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04 最悪の旦那様

「お……王子っ!?」


 驚きのあまり、自然と引きつる声。ソリタリオ王子はさも意外そうな声で言った。


「なんだ、ヒジを置くのにちょうどいい高さの台があるなと思ったら、ソレイユだったんだ」


「わ……わざとらしい!」


 この人の前だとどうにも調子が狂う。頬が熱くなって、声が大きく裏返ってしまう。

 そしてこの人は、そんなわたしの戸惑いすらも見透かしているような笑みをする。


「こんなとこでなにしてるの?」


「見ればわかるでしょう!? お掃除です!」


「掃除? 掃除なんて使用人の仕事でしょ」


「そんなことありません! わたしの家じゃ、お掃除は自分でやってました!」


「貴族の令嬢は掃除なんかしないよ。少なくとも、王都ではね」


「そ……そうなの!?」


 知らなかった。わたしは普通にメイドさんといっしょにお掃除してた。

 うちにはひとりしかメイドさんがいなかったから、大変だと思って。

 ソリタリオ王子は「あ、そっか」と合点がいったような声をあげる。


「ソレイユの家は田舎の貧乏貴族だったよね。だったらしょうがないか」


「……ぐぎっ!」


 は……腹立つ!

 悔し紛れにハタキを折れんばかりに折り曲げる。わたしが悔しがる姿を見て、王子は微笑んでいた。


「やっぱり、ソレイユは面白いね」


「え?」


「僕と婚約した女たちが、この宮殿に来て最初になにをしたか知ってる? これでもかっていうくらいに着飾って、自分をキレイに見せようとするんだ。でも自分は粗末な服を着て、まわりをキレイにしようとしたのはソレイユが初めてだよ」


 それは、褒められているのかけなされているのかよくわからなかった。

 それに、粗末な服って……。これ、いちおう普段着なんですけど。


「キミの気持ち、たしかに伝わったよ」


「王子……」


 あたたかい一言が上乗せされて、わたしの胸がキュンとなるのがわかった。

 しかし直後に無神経な一言がさらに上乗せされ、わたしの胸は怒りでドカンとなった。


「僕に気に入られたくて必死だっていう気持ちがね」


「なっ!? だ、誰があなたのことなんか!」


「違うの? さっき『ソリタリオ様、喜んでくれるといいな』とか言ってたくせに」


「みっ……見てたの!?」


 わたしのリアクションがおかしくてたまらないのか、ソリタリオ王子は微笑みを通り越して笑いをこらえるような顔になった。

 全身が真っ赤になっていくのが自分でもわかるくらい、すっごく恥ずかしい。

 穴があったら入りたい。でも穴なんて無かったので、そばにあった壁に顔を伏せてごまかした。


「あ……あんたなんか大っ嫌い! あっち行って!」


「いいの? せっかくご褒美をあげようと思ったのに」


「えっ?」


 壁際のわたしを大きな影が包み込んでくる。

 振り向くとそこには、壁にドンと手を付いて、わたしを見下ろすソリタリオ王子が……!


「ひゃあっ!?」


 びっくりして顔を伏せようとしたけど、アゴを掴まれクイッと上を向かされてしまう。

 鼻先がぶつかりそうなくらいの間近まで、ソリタリオ王子の顔が迫ってきた。


「ふふっ、僕のかわいい奥さん」


 耳をくするぐるような甘いささやきとともに、長い睫毛が降りる。

 ソリタリオ王子のキス顔は、わたしが想像してたよりもずっと幻想的だった。

 吐息を感じるだけで身体がとろけそうになり、視界が霞んで前が見えなくなる。

 唇が触れる瞬間、わたしは身を固くしてきつく目を閉じていた。


 ……べろんっ!


 はじめてのキスは唇どうしではなくて舌で、顔全体を舐め回すようだった。

 しかもキスの直前までは甘い吐息だったのに、キスが始まった途端に興奮しだしてハッハッと息が荒くなっている。


 そ……ソリタリオ王子ってば、見かけによらず情熱的……! まるで、獣みたい……!

 これがもしかして、王子の本性……!? それともこれが、王族式のキッスってやつ……!?


 顔をベロベロ舐められても黙って身を任せる。しかし少し離れたところから笑いが起こったので目を開けてみる。

 すると飼い犬のグッドくんがわたしに覆い被さるように両手を付いて壁ドンしていて、わたしの顔をこれでもかとペロペロしていた。


 グッドくんの肩越しに、クスクス笑いが止まらなくなっているソリタリオ王子の姿が。


「ふふっ、僕からのごほうびは気に入ってくれたかい?」


 わたしは声なき怒号をあげる。


 や……やられたぁーーーーっ! また、からかわれたぁーーーーっ!

 ぐっ……ぐぬぬぅぅぅ~~~っ!


