09 王子の決闘
歓声の街並みを抜け、騎馬隊はついに『王立ヴェルソ学園』を正面に据えた。
天を衝くほどにそびえる立派なお城。この国では王立の名を冠している学校の校舎はどこもお城みたいな外観をしている。
それだけ大規模な学校ということになるんだけど、いまわたしたちが進んでいる大通りも馬車が何台もすれ違えるほどに道幅が広かった。
でも今日は道の真ん中以外は集まった民衆や屋台で埋め尽くされていて、さながらお祭り状態。
舞い散る紙吹雪と楽団の演奏、白百合のようなローブをまとう聖女たちの祈り、魔術師たちが打ち上げる魔術の花火。
わたしはお祭りが大好きだったので、ついついあちこち見回してしまう。
ソリタリオ王子率いる騎馬隊はお祭りの中にあっても注目度ナンバーワン。
誰もが道を開けて譲ってくれたんだけど、学園まであと少しというところで黒馬の騎馬隊が立ち塞がった。
馬に乗っているのは全員男の子で、うちの学園の制服を着ている。たぶんわたしたちと同じ新入生なのだろう。
リーダーらしき先頭にいる男の子が名乗りを上げた瞬間、周囲から音が消し飛んだ。
「我が名は、アイン・ワン・ファスト! 誇り高きファスト家の長男にして、この国の王となる男だ!」
王子に対してその物言いはほとんど反逆宣言だけど、ソリタリオ王子はまったく動じていない。
「ふぅん、種目はなに?」
「剣術だ! ファスト家の剣は未来を切り裂くのだ!」
「切り裂いちゃダメなんじゃないの? まぁ、自分の命運がよくわかってるみたいだけど」
「抜かせ、親の七光りめ! 負けて吠え面をかくなよ!」
いったいなにが起ころうとしているのだろう。
止めようかどうしようか迷っていると、ナイトくんが小声で教えてくれた。
「リオは決闘を受け入れてるんだ。打ち負かせば、なんでも願いを叶えるという条件付きで。それでアインは次期国王の座を狙ってるのさ」
「ええっ、なんでそんなことを!?」
「来る者は拒まず、誰の挑戦でも受ける。そうすることで、真に王たる者の資格があると民衆に示しているのさ」
それにしたってやり方が大胆というか、危険すぎる。
負けたら国王の権利を譲るだなんて……。
あれ……? もしかしてソリタリオ王子って、とんでもないドMとか……?
わたしがいろんな意味でドギマギしていると、ナイトくんが高らかに宣言した。
「ソリタリオ・ヴェルソ・アルクトス! そしてアイン・ワン・ファスト! 両者の同意により、いまから決闘が行なわれる! ここにいるすべての人間が証人だ!」
決闘開催宣言に、周囲は「うぉぉぉぉーーーーっ!!」と沸き立つ。
ソリタリオ王子とアインくんが率いていた騎士団見習いの生徒たちはみな馬を降り、大通りの真ん中に大きな円陣を作った。
わたしは流されるままに、その陣形の一部となる。どうやらこの円陣が決闘のリングらしい。
そしてそうこうしている間にも、まわりにどんどん人が集まってきていた。
「すげぇ! 登校初日に決闘か! しかも相手は剣士の名門のファスト家の跡取りじゃないか!」
「ソリタリオ王子が、誰のどんな挑戦でも受けるってのはウソじゃなかったんだな!」
「キャーッ、がんばってーっ! ソリタリオさま~っ!」
「ソリタリオ王子とアイン様の決闘だ! さぁ、どっちが勝つかはったはった!」
とうとう賭けの屋台まで出ちゃってる。わたしはまわりの熱気に当てられてしまい、ハラハラが止まらない。
円陣の中央ではソリタリオ王子とアインくんが向かいあっていて、ふたりの間には審判役のナイトくんがいた。
「決闘は真剣による一本勝負。相手に有効打を与えるか、相手が降参した時点で決着する。この決闘による両者のいかなる損害もヴェルソ小国はいっさい関知しないものとする」
ぶっそうなルールが読み上げられるなか、アインくんはさっそく腰の剣を抜いていた。
