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平民出身の新妻聖女に向かって「貴女に愛されるつもりはありません」と宣言した王の末路  作者: 日向 風花
番外編

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12/20

パジェット公爵令嬢

 男爵家より戻った翌日から、ステラは王立図書館の館長室、レオナルドのもとへ通うようになった。いわゆる王妃教育の始まりである。


午前中はレオナルドに歴史、地理、経済、礼法などの座学を学び、昼餐はテーブルマナーの練習、午後は専門の講師を招いてダンスや楽器、実践的な社交術、時には護身術の稽古を受ける。


学ぶべきことの多さに、当初ステラは教育が間に合うのか不安だった。


「ステラ嬢なら問題ないじゃろ」


そんな不安を払拭するように、レオナルドは微笑む。


「お嬢さんは下級貴族として十分な教養は身についておるし、この国の王妃には基本、そこまで実務能力は求められん。引きこもりだったわしよりよほど良い王の伴侶になれるだろうて」


「それは、アレク君も似たようなことを言っていましたけど。ソフィーリア妃はとても優秀な方だったのですよね?」


「あのお方は特別じゃよ、何しろ夫の国王が無能すぎた」


レオナルドが言うには。


この国では他国のように、王子が幼いころから婚約を結び、婚約者に厳しい妃教育を課せることは稀なのだという。


なぜなら、聖女がいつどこで現れるかわからないからだ。


なるべく聖女を妃に据えたい王家としては、高位の貴族令嬢に妃教育を施した挙句、婚約解消などという事態になっては不要な恨みも買うし、金銭的にも無駄の極みだ。


「……そういう合理性を無視してでも、小さいころから優秀な婚約者をあてがっておかなきゃまずいと思われていたのですね、アレク君の曽お爺さん」


「ソフィーリア妃にとっては不幸なことにの」


痛ましい話じゃ、と首を振ったレオナルドは話を続けた。


「歴史を振り返れば、文盲の平民が教育を受けて王妃になった例もある。我が国の妃教育は、他国に比べれば緩いものじゃ。学びをおろそかにされるのは困るが、お嬢さんなら大丈夫じゃよ」


「ありがとうございます。精進します」


「ひとまずは、半年後に開かれる婚約披露宴を乗り切ることを目標にしよう」


レオナルドに頷き返し、ステラは教本に向き直った。




 そんなやり取りがあってから数日後。


昼食後の休憩をはさんだステラは、ダンスのレッスンを受けるため城内を移動していた。


ステラ付きの侍女を伴い、大階段の下に差し掛かった時のことである。


「おーほほほほほ!!!」


突如として上から素晴らしい肺活量の高笑いが降ってきた。何事かと見上げれば、ステラと同じ年ごろの娘が口元に扇を添えてふんぞり返っている。


金髪の縦ロールに、美しいが少し濃い目の化粧が施された顔立ち、豪奢な深紅のドレスをまとった娘の登場にステラは困惑した。


「えっと、あの方は……」


「パジェット公爵家の一の姫君です」


侍女の一人に教えられて、ステラは脳内で貴族名鑑をめくるまでもなく、ああ、と思い当たった。


パジェット家は、先代王の時代から存在する唯一の公爵家だ。


レオナルドいわく「無能すぎてろくな悪事もできず、取り潰すには罪が足らなかったので、厄介ごとを押し付けるために」残されたという、あの公爵家である。


そんな公爵家の長女がビシッ!と扇をステラに突きつけ、


「そこの貴女!キャロル男爵家のステラ嬢とお見受けするわ!」


とのたまいながら階段を下りてきた。護衛もできる二人の侍女がステラを庇うように前へ出る。


「はい、確かに私がステラ・キャロルですが、何か御用でしょうか?」


階段を下りてきたパジェット公爵令嬢は、上質ではあるが動きやすくシンプルなワンピース姿のステラを上から下までじろじろと眺めると、広げた扇で口元を覆った。


「まぁあああぁっ、わたくしが誰だかわからないのかしら!王国最古の公爵家、王家に次いで尊い血筋であるわたくしにきちんとした挨拶も奏上できないなんて」


両脇の侍女たちが殺気立つが、公爵令嬢は全く気付いていない様子できつく巻かれた金髪をバサッ……と払う。


侍女たちの殺意に気づかないなんて凄いなこの人、とステラは思った。


「貴女、聖女というだけで国王陛下の婚約者に選ばれて調子に乗っているようだから忠告して差し上げますけど、王妃にふさわしいのは完璧な家柄と美貌、教養を持ち合わせたこのわたくし!陛下はわたくしを愛して……ちょっ、貴女たち、何をなさるの!!!」


