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37 ヘビイチゴの改心

 涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない。

 ならば、ヘビイチゴはきっと噛みしめていたことだろう。


 己の、人生を……!


 朝食を終えたヘビイチゴは逃げるようにして食堂を出ると、王妃の謁見室に駆け込む。

 中にいる使用人たちを追い出し、薄暗い部屋のなかでひとり荒れ狂っていた。


「くやしいっ……! くやしいくやしいくやしいっ! きぃぃぃぃぃーーーーーーっ!!」



 ――なぜ……!? なぜあの大根娘が王族専用の食堂にっ……!

 いままで婚約者があの食堂に入るかどうかは、このヘビが決めていたのにっ……!



 ヘビイチゴは歴代の婚約者を来客用の寝室に住まわせ、残飯の食事を与えるようメイドに指示を出していた。

 それは婚約者いびりの一環だったのだが、そこから脱出するためにはふたつの条件のうちどちらかを満たす必要があった。


 ひとつは、ヘビイチゴに多額の献金をすること。もうひとつは、ヘビイチゴの靴の裏を舐めて忠誠を誓うこと。

 そこまでやってようやく、王族の食堂で王子とともに食事ができるのだ。



 ――ヘビが作った掟は、あっさり破られてしまった……!

 まさかソリタリオ様が、あんなことを言い出すなんて……!



 ヘビイチゴからすれば、没落寸前の貴族の娘であるソレイユにはなんの魅力もない。

 ソリタリオがたわむれで婚約者にしただけで、一週間ほど弄んでから捨てるものだと思っていた。



 ――王子は次の婚約者まで決めていたはずなのに!

 次の婚約者は、バイオレット家の令嬢ではなかったの!?

 バイオレット家の力があれば、デスポティスにさらに恩が売れるのに……!



 ヘビイチゴの思い込みは加速する。



 ――なのになぜ、まだあの大根娘がのうのうとこの宮殿にのさばっているの!?

 本当なら今頃は、この宮殿はラビアンローズであふれかえっているはずなのに……!



 ヘビイチゴは懐刀を出すように、ドレスの袖から黒いものを取り出す。

 それは、夜を切り取ったような漆黒のヘビであった。



 ――こうなったら、なりふり構ってはいられない……!

 さっさとあの大根娘を亡きものに……!



 ヘビイチゴは強硬手段も辞さない覚悟で謁見場を出ようとしたが、つい先ほどの王子の視線を思い出し、正気を取り戻した。



 ――い……いけない……!

 この状況であの大根娘を殺したりしたら、ヘビが真っ先に疑われる……!



 万策尽きたように頭を掻きむしるヘビイチゴ。

 ワラにもすがりたい彼女は、部屋の奥にある巨大なマザーロウの肖像画に向かってひれ伏した。


「ああ、我が女王……! いや、我が女神マザーロウ様……! どうか、あの下品な大根を亡きものにする天啓をお授けくださいっ……!」


 するとその願いが届いたかのように、ヘビイチゴの脳裏に閃きがよぎる。

 顔を上げると、その瞳孔は邪神の呼び声を聞いたかのように開ききっていた。


「そ……そうだ……! あの(・・)手があった……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 わたしはソリタリオ王子と朝ごはんをいっしょに食べ、同じ馬車に乗って登校した。

 ふたりでいっしょにキャンパスを歩くと、まわりから称賛の溜息が起こる。

 その称賛はぜんぶソリタリオ王子に向けられているもので、わたしには嫉妬の視線ばかり。

 でもわたしはぐっと婚約者っぽくなれた気がして、一日じゅうゴキゲンだった。


 授業を終えてルンルン気分で宮殿に戻ると、メイドさんからヘビイチゴ様がお呼びですと言われた。

 おそるおそる王妃の謁見場に行ってみると、そこには白い仮面のような顔をニッコリさせるヘビイチゴ様がいた。


「おかえりなさい、ソレイユちゃん」


 産毛をサワサワされているような、不気味な猫なで声だった。


「た……ただいま戻りました、ヘビイチゴ様。あの、なにか……?」


「あなたに謝りたいと思って」


「えっ?」


 ヘビイチゴ様は急にしおらしい声になった。


「いままで意地悪してごめんなさいね。ソリタリオ様がおっしゃっていたように、あなたを試していただけなの。でもちょっとやりすぎちゃったみたい」


「そんな……別にいいんです。頂いたドレスは素敵でしたし、ごはんもごちそうでしたから」


 するとヘビイチゴ様の白い顔が、ビシッ! とひび割れる。


「そ……そう、ならよかったわぁ。ヘビも心を入れ替えて、ソレイユちゃんを正式に婚約者と認めようと思うの」


「えっ、ホントですか?」


「もちろん。だからこれからは、ちゃんと花嫁修業もしましょうね」


「花嫁修業?」


「ええ。王族に嫁ぐ女性は、王族専用の花嫁修業をする決まりがあるの。王家のしきたりや礼儀作法などを学ぶ必要がありますからね」


 わたしは今日ずっと婚約者気分でいたけど、ここにきて花嫁気分にアップグレード。

 もちろん、一も二もなく答えた。


「や……やります! 花嫁修業、やらせてください!」


「そう言ってくれると思っていたわ。でも花嫁修業はこの宮殿ではなくて、べつの場所で行なうの。『キツネの穴』でね」


「きつねのあな?」


「そう、そこは花嫁修業における特訓場なの。場所は通っている女性だけの秘密で、誰にも明かしてはならないの。王族の殿方ですら誰も知らないわ。まだ子供のジワル様はもちろん、ソリタリオ様もね」


「えっ、王子もご存じないんですか?」


「そう、だからあなたも教えちゃダメよ。それに、これも花嫁修業のひとつなの。女というのは、秘密を持つことでさらに美しくなるのよ」


 大人の女の世界を垣間見た気がして、わたしは思わず唸ってしまった。


「なるほどぉ……!」


「これからソレイユちゃんには、学校が終わったら『キツネの穴』に通ってもらいます。通っていることは誰にも内緒。……約束できる?」


 わたしは即答しかけたけど、ちょっと待て、となる。

 もしかしてこれって、ヘビイチゴ様の罠かもしれない。

 いくらわたしが三歩歩いたら忘れるおバカでも、そのくらいの警戒心はある。


「あの、ちょっと考えさせてもらっても……」


「なにを言っているの。あなたはクソ田舎のゴミ貴族のダメ令嬢なんてバカにされているみたいだけど、王族専用の花嫁修業をすれば、どんなクサレ大根でも一流の女になれるのよ!」


 そこまで言われてない気もするけど、ヘビイチゴ様は間髪いれずにずいっとわたしに迫ってくる。


「みんなをあっと言わせるチャンスをみすみす逃すというの!? 生まれ変わったあなたを見れば、ソリタリオ様もきっと惚れ直すわ! あと3秒でウンと言わなければ、この話は無かったことにします! いーち、にーい!」


「わ……わかりました、やります!


 考える前に次々とまくしたてられて、わたしは気づくと返事をしてしまっていた。

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