しかしソリタリオ王子は帯剣していない。ナイトくんが自分の剣を貸そうとしていたけど、王子は首を左右に振っていた。
「これでじゅうぶんだよ」
王子はなんと制服の胸ポケットに差していたバラを取り、茎の切り口をアインくんに向ける。
その構えはフェンシングのようだったけど、バラはナイフよりもずっと短い。というか武器ですらない。
これには長い付き合いのナイトくんですら目を丸くする。さっきまで審判として堂々たる態度でいたのに、王子の謎ムーブには度肝を抜かれたようだった。
「り、リオ!? バラで戦うなんて、なにを考えてるんだ!?」
「そうかい?」
王子はナイトくんを一瞥。少し考えるような素振りを見せたあと、視線をアインくんに移した。
「じゃ、もっとハンデをあげよう。僕に一撃入れられなくても、このバラをひとひらでも散らせたらキミの勝ちでいいよ」
「「「なっ……なにぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」
ナイトくんとアインくん、そしてわたしまで驚愕のあまりハモっていた。
ナイトくんは、バラで戦うのは不利にもほどがあるという意味で王子を止めていた。
しかし王子は、ハンデキャップがまだ足りないという意味で受け止めていた。
い……いくらなんでも、ムチャクチャすぎるっ……!
「な……舐めやがってぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
あまりのことにアインくんは激怒。開始の合図を待たずに王子に斬り掛かっていた。
直後、そよ風が吹く。
そうとしか見えなかった。
剣撃を紙一重、しかし悠然とかわす王子の動きは頬を撫でる春風のように柔らか。
しかし次の瞬間、アインくんの喉元にはバラの切っ先が突きつけられていた。
王子の反撃の動きはまったく見えなかった。まるで春雷みたいに一瞬だった。
「これで、身の程がわかったかい? キミは、このバラすらも散らせない」
「はあっ!? はっ……疾い……!?」
「このまま喉を切り裂いてもいいけど、どうする?」
バラに人間の喉を切り裂けるほどの殺傷能力はない。
だが王子の言葉には、それを難なくこなせるほどの絶対的自信に満ちあふれていた。
「剣士の名門の息子がバラで殺されたとなれば、末代までの笑い者だろうね」
「そ……それだけは……! ま、まいった! お……俺の……負けだっ……!」
アインくんはもう半泣き。剣をガチャンと落とし、へなへなと崩れ落ちる。
わたしもいっしょになって腰砕けになっていた。
……か……かっこ、いい……!
もう、その一言に尽きる。周囲もすっかり王子の華麗なるバラさばきに陶酔していた。
ウットリとした静寂のなか、戦いを終えた王子がわたしのほうに歩いてくる。
王子は座り込んでいたわたしを助け起こしてくれたあと、手にしていたバラを微笑みとともにわたしに差し出した。
「く……くれる……の……?」
なんたる光栄。信じられなさと嬉しさがごちゃまぜになって、とうとう半泣きになるわたし。
震える手でバラを受け取ろうとしたんだけど、わたしの手がバラを触れる直前、王子は観衆の女の子たちに向かってポイッと投げてしまった。
バラが降ってきた女の子たちは大興奮。「キャーッ!」と沈黙を破って争奪戦をはじめる。
わたしはなにをされたのか理解できず、目が完全に点になっていた。
王子は、んべっと舌を出す。
「これで、身の程がわかったかい? キミは、このバラすらももったいない」
どっ! と沸き立つ観衆。
わたしはこのショーのオチに使われたんだとわかり、瞬間湯沸し器のように怒りで真っ赤になっていた。
「こ……この……悪魔ぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」