心残り
さてこの世界の事も分かったことだし、いつでも自分の世界に帰れるわけだ。
……でも、まだどこか心残りがある気がする。
一体何だろう……。
これが晴れるまでは……帰らない。いや、帰れないな。
そういえば前に住んでいた家も、この功国にあったんだっけ。
今あの辺りはどうなっているのだろうか。
一度初心に戻って、行ってみるのもありかもしれない。何か手がかりが見つかるかもしれないし。
……大神官には暇な時でいいから、神官として連合の仕事場に顔を出してほしいと言われている。
それがこの世界で俺が神官としていられる条件にもなっていた。
確かに給料を貰っているわけだから、たまには働かないといけないとは思うけど。
今日はせっかくここまで来たんだし、功国のあの辺を見て回ってみるか。
◇
クロアは兵士の町を南に進み、大きな学校の敷地内へと入った。
ここは……。
確かこの辺に占い師のための学校があるんだっけ。
まあ俺には何も関係もないけど……。
学校の周りには大きな広場があり、学生の憩いの場として機能していた。
近くに誰かいる。あれは……ここの学生だろうか?
見慣れないローブを着ているみたいだけど、そんな感じがするな。
別に隠れる必要はないけど、ここは……。
クロアは近くの茂みにさっと隠れて、聞き耳を立てた。
「ねえ、じゃあこの話は知ってる?」
「何ですか?」
「この間、同じクラスの子が聞きなれない能力を身に着けたって自慢してたらしいよ」
「そういえば方針が変わって、能力は公表しても良くなったんでしたね」
「それでも言いたくない人は言わなくてもいいんだよ。
わざわざ自分の手の内をばらす必要はないからね」
「……でもある能力を使えば、他人の所持能力がわかることもあるらしいですけど?」
「そんな能力があるのが分かったのも、ここ最近広く情報が行き交うようになったからだよ。
こうやって今まで秘密にされていた能力の詳細が世界に知れ渡ったら、そのうちどうなるかわかる?」
「……情報が拡散して、みんなが良い思いをするのではないですか?
変な気を起こす人も減ると思います」
「そうかなあ?それはそれで悪いこと考える人も出てくると思うけどなあ。
私は絶対に言いたくないし。それにまた何か事件を起こす人が現れると思ってる」
「先生はそんなことはもう起きないと言っていましたよ?」
「でも情報屋の噂じゃ、最近また現れたらしいよ」
「そうなのですか?」
「まあ、あくまで噂だけどね。それをどこかの誰かが何とかしたらしいよ、公には公表されてないけどね」
うわ、それたぶん俺のことだよ……。
「……」
「朝の運勢を聞くのも強制じゃなくなったから、最近じゃみんなめんどくさがって聞かないようになってるし」
「別にそれはいいのでは?」
「でも運勢の健康診断みたいなものだったのに。これからどうなっていくことやら」
「……難しい話ですね」
その後も学生の二人は会話を続けながら、その場から去っていった。
しかし今の話……。
どうやら連合に変わったからといって、良いことばかりでは無さそうだな。
◇
クロアはそれからさらに南下して、シャボンの町へと辿り着いた。
そういや一番最初はこのあたりで呼び出されたんだっけ?
それで何とかして生き延びてたんだっけ……。
あの時は毎日が忙しなく過ぎていたな。何もわからなかった。
今思えば、俺は運命にいいように振り回されていたんだな。
そしてクロアは町の裏通りを静かに歩いた。
クロアの雰囲気や服装は、今では町にすっかり溶け込んでいた。
いつも通りの道か。
同じ道でも自分の状況が変わるとこうも違うのか。
……今は辛い思い出に浸っているわけにはいかないな。
夜も更けてきたし、そろそろ宿も探さないと。
◇
「ふぅ……」
今日は何も収穫がなかったか。
明日はもう少し、町を一通り回ってみて考えてみることにしよう……。
◇
◇
翌朝、朝早くに目を覚ましたクロアは占いの塔へと向かった。
白い立派な塔。
ここも相変わらずのようだな。でも変わったこともあるようだ。
前とは違ってとても賑わっている。
……不足していた占い師が、別の国からこの国に大量に派遣されてきたらしい。
色とりどりのローブを着た占い師が、あちらこちらに見えた。
「健康運が上がれば、病気になんてなりませんよ」
そう言って、赤ローブの占い師は客に笑顔を振りまいていた。
いつかに見た光景だな。
「朝の運勢を必ずチェックしてくださいね。これできっと良くなっていますから」
ここは今でも平常運転のようだ。
困った人が相談に来て、能力を使いその運命を変えている。
昔の俺ではわからなかったが、簡単なことだったんだな。
占い師はただ能力をかけていたんだ。
今では一般人にも一部の能力が公表されているようだ。
これは良い変化かもしれない。
「あなたに見てもらえて良かった。
もっとこの国にも赤の占い師様が増えるといいのですけどね」
「そうですね。赤の占い師は現在不足しています。
ここにも数人がやってきましたけど、明国ではちょっとした事件がありましたし……」
◇
「それでどんなタイプの人がいいんですか?」
「頼んだら何でもやってくれるタイプの人」
「なるほど?」
「そんな優しい人と巡り合うことはできますか?」
「そうですね、そういう運命に変えれば。では、やれるだけやってみましょうか」
これだもん。この世界の人は能力に頼りすぎているわけだ。
……でもそれも仕方ないか、という気もする。
現に能力というものが存在していて、ちゃんと効果が表れているから。
能力に特別依存しなければ、別に悪いことではないのか……。
◇
見ているだけじゃなくて、俺も少しは仕事をしておくか。
大神官がうまいことやってくれたおかげで、俺の素性は誰にも明らかにはなっていない。
以前と同じ蛇国出身の白の神官として働けるわけだが。
まあ、能力を使うだけの簡単なお仕事なんですけどね。
◇
「神官様、ちょっといいですか?」
少しいかつい男が、クロアに話しかけてきた。
「はいどうぞ、どういったご用件ですか?」
「男が仕事して女が癒して、世界は回ってる、そうでしょ?」
「はあ……?」
この世界では割と違うと思うよ?
「それなのに新しい大神官様は女だと聞いているが?」
「……そうですね」
最近は女性の大統領とかもいるでしょ?この世界ではどうか知らんけど。
「それで世界の長が務まるのか?とてもこれは大きな声では言えないが、俺は信用ならんのだが。
その辺はどうなってる?白の神官様ならわかるだろう?」
「……」
いや、わからないけど?そういや俺はそもそも大神官についても詳しく知らんけど?
「どうなんだ?神官様の見解は?正直に言ってくれ……誰にも言わないで秘密にするから。
金なら払うから、教えてくれよ」