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30 はじめてのデート

 1日なんてあっという間で、わたしは朝早くから鏡とにらめっこしていた。


「デートなんて前世も含めて生まれて初めてだから、なにを着てけばいいんだろう。せめて、どこに行くかがわかればなぁ……」


 とりあえず田舎にいた頃によそ行きにしていた、白いワンピースと桜色のカーディガンにしてみる。

 身だしなみを終えて寝室を出ると、ちょうどソリタリオ王子がわたしの前を通りかかった。

 王子はわたしの頭のてっぺんから足のつまさきまで視線を往復させたあと、「ラフな格好だね」と短い感想を漏らす。


「どこに行くかわからなかったから、とりあえずこれでいいかなと思って。……へんかな?」


「うん、へん」即答だった。


「ドレスコードのあるパーティとかに連れて行かれたらどうするの? その格好じゃ門前払いで大恥だよ?」


「でも、王子もけっこうラフなんじゃ……」


 今度はわたしが上から下まで見返す番だった。

 身長差が30センチ以上あるので頭のてっぺんは見えなかったけど、今日の王子は春物っぽいコートを着こなしている。


 コートは薄手の水色でかなりラフな感じなのに、王子にかかると空をまとっているみたいに美しい。ドレスコードのあるパーティでも歓迎されそうな雰囲気だ。

 それにしても、この王子に似合わない服なんてあるんだろうか。仮に葉っぱ一枚だったとしても、どこでもフリーパスな気がする。


「今日はお忍びだからね、このくらいラフなほうがいいんだよ」


 王子が口元をほころばせると、光る雲のような白い歯がこぼれた。

 ああ、なんという尊い笑顔……これがアルカイック・スマイルというやつ?


 わたしは思わず拝んでしまいそうになったけど、手を合わせるのはまだ早かった。

 王子は手にしていた中折れ帽を被り、さらにポケットから取りだしたメガネを掛けたんだ。

 いきなりの衝撃映像に、わたしは吐血しかける。


「がはっ!?」


 め……メガネ男子っ……!? た……ただでさえイケメンの王子がメガネを掛けるなんて……!

 そうするとたしかに王子様成分は減るけど、別のヤバイ成分があふれ出しちゃって、インテリ男子警報が発令しちゃう……!


 ああ……わたしも転生するならイケメンになりたかった……!

 そしたら一日中鏡を見て過ごすのに……!


 なんて『空からお菓子が降ってこないかなぁ』レベルの願望を抱いてしまうほどに、王子のメガネ男子っぷりは板に付いていた。

 わたしはクラクラしながらも、尋ねずにはいられなくなる。


「そ……そんな危険な格好までして……どこに行くつもりなの?」


「知らない。デートコースはレットイットが決めることになってるからね。じゃ、僕は行くよ。ナイトもそろそろ来ると思うから、着替えるなら急いだほうがいいんじゃない」


「う……うん!」


 王子のアドバイスにならってわたしは寝室に取って返す。

 クローゼットをひっくり返す勢いで、パパから婚約に際して買ってもらったいちばんゴージャスなドレスを身にまとう。


 王子の婚約者ならこういう着替えってメイドさんが手伝ってくれるものだけど、わたしはメイドさんたちからなぜか敵視されているのでひとりで着替える。

 まあ田舎にいた頃も自分でやってたから慣れたものだけど。


 鏡の向こうには、孔雀が羽根を広げたみたいなドレス姿のわたしがいた。


「初めて着たけどこれ、かなり派手だなぁ……。でも、これくらいゴージャスならどこに行っても大丈夫だよね。うん、これにしよっと!」


 わたしはドレスの裾をズルズルと引きずって寝室を出て、来客用のエントランスへと向かう。

 そこにはすでにナイトくんが待っていたんだけど、ジャケットを肩に掛けるという王子以上にラフなスタイルだった。

 おろしたてのような白いワイシャツは膨張色で、ただでさえ高い背をさらに強調している。胸板に引っ張られるように肩から腋にかけて走るサスペンダーは、ただでさえ筋肉質の身体をさらに強調していた。


 ナイトくんはわたしを見るなり、孔雀に求愛された鷹のように面食らっていた。


「その格好で行くつもりか?」


「うん、へんかな……?」


「いや、へんじゃない。へんじゃないけど、街のお祭りだからもっとラフな格好のほうが……」


「えっ、街のお祭り!? それならそうと言ってくれればよかったのに!」


 すると、ナイトくんはいぶかしげな顔になった。


「いや、リオには伝えておいたけど?」


 瞬間、わたしの中でソーダのように怒りが湧き上がる。その泡のひとつひとつには、舌を出す王子の顔が浮かんでいた。


 まっ……まただ……! また、やられたっ……!


