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29 まさかの結末

 カラン、と木と木が絡み合い、風切り音とともに上空に消えたあと、わたしの口からはひとりでに言葉が漏れる。


「す……すご……」


 それは剣術じゃなくて、蝶と蝶がじゃれあって遊んでいるかのようだった。

 身体が軽くてふわふわして、まるで綿菓子でも作るみたいに手を動かしたら、剣を絡め取っていた。


 それもダブルで、しかも一年の男子と女子ではトップの剣術の腕前であるナイトくんとレットちゃんの剣を。

 ふたりは魂ごと舞い上げられたかのように、抜け殻になっている。


 ふたりだけじゃない。審判のアインくんも、観客の生徒たちもみんな忘我の極地にいた。

 本当だったらわたしがいちばんビックリしてるはずなのにこうして落ち着いていられるのは、ラベンダーの香りのおかげかも。

 ふと、頭になにかが乗る。それがなにかはすぐにわかった。


「僕らの勝ちだね」


 やさしいソリタリオ王子の声。

 おとといの農耕剣法の一件で、王子なんかに頼るもんかとわたしは意地になっていた。

 ひとりでもレットちゃんに勝ってやると、ムキになって素振りをしていた。

 でもこうして王子に抱きしめられてやさしい声を聞いていると、徹夜の疲れも心のトゲトゲもあっという間に溶けていく。

 そして残ったのは罪悪感だった。


「でもわたし、なにもしてない……。また、王子に助けられちゃった……」


「そんなことないよ」と言ってほしかったけど言ってくれるわけもなく、「そんなことないよ」とバッサリ……え……ええっ!?


「うそっ!?」


「うそじゃないよ。おとといの夜、ソレイユに農耕剣法を教えたでしょ? ソレイユに後ろから抱きついた時に、秘剣『二人羽織』を思いついたんだ」


「そ……そうだったの?」


「うん。だからこれはソレイユのお手柄だよ。やったね、ソレイユ」


 頭を撫でられて、わたしのなかで喜びが一気に膨れ上がり、そして破裂した。


「や……やった……! やったやった! やったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」


 わたしは王子の腕から飛びだすと、クリスマスの朝にサンタさんのプレゼントを見つけた子供のようにあたりを走り回った。

 両手に持った木刀を頭上で振り回し、「勝ったどー!」と勝利の雄叫びをあげまくる。


「ソレイユ、そんなに走り回ったら転んじゃうよ。ぜんぜん寝てないんでしょ、それにまだ……」


「へーきへーき! もう元気百倍だから! あはっ! あははははっ! あははははははは……!」


 振り返ったわたしは、信じられないものを目にする。

 それは、王子の驚いた顔。

 厳密には、「あ……!」とわたしに向かって手を伸ばし、なにかを告げようとしているような顔だった。


「あぶない……!」


「へ? なに?」


 わたしの頭上でゴチンという音がしたのと、わたしの意識が電灯を落としたように真っ暗になったのはほぼ同時だった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 泥のように目覚めたわたしは、窓の外からの小鳥のさえずりを聞いていた。


「なんか、へんな夢を見ちゃった……。頭はズキズキするし、なんなの、これ……。あ、そういえば今日は決闘なんだっけ、早く準備しなきゃ……」


 来客用の寝室からのろのろと出たわたしを待っていたのはジワルくんだった。

 例によって無言で手渡された新聞の一面には……。


『ソリタリオ王子とソレイユ様、バイオレット家の令嬢と決闘!』


『ソリタリオ王子の剣技は、なんとソレイユ様との二人羽織!』


『華麗なる剣さばきの、ダブル巻き上げで勝利!』


『……かに見えたが、ソレイユ様が落ちてきた剣に当たるという大失態!』


 各新聞の一面には連続真写(しんしゃ)で、頭上から降ってきた木剣に当たってブッ倒れるわたしの姿があった。

 しかも倒れたところに二本目の剣が背中に落ちてきて「グエッ!?」となっているところまで映っている。


「う……うそ……? な……なにこれ……? わたし、こんなことになってたの……?」


 決闘は相手の剣を飛ばしただけでは勝ちにはならない。その剣が地面に落ちて初めて勝ちとなる。

 そして決闘では剣を投げても良いことになっており、投げた剣が当たった場合は有効打となる。

 弾き飛ばした相手の剣が当たった場合は……?


『決闘の専門家が解説! 落ちてきた剣は有効打として認められる! しかし過去に例のない珍プレーとのこと!』


「も……もしかして……ゆっ……夢……じゃ、なかった……の……?」


 頭を抱えた途端、後頭部にタンコブができているのがわかる。

 そのズキリとした痛みがまだ眠っていたわたしの脳を叩き起こし、昨日の出来事を克明に思い出させてくれた。


「ゆっ……夢じゃなかったぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ジワルくんは新聞を丸め、さっそくわたしに襲いかかる。


「このっ! このっ! このっ! どうしてくれるんだ! 兄上は決闘でいちども負けたことがなかったんだぞ! それなのにお前のせいで! このーっ!」


「わぁぁん! ごめんなさーーーーいっ!」


 廊下の真ん中で亀のように丸まり暴れ太鼓のごとくお尻を叩かれていると、王子が通りかかる。

 婚約者がピンチだというのに、まるで日常的に接するようにわたしに向かって話しはじめた。


「明日の朝、ナイトが迎えにくるってさ」


「えっ、なんで?」


「なんでって、負けたらデートする約束だったでしょ」


「デート……ということは、王子もいっしょに!?」


「そんなわけないでしょ。明日、僕はレットイットを迎えにいくから」


「ええっ!? 本当にレットちゃんとデートするつもりなの!?」


「うん、誰かさんのせいで負けちゃったからね」


「うっ……!」


 それを言われるとなにも言い返せない。

 王子はわたしという十字架を背負わされた絶望的な戦いで、勝利をもぎとってくれた。

 でもその勝利をわたしがダメにしちゃったんだ。

 でもでも、納得いかない。


「で……でも……でもでもっ……! 婚約者のわたしだって王子とデートしたことないのに……! 先に他の子とするなんて……!」


「ピュアだね、もしかして知らなかった? ソレイユと婚約した後でも、僕は他の子からデートに誘われまくってたけど」


「マジでっ!?」


 お尻だけでなく心までショックで打ちひしがれる。

 ダブルで打ちひしがれるわたしを残し、王子はさっさとどこかへ行ってしまった。

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