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罪の在処

アレク君、激おこ回です。

自業自得とはいえ女性がひどい目に合う描写&示唆があるので、苦手な方はご注意ください。

 聖女暗殺未遂事件により婚約披露宴が中止になった翌日。スノーレイク神聖王国の王城には朝一でレガリア騎士王国から「詫びの品」が届いた。


「……舐めた真似をしてくれる」


アレクサンダーは騎士王からの書状を握りつぶし、忌々しそうに目の前の生首と、山と積まれた金銀財宝を睨んだ。


首のもとの持ち主はエスペランサ公。カサンドラの父親である。金銀財宝は、披露宴の中止に伴う損害を補って有り余る額だ。


騎士王からの書状には、要約するとこのようなことが書かれていた。


『カサンドラが聖女暗殺未遂などという大罪を犯したこと、寝耳に水で驚いている。


大変遺憾ではあるが、王家は無関係である。


その証拠としてエスペランサ公爵家を取り潰し、一族郎党を処刑した。


実行犯のカサンドラは貴国でどのような刑に科してもらっても構わない。


更にはエスペランサ家から没収した財産を賠償金として支払うので、今回はこれで矛を収めていただきたい』


あまりの白々しさに、アレクサンダーは鼻で笑った。


本当に寝耳に水なら筆頭公爵家の即日処刑など対応が早すぎるし、送りつけてきた賠償金とやらもエスペランサ家から奪ったもので、王家の懐は全く痛んでいない。


そもそもエスペランサは初代騎士王の元の家名で、初代の実弟が継承した由緒正しい公爵家だ。


しかし近年ではその出自に驕り贅沢三昧、王室と対立することも屡々だったらしい。


騎士王はそんなエスペランサ家の排除をすると同時に、スノーレイク王の顔に泥を塗ることが目的だったのだ。


あまりにもふざけた話だが、公爵家当主の首と財宝を受け取っておきながらレガリアへ報復戦争をしかけては、他国から「そこまでしなくとも」という論調が出るだろうし、なによりステラが気に病むだろう。


