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42 助けて王子

 ソレイユは泣いていた。自分の無力さに打ちひしがれるように、拳を握りしめボロボロと涙を流していた。

 彼のため泣いたのは数え切れないが、泣いても泣いても涙が止まらなかった。


「うっ……! うっ……! ううっ……! 王子に喜んでもらえると思って、一生懸命がんばったのに……! 朝早くから遅くまでヘトヘトになるまで特訓して、やっと一人前のレディになったのに……!」


 バッと天を仰ぎ、拳を突き上げ叫ぶ。


「それなのに浮気するなんて……あの悪魔王子ぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!」


 絶叫するソレイユに、騒然となる客席。

 ボツ・チャーマとの結婚式はこれまで幾度となく行なわれてきたが、婚約者が泣きだすことは珍しくなかった。


 しかしそれらはすべて、ボツ・チャーマに仕えられる喜びからくる嬉し涙であった。

 誓いの言葉で他の男のことを叫び、涙を流したのはソレイユが初めて。


 プライドを傷つけられたボツ・チャーマは、ワナワナ震えながら司会の悪女コンビを睨みつける。

 ヘビイチゴは自分は悪くないと言わんばかりに、ブリオッシュを責め立てた。


「ちょっと、どういうことなの!? あなた、ちゃんと洗えてないんじゃないの!?」


「そ、そんなはずは……! 王子を都合のいい男のように思う、強力な洗脳を施したのに……! それが解けるなんて、この子はどれだけ王子のことを想ってるの……!?」


 慌てふためきながらも、紐で縛ったコインをポケットから取りだすブリオッシュ。

 応急処置のようにソレイユを催眠に掛け、ボツ・チャーマに言った。


「い……いまです、ボツ・チャーマ様! いまのうちに、誓いのキスを! そうすればふたりの仲は神が認めたことになり、ソレイユの心も堕ちることでしょう!」


 ヒザを付いたままウトウトしているソレイユの肩を、ボツ・チャーマは抱く。

 ムチュムチュとキス顔を作りながら、ソレイユの唇に迫る。


「ソリタリオのことなど、偉大なる余が忘れさせてやるぞよ……!」


 しかしソリタリオの名が出た瞬間、ソレイユは朝のニワトリのごとくパッチリと目覚めていた。


「こっ、こけえっ!? こっ……ここ……どこ……!? な、なに、なにこのオジサン!?」


 ついに完全なる正気を取り戻すソレイユ。しかし、いきなり見ず知らずの場所にいることに気づき慌てふためく。

 混乱するあまり、目の前にあった脂ぎった顔にとっさにビンタをかます。


 ……すぱーん!