「ぐっ……! お……王子めぇぇぇぇ~~~~~っ!! ご、ごめんナイトくん、すぐ着替えてくるから、ちょっとだけ待ってて!」


 わたしはばびゅん! っと走りだそうとする。

 しかしドレスの裾を踏んづけてべしゃっ! と転んでしまい、そのまま大理石の廊下をツーッと滑っていった。


 おろしたてのドレスはわずか数分で床を拭いたモップのように汚れてしまったけど、そんなことに構ってるヒマはない。

 大急ぎでドレスを脱ぎ捨て、先ほどのワンピーススタイルに早着替え。


 ふと、中折れの麦わら帽子が転がっているのが目に入る。

 田舎にいた頃はお出かけの時によく被っていたので、なんとなく頭に乗せて鏡を見た。


「あ、これ、いいかも。王子とお揃いみたいで……」


 アイツの顔が浮かびかけたところで、ブルブルと首を振ってかき消す。


「からかわれたばっかりなのに、なに考えてるの!? わたしったら、あんなやつのことばっかり考えて! あんなやつのことなんて知らないんだから!」


 わたしはプリプリと寝室を出て、ナイトくんの待つエントランスへと舞い戻る。

 ナイトくんは肩に掛けていたジャケットに袖を通しているところだった。


「ごめんナイトくん!」


「あ……い、いいさ」


 息を切らせて向かったわたしを見たナイトくんは、なんだか様子がおかしかった。


「どうしたの? もしかして怒ってる?」


「お……怒ってなんかねーよ!」


 ナイトくんは慌てて言い繕い、気まずそうにそっぽを向いた。


「……その服、似合ってるなって思っただけだよ」


「あ……ありがとう」


 パパ以外の男の人に服を褒めてもらったのは初めてだったから嬉しかった。

 まったく……「うん、へん」しか言わない誰かさんとは大違いね!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからわたしたちはナイトくんの家の馬車に乗って街へと繰り出す。

 お祭りは公園の周辺で行なわれていて、とても賑やかだった。

 馬車を降りてお祭り会場のゲートを見るなり、わたしの血が騒ぎ出す。


「お……お祭りだーっ! わたし、お祭り大好きなの!」


「そうなのか? 貴族の令嬢だから、もしかしたら観劇とかのほうがいいかなと思ったんだけど……」


「ううん、こっちのほうがずっといい! ありがとうナイトくん! 今日はめいっぱい楽しもうね! 王子のことなんか忘れて、ねっ!」


「そ、そうだな! じゃあ、まずなにで遊ぼうか!?」


「あっ、あれ! あれがいい!」


 わたしが真っ先に向かったのは、会場の入り口近くにある『ナイフ投げ』。

 おじさんの威勢のいい声が、お祭り感があってとても良かったから。


「どうだい、お嬢ちゃん! 遊んでってくれよ! ナイフを3本投げて、ド真ん中に当たれば景品だ! 当たれば当たるほど、景品が豪華になるぞ!」


「やるーっ!」


 わたしはおじさんからナイフを受け取り、数メートル先にある的に向かってえいやっと投げる。

 しかしナイフは的の外に当たり、ぽろりと床に落ちてしまった。


「残念! お嬢ちゃん、もっとしっかり狙わないと! それにもっと力を入れて投げないと刺さらないぞ!」


「ソレイユ、俺にやらせてみてくれ」


 わたしは2本目のナイフをナイトくんに渡す。

 ナイトくんはナイフを持った手を高く振り上げて、まっすぐ素早く振り下ろしていた。

 するとナイフは的の中心に吸い込まれるように突き立つ。


「当たった!? すごい、ナイトくん! ナイフ投げ得意なの!?」


「騎士見習いだからな。ナイフ投げはいつも練習してるんだ」


「それでもすごいよ! 一発で真ん中に当てちゃうなんて!」


 わたしはパチパチ手を叩く。おじさんも「あたりーっ!」とベルを鳴らして祝福してくれる。


「まずは3等賞! いま大流行の、肩乗りカップルベアだ! はい、お嬢ちゃん!」


「わあっ、ありがとう!」


 賞品は肩に乗るくらいの大きさで、リボンを付けたピンクのクマのぬいぐるみだった。

 さっそく肩に乗せてみると、その愛らしさに自然と笑みがこぼれた。


「うふふふっ! かわいいーっ!」


 わたしはすっかり大はしゃぎ。

 気がつくと、ナイトくんが紅潮した顔でわたしを見下ろしていた。


「あれ、どうしたの? ナイトくん? もしかして、気分でも悪い?」


「……え? あっ、い、いや、なんでもねぇよ。そ……それよりもまだナイフが1本残ってるから、やってみろよ」

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