加者は男爵家の両親とアレクサンダーの祖父レオナルドのみという結婚式。
兄によると王と聖女の結婚は喧伝されていないらしく、大多数の民は知らないのでは、とのこと。
初夜の寝間着も夜の営みなんてさせる気が皆無のデザインだった。
あの結婚は、急いで取り決められた割にどこまでもちぐはぐだ。まるで、最初から離婚までが既定路線だったかのように。
「じゃぁどうするの?男爵領に戻ってくるなら歓迎するけど、それってなんだかステラらしくないわ」
義姉の問いかけに、ステラはがばっと身を起こした。
「このまま明後日には離婚だなんて、納得できるわけがない!離婚するにしても、どうしてこうなったのかわからないまま終わりたくないよ。私、王様と……アレク君としっかり話し合ってくる!」
「よくぞ言ったわ!それでいてこそ我が義妹よ!初夜に「お前を愛することはない」なんて言う男は三枚におろしてギッタギタにしてやればいいのよ!!!」
「い、いや、アレク君は別にそこまで言ってないよ?」
「似たようなものよ!」
アレクサンダーへの憤りで興奮している義姉をなだめる様に、家政婦をしている実母がぱんぱんと手を打った。
「まぁまぁ、若奥様。おなかがすいていると、収まる怒りも収まりませんよ。ステラも今日はもう遅いし、お夕飯食べて泊まっていったらどうだね?」
「そうする。久々にお母ちゃんの魚の煮込みが食べたいな。手伝うよ。あ、その前にお父ちゃんの腕、診ておくね」
ステラは隻腕の父親に近づくと、肘から先が欠損している腕をとって治癒を始めた。戦場から戻って以来、事あるごとに元に戻らないか試しているのだ。
「……やっぱり腕が生えてきたりはしないかぁ……」
「仕方ない。教会の神父様も、聖女の力は決して万能ではないとおっしゃっていただろう。失ったものを嘆くより、これから大切なものをなくさないように頑張りなさい」
父親は無事な方の手でステラの頭をポンポンと撫でると、庭に出したままの道具を片付けるために出て行った。
とにかく元鞘ものに厳しい印象のなろう界隈だけど、確かに元婚約者の伯爵令息(クソ野郎)とくっつくなら罵倒されても仕方ないけど、アレク君とくっつく分には良くない?だめ?
駄目じゃないよ!という神さま・女神さまはポイント☆5を入れよう!
ふざけんな!っていう過激義姉派も☆1を入れよう!(強欲)