44 愛には口づけを
デスポティス王国は独裁国家で、ボツ・チャーマは世襲で国王となった、いわばお坊ちゃま国王である。
ワガママ放題に育てられたため民に圧政を敷き、反乱分子はすべて処刑してきた。
この国で彼の思い通りにならないことはなにひとつなかった。
しかし初めて、思い通りにならないことに遭遇した。
しかも、それを引き起こしているのは敵国の王子。
自分よりもずっとイケメンで背が高く、さらに自分が気に入った少女が洗脳を解くくらいに強い思いを寄せている。
さらに、王子という立場にそれほど執着していない点が気に入らなかった。
国王という立場が無ければ誰からも愛されず、権力にしがみついているボツ・チャーマとは対象的。
なにもかもが自分を上回っているような気がして、ボツ・チャーマは駄々っ子のように暴れはじめた。
「うっ……うわぁぁぁーーーんっ! こっ……殺すぞよ! い、いますぐこやつを……!」
周囲にいた将軍や来客たちはギョッとなり、血相を変えてボツ・チャーマを取り押さえる。
「お……落ち着いてください、ボツ・チャーマ様!」
「いま、ソリタリオ王子に逆らうのは得策ではありません!」
「そうそう! 我らの命はソリタリオ王子の手のひらの上なんですよ!」
「死ぬならひとりで勝手に死んでください!」
わぁわぁと言い争いを始める大人たち。ソリタリオはつきあいきれないとばかりに言った。
「はぁ……。じゃあ、こういうのはどう? 僕とソレイユを見送ってくれたら、山の上にある砲台をぜんぶあげるよ」
この提案にボツ・チャーマは、駄々っ子がアメ玉を差し出されたかのようにピタリと泣き止んだ。
「そ……それは本当ぞよ?」
「うん、約束するよ。僕とソレイユがこの国を出るあたりで砲兵たちを引き払わせるから、あとはご自由に」
ボツ・チャーマはにわかに悩む素振りを見せたが、将軍に耳打ちされてついに決心する。
「わ……わかったぞよ。ならこっちも、国を出るまでは一切手出しをしないと約束するぞよ」
ボツ・チャーマは心の中で、さっそく皮算用をしていた。
――バカめ……! たかがひとりの女を助けるために、秘密兵器を明け渡すとは……!
肝の据わった男かと思っていたら、甘っちょろく青っちょろい優男ではないか……!
いやむしろ我が国に大いなる力もたらしてくれた、青白き天使ぞよ……!
10キロもの先を狙える砲台があれば、ヴェルソ小国など恐るるに足りん……!
あのバカ天使が国に戻った時点で、総攻撃をかけてやるぞよ……!
黒コゲになったバカ天使の前で、あの女を抱いてやる……!
こんどこそあの女をちゃんと洗脳して、ラブラブっぷりを見せつけてやるぞよ……!
兵士の包囲網が解かれ、ひとすじの道ができあがる。
ソリタリオはその道を進み始めたが、途中でなにかを思いだしたように振り返った。
「そうそう、最後にひとつだけ言っとくけど、ソレイユにマインドコントロールなんて効かないよ」
心を読まれたようにドキリとするボツ・チャーマに、いつものウインク。
「だってソレイユは僕が好きなんだから」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
パカパカというリズミカルな足音。ラベンダーの香りに背中を預け、心地良い振動に揺られるわたし。
寝ぼけ眼であたりを見回すと、一面の草原が広がっていた。
「ふにゃ……? ここ、どこ……?」
「どこでもいいんじゃない?」
頭上にはなんだか懐かしい重さが乗っている。
顔を見なくても、後ろにいるのが誰だかわかった。
「……王子……」
「まったく、ずっと緊張状態にある国に来させるなんて」
「ごめんなさい……怒ってる……よね?」
「どうしてそう思うの?」
「わたしたちを逃がすかわりに、遠くまで狙える大砲をあげちゃったんでしょう?」
「なんだ、聞いてたの」
「うん、ぼんやりとだけど……でもそんなすごい大砲、あげちゃっていいの?」
「いいんじゃない?」
「そんな、ノンキな……!? あげた砲台で攻めてこられちゃうよ!?」
「いいんじゃない? アレで攻めてこられるのなら、ね」
わたしは王子の顔は見えなかったけど、いつものウインクをしていることだけはわかった。
「ごめんなさい、わたしのせいで……」
「べつにいいよ。お嫁さんも手に入ったことだしね」
「お……お嫁さんっ!?」
わたしは驚きのあまり飛び上がり、王子のアゴをゴチンと突き上げていた。
「いてて……」
「ご、ごめんなさい! で、でもお嫁さんって、誰が!? どうして!?」
「誰がって、キミに決まってるでしょ。どうしてって、結婚式場で誓いのキスをしたんだから当然でしょ」
「で、でもでも! わたしのことを悪趣味なガラス玉って……!」
「それって、褒め言葉のつもりだったんだけどなぁ」
「えっ?」
「『石ころ』と『悪趣味なガラス玉』って、どっちがいいと思う?」
「そりゃ、悪趣味でもガラス玉のほうが……」
「でしょ?」
王子は当たり前のように言うけど、わたしは納得いかなかった。
「でも、でもでもでも! 王子には付き合ってる人がいるんじゃないの!?」
「いないよ」
「でも寝室で、メイドさんと……」
「彼女のこと?」
するとどこからともなく黒装束の女の人が現われ、スーホくんの横に並んで早足で歩きだした。
「えっ!? こ……この人は……?」
「宮殿で働いてたメイドだよ。正体はどっかの国の暗殺者で、昨日僕を殺しに来てたんだ。でも、僕のものになったんだよね」
「え……えええっ!? 本当に!?」
すると黒装束の女の人は「御意」と頷く。
