黒い服の少年
……この世界で占いの持つ力は絶大だった。
何か間違ってないか……?俺はそう思った。
でも、どうしていいかわからなかった。
「今日のあなたの運勢は……」
毎日毎日、聞きたくもないのに聞かされる。正直うんざりしていた。
ここが元の世界だったら、どんなに良かったことか。
今日の運勢は大凶かあ……。ま、別になんともないでしょって思えたのに……。
この世界に来てからは感覚がまるで違った。当たり前の常識は通用しないんだ。
だから最近もう感覚がおかしくなり始めている。
「今日のあなたの運勢は……」
今日もなのだろうか?
まさか……。
まさか……?
「カオスバリケードホールマグマです」
「うそ……だろ……」
なんなんだよそれ、意味わからん。
そう……。あの平和な日常はもう戻ってはこない。
運勢に大吉や大凶などはないのだ。あるのは何億、何万種類もの運勢。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
町を散歩していても、何も良いことが無い。
意味の分からない運勢通り、悪いことばかりだ。
こんな毎日がずっと続くかと思うと、どんどん気分が憂鬱になってくる。
一体俺が何をしたっていうんだろうか……。
「……運勢って何なんだろうな、わんころ」
「くううーん」
……話しかけれるような人もいなく、子犬に話しかけることしかできない。
その小さな子犬は俺の指先にじゃれついてきた。
「そうだよな。お前もそう思うよな」
「くうーん」
その子犬は相槌を打つように鳴いていた。
お前本当にわかってるのか?
返事は返してくれるけど……。分かってないんだろうな。
しかし悪い運勢にならないためにはどうすればいいのだろうか。
毎日毎日意味がわからない運勢を聞いて、悪い出来事が起きるのはもう嫌だしな。
……そういえばこの世界には占い師という、誰もが憧れる職業があるらしい。
なんでも、人の運勢を変える力を持つのだとか。
占い師に相談したら、この悪い運勢は良くなるんだろうか……。
相談するだけで良いなら、簡単でありがたいんだけど。
……でもこの辺りは、どうやらエセ占い師しか居そうにないんだよな。
◇
「ちょっと見て……。あの人って……」
「ああ……。縁起が悪い、縁起が悪い……。近寄らないほうが身のためだよ」
そう言うと派手な服装をした二人組は、その場から立ち去っていった。
「くっ……」
俺は周囲の視線などは気にしていない。
だからこの日本から着てきた黒い服も、着替えるつもりはない。
……この世界では黒いものは忌み嫌われている。縁起が悪いからだ。
だから町でも店でもどこでも、人々は縁起が良さそうな服を着ている。
そう、なんでも縁起が良ければいいのだ。派手でも、不格好でも、動きづらくても。
「縁起が良いものを身に着けると、風水力がアップするんですよ」
前に誰かが言っていた言葉だが、俺はそんなものは気に食わない。
服装を変えただけで運勢が変わるとでも?
大体、風水力がアップってなんだ?ここはゲームの世界かなんかなのか?
自分の常識では考えられない。着たいものを着ていて何が悪いんだろう?
……元々この世界に来た時から、俺は場違いだったんだ。
今更服装を変えたところで、何かが変わるとでも……?
「ちくしょう……」
このままじゃいつまで経っても同じかもしれない……。
自分から変わらなきゃ、この運勢は変えられないのかもしれないな。
「そうだよなぁ、わんころよ。自分から変えなきゃ、何も変わらないか……?」
「くううーーーん」
子犬はその疑問に答えるように、少し長く鳴いた。
何を言っても同じ返事か。まあ犬だもんな、わかるわけないか。
……それにしてもこの辺りの建物は全部派手派手で、気が滅入るな。
「ああ、明るすぎて目がチカチカする」
◇
向こうから誰かが駆け寄ってくる……。
とても奇抜なファッションをしたおばさんだ。
「……あーら、福ちゃんこんなところにいたザマスか?
こんな縁起の悪い人とは縁を切ってさっさと行くザマス」
「くーん」
「ほら、一緒に家に帰ってゴールドシチューを食べるザマス」
「くんくーん」
食べ物の話を聞いた子犬は、夢中でしっぽを振っていた。
……そしておばさんは子犬を連れて、その場から立ち去って行った。
俺は一人呆然と立ち尽くしていた。
「ゴールドシチューってなんだよ……」
あのわんころの名前も福ちゃんだったし、ザマスとか現実で使っちゃってるし……。
……犬さえも俺から逃げていく。
運勢が悪い時はとことんついてない。それがこの世界だ。
やっぱり今日も運勢通り、最悪な日だった。……元の世界が恋しいな。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お前どこのもんだ」
静寂の中に、大きな怒号が飛び交った。
吹っ掛けられた。うっかり路地裏に足を踏み入れてしまった。
「おい、答えろ」
でかめのごつい野郎……。意外とやりそうだな。
「ちょっと痛い目に合わないとわからないか?ああん?」
運勢が悪いって、こういうこともありか。
でもこういう劣勢な場面でも、俺はいつだって乗り切ってきた。
それに……元の世界では運動神経や体力には自信があったんだ。
喧嘩するなら……負けられない。
「やるのか?おらああああああ」
ごつい野郎が呻り声をあげると、俺も自然と拳が動いていた。
◇
そんなこんなでしばらく取っ組み合いの喧嘩をしていた。
お互い喧嘩で疲れ果てて、体はフラフラになっていた。
「なかなかやるじゃねえか」
「お前もな」
「そろそろ終わりにしねえか」
そう言い放った瞬間、誰かが近寄ってきた。
「おやめなさい」
見ると荘厳な白い衣装を身に纏っている少女が、すぐそこに立っていた。
背丈はそこまで大きくないが、何かオーラのようなものを醸し出していた。
「ああ……ああ……神官様!」
すぐさまごつい野郎はその場にうずくまって、頭を垂れた。
何故だ?この少女にそんな権力があるのか?衣装だけはすごいが……。
「仕方ない、この喧嘩は持ち越すぜ。命拾いしたな?」
まあそんなことはどうでもいいか。この隙にさっさとここから逃げだそう。
「そんじゃ、俺はこれで……」
「待ちなさい、あなたに伝えることがあります」
白い衣装の少女は、強い口調ではっきりと言った。
なんだかすんなりと頭に入ってくる声だな……。だが……。
「俺は聞きたいことなど何もない」
そんな話聞いてられるか。こっちは今この世界で生きていく方法を考えるので、精いっぱいなんだ。
「……」
白い衣装の少女は黙ってその場に立ち尽くしていた。
俺はそこから逃げるように立ち去った。
少女は俺が去る時も、こちらをただずっと見つめていた。
去り際にちらりと見えた横顔は、ただの幼い少女のように見えた……。
俺はこんなことで負けないからな。