心情的には賠償の品など突き返してやりたいところだが、ステラが戦争を望まないのなら、もらえるものはもらっておこう。


思考を切り替えたアレクサンダーは、騎士王からの書状に加えてもう一通、女性と思われる手で記された手紙と同封された分厚い封筒に気づいた。


その内容にざっと目を通すと口元に皮肉気な笑みを浮かべ、エスペランサ公爵の頭部を革袋に包ませて下男に持たせた。


「陛下、どちらへ?」


「地下牢へ。感動の父娘の再会をさせてやろうじゃないか」


護衛の騎士を伴って、アレクサンダーはカサンドラを捕らえている城の地下牢へと向かった。




 鎖につながれたカサンドラはうわ言のように男の名前と愛の言葉を繰り返していた。


しかし複数の部下を引き連れ独房に足を踏み入れたアレクサンダーの姿を目にすると、憎しみに満ちた目で睨んでくる。


アレクサンダーは黙って下男から革袋を受け取ると、中身をカサンドラの前に転がした。


べちゃり、と血の尾を引きながら転がった父親の生首を、カサンドラがどうでもよさそうな顔をして目で追う。


「これはあなたの父親だろう?少しは泣いて悼んでやったらどうだ?」


アレクサンダーの皮肉にもカサンドラは睨みつける以外の反応を示さなかった。アレクサンダーはつまらなさそうに鼻を鳴らし、騎士王からの書状を見せつけた。


「今朝、これが騎士王から届いた。エスペランサ家は一族郎党処刑、財産も賠償金として我が国に収められることになったうえ、王はあなたを庇うそぶりもない」


「……」


「逃げ出したところで居場所などないと思え」


「……はっ。私の居場所など、セシリオ兄様が死んだときからどこにもない」


その名前を聞いたアレクサンダーは、何かを思い出すように目を細め、あぁ、と呟いた。


「セシリオ・エスペランサ……そういえば、五年前に殺した将の一人にそんな名前の男がいたな。指揮官ともあろうものが無様に怯え震えて、狩るのが楽な獲物だったよ」


「貴様……!お兄様を愚弄するな!!!」


父親の生首を目にしても動揺しなかったカサンドラが激高した。やはり攻めどころはそこなのだと確信し、アレクサンダーは意地の悪い笑みを浮かべた。


「なるほどなるほど、愛しのお兄様を殺された腹いせに私の最愛を殺そうとしたわけか。だが、セシリオ殿の方はどうだったのだろうな?」


「何……?」


「腹違いとはいえ血のつながった兄妹で愛し合うなど気色の悪いことだ。案外、セシリオ殿はあなたを疎んじていたのでは?」


「そんなはずがあるか!たとえ妹としてでも、セシリオ兄様は私を愛してくれていた!知ったような口をきくな!」


「ふぅん?エカテリーナ姫の手紙によると、『従弟セシリオ様の名誉のため申し上げておくと、彼は妹から執着されて迷惑していました』とのことだが?」


アレクサンダーは騎士王の書状に同封されていた女性の手紙――エカテリーナ王女の親書を見せびらかした。問題の一文を目にしたカサンドラが怒りと屈辱で真っ赤になる。


「エカテリーナ!あのお花畑女!!自分の婚約者が無事だったからと言って、スノーレイクなんぞに阿る国賊がぁッ!!!お前に、お前らに、私とお兄様の何がわかる!!!」


「あなたがそう言うのも見越して、姫は証拠の品も送ってきたぞ?現実を見てみるといい」


最後にカサンドラの前へ広げて見せたのは分厚い封筒の中身。それはセシリオがエカテリーナ王女に宛てた愚痴と相談の手紙だった。


『親愛なるエカテリーナへ。最近の悩みを聞いてくれないか。腹違いの妹に付きまとわれて困っている』


『兄上たちのいじめの矛先がこちらに向かないように優しくしてやっただけなのに、何を勘違いしているんだろうね、あの女』


『僕の母上は王妹殿下なのに、男爵の娘ごときが生んだ下賎の者が馴れ馴れしくしないでほしいよ、まったく』


『大体あいつのせいで母上と離れ離れになってしまったのに、悪びれもしないんだから』


『カサンドラは頭がおかしいよ!目が覚めたら隣で寝ていたんだ!口づけまでされたかもしれない。ひょっとしたらもっと悍ましいことも……?本当に気持ち悪い!!!』


『今日、婚約破棄された。原因はカサンドラの嫌がらせだそうだ。これで何人目だろう』


『僕は早くどこかの家に婿入りしてこの家を出たいのに!あいつはどうして僕の幸せを邪魔するんだ……』


『今まで逃げ回っていたけど、父上に命じられて戦地へ行くことになった。でも、これでいいのかもしれない。敵の大将はスノーレイクの第二王子だって。そいつを殺せば、僕は今度こそカサンドラから解放されるだろう』