家柄と美貌はともかく、教養の方はだいぶ怪しい無様な取り乱し方で、公爵令嬢は二人の侍女に両脇を掴まれ物陰へ引きずられていった。


あっけにとられるステラを気遣うように、残った侍女があたふたと声をかける。


「お、お気になさらないでくださいね、聖女様!あの方は一瞬陛下の婚約者候補だったのを拡大解釈している空気の読めない家の子ですから!どれだけ空気読めないかっていうと、まともな貴族家からは距離を置かれて社交界で孤立しているだけなのに、一家そろって「下民どもは古くから続く名門の我らに畏れをなしたに違いない!」ってまったく気にしていないという、ある意味大変ポジティブな残念公爵家のお嬢さんですから!陛下は聖女様一筋ですから!!!」


まくしたてられて、今度はステラが慌てる番だった。


「大丈夫よ、ここでは皆さん親切にしてくださるから、ちょっと驚いただけで」


城にはステラの味方しかいない、というアレクサンダーの言葉通り、王城に居を移してからステラが嫌な思いをすることは一度もなかった。


教師陣は厳しいところはあっても理不尽なことは一切ないし、城で働く人々は王の側近から清掃のおばちゃんまで「聖女様」と敬い礼節の限りを尽くしてくれる。


男爵家の養女に過ぎないステラには過分なくらいだ。


それに、かつて公爵家の養女だったころは、もっと酷い人格否定や罵声も浴びてきた。


「だからね、さっきのご令嬢の忠告なんてかわいいものというか、むしろちゃんと私に否定的な人もいるってわかってほっとしたというか……」


ステラが言いかけた時だ。パジェット公爵令嬢が連れ込まれた階段裏から、見覚えのある赤いドレスが出てきた。


「……はい。聖女様は女神です。尊いお方です。聖女様に比べればわたくしなどちっぽけな虫けらです」


ブツブツと先ほどとは正反対のことを呟きながら出てきた公爵令嬢は、目の焦点も合っていない様子で侍女の一人に付き添われ、城の外へと歩いて行った。


もう一人が満足げな様子で、ステラと同僚に合流する。


「あの……彼女、大丈夫?」


「大丈夫です!陛下直伝推し活技・布教の術を施しておきました!!」


「それ本当に大丈夫!?布教と書いて洗脳って読むやつじゃない!!?」


「あのご一家は単純だから大丈夫ですよ~。単純ゆえに何日かすると正気に返ってしまうので、また城に出たら施術をしなくてはなりませんが」


まるで水回りに出る黒い悪魔のような扱われ方に、ステラは心底パジェット公爵令嬢に同情した。


浮かない表情のステラを伺い、侍女が申し出る。


「聖女様こそ大丈夫ですか?あの女、闇討ちしますか?」


「あの程度の忠告でそんな過激なことしないで!?……パジェット家って、王国最古の公爵家なのに、よく今まで続いてきたなとは思ったけど」


ステラはステラで割と失礼な感想を漏らすと、侍女は訳知り顔に頷いた。


「パジェット家は代々仕える家令一族が有能なのだと聞いたことがあります。領地も広大で税収に恵まれているから、領主がアホ……おバカ……仕事ができなくても、裕福だそうです」


「そもそもあの家、五年前の大粛清で唯一残った公爵家だから王国最古の名門なんて自称していますけど、十代近く前の王弟殿下が興した家というだけで、王家の血はそんなに濃くないですからね」


「確かあのご令嬢も、王位継承権二十位くらいだったはず」


「ヴィクトリア様の大叔母にあたる王女殿下が嫁いだ侯爵家が、五年前に公爵家へ陞爵しましたけど、血筋としてはあちらのほうが断然近いです」


侍女たちの話をふむふむと聞いていたステラは、そこではっと我に返った。


「いけない、レッスンに行かなきゃ」


ダンスと社交術の講師は社交界の花と呼ばれる侯爵夫人で、普段はたおやかで優しいが怒らせると恐ろしいのだ。ステラは足早に目的地へと向かった。




 それから半年間、ステラの日常は忙しなくも充実していた。


トラブルといえばパジェット公爵令嬢の件くらいで、日々王妃教育に励み、慣れてきたころには聖女としての活動も少しずつ再開した。


もちろん働きづめということはなく、休日や休憩時間にはアレクサンダーと中庭でのんびり過ごし、許可を得てちょくちょく実家の男爵家へ顔を出すこともできた。


そんな平和な毎日が続いていたから、婚約披露宴も順調に終わると油断していたのだろう。


国内外の要人に王の婚約者を披露する夜会にて、ステラは改めて王妃になることの覚悟を問われることになる。

Q.なんで公爵令嬢がお供の一人もつけずに城内うろうろしているの?

A.聖女に文句つけてやるわよ!と階段上で張り込むお嬢様に付き合いきれなくなって公爵家の馬車にもどり、おやつに名物パジェット饅頭食べてた。

Q.お嬢様が問題起こすとは思わなかったの?

A.お嬢様はアホすぎるので大した問題にならないと思った。実際大丈夫だったでしょ?


それでいいのか公爵家使用人。


ところでこの話、異世界恋愛の定番のキラキラドレスとか華やかな夜会とか全然出て来ねぇな。

というわけで次回はきらびやかなやつです!

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