 小気味よい破裂音。「はぶうっ!?」とテールランプのようなテカリの跡を残しながら吹っ飛んでいくボツ・チャーマ。

 ソレイユは控えていた兵士たちに取り押さえられてしまった。


「この無礼者! こちらのおすわす方をどなたと心得る! デスポティス王国の国王、ボツ・チャーマ様にあらせられるぞ!」


「えっ……えええっ!? なんでわたし、隣の国にいるのっ!? それになんなの、この格好ぉぉぉぉーーーー!?」


 パニック状態に陥るソレイユ。

 顔に手形が付いたボツ・チャーマは舌なめずりをしていた。


「偉大なる余に手をあげるなんて……気に入ったぞよ」


「いやっ! あなたに気に入られたってうれしくない! わたしは王子のことが好きなの!」


「でもあやつにとって、そなたはガラス玉なのであろう? 余は宝石のようにそなたを愛でてやるぞよ」


「だからいやだってば! たとえガラス玉扱いでもいいから、わたしは王子のそばにいたいのっ!」


「むほほ、この気の強さ、ますます気に入ったぞよ。こういう女をじっくりと飼い慣らすのも、たまにはいいぞよ。とりあえず、誓いのキスをするぞよ」


 兵士たちに取り押さえられて、無理やりオヤジにキスされる。

 もはや結婚式における誓いのキスというよりも、新感覚の処刑のような光景であった。


「やっ……やめてやめてやめてっ! 助けて、王子っ! 王子ぃぃぃぃぃーーーーーっ!!」


 唯一自由になる顔を必死にそむけて抵抗するソレイユ。

 しかし抵抗すればするほど、ボツ・チャーマの嗜虐心を刺激するだけだった。


「むほほ、ここは難攻不落といわれた王家の結婚式場。たとえ軍隊が攻めてこようとも、ふたりの愛を邪魔することはできぬぞよ」


「そ……そんなことない! 王子はいつも助けてくれたもん! わたしがピンチのときは、必ず……!」


「ならもっと鳴くがいいぞよ。いくら鳴いたところで、誰も助けにはこない……ソリタリオへの絶望は、やがて余の希望へと変わるぞよ。雨が雪に変わるように……」


「あなたの指図で絶望なんかしない! あなたに希望も抱かない! わたしの絶望も希望も、ぜんぶあの人のものなんだからっ!」


「ええい、強情な娘ぞよ。もういただくとするぞよ。病気が伝染(うつ)るくらいの濃厚なベロチューで、そなたは余のものぞよ……!」


「いやああああっ! ソリタリオ王子ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 少女の唇が飲み込まれようとした瞬間、神の怒りに触れたかのような爆炎が丘の麓から起こる。

 天を焦がすほどに吹き上げる炎に、場内の視線がすべて奪われた。


 そして、彼らは目にする。

 炎の翼を頂き、天高く舞い上がるその姿を……!


「あ……悪魔っ!?」


 誰かが言った。

 その者は白馬にまたがり、兵士たちを蹴散らしながら式場のド真ん中に飛び込んでくる。

 ソレイユは、まっさきにその名を叫んだ。


「そ……ソリタリオ王子っ……!? それに、スーホくん!? ど……どうしてここにっ!?」


 ソリタリオは深紅のタキシードを着ていた。自らの悪魔的魅力をよりいっそう引き立てるように。


「どうしてって、キミが呼んだんじゃないの?」


 ソリタリオはいつもの飄々とした口調で、ひらりと白馬を下りる。

 ボツ・チャーマは腰を抜かして立てなくなり、死にかけのゴキブリのように足をワシャワシャさせていた。


「ば……ばかなっ!? 我が国は建国以来、ヴェルソ小国とは敵対関係にあるぞよ! 王子であるお前はこの国に近づくことすらできないぞよ! なのに、どうしてここにいるぞよっ!?」


「さぁね。乳母が入れるくらいなんだから、入れるんじゃない? そんなことよりソレイユは連れて帰るから」


 王子は慣れた手つきでソレイユを引き寄せ、いつものように抱き上げようとする。

 しかしソレイユは、エサの時間がいつもより遅れた飼い猫が、抗議のかわりとして飼い主の抱っこを嫌がるように身をよじらせていた。


「い……いやっ! 帰らない! わたしがなんでも言うことを聞くと思ったら大間違いなんだから! わたし、このへんなオジサンと結婚する! そして二股かけて、王子を困らせてやるんだから!」


 ソレイユはソリタリオが助けにきてくれた安心感と同時にこれまでされた仕打ちを思いだし、きかん坊化。

 機関銃のようにわめく彼女に、さすがのソリタリオも溜息すら出なくなっていた。


「まったく……。あんなに泣き喚いて僕の名前を呼びまくっておいて、なに言ってるの。っていうか話がややこしくなるから、ちょっと黙っててくれない?」


「いやっ、黙らない! もうあなたの思い通りにはならないんだから!」


 ソリタリオの胸をぽかぽか叩くソレイユ。

 しかしソリタリオが真顔で見つめているのに気づき、ソレイユは雷を怖がる子供みたいにビクリと縮こまった。


「そ……そんな顔したって、黙ったりしないんだから! わっ……! わーわーわーっ!」


「キミを黙らせることくらい簡単なんだけどな」


「ま……まさか……!? わたしを殺すつもり!?」


 強気の態度をあっさり崩し、病院に連行される猫のように縮こまるソレイユ。

 愛らしい百面相。実はこの時、ソリタリオは不意を突かれて吹き出しそうになっていた。

 しかしおくびにも出さず、いつもの口調で答える。


「初めて会った時、キミも言ってたじゃないか。目には目を、歯には歯を」


「ひっ……!?」


「愛には口づけを」


 ソレイユはそよ風のようなラベンダーの香りに頬を撫でられ、唇を奪われる。

 甘く、どこまでも甘い。とろけるような感触に、全身の力が抜けていく。

 胸を叩いていた手は、タキシードをきゅっと握りしめていた。

 ソリタリオがゆっくりと顔を離すと、ソレイユは恍惚の表情。

 鼓動にあわせてさざ波のような甘美が広がっていくのに身を任せ、すっかり心ここにあらずだった。


「ほらね?」


 いたずらっぽく微笑むソリタリオ。

 式場の鐘が、祝福するように鳴り渡る。


「あ~あ、誓いのキスになっちゃったみたいだね」

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