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38 キツネの穴

 善は急げとばかりにヘビイチゴ様はさっそく馬車を手配してくれて、わたしは学園から帰って早々に宮殿を出ることになった。


 記者に嗅ぎつけられてはいけないと、馬車は王家のやつじゃなくて一般の馬車。

 さらに『キツネの穴』は本当に極秘の場所らしく、馬車に乗る前にアイマスクをさせられた。


 しかもそれだけではなく、行く途中に馬車を何度も乗り換えさせるという徹底ぶり。

 わたしはいまどこにいるのかわからない状態で、長いこと馬車に揺られていた。


 夕方になって着いたのは、山奥にあるお屋敷。

 静養所のような見た目で、まわりにはなにもない静かな場所。

 しかしお屋敷の前には何台も馬車が停まっていて、身なりの良い令嬢がちらほらいた。


 わたしは新入生ということで、まずは『キツネの穴』でいちばん偉いという校長に挨拶にいく。

 通されたのは椅子がふたつだけしかないのに、まわりには振子時計がいっぱいあるという不思議な部屋だった。


 座って待っていると、やって来たのは品のあるおばあさん。

 おばあさんは牛乳瓶のようにぶ厚い丸メガネを掛けていて、わたしの前に座ると、白く光るレンズにいくつもの振り子が映り込んでいた。


「私はここの責任者のブリオッシュです、よろしくね」


 ブリオッシュさんの第一声は穏やかなのに朗らかで、わたしはいっぺんで好きになった。


「ソレイユです、よろしくお願いします!」


「よくご挨拶できました、偉いわねぇ。お話は、ヘビイチゴ様から伺っておりますよ。お話どおり、元気なお嬢さんのようですねぇ」


「そ、それほどでも……」


「女は元気が一番、おしとやか二番。あなたがソリタリオ王子の一番になれる花嫁修業のメニューを考えますから、いろいろ聞かせてもらえるかしら?」


 それからブリオッシュさんはいろんなことを尋ねてきた。

 振子時計の規則的なカチカチという音と、ブリオッシュさんのゆっくりした話し方が眠気を誘う。

 わたしはウトウトしながらも、すべての質問に答えた。


「王子の気を引くために、これまでソレイユさんはどんなことをしたの? お化粧? プレゼント? 夜、寝室を尋ねたりとか?」


「えっと、馬の世話とか……」


 ブリオッシュさんの声のオクターブが上がった。


「う……馬の世話っ?」


「はい、馬の世話をすれば、喜んでもらえるかと思って……」


「そ、そう、なんだかよくわからないけど……他には?」


「あとはなんだろう、廊下の掃除とか、いっしょに決闘したりとか……」


「はっ? そ、そうですか……あなた、一般的な婚約者とは、ずいぶんかけ離れたことをしているんですね……」


「えっ、そうですか……?」


「そんなことだから、ソリタリオ王子に石ころなんて呼ばれてしまうのですよ」


「そ……そうなん、ですか……?」


 この時のわたしはもう睡魔に負けそうで、口の端からヨダレを垂らしていたんだけど、ブリオッシュさんからギュッと手を握りしめられて一発で目が覚めてしまった。


「ここに来た以上、もうあなたを石ころなんて呼ばせません。なぜならあなたはここで磨き上げられるからです。目指すのです、ソレイユさん。輝くのです、ソレイユさん。あなたはここで、石ころから宝石になるのです……!」


「は……はいっ!」


 それからわたしの花嫁修業の日々が始まった。

 花嫁修業というのはお料理とかお掃除とかのイメージがあったんだけど、貴族や王族の令嬢はそんなことはしないみたい。

 することといえば、まずは優雅な立ち振る舞い。


 殿方の目を引く歩き方、思わず殿方が手をさしのべたくなる馬車の降り方、思わず殿方がこのあと食べちゃいたくなるような食事の作法、などなど。

 その特訓方法は頭の上にたくさんの本を載せて落とさないように、なおかつお尻をキュッと引き締めながら歩くという妙なものだった。


 それらの作法の他に、お化粧の仕方やドレスの選び方も教わった。

 わたしはお化粧はいちどもしたことがなくて最初はオカメのお面みたいになっちゃったけど、少しずつ慣れていく。


 さらに座学として、殿方の部屋にある秘密の書類の隠し場所や、金庫の開け方なども教わる。

 これはいざというときに、殿方の秘密を守るための心得らしい。


 わたしにとってはどれも未知の体験ばかり。まわりの生徒から比べるとだいぶ落ちこぼれていたけど、一生懸命がんばった。

 だって、宝石になりたかったから。いつもわたしのことをバカにしてくる王子を見返してやりたかったから。

 特訓中のわたしの頭のなかは、いつも王子のびっくり顔でいっぱいだった。


『う……美しい……! なんという美しい所作なんだ……! いつのまに、そんなスーパーレディに……!? 見直したよ、ソレイユ! いますぐ結婚しよう!』


 終業のチャイムなどわたしにとってはウエディングベル同然で、ずっと遅くまで居残り特訓をする。

 訓練のしすぎで足にマメができて、破れて血が出たこともあった。


 まさに血の滲むような辛さ。でもわたしはへこたれない。

 いつもわたしがびっくりさせられてるから、今度こそわたしがびっくりさせてやるんだ……!

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