異母妹への悪態が並びたてられた手紙を読み進めるうち、カサンドラの目が絶望に染まっていく。


アレクサンダーとしては、騎士王が押し付けた賠償の品々よりエカテリーナのくれたこの手紙のほうが、よほど溜飲の下がる思いだった。


「そんな、うそ、だ……!」


カサンドラは幼子のようにいやいやと首を横に振った。こんなもの捏造だと思いたいのに、愛した兄のものだからこそ、セシリオの筆跡に間違いないとわかってしまった。


「ど、して……どうしてどうしてどうして、おにいさま、わたしのことが、憎かったの……?」


「憎いというより嫌いだったのではないか?憎まれるほど執着されていないだろう?」


「あ、ぁ……あぁあああっ……!」


アレクサンダーが笑顔で追い打ちをかけると、カサンドラがすすり泣き始めた。


その様子は心の折れた人形のようだ。否、カサンドラの心はとっくの昔に壊れていたのかもしれない。


しかしアレクサンダーは、ステラに害をなそうとした人間をこの程度で許してやる気はなかった。


「さて、カサンドラ殿。現実を思い知ったところで、今後の話をしよう」


胡散臭いくらいにこやかなアレクサンダーの顔を、カサンドラはのろのろと見上げた。


「あなたの処遇は二つ考えているんだ。一つはさっくり処刑。もう一つは犯罪者の慰問。どちらがいい?」


生気の消えた目で二つの選択肢を呟いたカサンドラは、しばらくして気が付いた。


目の前の男が、自分を善意で生かすはずがない。犯罪者の慰問ということはつまり、女に飢えた男どもの檻に入れられるということで、尊厳の全てを奪われることになる。


「っ……!殺せ!さっさと殺すがいい!!」


もとより初めから死罪は覚悟していた。潔く処刑を選んだカサンドラを、アレクサンダーは嘲笑に満ちた目で見下ろす。


「やっぱりそっちを選ぶのかぁ。ふふ、あなたが狙ったのが私だったら、せめてもの情けで一思いに殺してやってもよかったのだけど」


にんまりと笑う少年王は、まるで魔王のようだとカサンドラは思った。


「聖女に毒の刃を向けた大罪人の希望を、きいてやる義理はないだろう?……怨むなら、ステラを狙った自分を怨め、カサンドラ・エスペランサ」


悪意を煮詰めたような冷たい声に、カサンドラは瞠目した。


「い、嫌だ、やめろ、殺せ、殺せよ!!!私に、セシリオ兄様以外、触れるなぁッ!!!」


泣きわめいて暴れるカサンドラを、看守が押さえつける。アレクサンダーの合図で、それまで控えていた下男たちが物騒な器具を手にカサンドラへにじり寄った。


「あぁ、安心して?私はあなたに死んだほうがましだってくらい悲惨で屈辱的な目にあってほしいけど、不幸な子供を増やす気はないんだ。妊娠しないよう処置してあげよう」


「ひっ、ああっ、触るな、離せ、いっぎゃああああああああああああっ!!!」


下腹部に走る激痛に、カサンドラが獣じみた悲鳴を上げた。それを聞いてもアレクサンダーは怯むどころか、優しい王のような顔で部下たちに命じる。


「じゃぁ皆、処置が終わったら重罪人どもの刑務所にその女を移すように。くれぐれも自害なんてさせないように、お願いね」


「いやああああああああああっ!!!痛い、痛い痛いッ!!!助けて、お兄様助けてぇ!!!」


血の匂いとカサンドラの絶叫を置き去りにして、アレクサンダーは地下牢を後にした。


後からついてくる近衛の騎士もいつもの軽口をたたく様子もなく、どことなく気まずそうだ。


(……今の顔は、とてもステラには見せられないな)


