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34 王子の決断

 小高い丘の上はくるぶしほどの高さで切りそろえられた、ふかふかの絨毯のような芝生。

 中央には瀟洒(しょうしゃ)なデザインの白いティーテーブルと椅子があり、テーブルの上は紫色のシルクの布で覆われていた。


 そこから少し離れたところには、ふたりの美男美女。

 寄り添い佇む姿は、画家ならば誰もが筆を取りたくなるほどに絵になっていた。


「……すごいね。これがぜんぶバラなんだ」


 眼下にパノラマで広がる一面の深紅に、男は驚嘆の吐息を漏らす。


「ここは我がバイオレット家のバラ園。一族以外の人間は招かれたことがない秘密の花園です」


「僕が来てもよかったの?」


「ええ、もちろん。だってソリタリオ王子はもうすぐ身内となるお方ですから」


「……ここには、何種類くらいのバラがあるの?」


「すべて。この世のすべてのバラを取りそろえております」


「そうなの? でも赤いバラしかないようだけど」


「お気に召しませんか? では、変えましょう」


 女がパチンと指を鳴らすだけで、すべてのバラが一瞬にして菫色(バイオレット)に変わる。


「こちらは『ゴー・バイオレット』。わたくしが生まれたことを記念して作られた品種ですわ」


「本当になんでもあるんだね。でもキミと同じ名前のバラはあっても、あの(・・)バラは無いでしょ? レットイット」


 レットイットと呼ばれた女は、その質問を待っていたかのように微笑む。

 その場を離れてティーテーブルに向かい、覆っていた紫色の布を取り払った。


 そこには純金のティーセットが。しかしその中央には黄金すらも霞むほどの光を放つ、ガラス容器に入った一輪のバラが。


「それって、まさか……」


「そう、ラビアンローズ。永遠の美しさをたたえるバラです」


 レットイットはそのバラをガラス容器ごと持ち上げると、ソリタリオの元へと戻る。

 幻のバラを目に映したソリタリオの青い瞳は、ことさら輝いていた。


「すごいな。子供の頃に帝都にいた時、いちどだけ本物を見たことがあるけど、こんなに近くで見るのは初めてだよ」


「見るだけでよいのですか?」


 レットイットはまた指を鳴らす。

 すると麓に広がるバラは部分的に色が変わり、文字となった。


『ありのままに あなたをあいしています』


 花文字に奪われたソリタリオの視線を、レットイットはガラスの蓋を開くことで引き戻す。

 幻のバラにふさわしい清廉なる輝きと、夢幻の香りがあふれだした。


 その向こうに浮かぶレットイットの顔は、妖艶そのもの。


「私と結婚すれば、この幻のバラはあなたのもの……。それもたった一輪だけでなく、いくらでも思いのまま……。このバラの向こうにあるものが、あなたには見えるでしょう……?」


 ソリタリオの瞳はついに、魅せられたような輝きを帯びはじめる。


「ああ、見えるようだよ……。国王になった僕の、バラ色の人生が……」


 ひときわ強い風が吹き、丘の上に花びらが舞い散る。

 ガラス容器の中に色とりどりの花びらが落ちたが、ソリタリオの目には映っていない。


「さぁ、バラ色の未来をお手にとってください……! ソリタリオ国王(・・)……!」


 もはやふたりを邪魔するものはなにもない。ソリタリオは吸い寄せられるように手を伸ばす。

 勝負ルージュで彩られたレットイットの唇が、食虫植物が開くようにつり上がった。



 ――落ちた……!



