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05 騎士団長ナイト

 カミナリみたいな厳しい一喝にびっくりして目を開ける。

 一瞬ソリタリオ王子を期待したんだけど、そこにいたのは見知らぬ男の人だった。


 サッカー選手みたいなオシャレ系のスポーツ刈りに、ルビーみたいな真っ赤な瞳。

 服装は剣士の練習着で、身体つきは背が高くてがっしりしている。年の頃はわたしと同じくらい。


 彼はスーホくんの手綱を掴んで引っ張り、踏みつけを寸前で止めてくれていた。


「あ……あなたは……?」


「そりゃこっちの台詞だ! っていうかここから出ていけ! 死にたいのか!」


「ご……ごめんなさーーーーいっ!」


 わたしは這いつくばったまま命からがら逃げだし、勢いあまってでんぐり返しで外の草原に転がり出る。

 彼はスーホくんをなんとかなだめ、厩舎の壁に繋ぎなおしていた。


「ったく、余計な仕事を増やしやがって……。庭師に言って、柵を直させねぇとな」


 ブツクサ言いながら外に出てきたので、とりあえずお礼を言っておく。


「あ……ありがとう」


 彼は不機嫌そうな顔に浮かんだ汗を、汚れた練習着の袖で拭っていた。


「ったく……『関係者以外立入禁止』の札が掛けてあっただろうが」


「いや……いちおう関係者かな、と思って……」


 わたしの言い分に、彼は「ん?」と目を細めてわたしを見直す。


「あっ、お前……!? いや、あなたは王子の婚約者の……!」


「はい、ソレイユです」


「いや、驚いたな……! 見知らぬ女がいるなと思ったら、まさかソレイユさんだったとは……! なんでそんな粗末な服を……!?」


 ……この服って、そんなに粗末に見える?


 複雑な気持ちのわたしをよそに、彼は居住まいを正す。ヒザを折ってわたしの手を取りキスをする。

 顔をあげた彼は、さわやかスマイルだった。


「先ほどは怒鳴ったりして悪かったな。俺は騎士見習いのナイト。次期『ヴェルソ近衛騎士団』の団長になる男だ」


 ナイト様はスポーツマン系の美男子で、見た感じ裏表がなさそうな実直な印象。

 まったく、誰かさんとは大違いだわ。


 ちなみに『ヴェルソ近衛騎士団』とは、国王直属の騎士団のことで、その団長ともなれば国王の片腕と呼ばれるほどの地位となる。

 次期ということは現国王のイスナン様にではなく、ソリタリオ王子が即位した時に仕えるのだろう。

 そういえばソリタリオ王子が国王になった暁には、『王立ヴェルソ学園』での学友を要職に据える予定だと聞いたことがある。


「ということは、ナイト様はソリタリオ王子と同い年……?」


「ああ、そうだ。学園でも王子の護衛役をするつもりだ。同級生だから、様付けはやめてくれよ」


「わかりました、ナイトさん」


 それからわたしたちは、しばし世間話に花を咲かせる。

 その結果、ナイトさんとはだいぶ打ち解けられたような気がした。

 べつに打算があったわけじゃないけど、王子の婚約者たるもの、将来の片腕候補と仲良くしておいてソンはない。


「ところで、この厩舎の馬はどれもずいぶん大きいのね。こんな大きな馬、初めて見たわ」


「ああ、こいつはヴェルソード種といって、体高が2メートル以上ある世界最大の馬さ。でもこの国だけにしかいない貴重な品種で、普通の馬に比べて戦闘能力がとても高い。悪用されることを避けるため、王家に認められた人間しか所持することができないんだ」


「なるほど、そんな珍しい馬なら『お披露目』にぴったりというわけね」


「そういうこと。でも気性が荒くてなかなか懐かないんだ……。だから王子にもスーホに乗ってもらって少しでも慣らしておきたいんだが、王子はお披露目の練習にすら参加してくれなくてな」


 その一言が、わたしに新たな閃きをもたらした。


「ねぇねぇナイトくん、スーホくんのお世話をすれば、スーホくんと仲良くなれるよね?」


「そりゃ、世話をするのは馬を慣れさせるための基本だけど……スーホを慣れさせたいのか?」


「うん、王子をギャフンといわせるためにね」


「なんだそりゃ?」


 ナイトくんはなにがなんだかといった様子だったけど、わたしの脳内には完璧なフローチャートができあがっていた。



 スーホくんのお世話をする

 ↓

 スーホくんがわたしに懐く

 ↓

 お披露目の当日、ソリタリオ王子がスーホくんに乗る

 ↓

 暴れるスーホくんをわたしがなだめる

 ↓

 ソリタリオ王子、わたしを見直す



『すごい、ソレイユ……! 動物と心を通わせることができるなんて……! キミは本当に心がキレイなんだね、結婚しよう!』


 わたしはすでに、王子といっしょにスーホくんに乗って熱いベーゼを交わす光景を思い浮かべていた。


 こ……これだっ! これで王子を見返すことができるわ!

 それに『将を射んと欲すればまず馬を射よ』っていうじゃない!