命を狙われたステラが心配だったけれど、血と怨嗟の匂いが染みついた状態で清らかな彼女の目に触れたくない。


とりあえず自室に戻ろうとして、廊下の奥から聞こえてくる軽やかな足音に、ぎくりとした。


「どうしよう、ステラがこっちに向かってくる」


「えっ、なんで足音だけでわかるんっすか?正直、公女様への所業より怖い」


「うるさい」


思わずツッコミを入れた騎士を黙らせ、逃げるべきか躊躇し、地下牢にステラを行かせられないと立ち止まる。


反対側の曲がり角から現れたステラは、アレクサンダーの顔を見るなり心配そうな顔をして駆け寄ってきた。


「アレク君!」


「……ステラ、どうしたんですか、こんなところへ。キャロルご夫妻は?」


「安全確認が済んだから、領地へお帰りになったわ。それより君が心配で探していたの」


僕が?と聞き返したアレクサンダーは、いつかのようにステラの手で頬を挟まれ、顔を覗き込まれた。


「やっぱり酷い顔してる。ごめんなさい、ちょっとだけ二人で話させて」


ステラが自分の侍女とアレクサンダーの近衛騎士を振り返って頼むと、顔を見合わせた侍女と騎士はどうぞどうぞとアレクサンダーの身柄を譲り渡した。


「えっ、あの、ステラ……!?」


戸惑うアレクサンダーに有無を言わせず、ステラは彼の手を引いて手近な小部屋に入った。


物置らしい小部屋には、使われていない長椅子や机、小物などが並んでいる。


「ごめんね」


ステラは長椅子にアレクサンダーを座らせると、ぎゅっと彼の上半身に抱き着いた。


「昨日は軽率な真似をして、本当にごめんなさい!」


頬に当たる柔らかな感触に意識が遠のきかけたアレクサンダーは、はっと我に返りステラを引きはがした。


「それは、事前にあの女を排除できなかった僕のほうこそ謝るべきで……!あなたが汚れてしまうので、離れていただけますか?」


今はステラに会いたくなかった。そんなアレクサンダーの胸の内を察したのだろう、ステラはますます暗い顔になる。


「カサンドラ様に会ってきたんだよね」


「……彼女の処遇を教えるつもりはありませんよ」


ステラはカサンドラに与えられた罰の内容を知ったら心を痛めるだろうし、助け出そうとするかもしれない。


だが、予想に反してステラはカサンドラがどうなったのか聞かなかった。


「それはいいの。ただ、アレク君の顔を見れば、優しい君が苦しんだことくらいわかるつもりだよ」


どこまでも優しく包み込むような、慈しみに満ちた声だった。


「私に教える必要のないことは話さなくていいから、重荷を一緒に背負わせてほしいの。私は、あなたの妻になるのだから」


ステラの温もりに子供のように甘えて溺れてしまいたい一方で、アレクサンダーはひどく苛立った。自分が冷静ではない自覚があったから、今だけはステラに会いたくなかったのに。


「本当に、僕がしたことを知ってもそんな綺麗事が言えるのですか?」


苛立ちのまま、気が付けば長椅子の上にステラを押し倒していた。座面に広がった亜麻色の髪を撫でつけ、白い首筋を指でたどる。


「カサンドラ公女には、本当に酷いことを命じたのですよ?女性の尊厳を根こそぎ奪うようなことを。そんな男が優しい?とんだ誤解です」


驚きに目を瞠っているステラの耳元に唇を寄せ、噛みつくように囁いた。


「例えばもうあんなことが起こらないように、ステラを閉じ込めて誰にも会わせないと言ったら受け入れてくださるのですか?」


「別にいいよ?」


少しぐらいは怖気付くだろうと思ったのに、ステラの答えは即答だった。思わず素で「え?」と聞き返すアレクサンダーの頬に、彼女の手が触れる。


「そりゃぁ、家族に会えないのもお日様が見られないのも嫌だけど、それで君が安心してくれるなら、いいよ」


頬に触れた手に導かれるまま横を向くと、覚悟していた怯えや嫌悪などかけらも見当たらない蜜色の瞳が細められ、唇同士が重なった。


ゆっくりと口づけを終えたステラが、互いの唾液でぬれた唇をぺろりと舐めとり、どこか妖艶に笑う。


「ねぇ、教えて。ほかに何をしたらいい?何をしたらあなたを安心させてあげられるかなぁ」


無邪気さと色香の両立した微笑みから目がそらせない。


「アレクサンダー。あなたこそ私を見くびらないで。カサンドラ様に何をしようと、私があなたを嫌いになるはずないでしょう?」


耳から甘露を流し込まれるような、甘い声音。


「だってね、もしも逆の立場だったら、カサンドラ様があなたの命を狙っていたら、私のほうこそ彼女にどんな酷いことをするかわからないわ」


互いの体温も息遣いもはっきりとわかる密着具合に、全身の血が沸騰するかのようだった。


ステラ、とかすれた声で名前を呼ぼうとした時だ。


「陛下、聖女様、お話は終わりました~?」


トントン、とステラの侍女が扉をノックする音と声掛けでアレクサンダーは我に返った。


救いのような、邪魔者のようなその声に、光の速さで土下座する。


「す、すすすすみませんステラ!!!どうかしてました本当にどうかしてましたさっき言ったことは忘れてください!!!」


「アレク君どうしたの急に」


「ちょっと庭に埋まってきます!!!」


ステラがよいしょと立ち上がると、アレクサンダーは逃げるように物置を飛び出した。扉の外で待っていた侍女にステラのことを頼むと、次に自分の近衛騎士の襟首をつかむ。


脳裏によみがえるのは、蕩ける様に笑うステラの顔。


「君は、今はステラの顔を見るな。あと穴を掘るのを手伝って。埋まる」


「は?陛下?なんでまたそんな奇行を」


「僕のような罪深い人間は大地の肥やしになるべきだから!」


混乱のまま叫んだアレクサンダーは庭へ向かって駆け出した。


「うーん?まぁ、アレク君が元気になってよかった!」


「ステラ様って、案外大物ですよね……」


その背中を見送ったステラと侍女が、のんきな会話をしていた。

カサンドラってあれだよね、くっころがよく似合うよねって話でした。

そして主役二人はファーストキスがこんな物騒なアレでいいのか。

あらすじに万人受けするタイプのヒーローじゃないとは書いたけどさ!

大丈夫?読者の皆様、アレクサンダー君(17)の所業にドン引きしてない!!?ステラは受け入れちゃったけど!!

よ、よかったら、今後もお付き合いいただけると嬉しいです。

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