あなたに望むこと
その日の夜遅く、ステラは小さな物音で目を覚ました。ぼんやりとする頭を上げると、目の前には魔道具のランプの光に照らされて調薬の道具と材料が並んでいる。
母と義姉のための薬を作る途中で机に突っ伏して眠ってしまったのだ、と気づいたステラは、背後の人の気配に振り返った。
「お母様……?」
振り返った先には、燭台を手にしたキャロル男爵夫人が立っていた。彼女が部屋に入ってきた物音で目が覚めたのだろう。
「勝手に入ってごめんなさいね。真夜中になっても明かりが漏れているし、ノックをしても返事がなかったものだから。明日は王都へ帰るのだから、もうお休みなさいな」
「……心配をかけてごめんなさい、お母様。もうあと少しで出来上がりですから」
作業を再開しようとするステラの机上をのぞき込み、夫人は困った子を見るような顔で首をかしげた。
「完成しているお薬もあるようだし、後はお医者様に任せて大丈夫よ。ステラちゃんが根を詰めすぎて体調を崩すほうが、二人とも心配するわ。何より陛下が、ね?」
「でも……何かひとつでも男爵家に恩返しできるものがないと、落ち着かなくて」
養母の言うことが正論だとステラもわかっている。しかし、机の上を片付けることは躊躇われた。
「私はキャロル家に拾われた以上、亡くなったお嬢様の代わりにお家のための政略結婚をするべきだったのに。初恋の男の子と結婚して、そのせいで家にもたくさん迷惑をかけるなんて」
「あらー、初恋が叶うなんて素敵じゃない」
男爵夫人は燭台を机において、ステラの手を取った。ステラが見上げると、ふくよかな夫人の顔がやさしく微笑む。
「今でも亡くなったあの子たちを思うととても悲しいけれど、娘の代わりにするためにステラちゃんを引き取ったわけではないのよ。そんな考え方は、あの子にもステラちゃんにも失礼でしょう」
「お母様……」
「それに恩ならもう十分返してもらったわ。私たち家族がステラちゃんに望むことがあるとすれば、幸せになってほしい。ただそれだけよ」
たおやかな手や温かい声音が、ステラの後ろめたさを拭い去っていく。
「だからもうおやすみなさい?」
「……はい。ありがとう、お母様」
ステラは夫人に軽く抱きつくと、立ち上がって机の上を片付け始めたのだった。
短いですがこれで里帰り編終了です。