「よぉーし、やるぞっ! わたしの愛情たっぷりの飼育で、スーホくんのハートをわし掴みよっ!」


「ええっ……なんで!? なんで王子の婚約者が馬の世話なんか!?」


 ナイトくんは不思議でしょうがないといった感じだったけど、わたしにとっては思い立ったが吉日。

 ちょうど服装もピッタリだったので、わたしはすぐさま厩舎へと飛び込んでいく。

 しかし入った瞬間にスーホくんから頭突きされ、後ろでんぐり返しで外に転がり出てしまった。


「ぐはあっ!?」


「ああ、言わんこっちゃねぇ……。あのスーホを慣れさせるなんて無理だと思うけどなぁ」


「ま……まだまだ! このくらいじゃ、わたしは……!」


「じゃあせめて、これを使えよ」


 と、ナイトくんが差し出してきたのは、調教用の長いムチだった。


「まずはこれで叩いて、力関係を教え込むといい」


「ううん、いらない」


 わたしが断ると、ナイトくんはますます呆れたような素振りを見せる。


「おいおい、ムチを使うのは調教の基本だぞ」


「わたしが馬だったら、ムチで叩かれるのはイヤだと思う。だから、なるべくやさしく調教してあげたいの」


 そう言い切るわたしの瞳は、きっと愛に満ちあふれていたに違いない。

 しかしナイトくんは、「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」などと言う世間知らずなお姫様を見るような顔をしていた。


「やさしく調教って……お前、馬相手になに言ってんだ……。王子の婚約者にこう言うのもなんだけど、お前って本当に変わってるなぁ……」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 王族たちのプライベートフロアは宮殿の南側にある。

 その最南端、私庭に面する廊下を通りかかったソリタリオは、弟のジワルが窓から身を乗り出して双眼鏡を覗き込んでいる姿を見つけた。


「ジワル、なにやってるの? ノゾキとはいい趣味だね」


 背後から声を掛けられたジワルは「あっ、兄上!」と振り返る。


「違うよ、ノゾキじゃない! これは監視だよ!」


「監視? 誰の?」


「あの大根娘に決まってるでしょ! 兄上も見てみてよ、ジワるから!」


 大根娘と聞いて、ソリタリオは真っ先にあのヒマワリのような笑顔を思い浮かべる。


「……今度はなにをしでかしてるの?」


 ジワルからスペアの双眼鏡を受け取り、兄弟そろって眼前に広がる私庭を眺める。

 麓の草原ではひとりの少女が白馬に追い回されており、遠雷のような悲鳴が宮殿まで届いていた。


「ぎゃーっ!? やめて、スーホくん! 身体を拭いてあげたのになんで怒るの!? あっ、もしかしてお腹触られるの嫌だった!? 次からはそっと触るから! ぎゃーっ!?」


 白馬は鼻先で少女の背中をぐいと押す、すると少女はべしゃっ! と水たまりに突っ込んで泥だらけになっていた。

 その一幕を見ていたソリタリオは、想像を絶したような溜息とともにつぶやく。


「はぁ……あれ、なにやってんの?」


 ジワルは少女の一挙手一投足を見逃すまいと双眼鏡に釘付けになったまま、興奮気味に答えた。


「アイツ、兄上の婚約者のクセして、兄上をほっぽって馬の世話なんかしてるんだよ!」


 泥んこになった少女は、剣士の練習着の少年に助け起こされていた。

 ソリタリオはふたりの唇を注視する。


『しっかりしろ、ソレイユ!』


『あ……ありがとう、ナイトくん……』


『おい、目にアザができてるじゃねぇか!?』


『うん、さっき蹴られちゃって……』


 ナイトの腕の中でぐったりしているソレイユ。

 その光景は、見ようによっては今生の別れのようであった。


『も……もういい加減にしろ! なんでこんなになってまでスーホの世話をするんだ!? こうやって馬に追い回されるヒマがあるなら、王子を追い回せよ! 他の婚約者はみんなそうだったぞ!?』


 怒りと疑問、そして困惑が入り交じったような複雑な表情でソレイユを揺さぶるナイト。

 ソレイユはもはや息も絶え絶えであった。


『ぼ……坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い……っていうでしょ……? その逆だよ……』


『な、なに言ってんだ?』


『……王子好きなら、白馬も大好き……! 王子のまわりにあるものは、王子と同じくらい愛してあげたいの……!』


『な……なんだかよくわかんねぇけど、なんとなくわかったぜ! でも、なんでそこまでするんだよ!? 嫁入り前の顔にアザまで作ってすることかよ!?』


『だって……白馬の王子様が、見たいから……!』


 それっきり、カクンと首を折って気を失うソレイユ。

 ナイトは世界の中心で愛を叫ぶかのように、天を仰いでいた。


『そ……ソレイユぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!!』


 ふたりの悲劇。しかしそれを覗くふたりにとっては喜劇でしかない。

 ジワルは腹をかかえて大爆笑していた。


「あはははははっ! なにやってんのアイツ! あんなバカな婚約者、初めてだよ! 面白すぎて超ジワルんだけど! 兄上もそう思うでしょ!?」


「ああ……本当に、面白いね」


 賛同を求められ、口元を緩めるソリタリオ。

 しかしその眉は、人知れないほどのわずかなシワが刻み込まれていた。

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