「グッド、もういいよ」


 わたしの顔がベトベトになったところで、ソリタリオ王子はグッドくんを呼び戻す。

 グッドくんはソリタリオ王子には忠実のようで、おすわり、お手、を迅速にこなしていた。


「おいで、グッド」


 ソリタリオ王子が両手を広げると、グッドくんは嬉しそうにワンと鳴いて飛びかかっていく。

 わたしにしたみたいに、ソリタリオ王子の顔をベロベロ舐めはじめた。

 顔を舐められてくすぐったそうに笑う王子は翼のない天使みたいで、わたしの怒りもどこかへ行ってしまいそうになる。


「はぁ……天使のような悪魔め……」


 ぐったりと肩を落とすわたしを見て、王子はなぜか嬉しそう。


「間接キス、しちゃったね」


 瞳の輝きがこぼれたかのような、キラリとしたウインクが飛んでくる。

 わたしは二重の意味で不意を突かれ、「へっ」とマヌケな声を漏らしてしまった。


 そ、そういえばこれって、グッドくんを通じた間接キスだ。

 そう思って頬が赤くなりかけたところで、わたしは顔を左右にブンブン振って熱気を振り払う。


 も……もう、あのいたずらっぽい笑顔と、甘い言葉には騙されないぞっ!


「ま……またからかって! 女の子の気持ちを弄ぶなんて、最低っ! いくら王子だからって、やっていいことと悪いことがあるんだから!」


 わたしは反撃ののろしをあげるように手を挙げ、振り下ろす勢いでソリタリオ王子をビシッと指さす。

 しかしそののろしは、王子のたったの一言であっさり鎮火してしまった。


「次はマジでするから」


「えっ」


 キョトンとなるわたし。


「そ、それってまさか、次は本当に、キッスを……?」


 わたしはドギマギしながら問い返したけど、ソリタリオ王子のニヤニヤ笑いがその答えだった。

 手玉に取られ続けた悔しさで涙があふれてきて、いてもたってもいられなくなる。


「い……言ったそばから、からかってぇぇぇぇぇーーーーーっ! うわぁぁぁぁぁーーーーんっ!」


 わたしはハタキもホウキもほっぽり出し、王子から逃げ出した。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 涙を振り払うようにがむしゃらに走りまくった挙げ句、気づくと宮殿の外に出ていて、わたしは見知らぬ庭にいた。

 庭は低地になっていて入り口からは見晴らしが良く、宮殿からだと一望できそう。麓は草原で、遠くには巨大迷路みたいなバラ園や湖が見える。


「はえー……すっごく広い……。どこ、ここ……?」


 そういえば、宮殿には王族関係者だけが入ることができる私庭があると聞いた。

 わたしの家にも庭はあったけど、猫の額にくっついたノミの額くらいの広さしかなかった。


「ここよりも広そうな山をパパが持ってたけど、ぜんぜん手入れされてなくて草ボーボーだったんだよね……」


 どうでもいいことをひとりごちながら道沿いに傾斜を降りていく。

 麓の草原は放牧地も兼ねているようで動物の足跡らしきものがたくさんあり、大きな厩舎もあった。


 厩舎の入口には『関係者以外立入禁止』の札があったけど、わたしはソリタリオ王子の婚約者だからいいよね?

 中の動物見たさに自分に言い訳しつつ厩舎に入ってみると、馬がたくさんいた。


「うわぁ! うまウマ馬っ! お馬さんだぁーっ!」


 うちにも馬はいたけど1匹だけで、領内の大牧場でもこれほどの数の馬はいなかった。

 わたしは動物好きなので、それだけでテンションが最高潮に達する。


「こんなおおきな馬、初めて見た! おおきくってでっかーいっ!」


 興奮のあまり語彙が乏しくなっちゃったけど、でもなんでこんなにおおきな馬がたくさんいるんだろう?

 その疑問の答えは厩舎の壁にある黒板に書いてあった。


『ソリタリオ様初登校まで、あと5日』


「そっか、この馬たちはソリタリオ王子の初登校のお披露目に使われるのね」


 普通の学校は入学式の次の日から始業だけど、『王立ヴェルソ学園』は入学式の一週間後が始業となる。

 そして始業の日の初登校は『お披露目』といって、新入生の登校を見るために多くの人が集まるんだ。


 なぜならば、王立ヴェルソ学園には王族や貴族を親に持つ生徒が大勢いる。彼らはいわば、未来のスター。

 スターの卵の新入生はこの日のために準備をし、集まった人々に自分の力を誇示するようなパフォーマンスをしながら登校するんだ。

 それは剣士による演武行進だったり、魔術師によるマジカルパレードだったり、豪商なんかはお金をバラ撒いたりするらしい。


「ヴェルソ小国の王族の場合、王子お抱えの騎士団の行進が伝統になってるんだよね」


 厩舎の奥に進んでいくと、明らかに扱いの違う一匹の白馬がいた。

 柵のネームプレートには『スーホ』とある。


「あ、この子がきっとソリタリオ王子が乗る馬だ。スーホくん、こんにちは~」


 嬉々として近寄っていくと、スーホくんは急に暴れ出した。いなないた拍子に柵が真っ二つになり、わたしは衝撃で弾き飛ばされてしまう。


「きゃっ!?」


 見上げると、スーホくんは前足を高く振り上げ、いまにもわたしを踏み潰そうとしていた。

 とっさに頭を抱え、身体を縮こませるわたし。


 あんなおっきな馬に踏み潰されたら、死んじゃう……!?


「や……やめて、スーホくんっ! た……助けてっ! ソリタリオ様ぁぁぁぁーーーーっ!」


「……バカ野郎っ!!」

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