 バラ園の花文字が、『ごけっこん おめでとうございます!』に変わる。

 レットイットにとって、この丘の上はステージであった。なにもかもが完璧な演出で、たったひとりの観客を魅了していた。

 あとはソリタリオがラビアンローズを手にすれば、ステージの幕は下りる。


「……僕はバラが好きだ。でも世界中のバラを贈られたとしても、キミを好きになることはないよ」


 その手がバラに触れようとした瞬間、ソリタリオはフェイントを掛けるように近くにあった黄色い花びらを取っていった。


「やっぱり僕は、コッチかな」


 それはレットイットにとっては奇行としか言いようのない言動だったので、彼女の目は豆鉄砲ごと食らったハトのように点になっていた。


「そ……それは、なんなのです?」


「ヒマワリの花びらさ」


「は……?」


「ここじゃ季節外れだから、きっと遠い田舎のほうから吹いてきたんだろうね」


 ソリタリオが視線をやった方角を、目で追うレットイット。

 その先はティーテーブルだったのだが、いつの間にかソレイユとナイトが着席していて、お茶請けを貪り紅茶をガブ飲みしていた。


「うんめぇ! このへんな菓子、超うめぇ!」「ナイトくん、こっちのへんなお菓子もおいしいよ!」


「ちょ!? あなたたち……いつの間に!?」


 レットイットが怒鳴りつけると、ふたりは「しまった」とばかりに銀のお盆で顔を隠していた。

 そんなことでは誤魔化されないと、レットイットはさらに食ってかかる。


「ナイトさん、なんでここにいるの!?」


「いや、最初は隠れて見てたんだけど、途中でハラが減っちまって……うまそうな菓子があったから、つい……」


「そういう事を聞いてるんじゃないの! ここには来るなと言ってあったはずでしょう!?」


「ああ、そのつもりだったんだけど、ソレイユにせがまれてしょうがなく……」


「まさか、フラれたの!? ラビアンローズになびかない女なんて、この世にいないのに!? さては、使わなかったのね!?」


「いや、使ったよ。でもそうガミガミ言うなって。お前だってリオにフラれたんだから、おあいこだろ?」


 ナイトは悪びれる様子もなく立ち上がると、怒り心頭のレットイットの横を通り過ぎる。

 ソリタリオの前に立つと、心底反省したように頭を深く下げた。


「リオ、すまねぇ」


「なんで謝るの?」


「俺はガラにもねぇことをしちまった。お前とソレイユを別れさせるためにレットイットと組んで、罠にハメるようなマネをしちまって……だから俺を殴ってくれ」


「手が痛くなるからやだよ。そんなに自分を罰したいなら、僕の見てないところで壁に頭でもぶつけたら? だいいち僕は、ソレイユが罠に掛けられるのをなんとなく予想してたしね」


 これにはソリタリオ以外の全員が「「「え?」」」とハモる。

 ソリタリオは手のひらでヒマワリの花びらを弄びながら言った。


「ソレイユに僕をあきらめさせようとしたんでしょ? でもそんなことをしても無意味なんだよ」


 そんなの最初からわかりきってることじゃないか、と言わんばかりのソリタリオ。


「だってソレイユは僕が好きなんだから」


 鼻で笑うような顔をレットイットに向ける。


「そもそも罠ってね、なにかを求めてる相手じゃないと掛からないんだ。動物なら、お腹が空いてるとか眠たいとか。人間なら、お金が欲しいとか強くなりたいとか。でもソレイユは僕のことで頭がいっぱい。他のものが入り込む隙間なんてないんだよ」


 ソリタリオはみなに背を向けてしゃがみこむと、靴紐を結ぶような仕草をした。


「でも彼女にもひとつだけ例外があって、僕の罠には必ず引っかかる。なぜかわかるかい? だって彼女の中は僕で満たされてるけど、肝心の『僕からの愛』が無いからね」


「なっ……!?」


 あまりの物言いにソレイユは食べかけのスコーンを落としてしまうほどに唖然としていたが、すぐに猛然と立ち上がった。

 ソリタリオも立ち上がる。ふたたび振り向いた時にはまたあの(・・)笑顔を浮かべていた。


「だから僕の言うことは、どんなことでもコロッと騙されちゃう。……でしょ?」


「む……むっかぁーっ! 黙って聞いてたら好き放題言ってくれちゃって!」


 ソレイユは肩をいからせ怒りにまかせ、ずかずかとソリタリオに迫る。


「たしかにいままでは騙されてたけど、もうぜったい騙されないんだから! ぜったいに! ぜったいに……ぃぃぃーーーーっ!?!?」


 ソレイユは足元の草が結ばれていることも知らず、盛大に引っかかり躓きそうになる。

「おっとっと」とたたらを踏んでいたが、その先で両手を広げて待ち構えていたソリタリオの胸にピッタリとフィットするように収まった。


「ほら、こんな感じに、ね」


 キツネにつままれた子ギツネのような表情のソレイユ。その身体を軽々と抱えつつ、いつものウインク。


「じゃあ、帰ろっか」

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