「昨日まではソリタリオ様を殺めるつもりでいました。でもあの朝、床の中で説き伏せられ、ソリタリオ様の下僕となったのです。それと、誤解なきよう。床の中とはいえ、ソレイユ様が思われていたようなことは一切しておりませんので」
頭巾ごしに見える彼女の瞳は、大人の女性だけが持つ妖艶なる色気をたっぷりと含んでいた。
かと思いきや、その頬が少女のようにポッと染まる。
「あっ、でもソリタリオ様が望まれるなら、喜んで……キャッ!」
男を手玉に取ってそうな美人暗殺者が、説得されただけで少女みたいになって忠誠を誓うなんて……。
とても信じられないが、ソリタリオ王子なら平気でやってのけそうな気もする。
「この子は目を見ただけで暗殺者だってわかったよ。でも使用人のフリをする暗殺者なんてうちの宮殿にはごまんといるから、いちいちクビにするのも面倒だと思って、味方になってもらったんだよ」
わたしにはとうてい及びもつかない考え方だった。
「そういえば王子って、敵意のある人をまわりに置きたがるってナイトくんが言ってた……。でも暗殺者までそばに置いたりしたら、命がいくつあっても足りないんじゃない?」
「僕にとってはね、懇意の人も殺意の人もおんなじなのさ」
「キミを除いては、ねっ」。その言葉が終わるより早く、わたしは肩を抱かれ王子のほうを向かされる。
王子はわたしのアゴをクイッと持ち上げ、顔を近づけてきていた。
「な……なにを……!?」
「なにをって、結婚した実感がないんでしょ? だったらもう一回しようと思って」
「ちょ、待って……! まだ心の準備が……!」
「まだその段階なの? 僕はずっと前から心の準備なんて終わってるのに」
「そ……そうなの……!?」
「うん」と頷く王子。
「だってソレイユは僕が好きなんだから」
「……えっ?」
最初は意味がわからなかった。でも言葉の意味がわかった途端、わたしの心は太陽を見つけたヒマワリみたいにパアッと花開く。
もう。性懲りもなく、またやってる。
また、わたしをからかおうとしてる。
わたしはもう、王子の思い通りにはならない、そう決めた。
だからわたしは王子の頬に手を当て、王子より先に唇を重ねる。
遠くのほうで、祝福の鐘が鳴っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ソリタリオとソレイユが幾度となく口づけを交わしながら、ヴェルソ小国の宮殿に戻っていた頃……。
ボツ・チャーマは軍隊を引きつれ、例の魔導砲台のある山頂を目指していた。
その山は険しい岩山だったので馬車が使えず、誰もが汗だくになって山を登っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……! も、もう少し、もう少ぞよ……! もう少しで最強兵器が、余のものに……!」
しかし頂上についた一同を迎えてくれたのは、ただのハリボテだった。
「な……なんぞよ、これは……!? ただの板きれに、砲台の絵が描いてあるだけではないか!?」
「そ、そんなはずは……!?」と将軍。
「ソリタリオが結婚式場に乗り込むとき、たしかに砲撃の大爆発がありました! なにかのトリックでもなければ……!」
そこまで言ったところで、将軍はハッとなる。
「だ、誰か! 誰か戻って、結婚式場の爆発をよく調べるんだ!」
将軍の読みは的中。
結婚式場のある丘、陥没した爆心地を調べてみたら……なんと時限式の爆弾の残骸が見つかった。
してやられたと気づいた時には、なにもかも手遅れ。
将軍は血の涙を流しながら、爆弾の破片を握りしめていた。
「ぐっ……ぎぎぎ……! 大砲の砲撃を時限式の爆弾で偽装するとは……! なんというヤツだ……! しかも国境警備隊の報告によると、敵兵の影も形もなかったというではないか……!」
その場に居合わせた各国のお偉方は、ソリタリオの大胆不敵なやり方に驚嘆したという。
「す……すごい……! 王子ほどのお方なら、軍隊を引きつれてきてもおかしくないのに……!」
「婚約者の窮地にたったひとりで敵地に乗り込んでくるなんて……!」
「しかも10万の軍勢を手玉に取って帰っていくとは、なんというお方だ……! 」
「恐るべき、ソリタリオ王子……! ヴェルソ小国を敵に回すことだけは避けた方が良さそうだ……!」
ボツ・チャーマは悔しさのあまり、手の付けられない駄々っ子のように転がり暴れていた。
「やられた……! やられたやられたられた、やられたぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!! あ……悪魔っ……! あの男は、青白き天使などではなかった……! 蒼白き悪魔ぞよっ! うがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
そしてさらなる思いを募らせていく。
「そんな悪魔が、命を懸けてまで追い求める女……ソレイユ……! 欲しい……欲しすぎるぞよ……! なんとしてもソレイユを我が妃にしてみせるぞよ……! 側室ではなく、正室として……!」
それを聞いたヘビイチゴとブリオッシュは調子に乗った。
「そ……そうでしょう!? ソレイユさんは最高のレディです! でもそれを育てたのは、このヘビ……! あの子は乳母のヘビのことを実の母親のように慕っているんですよぉ!」
「いえいえ、ヘビイチゴさんはなにもしてませんよぉ、ソレイユさんを育てたのはこのブリオッシュでございます! ですのでご結婚の暁には、ぜひこのブリオッシュを……!」
ふたりは即日処刑されたという。
このお話はこれにて完結です! 最後までお読みいただきありがとうございました!
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